アストレア家の長女   作:slo-pe

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再会

 

 

 プリステラ初日。

 スバルのやらかしにより、ミューズ商会との魔晶石に関する商談は、おじゃんになった。

 

「クソ、何が禍転じて福となすだ。禍は所詮、禍でしかないってことか……!」

「言いたいことはそれだけなんですかねえ!?」

 

 帰路を歩む一行の中で呟いたスバルに、唾を飛ばしたオットーが突っ込んでくる。

 彼は自分の帽子の位置を直しながら、ここまでの鬱憤を全て晴らす勢いで、

 

「なんで、『歌姫狂い』なんて言われてる人の目の前で、その当の『歌姫』とベタベタするんですか? おかげで、まとまりかけてた話がぶち壊しですよ!」

「いや、俺はみんなの交渉が難航してるだろうから、良かれと思って……」

「難航なんかしてませんでしたよ! 紳士的に、互いの条件を詰めてただけです」

「えええ、マジで完全にただの俺の独り相撲!?」

 

 心配が転じて禍となった展開に、さすがのスバルも反省しきりだ。オットーもよほど交渉に手応えがあったのだろう。それをぶち壊され、不服の色がとても強い。

 明日はリリアナの頑張り次第だが、今一度、交渉に付き合ってもらえるだろうか。

 

「付き合ってくれたとしても、条件は跳ね上がると考えた方が賢明でしょうね」

「うぐぅ」

 

 スバルの内心を読み取り、的確にダメージを加えるオットーにぐうの音しか出ない。

 と、そんな二人のやり取りに、「はい、そこまで」とエミリアが手を叩いて、

 

「ほらほら、そんなにオットーくんも目くじら立てないの。スバルだって悪気があったわけじゃないんだから、そんな風になっちゃうこともあるわよ」

「エミリアたん……そうだよな。わかってくれるよな。もっと言ってやって」

「スバルはちゃんと反省して。私も、もっとリリアナと話したかったのに、ズルい」

「あれ!? 俺じゃなくてリリアナの味方!?」

 

 唇を尖らせて拗ねるエミリアに、背中から斬られた気分でスバルは愕然とする。

 

 そんな毒気を抜かれる主従からオットーが所用があると抜け、ベアトリスとガーフィールを合わせた四人はゆっくり寄り道しながら『水の羽衣亭』に戻った。

 

 

 

 平たい木造建築。入口は木戸でガラス張り、庭には生け垣。建物までの道には砂利が敷き詰められ、屋根には瓦が使われている。──ワフー建築という、スバルのノスタルジーを刺激する建物の門前には、ヨシュアがスバルたちを待っていた。

 

「エミリア様、お戻りになりましたか」

「ええ。ヨシュア、もしかしてずーっと待ってくれていたの?」

「はい。エミリア様以外、皆さまお揃いになりましたので、こちらで待つようにと」

「皆さま?」

 

 首をひねり、抽出した部分を繰り返すエミリア。彼女が唇に指を当てて考え込む横で、スバルは「皆さまねえ」と呟いてから、

 

「エミリアたんとアナスタシアさん、二人と並んで『皆さま』なんて言われるお客様なのか?」

「そんな野獣のような目をしなくてもすぐにわかりますよ」

「野獣とか言いすぎだろ。そこまで餓えて荒んだ目つきしてねぇよ」

「そんな魔獣のような声を上げなくてもすぐにわかりますよ」

「より酷くなってんじゃねぇか。魔獣ってどれだよ。犬か鯨か兎か、選べ」

 

 スバルの記憶に色濃く残る、嫌な魔獣ベストスリーだ。最近は蜘蛛のランクインも検討中。あと、黒焦げになったライオンみたいな魔獣がいた気がするが、印象が弱い。

 

「強いて言うなら鯨関連、とだけ」

 

 ヨシュアはそうとぼけてみせる。彼に案内されて、全員で宿の中へ。

 そうして辿り着いた襖の先──

 

「おっ、帰ってきたんやな。たぁだ、あんまりいい返事はもらえんかったみたいやね」

 

 和やかに微笑み、一目で交渉の成果を見抜いてみせた。この場のホストであるアナスタシア・ホーシン。

 

「久しいな、ナツキ・スバル。エミリアも、壮健なそうで何よりだ」

 

 果断で凛とした佇まいは一年経っても変わらず、その表情はスバルに友好を示している。クルシュ・カルステン。

 

