アストレア家の長女   作:slo-pe

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原作の本筋から外れて、短編集4のお話。


小さな来訪者

 

 

 トン・チン・カンの三人組は、アストレア領に移住してからは養成所の宿舎で寝泊まりをしていた。

 午前中は一回生に混ざり体術や読み書き・算術の授業を受け、昼食後はアストレア邸に向かう。

 

「ラチンス、そろそろ行くぞ。アリーゼ様に怒られる」

「んん、そーだな。そろそろマズイか……」

 

 空になった皿を前に思考に沈んでいたラチンスは、ガストンの声により意識を戻す。カンバリーも含めた三人は食堂のおばちゃんに感謝を伝えてから食堂を後にする。

 外に出てすぐの修練場には涼やかな風が吹く。そこに一人の人物が静かに佇んでいた。

 

「ヴィルヘルムさん」

 

 たくましい背中と、白く染まった頭髪。後ろ姿だけでも、見る者に絶大な安心感を与える老人は、彼らの知る限り一人だけだ。

 

「ガストン、これから屋敷へ向かうのか」

「はい」

「そうか。フェルト様の従者として恥じないよう、三人とも励みなさい」

「ありがとうございます」

 

 無愛想で、言葉も多くはない。けれど、確かな期待を向けてくれるヴィルヘルムに、ガストンは強面を幼子のように緩めて照れる。

 

 ヴィルヘルムは、ガストンが最も尊敬する人物だ。貧民街時代に『剣鬼恋歌』でその想いや生き様に憧れ、この領地に来て相対してからさらに強まっていた。

 人としても男としても、ヴィルヘルムは彼の理想だった。

 

 意気揚々としたガストンを先頭に、三人は養成所を出る。

 

「あー、今日もラインハルトとか、あの双子にしごかれるのか……」

「ラインハルトはまだいい。問題はあの双子だ」

「オイラからすればどっちもどっちだな」

 

 三人の教育係は、ラインハルトと二人の少女──桃髪に、背丈の低い瓜二つの少女、フラムとグラシスだ。

 彼らは皆容赦がなく、従者としての教養や振る舞いを叩き込んでくる。そして、ラインハルトは悪気なく、双子は遠慮なく、酷評を飛ばしてくるのだ。

 

「そういや、ラチンスは今日からフェルトの教育か?」

「ああ。クロムウェルと二人で、アストレアの徴税の仕組みを教える感じだな」

 

 ラチンスは他二人と違い、教養は既に十分なレベルで学んでいた。そのため、従者としての振る舞いを学ぶ傍ら、次期内政官としての役目も任されていた。

 直近20年分の領地経営の収支について、その意図や変遷を、実地で学んできたフェルトに教える。

 もちろん報告書等は持ち出し厳禁なのだが、ラチンスの頭脳であれば手元に資料が無くともある程度は記憶できた。

 

 なお、ロム爺も養成所から屋敷へ通っている。屋敷に住むこともできたし、フェルトもそれを期待していたが、本人が辞退したのだ。

 アストレア家の面々は彼の事情を理解していた事もあり、その申し出はすぐに受け入れられた。

 

「どうにか教えられそうか?」

「多分な。さっき飯食い終わってから一通り確認したし、何とかなるだろ」

「頑張れよ」

「応援してるぜラチンス」

「おう」

 

 ガストンとカンバリーからの労いに、ラチンスは肩の力を抜いて応じる。

 養成所はハクチュリの町の外れに、アストレア邸は高台に位置するため、三人は午前に酷使した身体を鼓舞して、お喋りで気を紛らわせながら、何とか屋敷へたどり着く。

 そして──、

 

「──なあ、これはどうすればいいんだ?」

「……どうしようもねえだろ」

「……とりあえず、アリーゼ様に報告しようぜ」

 

 顔を見合わせ、三人は困惑した顔で対応を決めた。

 そんな三人の正面、屋敷の門前に籠が──赤ん坊の入った籠が、置かれている。置手紙には短く、『イリアをよろしくお願いします』とだけあった。

 

