結果から述べると、都市庁舎奪還のカチコミは失敗した。
多腕族の男──四本の大刀を八本の腕に構える巨漢に、スバルたち五人の一斉攻撃は通用せず、次いで竜に変身した『色欲』が現れた。
そのカペラを追うため、ガーフィールとリカードに大男を任せて都市庁舎に突入したところ、その屋上で一人の少年に遭遇した。
「僕たちは魔女教、大罪司教──『暴食』担当、ロイ・アルファルド」
「『暴食』ぅ──っ!!」
少年が『暴食』を名乗った瞬間、スバルは人生で最も早く、渾身の鞭撃を放っていた。
鞭の先端が風を切り裂き、憎らしい敵の顔面を容赦なく打ち据える。直撃すれば皮が剥がれ、肉が裂け、二目と見られない凄絶な傷跡を残す一撃、それを──、
「──まァ、俺たちが恨みを『食ってる』のはよくあることだけどさ」
鞭の先端を牙で噛み止めた『暴食』が、いけしゃあしゃあとそう言い放った。
「ロイ・アルファルド……?」
スバルの沸騰する思考を止めたのは、クルシュのそんな呟きだった。
「……クルシュさん、何かあったのか?」
「前に私が遭遇した大罪司教とは違う……ライ・バテンカイトス。膝下まである濃い茶色の髪と、病的なほど痩せ細った体型、それにボロ布をまとっただけの粗末な少年だった」
「それって……」
「おやぁ、お姉さんは僕たちに会ったことがあるのかなァ……」
スバルの脳裏によぎった最悪の想定を、『暴食』ロイ・アルファルドが肯定した。
「そう言えば、ライが一人しか食えずに帰ってきた時があったかなァ……まあその一人が絶品だったとかで、『美食』のライは満足してたけどさァ」
まさか、『暴食』は二人いたのだ。
目の前のロイ・アルファルド。そしてスバルにとって因縁の、レムを喰ったライ・バテンカイトス。
一つの大罪に複数の大罪司教。『暴食』だけルール逸脱が過ぎた。
その『暴食』は続いて屋上に飛んできたユリウスに断腸の思いで任せ、スバルとクルシュは都市庁舎の中へ進んでいった。
そして、『色欲』カペラ・エメラダ・ルグニカにより、クルシュは彼女の血を浴びせられ、スバルも右足を吹き飛ばされ血を浴びせられ、意識を失ったのだ。
スバルが意識を失ってから、制御塔の大水門が開かれ、流れ込んだ水が都市の一切合切を押し流していったらしい。
幸い開いた門はすぐに閉じたそうだが、スバルはそれに流され、そして水路に浮いていたところをプリシラとリリアナに救出された。
『憤怒』の権能により阿鼻叫喚の様相だった避難所にて、リリアナの歌が彼らを『権能』から解き放てることを目の当たりにした。
プリシラはシュルトという従者を探しており、ついでに避難所を巡っている。その結果、たまたまリリアナの歌が住民を救っているだけなのだと。そう嘯く姿に、スバルのプリシラ評が意外感と納得感で更新されたのだった。
◇◇◇
そうしてプリシラたちと別れ、スバルは魔女教災害対策本部であるミューズ商会へ向かっていた。
「────」
眼前、生臭い体臭を垂れ流しながら、盲目の亜獣が地面の臭いを嗅いでいる。
息を殺し、相手に存在を気取られないようにしながら、スバルはここまで何度か接触しかけた亜獣とその亜獣を見比べ、胸中で強い義憤を覚える。
プリシラが醜悪と称し、リリアナも「歌えないですよぅ」と嫌った亜獣。目や耳、口などの部位がそれぞれ欠落する代わりに、亜獣の肉体は刀剣や盾などの無機物と合一されている。
自然には発生し得ない悪逆な作為。この都市には、生き物の体を不自然に弄れる存在が確かにいるのだ。
「カペラの野郎……」
スバルの頭に亜獣の生みの親、あるいは『製作者』と呼ぶべき相手が浮かぶ。『色欲』の大罪司教カペラ、人の世の悪意の権化のような彼女なら、自ら不完全な亜獣なる存在を作り出し、水門都市をその狩り場とする悪趣味も頷ける。
だが同時に、こんな考えも過る。──亜獣の『素材』はどこから調達したのか、と。
「──ッッ!!」
「ぁ」
歯噛みした瞬間、ふと踵で小石を削る音が響いた。途端、視力のない亜獣の首がこちらへ向いて、猛然とスバルの方へと路地を蹴る。
頭部から生えた斧が重く、亜獣の疾走は不格好だ。斧の先端が路地に当たり、断続的に火花を上げつつ迫る亜獣、その接近にスバルはとっさに横へ飛んだ。そして、壁のささやかな溝を足場にし、亜獣の上を飛び越えるアクロバット。
「よ、ほっ!」
カペラの血を垂らされたスバルの右足は、そのグロテスクな見た目とは裏腹に驚くほど快調で、いつも以上にパルクールが冴える。軽々と亜獣を飛び越し、慌てて反転する亜獣を置いてスバルは路地の外へ。