「エミリアさん、ナツキ・スバルさん、白鯨と魔女教討伐の論功式以来、一年振りですね」

 

 以前の王城でのように、貧民街育ちとは思えない、見惚れるほどに上品な振る舞いを見せる。フェルト。

 

 彼女たち王選候補の三人に加えて、その一の騎士たるユリウス、フェリス、ラインハルト。

『水の羽衣亭』の大広間では、あらゆる意味で錚々たる面子が顔を合わせていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 王選候補三人を前に、エミリア陣営で最初に明確な反応を示したのは、ガーフィールだった。

 

「────」

 

 荒くなった呼吸音。何事かとスバルが見れば、ガーフィールの目はただ一人の男に向けられていた。

 その、翠の瞳が見開かれ、瞳孔が一瞬で警戒に細まるのをスバルは見る。全身の産毛が逆立つ臨戦態勢に、爪と牙と筋肉が緊張していくのがわかった。

 それが、ガーフィールの戦闘本能の呼び起こした反応であると一目で察し、スバルは咄嗟に叫んだ。

 

「ガーフィール!」

「ッッ…………すまねえ大将」

「……おう」

 

 いきなりの戦闘態勢を取ったガーフィールに、諌めたとはいえ第一声が叫びとなってしまったスバル。

 お世辞にも礼儀に適った態度とは言えない男二人に、最初に口火を切るのは、その敵意を向けられていた当人だった。

 

「やあ、久しいね、スバル。噂は聞いているよ。元気そうで何よりだ」

 

 そう、『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレアは変わらない親しみを抱いたまま、スバルとの再会を喜ぶように笑い、

 

「時に、スバル。一年ぶりの再会で、色々と話したいことはあるんだけど……」

「あ、ああ、どうした」

「まず彼と、そちらの彼女の紹介をしてもらえるかな?」

 

 言って、ラインハルトが見るのは、ガーフィールではなくベアトリス。

 無論、ラインハルトのそれが、二人の──特にガーフィールの非礼を許す言葉であると、今のスバルなら理解できた。

 

 そしてそれが、ラインハルトにとって、あの程度の敵意は取るに足らない、何でもない出来事なのだと。

 スバルにも、ガーフィールにもわかった。分かってしまった。

 

「うちの荒事担当、ガーフィール・ティンゼル。んでこっちが、俺と契約してる大精霊、ベアトリスだ」

「そうか。二人が噂の大精霊様に、エミリア様の『盾』か」

 

 そう言って、ラインハルトは立ち上がり、ベアトリスに少し離れた距離から自己紹介、一礼をする。彼女も硬い表情でそれに応じた。

 

「ガーフィール。エミリア様の『盾』である君とは、一度会ってみたかったんだ」

 

 続いて、ラインハルトはガーフィールに向き、握手を求めるように手を差し出す。そこに皮肉の色などない。あるのは素直な称賛と、喜びだけだ。

 故に、直後のことはガーフィールにとって、どれだけ衝撃だっただろうか。

 

「──ぁ?」

 

 呆気に取られた声、それはガーフィールから漏れたものだ。

 握手を求めたラインハルトに、ガーフィールは一歩、動いていた。──後ろに。

 その事実に、無意識に後ろへ下がったことに、ガーフィールの瞳が驚愕に見開かれる。それはガーフィールにとって、おそらく初めての衝撃だ。

 

「────」

 

 それを見て、ラインハルトの瞳が微かに悲しげに揺らめく。だが、彼はすぐに差し出した手を引っ込め、

 

「気に障ったならすまない。以後、気を付けるよ」

 

 そう続けて、ガーフィールとの苦い接触に首を横に振った。

 

「──あ! ガーフ帰ってきてたー! お嬢、なんでヒミツにしてたかなー!」

 

 と、そこに甲高い声と騒がしい音が重なる。襖の向こうから顔を出したのは、愛らしい顔を喜色満面にしたミミだ。

 彼女はローブの裾を翻し、驚く面々の中、ガーフィールの腕に全身でしがみついた。

 

「交渉タイヘン、おつかれさま! ミミが疲れの取れる凄いやつ教えたげる! んで、そのあとは街のタンケン! ここ、すごーいっぱい見るとこある!」

「お、オイ、待て、コラ! 俺様ァまだ話が残って……力つよっ!?」

「ほらいこー! すぐいこー!」

 

