『強欲』により右脚が抉られ、破壊されたスバルは、ミューズ商会の地下で目を覚ました。
地下には怪我人で溢れており、『憤怒』の権能により、全員がスバルと同じく右脚に深い傷を負っていた。
眠っていた間の事情を聞くため、スバルはアルの肩を借りて、触れるだけで激痛が走る右脚を庇いながら地上に戻る。
「ナツキくん、目が覚めたんやねえ。よかった、ホッとしたわぁ」
そんな二人を迎えたのは、はんなりと微笑むアナスタシアだ。
その泰然とした態度は、彼女が日常の延長のように──否、さすがにそんなことはない。アナスタシアの表情にも、微かな疲労の片鱗が見える。
それはそうだろう。彼女もまた、この魔女教が起こした騒乱の当事者なのだから。
「寝坊して悪かったな、アナスタシアさん。俺の席ってまだある?」
「心配せんでもちゃぁんと用意してるよ。一手早く、奴さんらと遭遇したナツキくんの話は貴重やしね。ほら、座って座って」
手招きするアナスタシアに呼ばれ、スバルは右足を庇いながら部屋の中央の円卓へ。アルの力を借りて椅子に腰を下ろすと、一息ついて周りを見回した。
「ふう、人心地……っと、それでここに集まってるのが」
「魔女教災害対策本部っつーとこだな。ま、それにしちゃ貧相かもしんねぇけど」
スバルの言葉を引き取って、鉄兜の金具を弄るアルが嘆息する。その呟きを聞きつけ、腰に手を当てたアナスタシアが「こーら」と片目を閉じる。
「そないな言い方せんの。お目当てのお姫様がおらんくて、アルさんが不安なのはウチもわかってるけどな?」
「不安ってか、この状況で傍にいねぇとか絶対に怒られっからそれが怖ぇんだけどな」
恐々と首をすくめるアルの発言を、室内の顔ぶれが裏付ける。
場所は建物の会議室、二十人は入れる広い一室だ。
室内にはアナスタシアを筆頭に、クルシュにフェリス、フェルト。王選の関係者がちらほらと集まっているが、その中にアルの主人──プリシラの姿はない。
「つか、うちの陣営の集合が悪すぎるな。オットーとガーフィールもいねぇぞ」
『強欲』に連れ去られたエミリア。
『憤怒』により重傷を負ったスバルたちを治癒し、限界までマナを使った反動で眠っているベアトリス。
女二人だけでなく、男二人の姿もそこにはなかった。
「王選の関係者が勢揃い、ってわけにはいかんかったねえ。ウチのところも、昨日からミミが戻ってへんし、ガーフィールくんと一緒やとええんやけど」
「そこが一緒なら、戦闘力的には心配いらねぇか……」
頬に手を当て、愛娘の居所を不安がるアナスタシア。スバルも彼女の願望に同意するほかない。
「ところで、集まってる関係者ってこれで全部なのか? ラインハルトはもちろん、ミューズ商会に来てるはずのオットーとか、あとアナスタシアさんのところも全然数が足りねぇけど……」
気を取り直したスバルが、室内にあるべき顔が見当たらないことに触れる。
ミューズ商会に交渉に向かったはずのオットー。それに、ユリウスやリカード、『鉄の牙』といったアナスタシアの主戦力。何よりこちら側の最高戦力である『剣聖』も見当たらなかった。
「ユリウスと犬人のおじ様、それに『鉄の牙』の子たちはフェリちゃんたちをここまで護衛してくれたあと、他の避難所を回って安全確認中だよ」
「重傷者がいればフェリスに連絡が。救われる命が、それで一つでも多ければと」
「なるほど、それは……でも、連絡って?」
携帯電話でもあれば話は別だが、簡単に連絡を取る手段はこの世界にはそうはない。
しかし、そんなスバルの懸念に、フェリスが「これだよ」と手を差し出した。その彼の掌にあったのは、折り畳み式の手鏡──否、『ミーティア』だ。
「それ、対話鏡か!」
「ふっふーん、そう。しかも、一年前の魔女教との戦いで回収したヤツだよ。アナスタシア様が保管してたの。それを使わせてもらってるってわけ」
ウィンクするフェリスが持つ『対話鏡』とは、対になる鏡を持つ同士で会話することが可能となる、まさに携帯電話と同じ役割を果たせる『ミーティア』だ。
一年前、『怠惰』の大罪司教、ペテルギウスとの戦いで回収された戦利品の一つであり、それが今回、魔女教との戦いに再び役立てられているらしい。
「鏡三枚でやり取りできる珍品やもん。こんなとき役立てんともったいないわ」
「で、戦える組がそれを持って外回り中ってことか。なるほどな」