 

 

 

 籠を持って屋敷に入った三人組が顔を合わせたのは、フェルトとラインハルトだった。

 フェルトはカンバリーが籠を大事そうに抱えていることを訝しく思い、軽く挨拶を投げながら歩み寄る。

 

「────」

 

 だが、その籠の中に赤子が眠っているのを見て、フェルトの眉間の皺が深まる。

 小綺麗な赤子を抱えた三馬鹿、とにかく三馬鹿。こいつらは今はまともな格好をしているが、その根っこはチンピラである。

 

「ラインハルト、全員ふん縛れ」

「はっ」

「待て待て待て! まず話を聞け! 屋敷の前に置かれてたんだ、このガキは!」

 

 即断に即応が重なる。

 冗談ではないフェルトの指示に、それ以上に冗談で済まない『剣聖』の行動。ラチンスは咄嗟に声を荒らげた。

 しかし、そんなラチンスの勢い任せの行動は、赤ん坊には衝撃的すぎた。

 

「ぁう……」

 

「おっ、起きた」

「あ? ああ、ほんとだ」

「げ、これは……」

 

 三馬鹿の呟きと共に、ゆっくりと、赤ん坊の瞼が開く。青い双眸にロビーの顔ぶれが映り込む。そして、一秒が経過、二秒が経過、三秒が経過したところで──、

 

「ぅ、ぁぁぁぁん──っ!」

「ぎゃー! こいつ、泣きやがった!」

 

 ラチンスの怒声の衝撃に、赤ん坊が盛大に泣き始める。その声量は屋敷中に響き渡る大音量で、思わずフェルトは自分の耳を塞いだ。

 

「だ、誰か! 誰か、ぐずってんの何とかしろ!」

「何とかっつってもな!」

「無理だ!」

「オイラも!」

「役に立たねー! おい、ラインハルト!」

「努力はしてみますが……」

 

 三馬鹿が即座に白旗を上げ、フェルトはそもそもやる気がない。指名されたラインハルトが赤ん坊を抱き上げた。

 それから彼は優しく赤子の体を揺すり、ぽんぽんとその背中を撫でる。

 

「よしよし、泣かないで。君は強い子だ。素敵な子だ、イリア」

「口説いてんじゃねーんだぞ! なんか食わせたりとか、そういうんじゃ……」

 

 柔らかく語りかけるラインハルトに、フェルトが埒が明かないと声を上げる。が、ラインハルトの腕の中、徐々に泣き声は小さくなり──、

 

「落ち着いて落ち着いて……落ち着いて、くれましたね」

「お、お前、スゲーな。今、盗品蔵ぶっ飛ばしたときの次ぐれーに驚いた」

「ぁー」

 

 フェルトが目を丸くすると、安堵に微笑むラインハルトの顔を泣きやんだ赤子がぺたぺたと手で触っている。お揃いの目の色が気に入ったのかもしれない。

 しかし、その穏やかな光景に「待った」と反応したのは、三馬鹿の一人、カンバリーだ。

 小柄なカンバリーは前に進み出ると、ラインハルトに両腕を突き出した。

 

「貸してみな。オイラは兄弟が多かったかんな。赤ん坊の世話には慣れてんだぜ!」

「それは頼りになる。けど、お前さっき無理だっつってただろ」

「それにコイツはもう泣きやんだあとだよ」

「いいから! オイラが、本物の赤ん坊あやしってヤツを見せてやんよ!」

 

 そこまで言うなら、と自信満々なカンバリーにラインハルトが赤子を手渡した。カンバリーはイリアの顔を覗き込み、その丸い目を大きく見開くと、

 

「べろべろべろべろばー」

「ぁぁぁぁぁ──っ!!」

「何が本物だ、大泣きしちゃったじゃねーか!」

 

 強烈な変顔は、見事に赤子の機嫌を損ねた。

 泣き喚く赤ん坊に、カンバリーは己のあやし術の粋を叩き込むが、崩壊した機嫌は立て直せない。完全に赤子の力に屈している。

 