 小柄なミミの全力に、体勢を崩されるガーフィールが引きずられていく。本気で振り切ろうとすれば振り切れるのだろうが、結局、ガーフィールはそのままなし崩しに部屋の外へと引きずられていった。

 

「えっと……ミミちゃん、本当にすごーく元気よね」

「控えめな表現に感謝するわ」

 

 苦笑気味のエミリアの言葉に、アナスタシアが自分の頬に手を当てて微笑む。

 図らずもミミの行動により、危うく陣営同士の武力闘争の切っ掛けになりかねない一幕は有耶無耶になった。ガーフィールも気持ちに整理を付ける時間が取れるだろう。

 無論、狙ったわけではあるまいが、それを自然とやってのけるところが、彼女が愛され系である所以だろう。

 

 

 

 ミミの功績により、締まらない空気になった大広間。

 

「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。お互いに王選候補者同士、有意義な話し合いにしましょう」

「そんなにかしこまらんでええのに。今回はウチの急なお誘いに応じてくれただけでも十分やし」

 

 改めてエミリアが謝辞を述べる。ホストのアナスタシアは和やかに微笑み、席を勧めた。

 アナスタシアにクルシュ、フェルト陣営が、各陣営ごとにまとまった座り順で長机を囲んでいたため、エミリアたちも空けられていた場所に腰を下ろす。

 

「それにしても、クルシュさんたちまで呼ばれてるってのは驚きだった」

「襖が開いたときのナツキくんの顔、見事やったよお。でも、二人がいる間にエミリアさんが来たんはたまたまなんよ。そこだけはウチもホントに驚いてるから」

「エミリアたちがいつ訪れるか、詳細な日時は私たちも知らなかった。ただ、こうして皆が一堂に会する機会などそうはない。これも時の計らい、僥倖と受け止めるべきであろう」

 

 と、その偶然を好機と語るのはクルシュ。

 正座する彼女の装いは明らかな洋装にも拘らず、その王者の資質からか、やけに和の雰囲気が似合っていた。

 

「今の言い方だと、クルシュさんとフェルトは日程が決まってたってことか?」

「そうですね。アナやクルシュさんとは、王選開始から情報をいただいていますから。その縁で時折お会いすることがあるんです」

 

 スバルの質問にそう返したのはフェルト。膝を崩した彼女は、所作や言葉遣いの全てが女性らしく、初対面の面影はどこにもなかった。

 王城で見たとき以上に、スバルは彼女が本物なのかと疑い、思わず凝視してしまう。

 

「ぷっ」

 

 そんなスバルに、フェルトは小さく息を漏らす。それを境に、堪えきれないとばかりに笑い出した。

 

「わりーわりー、兄ちゃん驚かそうと思ったけど、予想以上にいい反応するもんだから」

 

 げらげらと性別不明の悪戯小僧のように大笑いし、フェルトは胡坐に体勢を変える。アナスタシアやクルシュがそれに驚く様子はなく、スバルも一気に肩の力が抜けた。

 

「んだよ、やっぱそっちが本性かよ」

「とーぜんだろ……て言いてーけど、そうか兄ちゃんは王選のとき最後まで居なかったんだもんな」

「お城でのことはお願いします掘り返さないでください胸が痛うございます」

 

 察するに王選の場、おそらく演説に、フェルトはこの悪ガキモードで臨んだのだろう。

 それとは別に、あれは掘り起こされたくない黒歴史。スバルは深々と頭を下げる。

 

 くすくすと笑いながら、アナスタシアが口を開いた。

 

「フェルトさんの言う通り、ウチらはこの一年ちょくちょく会ってたんよ。最近やと先月の『トメト祭り』やんな」

「クルシュさんの顔がトメトまみれになってたやつな」

「フェルトも似たようなものだったろう」

「だな」

 

 王選候補三人が普段から交流を持っているという事実はもちろん大きなものだが……それ以上にとんでもない情報が、さらっと解禁された。

 

「クルシュさんがトメトまみれに?」

「そうなんよ。ハクチュリの『トメト祭り』、結構盛り上がるんよ?」

 

 アストレア家の直轄領であるハクチュリ。

 そこでは今年の豊作への感謝と来年の豊作を祈願する祭りとして、収穫祭の『トメト祭り』が毎年開催されている。ふんだんに収穫されたトメトを投げ合い、最後の一人が倒れるまで戦い続けるのだ。