魔女教の所有物だった『ミーティア』が、巡り巡って魔女教との戦いに役立つとは因果なものだ。それを持ち込んでいたアナスタシアも、実に用意周到といえよう。
「ラインハルトには別で急ぎの用をやってもらってる。長くなるから説明はあとでな」
「なる」
伝法なフェルトの説明に、スバルも軽く応じる。
なお、オットーはシンプルに行方不明らしいが──
「──まぁ、心配いらねぇか。あいつならヘマもしねぇだろうし」
スバルは友達の生存力を信じて、その懸念を後回しにした。
ともあれ、外回り組の動向が分かり、オットーの安否は信じると決めた。この場にいないのはガーフィールも同じだが、こちらも戦闘力的に心配は後回し。
彼らを除いて、俄然、安否が気にかかるのは──、
「アルさんとこのお姫さん、どこに居るかも、何しでかすかも分からんくて怖いわぁ」
スバルの視線から意図を読み取ったアナスタシアが、頬に手を当ててアルの方へと水を向ける。それを受け、アルは「勘弁してくれや」とくぐもった声で応じ、
「姫さんの考えなんざオレだって読めねぇよ。ま、ピンチに陥ってるとは思えねぇが、大人しくしてるとも思えねぇってのがオレの意見かね」
「そういや、プリシラなら一番街の公園でリリアナと一緒だったぞ。別れたあと、俺は足がこうなる原因とぶつかってたんで、その後のことはわからねぇけど……」
「姫さんが一番街に? ……ここと、そう遠くねぇな」
スバルの出しそびれていた情報を聞いて、アルが鉄兜の顎に触れて考え込む。当然、従者としてはすぐ、居場所のわかった主の下へ駆け付けるべきだ。
「まぁ、姫さんには姫さんの考えがあんだろ。オレが焦って飛び出す必要はねぇわな」
「そ、それでいいのかよ、お前」
「兄弟も言ってたろ? 信頼、信頼。姫さんには恥ずかしいから言わねぇでくれや」
先のオットーへの発言を蒸し返され、スバルは唇をへの字に曲げる。ともあれ、各々のスタンスと状況は一通り理解した。
「オーケー、周回遅れの俺に付き合わせて悪かった。今度こそ本題に戻ろう。ここが魔女教災害対策本部ってんなら、今の方針はどうなってんだ?」
「まず、外回り組からの報告待ちやね。とはいえ、魔女教が都市庁舎の『ミーティア』を使って放送したことと……」
「都市の、四つの制御塔が奪われたことは間違いないようだ」
そう言って、窓際に立ったクルシュが外の景色を手で示す。その彼女の指摘に従って目を凝らせば、窓の外、都市の外壁に隣接する石造りの塔──制御塔が見える。
制御塔とは、水門都市プリステラを縦横無尽に流れる水路、その水量を調節するための管理施設だ。塔は都市の東西南北にそれぞれ存在しており、この会議室から見えるのはその内の一つに過ぎないが──、
「──塔のてっぺんに、旗か?」
遠く、制御塔の上にはためく旗が立っている。今朝と昨日、都市を歩いている最中には見当たらなかったものだ。旗には、赤い塗料で奇妙な紋様が描かれている。
その、眼をイメージした旗印が、スバルの記憶の嫌な部分を刺激した。
「描かれているのは魔女教の紋章。こうした示威行為をするのは、私が知る限り『怠惰』のみだったはすだが……」
クルシュの言葉通り、それは魔女教徒が好んで纏う黒衣に描かれていた紋章だ。直近ではシリウスの纏ったローブにも、あれと同じ紋章が描かれていた。
それが、制御塔の頂点に旗として掲げられている。──その意図は、明白だ。
「あの旗が、四つの制御塔全部に掲げられてるってのか?」
「その通りだ。制御塔が押さえられた以上、その気になれば奴らはいつでも街を水没させることができる。……対処は急務だ」
クルシュの言葉に、都市の置かれた状況の悪さがはっきりと伝わってくる。
まるで、核爆弾のスイッチを赤ん坊に持たせたような綱渡りの状況──より
「街の人たちのパニックは? 魔女教に制御塔が奪われたなんて聞いたらやべぇだろ」
「元々、水災に備えた危機管理が行き届いていたおかげで、都市の混乱は驚くほど抑えられている。ただ、都市から避難するのは現実的ではない」
ルグニカ五大都市の一つであるプリステラ、その人口はざっと見て十万人規模だ。とてもではないが、混乱を生まずに大避難が可能な人数ではない。
ましてや、魔女教の目を掻い潜ってとなれば、それはもっと難しいだろう。