「──ぎるるるるッ!!」
そこで、不細工な咆哮と共に横から突っ込んでくる一頭の攻撃を回避。大股を広げて跳躍し、股下を亜獣が通過、バランスを崩してスバルは地面を転がる。その転がる勢いを残したまま、走って離脱しようと構えるが──、
「……しまった」
正面、また別の亜獣が音もなく立ち塞がる。口がないタイプで、皮肉にもそれで唸り声がしなかったのだ。横からのタックルを躱された一頭は耳がなく、最初の目がない一頭を加えると、都市の亜獣の三パターンが揃い踏みだった。
「────」
前後と横を綺麗に塞がれ、路地でスバルは亜獣に追い詰められる。
ちらと横を見れば、経年劣化の進んだ建物の壁。勢いと気合いがあれば乗り越えることは不可能ではない。
スバルは足に力を込める。前後と左、亜獣が身を屈める気配があり、それより一手早く、スバルは壁に取り付こうとし──、
「──動かないでくれ、スバル。狙いが逸れては事なのでね」
自力で打開するよりよほど信頼度の高い声がして、その選択を放棄した。
足を止めたスバルへ三体の亜獣が殺到する。それぞれ斧や牙、爪と刃の混ざった体を叩き付けてくるが、それがスバルの体に届くことはない。
それらの攻撃は全て、翻る細身の騎士剣によってことごとく打ち払われたからだ。
「すまないが、彼の存在は都市に必要だ。お引き取り願おう!」
割って入った優麗な騎士──ユリウスが三体の亜獣へ剣と精霊術を同時に叩き込む。
鋭い剣撃が目無しの胴を撫で斬り、耳無しと口無しの二体が揃って赤い輝きに呑まれ、炎に包まれる。業火に焼かれた二体は灰となり、声もなくその場に崩れ落ちた。
だが、胴を撫で斬られ、致命傷を負いながらも目無しの一体は攻撃を続行する。
「ユリウス!」
「案ずる必要はない」
──その目無しの首を、流麗な弧を描く斬撃が鮮やかに刎ね飛ばした。
場違いにも、それは目を奪われるほど美しい剣撃だった。切っ先の閃きが亜獣の首の最も脆い部分を的確に捉え、剣の鋭さが痛みさえ与えずに命脈を絶つ。
もし、命を奪う行為に慈悲があるなら、この剣撃をこそそう定義すべきと思えるほど。
人知を超えた生命力であろうと、頭部を落とされれば落命は免れない。全身を灰とされても同じだ。そうして倒れる亜獣の姿に、スバルは強い憐憫の情を抱いた。
「スバル、無事か?」
亜獣を斬り捨てた剣を振るい、振り返ったユリウスの声にスバルは「ああ」と頷く。
「危ないとこだったけど助かった。お前も、その分だと無事みたいだな」
「情けなくも、と言わざるを得ないがね。結局、水門が開いたことで水が流れ込み、都市庁舎の戦いは有耶無耶となってしまった。……君が水に落ちて、行方がわからなくなったときには肝が冷えたよ」
首をゆるゆると横に振り、ユリウスがスバルの肩に手を置く。その掌には珍しく、隠し切れない安堵が滲んでいた。スバルの生還を、噛みしめるように。
「都市庁舎で何があった? 正直、カペラと……『色欲』との戦いの後半から記憶がねぇ」
「覚えていないのか? 黒竜が最上階を攻撃し、君とクルシュ様を連れ出した。私もとっさに黒竜に飛びつき、君たちを取り戻そうとしたところで大水門が開放され……」
「どさくさで、俺が水路に落ちて流された?」
「……正直なところ、助かるかは五分五分と考えていた。よく、無事で戻ってくれた」
肩に手を置いたまま、ユリウスが何度も頷いてスバルの生還を歓迎する。その説明を受け、スバルは自分が想像以上に危険な環境にあったのだと理解した。
だが、細い生存の糸を手繰り、スバルは戻った。ユリウスとも、無事再会して。
「それで他のみんなは? 無事なのか? クルシュさんが危なかったのは覚えてるんだ。今、急いでミューズ商会に戻ろうってしてて……」
「気持ちはわかるが落ち着いてくれ。まず、君の一番の不安を解消しよう。都市庁舎の奪還に挑んだ者は全員生還……君の無事を以て、そう言える」
「全員、生還……そう、か」
その答えが聞けて、スバルは安堵のあまり、その場にしゃがみ込んだ。自覚以上に気が張り詰めていたらしく、震える膝に力が入らない。
「あんだけ強敵揃いのとこで、よくぞ全員……あの大水でも、被害は出なかったのか」
「際どいところではあった。私もリカードたちもお世辞にも優勢とは言い難く、水がこなければ敵に押し切られ、被害が出ていた可能性もあった。魔女教の行いを思えば皮肉な話だ」
悔悟よりは自嘲の強い響きを交え、ユリウスがそう答えるのにスバルは眉を顰める。
聞くに、都市に甚大な被害をもたらしかけた水害は、都市庁舎の攻防戦という局所的な場面ではスバルたちに味方したらしい。