 クルシュやフェルトの頭を真っ赤に染めたのも、彼女たちがよけ切れなかったトメトであった。

 

「領民同士の対決と、養成所の奴らの対決。特に後半はエグいくらい盛り上がるんだぜ?」

 

 自慢げなフェルトの言う通り、養成所の生徒たちによる部門ともなれば、それはもはや小さな戦争だった。

 

 騎士や衛兵を志す若者たちが、本気でトメトを投げ合う。その迫力を一目見ようと周辺領から見物客が押し寄せ、有望株を青田買いしたい貴族や騎士団関係者まで姿を見せる。

 さらにクルシュなど一部の猛者は「見ているだけなどつまらない」と、毎年その戦場へ飛び込んでいくのだ。

 なおラインハルトも参加しており、目隠しした状態でフェルトを肩車するというハンデを背負い、最後まで善戦していた。

 

「そんなこともあってウチらは交流があったけど、ナツキくんのとこはあんまりお話する機会がなかったやろ?」

「だから今回、私たちに声を掛けてくれたのね」

「そう。やから、お話の通じん人らには声かけんかったし」

「お話が通じない……?」

 

 エミリアが難しい顔をする。が、アナスタシアの今の答えは悩むほどのものでもない。そもそも、この場に不在の陣営は一つしかないのだから。

 

「プリシラんとこか」

「あそこは完全に独自路線なのと、呼び出す口実が全然見つからんかったんよ」

 

 わりとあっさり、一陣営だけハブにしたことを告白するアナスタシアに、スバルもさしたる抵抗感もなく同意見だと受け入れる。

 

 そうしてひとまず、全員のプリステラへ足を運んだ理由が共有されたことで、スバルの意識が別の事柄に向く。

 フェルトとラインハルト。彼らの陣営に用意された席、座布団は二つ。それはつまり──

 

「アリーゼなら来ないぜ」

「そうなのか」

 

 すると当然、視線を向けられているフェルトには、スバルの内心が見透かされる。

 

「アリーゼはヴィルヘルムさんやテレシアさん、あとは王都のおっさんも拾って旅行中だ。アタシが御守りはいらねーっつったら、家族水入らずで行くってよ」

「家族水入らず……」

 

 その言葉に、スバルの視線がフェルトの隣に向く。ラインハルトは苦笑しながら首を横に振った。

 

「除け者にされたわけではないよ。実際、アナスタシア様の『鉄の牙』にフェルト様の護衛を任せて、僕も旅行にいくことを勧められた。僕がここにいるのは、僕自身が一の騎士としての責務を全うすると決めているからだ」

「そうか、そりゃ良かった」

 

 家族内でハブられているなんて悲劇がなかったことに、スバルは安堵する。

 

 同時に、アリーゼとの邂逅は叶わないという事実に、思わず肩を落とした。

 かつてスバルに英雄の心構えを説き、背中を叩き、鼓舞してくれた女性。スバルは彼女に、感謝や敬意、憧れすら抱いていた。

 

「えい」

「痛い!?」

 

 そこに訪れる、急な痛み。

 隣で膝を崩し座っていたエミリアが、僅かに腰を上げて体重の乗った肩パンをかましてきたのだ。

 

「エミリアたん、なんで今俺殴られたの!?」

「よくわからないけど、なんだかすごーくもやもやしたの!」

 

 そうして、何故か不機嫌なエミリアは、ぷりぷりと頬を膨らませて、

 

「スバルは私の騎士様よね?」

「? そうだぜ。俺の心は真っ直ぐエミリアたんに一直線……途中で二股に割れてるけど、ストレートでいたたたたたっ!?」

「それはたぶん一直線とは言わないし、その自覚のなさがますますダメなのよ」

 

 自身の誠実さをアピールしようとしたのに、ベアトリスに渾身の力で耳を引っ張られた。しかし、涙目で抗議するスバルにベアトリスは知らん顔。

 と、そんなやり取りを、周囲は微笑ましそうに、愉しげに、呆れたように、種々の感情を持って眺めていたのだった。

 

 




アリーゼさん、プリステラ編は出禁です。
彼女が及ぼす各キャラへの影響と、それによる原作との大小さまざまな差異を楽しんでもらえればと思っています。

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