「都市から出入りする大正門と制御塔ってすぐ近くだし、完全に相手に首根っこを掴まれちゃってる感じ。それで、肝心の敵に……」
「──大罪司教が三人、だな」
フェリスの目配せを受け、スバルが状況が最悪であることの後押しをする。
その報告自体はすでに受けていたらしく、アナスタシアたちの表情は明るくはないが、格別の驚きは得ていない。純粋な、脅威に対する警戒があるだけだ。
「俺と、広場の人間に揃いの傷を付けた『憤怒』と、エミリアを連れ去りやがった『強欲』、都市庁舎で放送したっていう『色欲』……クソ野郎のオールスターかよ」
「意外と、ナツキくんは冷静なんやね。エミリアさん、連れてかれてしもたんやろ?」
「だからだよ。慌ててバタついて、それで取り戻せるなら歴史に残るぐらい取り乱してやるさ。でも、そうじゃねぇんだ。──そうじゃねぇんだ」
すでに一度、スバルは冷静さを欠いたことでミスを犯している。その代償にエミリアを奪われ、代わりにツケを払ってくれたのがベアトリスだ。
もうこれ以上のミスは犯せない。全てを取り返すには、鋼の心が必要なのだ。
「ひとまず本題の話を進めよーぜ。兄ちゃんも寝てる間のこと、聞かなきゃなんねーだろ」
「そうだな。えーと、それで放送についてだけど……」
フェルトに促され、スバルは視線を全体へ戻す。そして、地下で話を聞いた当初から気になっていた問題に触れた。
それは──、
「──『色欲』の大罪司教、カペラ・エメラダ・ルグニカってのは、なんなんだ?」
◇◇◇
──カペラ・エメラダ・ルグニカ
それが『色欲』の大罪司教が名乗った名前だ。
スバルは直接はその名乗りを聞けていないが、その名前だけで十分に引っ掛かる部分がある。
「家名にルグニカって入るのは、それこそルグニカの王族だけのはずだろ? その名前を騙ってることに何の意味があると思う?」
「おちょくってるんじゃねぇの? 王族がみんな病死したってのは有名な話だろ?」
「ただの悪ふざけならそれだけで終わる。何かしら意図があった時がやべーよ」
スバルの抱いた疑問に、アルとフェルトがそれぞれの見解を持ち出す。
二人の意見はどちらも、魔女教ならばありえるという意味で考慮に値する。こちらをおちょくる思惑、あるいは悪辣な謎かけ──どちらとも考えられた。
「──一つ、思い当たる節がある」
と、そこへ二人と違った見解があるのか、クルシュの凛とした声が割り込んだ。
「思い当たる節?」
「ああ。カペラ、の名についてはわかりかねるが……かつて、エメラダ・ルグニカの名を持つ王族が、ルグニカ王家の血脈に名を連ねていたことは確かだ」
「──っ!」
その思わぬ情報に全員が瞠目すると、クルシュはそっと目を伏せ、語り出した。
「エメラダ・ルグニカが存命だったのは『亜人戦争』以前、五十年以上前のこと。当然私も伝聞でしか知り得ないが……非常に美しく聡明な女性であったと」
言葉だけを聞けば、過去の偉人の名を騙り、それを踏み躙るための醜悪なお遊びと言える。しかし、クルシュから滲み出る濃密な怒りが、そんな推論を否定していた。
「だが、エメラダ・ルグニカが王国に貢献した事実はない。むしろその逆、エメラダは美しく聡明でありながら、その性格は残忍極まりなく、余人には計り知れない闇を抱えていたと。故に、彼女が若くして病に倒れた際も、王国は彼女の死を嘆くどころか、国葬を執り行うことすら断念した。さらにはその死の事実さえも、しばらくは秘されていたとのことだ」
カルステン公爵家の当主のみ知り得るような、ルグニカ王国の汚点とも言える人物。そのエメラダを名乗る『色欲』の性根の悪さが浮き彫りになる。
「……さすがに本人ってことはねぇだろうから、『色欲』がエメラダを騙るのは」
「病に倒れた王家への当てつけと、エメラダ・ルグニカの名を知る者への婉曲な嫌がらせ。多くのものにとっては、王家の名を騙ることで疑心暗鬼を誘うため……そんなところだろう」
クルシュはそう結論付けると、深々と吐息し、小さく首を振る。
「……すまない。少し我を失った」
クルシュはゆっくりと目を開き、顔を上げ、そして謝罪する。
スバルは彼女の怒りの理由、その一端に心当たりがあった。
──フーリエ・ルグニカ第四王子
白鯨討伐前にフェリスから語られた、クルシュと親しかったルグニカ王族の名。