「クソ! オイラの何がいけないってんだ! ガストン!」

「お、おおう? いや、渡されても……べ、べろべろばー」

「ぁぁぁぁぁーっ!!」

 

 カンバリーが投げ出し、次の手番を回されたガストンが挑むもやはり敗退。顔を赤くして泣く赤子を、ガストンは流れるように次のラチンスへ。

 

「ラチンス、お前が頼りだ!」

「うぉい! 待てっつの! お、オレにガキなんかあやせるわけ……お?」

「────」

 

 ガストンに託され、情けない顔で情けなくぼやくラチンス。しかし、その彼の腕の中で、泣き声がふいにやんだ。

 赤ん坊の予想外の反応、それにラチンスは「へ、へへ」と笑い、

 

「な、なんだかわかんねえが、泣きやんだぞ。これで……」

「ぁぁぁぁぁ──っ!!」

「って、ぬか喜びさせんな! 時間差かよ!」

 

 再び泣き出した赤子と、騒ぐフェルトに三馬鹿。

 

「何の騒ぎですか?」

 

 そこに、アリーゼとテレシアが、それぞれ鮮やかな金と赤の髪を靡かせて現れた。

 

「アリーゼ! こいつ泣き止ませろ!」

 

 駆け寄ってきたラチンスに泣きじゃくる赤子を押し付けられ、アリーゼは目を丸くしながらも、優しく顔を寄せて「大丈夫よ」と声を掛ける。

 

「……、ぁー」

 

 一瞬で、泣き止んだ。ラインハルトよりも早かった。驚くほど手慣れたそれに、フェルトたちは呆気にとられていた。

 

「それで、この子はどうしたのですか?」

 

 小さな身体で目一杯くっついてくる赤子を抱えながら、アリーゼは訊ねる。

 

「……屋敷の前に捨てられてた。名前はイリア、『よろしくお願いします』だとよ」

 

 ラチンスは、背後のカンバリー、正確には彼が持つ籠を示しながら、端的に事実を伝えた。

 

 

◇◇◇

 

 

 屋敷の食堂、大テーブルでアリーゼに抱きかかえられているのは、金色の髪をした生後数ヶ月の女の赤ん坊──イリアだ。

 

「名前以外は手掛かりなし、ですか。籠には他に何も入っていないのですか?」

「敷き布と、おくるみの毛布だけですね。手紙には署名もありませんでした」

「自分のガキ捨ててくような親だぜ。署名なんかすっかよ、馬鹿馬鹿しい」

 

 アリーゼの質問に、籠の中を検めたラインハルトは目を伏せる。そこに、フェルトが舌を打った。

 その反応に困った様子のラインハルトへ、フェルトはわかってないと指を突き付けた。

 

「いいか? このガキは親に捨てられたんだよ。大方、でけー家なら育ててくれっとでも思ったんだろーよ。胸くそわりー」

「────」

「……近くの町、そこの人間が親の可能性はどうじゃ?」

 

 辛辣なフェルトに代わり、ロム爺がアリーゼに建設的な疑問を投げかける。アリーゼは即座に首を横に振った。

 

「少なくともアストレア領にはいないでしょう」

「そうね。私とアリーゼの両方が知らないなら、領内の子どもの可能性はないでしょう。それに、この容姿の問題も……」

 

 続くテレシアも、心当たりが見つからない様子だった。

 

「金髪で、濃い青の目だろ? 別に金髪なんか珍しくもねーぞ。アタシもそうだし」

 

 自分の髪に指を通し、フェルトがラインハルトの懸念に口を挟む。フェルトの知る限り、金髪はルグニカ王都では珍しくもない髪色だ。仕事柄──元仕事柄、人を観察するのは癖のようなものだった。

 イリア然り、彼女を抱いているアリーゼ然り。金髪も青い目も、よくあるものだ。

 

「確かに、フェルト様のように金色の髪をした方は珍しくありません。ただ、あくまでそれは王都近郊の話になります。ハクチュリや、フランダースといった王国南東の地域で一般的なのは茶髪です」

