機動戦士ガンダム 宇宙世紀0010 重力より重い住宅ローンに魂を引かれた男 連邦軍の社畜、有給申請を宇宙の塵にされる   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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心のブレーキ、あるいは管理された狂気(※主に深夜3時に書いたポエムの狂気である)

宇宙世紀0010年。低軌道上のデブリ回収宙域。

 

ハチロー・アマダは、ポッドのハッチを切り離し、命綱(テザー)一本で虚空に身を投じていた。周囲には音がない。あるのは、宇宙服の気密維持装置が刻む微かな機械音と、自分自身の「今月のクレカの引き落とし、大丈夫かな……」という重苦しい心臓の鼓動だけだ。

 

「ハチロー、応答しろ。心拍数が上がりすぎている。一度ポッドに戻って、ウマ娘でもやって落ち着け」

 

チームの財布を握るフィーの冷静な声が通信に割って入る。

 

ハチローは、目の前のデブリが、かつての爆発事故で亡くなった誰かの「指」……ではなく、ぶっちゃけ「昔フラれた元カノの生霊」に見えていた。視覚情報が意味をなさなくなり、脳が極限の孤独(と、長年の彼女ナシ生活)に悲鳴を上げる。

 

これがいわゆる宇宙世紀初頭、多くの開拓者を「あ、もう実家に帰りたいです」と五月病に追い込んだ「空間喪失症(ロスト・スペース・シンドローム=要するに強烈なホームシック)」の兆候だった。

 

「……大丈夫だ、フィー。ただ、この宇宙(ソラ)が広すぎて、俺のちっぽけな独身アラサーの心が飲み込まれそうになってるだけだ」

 

連邦政府のお偉いさんは、宇宙作業員が「うおおお! 実家に帰るぞ!」と暴走するのを防ぐため、厳格な「メンタル・コンディション・ガイドライン(※簡単に言うと、お上の言うことを聞くロボットになるための社畜マニュアル)」を敷いていた。しかし、その実態は優し心のケアなどではなく、作業員を「壊れずに24時間働くマシーン」として調整するための、冷徹な行動管理(監視)だった。

 

そう、地球連邦政府はこの「人間を都合のいい歯車にする技術」を、実に見事に洗練させていたのだ。

 

連邦は、宇宙居住者が抱く孤独や「あのお母さんの味噌汁が飲みたい……」という郷愁を「業務効率を下げるバグ」と定義。

 

かつてイギリスやアメリカの偉い人たちが植民地の労働者に「お前らの伝統とか文化は生産性がないから捨てろ。今日からこの工場のネジになれ」と再教育したように、連邦もまた、宇宙の民から「人間らしいエモい感情」を奪い、真空の残業に耐えうる無機質な個体へと作り替えているのである。世知辛い!

 

そんな清掃作業中、ハチローたちは、連邦の残業管理から脱走し、精神をちょっとスピリチュアルな方向に拗らせたまま小惑星の影に隠れ住む「脱走引きこもり労働者」の存在をレーダーで察知する!

 

彼は、かつて連邦の木星航路建設のガチなデスマーチに従事し、あまりの孤独と残業の多さに「心のブレーキ(正気)」を完全にぶっ壊してしまった哀れなおじさんだった。

 

「連邦の怪しいサプリメント(ビタミン剤)はもういらない……。俺は、この暗闇のなかに神様を見たんだ! 地球にはいない、真っ暗でめちゃくちゃ足の速い神様をなァァァ!」

 

おじさんは、自らのポッドのエンジンを暴走させ、実在しない「光(幻覚)」を追いかけて地球の重力圏へと猛スピードで落下し始めた!

 

当然、このまま大気圏に突入したら100%焼き鳥になる自殺行為である。ハチローは彼を止めようとするが、連邦の自動監視システムは「あ、異常なエラー個体を発見。めんどくさいから救助じゃなくて、流れ星にして処理しといて」と、デブリ課に撃墜(ポイ捨て)を冷酷に命じたのである!

 

「ハチローさん、止めてください! あの人はただ、深夜のテンションでポエム書いてるだけなんです! まだ生きてます!」

 

「上等だ! 連邦の命令なんか知るかァァァ!」

 

サハラの叫びに対し、ハチローはマニピュレーターのレバーを激しく震わせた。連邦にとって、心が壊れて生産性のなくなった人間は、航行の邪魔になる「生きた粗大ゴミ(デブリ)」に過ぎない。

 

ハチローはお上の命令を完全無視し、おじさんのポッドに肉薄! バールのようなものでハッチを強引にこじ開けた!

 

そこにいたのは、完全に瞳孔が開き、宇宙の虚無に魅入られた……というか、かつて英米が戦場に置き去りにして心の傷(シェル・ショック)を負わせた兵士と全く同じ、完全に疲れ果てた一人の社畜のおじさんの姿だった。

 

結局、おじさんは連邦の「精神更生施設(※噂では、記憶を消去して『はい、私は仕事が大好きです!』というサイボーグに変える恐怖の洗脳部屋)」へとドナドナされていった。

 

その夜、ステーションの薄暗いバーで、ハチローは一番安い発泡酒のグラスを見つめながら呟いた。

 

「フィー。俺たちは、どこまで残業すれば『自分』でいられるんだ? 連邦のマニュアルに従って、心を無にして働いて……いつか俺もあのおじさんみたいに、宇宙の暗闇の中にガチャの神様とか見始めるのかな」

 

フィーは、おつまみの乾き物をガリッと噛み砕き、窓の外の青い地球を見つめた。

 

「……あいつら上層部は、あたしたちに『地球の実家を忘れろ』と言う。でもね、実家のめんどくさい親戚付き合いやローンの実感を忘れた瞬間に、あたしたちは人間じゃなくなっちまうのさ。大昔の英米が砂漠やジャングルでやってきたのは、いつだってそういうことさ。人間を人間じゃなくして、ただの『便利な全自動モップ(道具)』に変えることだよ。だから私は、どんだけ怒られても禁煙スペースで電子タバコを吸うのをやめないよ」

 

「フィーさん、最後のはただのルール違反です」

 

空気を読まないサハラがツッコミを入れつつ、ハチローの震える手を静かに(プリンの お礼として)握った。

 

宇宙世紀0010年。人類は宇宙を手に入れたフリをしているが、その代わりに「心(人間らしさ)」という名のめんどくさい重荷をゴミ箱へ捨てることを強要されていた。連邦の引いた「正気(お上の都合)」という名の国境線は、今や人間の脳みその中まで侵食しているのだ。

 

一年戦争まで、あと69年。

 

「心を殺されて社畜になった者たち」の虚無感は、やがて「痛みも残業も恐れない究極の兵士(=後の強化人間やジオンの特攻兵)」を求める軍事要求へと繋がり、さらなる大赤字の戦場を生み出していくことになるのを、この時のハチローは「とりあえず明日は有給取って寝る」としか考えていなかったのである。




この「個人の精神を組織の効率に最適化させる」思想は、20世紀の英米における「行動主義心理学による大衆統治」や、ベトナム戦争等で見られた「戦場での人間性の麻痺(デセンシタイゼーション)」の教育にルーツがある。彼らは、人間が持つ恐怖や良心を「ノイズ」とみなし、薬物や反復訓練によって、それらを機械的に遮断する技術を確立した。
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