詳しいことは分からないが、それでもフェリスが親愛を抱き、おそらくクルシュもそれに近しい感情を抱いていた人物。
その彼が冠していた『ルグニカ』という名を貶める行為を、クルシュが許容できるはずもなかった。
スバルが、そんな彼女に掛ける言葉が見当たらずにいると──
「はいはい、みんな落ち着いたって。相手のやり口にいちいち狼狽えてるやなんて、それこそ向こうの思うつぼやないの」
と、そこで大きく手を叩いて、アナスタシアが皆の注目を自分に集める。さすが、大勢の会話を仕切り直すのに手慣れた様子で、彼女はぐるりと全員を見回すと、
「『色欲』が何を企んでても、ウチらの敵ってことは変わらんよ。制御塔を押さえられて、こっちの首根っこが掴まれてても変わらへん」
「切り替えが早ぇな。……さすが、姫さんが一番気にしてるだけあるわ」
「そら、おおきに。あんまり、ゾッとせぇへん情報やけど」
場の空気を一新するアナスタシアを、アルが何とも独特な言い分で称賛する。その言にアナスタシアが苦笑いすると、アルは「実際よ」と首をひねり、
「頭のおかしい大罪司教の企みなんか、真面目に考えるだけ時間の無駄だろうぜ。そんなことより、奴さんの要求についちゃどうすんだよ」
「要求? 待て待て、それ聞いてねぇぞ。要求ってなんだよ」
「あー、ナツキくんにはこれから話そ思てたんよ。『色欲』の、脅迫放送の内容を」
聞き捨てならないアルの発言に食いつくと、驚くスバルにアナスタシアが頷く。そのアナスタシアが発した『脅迫放送』とは、いかにも危うげな単語だった。
「制御塔と都市庁舎を押さえた魔女教やけど、別に都市を滅ぼしたり、関わった人間を皆殺しにするんが目的とは違うみたいなんよ。なんでも、『色欲』はこの都市で探し物があるらしゅうて、都市を人質にしたんはそのための手段なんやって」
「それって……つまり、都市を人質に取ったテロってことだよな?」
アナスタシアの説明を受け、魔女教のシンプルなテロ活動にスバルは唖然となる。
何故か、ここまで全くその発想が浮かばなかったが、人質を取った上での交渉はテロリストとして至極真っ当な常套手段だ。ただ、スバルの中でそうした合理的な悪事と、魔女教の不合理性が全く以て一致してこなかっただけで。
「ナツキくん、大丈夫? 驚きすぎと違う?」
「いや、いや、あまりにもその発想がなくて。……悪い。で、その探し物ってのは?」
おそらく、碌なものではあるまい。あるいは、すでに確保されたエミリアの身柄である可能性もなくはないが、周囲の様子を見るにそうではないのだろう。
そう推測するスバルに、アナスタシアは首元の白い狐の襟巻きをそっと撫でる。
そして──、
「──『魔女の遺骨』」
「……あ?」
それがあまりにも予想外の響きすぎて、スバルの脳が単語を処理するのに失敗する。
結果、呆気に取られるスバルに、アナスタシアは再び唇を舌で湿らせて、
「『魔女の遺骨』や。奴さん、それが目的でこの都市にきたーて言うてるんよ」
◇◇◇
『魔女の遺骨』
それはかつて、世界の半分を飲み干したと言われる『嫉妬の魔女』のものではなく。
『亜人戦争』当時、亜人の連合に協力し、便宜上魔女と呼ばれ、恐れられていた魔法使いのものでもない。
「この都市で魔女の話題が出るんなら、それは偽物に付けられた渾名と違て、本物の『魔女』のことが言われてるはずや」
アナスタシアがやけに確信めいた口振りで、スバルには到底受け入れ難い結論を口にする。
「その言い方……アナスタシア様には、心当たりがあるってことなの?」
「そうでなきゃ、ウチもこんなことよう言わんよ。その心当たりがあったから、あの『色欲』の放送のあと、遠出してでもキリタカさんと合流したぐらいやし」
伝えていなかった裏の思惑を明らかにして、アナスタシアが浅葱色の瞳を細める。そのまま、彼女は一同の顔をぐるりと見回すと、
「この水門都市の成り立ち、少し調べたらわかるんやけど、みんな知ってる?」
「──。大昔に、何かを捕まえるためのでかい罠だったって話は、聞いた」
プリステラに到着した当初、美しい街並みを見渡しながら、スバルの隣でベアトリスが講釈してくれたのが思い出される。具体的に何を、という話ではなかったが。
そのスバルの答えに、アナスタシアは「そう」と頷いて、