「……言われてみりゃ、そーだったな」

 

 ラインハルトの注釈に、フェルトは町の住民の容姿を思い浮かべた。彼の言う通り、出会った相手はみんなが茶髪、年配者に白髪がいたぐらいだ。

 

「けど、それがどーしたってんだよ」

「つまり、この若造はこう言いたいわけじゃ。この子の髪と目の色は王都由来……この辺りで生まれたにしては、曰くありげな特徴じゃと」

「ロム殿の言う通りです。僕の、杞憂なら良いのですが……」

 

 思わしげにこぼしたラインハルト、彼の推測にフェルトは腕を組む。

 

「んじゃあ、この赤ん坊──イリアは単に捨て子ってだけじゃねー可能性があるってことか」

「はい──フェルト様」

「あんだ」

「フェルト様は、イリアをどうされたいんですか?」

 

 ラインハルトの静かな問いかけに、フェルトは軽く息を詰めた。息を詰めたまま、視線はアリーゼの腕に抱かれるイリアへ向く。赤ん坊は変わらず、アリーゼにべったりとしがみついている。周りの人間が、自分の行く末を話し合っているなど知る由もない。

 親に捨てられ、屋敷に置き去りにされて、自分の今後を決める力もなくて──、

 

「──フェルト様、ご決断を」

 

 考え込むフェルトに、ラインハルトが決断を促してくる。

 ここでラインハルトがフェルトに判断を仰ぐのは、彼なりの尊重の表れか。もしくはこの状況にかこつけ、フェルトを試しているのかもしれない。

 フェルトがロム爺や自分に頼らず、自身で答えを選び取ることができるのかを。

 

「だとしたら、腹立つヤローだな」

「は?」

「何でもねーよ。それで、このガキをどうしてーか、だったよな」

 

 ラインハルトの思惑はどうあれ、フェルトの腹は決まっている。

 ただ、フェルトは王選候補の身。アリーゼに視線で許可を求めると、微笑みの肯定が返ってきた。

 

「アタシは、このガキについちゃ別に何にも思わねーよ。ただ、ガキを置き去りにしてった親にはムカついてる。だから、見つけ出して、お話してやりてーな」

「お話、ですか?」

「そうだ、お話だ。アタシも、ガキを捨てる親の気持ちはいっぺん聞いてみてーと思ってたんだよ。なんで、話してみてーな」

 

 言い切り、フェルトは頬を盛大に歪めた。

 話してみたい。子を捨てた親に、どんな気分なのかと。そのためにも──、

 

「このガキは、親ビビらせるために手元に大事に置いとかねーとな!」

「────」

 

 胸を張ったフェルトに、ラインハルトは押し黙った。彼以外、周りにいた面々も言葉を発さない。ただ、全員の顔つきはともかく、目は大体共通している。

 有体に言って、生温かいものを見る瞳だ。

 

「なんつー目ぇしてんだよ、テメーら! アタシになんか文句でもあんのか!?」

「儂の責任じゃが、素直でないのも考え物じゃな……」

「うるせーな!? アタシは本気だっつの! 妙な言いがかりつけんな!」

 

 ロム爺のふやけた顔に、フェルトがうがーっと噛みつく。しかし、そんなフェルトの勢いは、またしても赤子には過酷すぎて──、

 

「ぁぁぁぁぁ──っ!!」

「あー、チキショー!」

 

 と、昼過ぎの食堂から、再び屋敷中に赤ん坊の泣き声が響き渡った。

 

 

 

 

 泣きじゃくるイリアを宥め終えて、アリーゼは一旦籠に収めようとする──が、一瞬でぐずり出した。諦めて抱いたまま、食堂で会する面々を見渡す。

 

「では早速動きましょうか。ラインハルト」

「はい。町の人間と竜車の停留所に、旅装の人間や、イリアと特徴が似通ったものを見かければ呼び止め、報告するよう話を通しておきます。それと念のため、町の妊婦の方も確認もしておきます」

「お願いね」

 

 アリーゼは一つ頷いてから、双子に視線を移す。

 

「フラムとグラシスは物資の調達をお願い。粉ミルクは、とりあえず一週間分。お祖母様に聞けば、服やおしめのお下がりがある家も教えてくれるわ」

「分かりました」「すぐに動きます」

 

 アリーゼは満足げに微笑み、今度はフェルトを見る。

 

「フェルト様は予定通り、王選への勉強を続けてください」

「は?」

 

 予想外の指示に、フェルトは目を丸くした。

 

「フェルト様にはやるべき事が山ほどありますから。それに、指示だけ出して、自分は別の事柄を進めるのはよくあることです」

「……わーったよ」

 

 アリーゼの説明に、フェルトも納得を示した。アリーゼは視線でロム爺にも予定通り教導役を頼む。

 

「最後にラチンスたちですが……ガストンとカンバリーは、ラチンスの指示のもと、ラインハルトより先に母親を見つけなさい」

「え?」「は?」「はあ?」

 

 トン・チン・カン、三人が素っ頓狂な声を漏らす。

 

「……アリーゼ、流石にそれは無理だろ。ラインハルトがさっき言ってた事やっちまったら、こいつら三人が出来ることなんてねーって」

「そんな事はないですよ。どちらが先に見つけるかは運次第ですが、いい勝負にはなると思います」

「ほんとかよ……」

 

 フェルトが疑惑の眼差しを投げる。ラインハルトも、自分の提案に穴があったのかと困惑していた。

 

「ガストン、カンバリー」

「…はい」「……なんですか」

「私は、出来ないことは頼みません。貴方たちなら出来ると、そう思って指示を出します。やってくれますね?」

 

 アリーゼからの期待に、二人は顔を見合わせる。ちらりとラチンスに視線を向け、そして頷いた。

 

「分かりました。ラチンスの指示に従って、ですね」

「オイラたちはオイラたちで、探してみせます」

「お願いしますね──ラチンス」

「なんだよ。やればいんだろ」

「ええ。それと貴方にはもう一つ、日中はイリアの世話もしてもらいます」

「は!? なんでお……」

「ラチンス、イリアが泣きます」

「ぐ……っ! おま、なんで、俺なんだ、よ」

 

 怒鳴り声を上げかけ、先ほどの反省からラチンスは寸前でそれを堪える。

 ただ、驚きはそのままにアリーゼを睨み、文節で区切りながら激発を伝えた。

 

「一番は、単純に人手の問題です。フラムとグラシスには屋敷の雑務が、フェルト様たちにもそれぞれすべき事があります」

「くっ……」

 

 正論でやり込められ、ラチンスはぐうの音も出ない。

 

「じゃあ、他の理由はなんだよ」

「貴方の悪癖の矯正です」

「あ? 悪癖だ?」

「ええ、悪癖です」

 

 柄悪く問い返すラチンスに対して、アリーゼはぴしゃりと言い切った。そして、その瞳を真っすぐ見据えて告げる。

 

「ラチンス、他人の言葉を声の大きさで黙らせるのは止めなさい。貧民街では舐められないために必要だったのかもしれませんが、これから先はフェルト様の品位を損なうことに繋がります。時にはそういった行いが必要な場面もありますが、敢えてそれをやるのと、感情的にやってしまうのは違います」

「……わかってる」

「わかっていないから、今こうして伝えています」

 

 冷たい声に、イリアが身じろぎした。テレシアがイリアを抱き取ると、アリーゼは謝意を告げてから再度ラチンスに向く。

 

「フェルト様はもちろん、ガストンやカンバリーも少しずつ変わっています。このままでは、貴方だけが変われないまま、置いていかれますよ」

 

 ラチンスは視線を逸らした。けれど、周囲には彼を助ける者はいない。

 ラチンスはアリーゼに向き直り、確かに頷いた。

 

「わかっ……分かりました。二人への指示出しとイリアの世話、承ります」

「ええ。お願いします」

 

 こうして、最後の一人が了承したことで、アストレア邸は動き出した。

 

 

 

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