「その、都市を使った罠にかけられたんが、件の『魔女』やったって話なんよ。都市を水没させて『魔女』を滅ぼした。その遺骨が、今も都市のどこかにあるいうてな」
「けど、『嫉妬の魔女』は封印されて……」
思わぬ形で、都市の過去の全容が明らかになる。だが、それはやはり筋が通らない。
「ナツキくんの疑問の答えは簡単。魔女は『嫉妬の魔女』以外にもおったんよ。記録にはほとんど残されてへんけど、そんな口伝もなくはない。そして、この都市には……」
「──その、古き魔女の骨が残されていると」
アナスタシアの話、その最後の部分を引き取り、クルシュの琥珀色の瞳が理解の光を灯した。
「その『魔女の遺骨』と、卿がキリタカとの合流を急いだことの関係は?」
アナスタシアの真意に改めてクルシュが踏み込む。その問いかけに、アナスタシアは片目をつむり、
「『魔女の遺骨』は水門都市の重要機密……逸話と在り処、それぞれよく知ってるんは十人会の人間だけ。そう聞いとったからやね」
「都市のお偉方しか、その骨の在り処を知らない……つまり、アナスタシアさんはあれか? 『色欲』の要求に応じた方がいいって?」
「そうは言わんよ。この手の相手の要求に従うと、ズルズルとつけ上がらせるんがお約束やし。それはそれとして、問題の商品の所在は確かめておきたいのと……うっかり、十人会の誰かが『色欲』に教えてしまうかもしらんやん?」
「それは、そう、だな」
スバルの浅知恵と違い、アナスタシアの判断は迅速で的確だ。
テロリストとの交渉に応じれば、事態は悪化の一途を辿る。今回の例で言えば、『魔女の遺骨』を回収した瞬間、大罪司教は都市を水没させかねない。
その程度には、奴らの人間性が信用できないことをスバルは信用している。
「んで、そこでフェルトさんとこの騎士様が出てくるんやけど」
「ラインハルトが?」
「そう。あの『色欲』の放送のあと、ウチを探してたフェルトさんと会うてな。『魔女の遺骨について、急ぎの対処が必要ならコイツを使え』言うてくれて……せやから『剣聖』には十人会の人たちの保護と回収をしてもらってるん」
「そういうことか」
スバルは『剣聖』がいない理由を理解した。
それと同時に、自身の身の安全も保証されないこの緊急事態に、陣営の最高戦力を即座に貸し出すフェルトの果断さに感嘆を覚えた。
「そのあたりが、ナツキくんが眠ってる間の詳細やね。キリタカさんを含め、他の十人会の人たちも保護できたら、今の遺骨の話を詳しく聞く。そしたら、本格的に対応を決めなあかんから」
「対応、ってのは……」
「──当然、倒すか逃げるか、やね」
低く、アナスタシアの声には静かな決意と、青い炎のような怒りが灯っていた。
「今回、候補者をプリステラに呼んだんはウチや。それがこんなことになってしもて、ウチかて責任感じとる。……これだけやってくれた子ぉらに、落とし前はつけさせなな」
おっとりと、自分自身に戦闘力を持たない大商会の主が、淡々とそうこぼした。それにスバルは、獣の牙を首にかけられたのと同等の恐怖を覚える。
アナスタシア・ホーシン、彼女もまた、敵に回してはならない一人なのだと、改めて。
「来たみてーだぞ」
直前のアナスタシアとは対照的──おそらく意図的に緩く告げたのはフェルト。
彼女に釣られて、スバルの視線も会議室の入口へと向く。
それを合図に、ゆっくりと扉が開く。
扉の向こうに控えていた人物、その姿が顕になる。
「──遅れてしまい、申し訳ありません」
一言、その人物がそう口にしただけで、万の助勢を得たような力強さが溢れた。
「────」
全身、突き抜ける衝撃は凡人が英雄を目の当たりにしたときに感じるそれに違いない。そして、その邂逅はまさしくその通りの出来事であったのだ。
魔女教に都市の生命線である制御塔を奪われ。
都市の人々の心を削る『ミーティア』を奪われ。
どうしようもない窮地にいるにも拘らず。
その姿に、心が沸く。
その声に、甘い安堵がもたらされる。
「『剣聖』の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア──十人会の皆様の保護、完了致しました」
──そう言って、赤々と燃ゆる炎、『剣聖』は任務完了の旨を報告した。
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