その場合、魔女教は水門の開放で墓穴を掘ったことになる。とはいえ、奴らが局所的な攻防の勝敗に一喜一憂するかは怪しいと言わざるを得ない。
「他にも、伝えなければならないことは多いが……ひとまず、行き違いにならずに済んでよかった。──今、ミューズ商会には誰もいない。無駄足を踏むところだった」
「商会に誰もいない? なんでだ? ラインハルトにフェルトたち、何より俺のベア子が残ってるはずで……」
「その点でも、落ち着いて聞いてほしい」
不穏な雲行きにスバルが唾を呑み込む。それを見届けるユリウスが一呼吸を挟み、
「フェルト様の懸念していた通り、我々が都市庁舎を攻撃している間、ミューズ商会が襲撃を受けた。十人会を狙ったものだが、結果、アナスタシア様とフェルト様が指揮を執り、商会に残っていた人員は拠点の放棄を余儀なくされたんだ」
「放棄した!? だって、あそこはラインハルトが警護してたはずだろ!?」
商会に残っていたのは『剣聖』、スバルの知る最強の存在だ。
一年前に『強欲』すら退けた彼をして撤退を選ばなくてはならない相手が……まさか未だ登場していない『傲慢』でも現れたのかと──
「先に言っておこう、ラインハルトが後れを取ったのではない。現れた大罪司教が『憤怒』、君が言う体感覚の共有という権能が彼を縛った」
「ここでも『憤怒』かよ……つまり、ラインハルトは攻撃できなかったってことか」
実際、ラインハルトも一度は『憤怒』に勝利しているループがあった。だが、その『権能』によりシリウスの傷がスバルたちに共有され、そして死んだ。
「そうだ。そうやってラインハルトが『憤怒』を抑えている間に、かろうじて負傷者たちを連れ出すことに成功した。ベアトリス様や、ミミたち、十人会の身柄も無事だ」
「……犠牲者はいねえんだな」
「ああ。それだけが不幸中の幸いだ」
不幸中の幸い。その一言に尽きた。
ラインハルトを残すという選択が当たったと同時に、相性最悪の敵が来てしまった。だが、結果として犠牲者はゼロ。ラインハルト以外ならば確実にそうはいかなかっただろう。
「おそらく『権能』の射程外に出たからだろう。『憤怒』は突然に撤退したそうだが、私たちはミューズ商会を失い、拠点を都市庁舎に移している」
「都市庁舎? 取り戻せたのか?」
「水門が開かれ、私たちとの攻防が文字通り流れたあと、彼らは都市庁舎を放棄した。ただし、最後にもう一度だけ放送をしてだ。それは聞いただろうか?」
「……ちょうど、水に浮き沈みしてた頃でな」
都市庁舎の奪還、それを素直に喜べそうにない流れに、スバルは唇を曲げて答える。
その答えに形のいい眉を顰め、ユリウスはしばし躊躇ってから、
「大水が水路を氾濫させ、都市の各所が被害を受けたあとだ。私も、混迷する状況の把握に苦心していたとき、空から再び、『色欲』の声が都市へ降り注いだ」
「────」
無言で、スバルはユリウスの話の先を促す。
そのスバルの求めにユリウスは頷いて、長く、深い息を吐いたあとで続けた。
「『色欲』は……いや、魔女教というべきか。彼らは都市庁舎への攻撃の罰として、都市を解放するための条件を付け加えた。『魔女の遺骨』に加え、三つの条件を」
「……内容は?」
「──『叡智の書』と呼ばれる本、そして『人工精霊』。それに加え」
そこまでだけでも、スバルにとっては十分以上に刺激的な要求だ。
だが、最後の一つを口にすることは、ここまで話したユリウスさえも躊躇った。その彼の躊躇いに、スバルはどれほどおぞましい要求だったのかと身構える。
しかし、その躊躇いがユリウスの配慮だったのだと、スバルはすぐに理解した。
何故なら、その要求は最も馬鹿げていて、最も場違いなもので、最もスバルにとって許し難いものであったから。
それは──、
「──『銀髪の乙女との結婚式』だ。到底、君が聞いて許せるものではないだろう」
◇◇◇
都市庁舎に戻ったスバルは、現状を確認してからアナスタシア、フェルトの二人と話し合いを行っていた。
「──それで、プリシラたちと別れたあと、俺だけミューズ商会に向かったんだ。で、その途中でユリウスと合流して、こうして都市庁舎に戻ってきたとこ」
端的だが、自分の身に起きた出来事を話し終え、スバルは軽く息をついた。
今、三人が話し合うのは都市庁舎の二階にある会議室だ。カチコミの前にも会議が行われていたその場所で、部屋の中央のテーブルにはプリステラの地図が広げられ、いくつかの文字と印が書き入れられている。
都市の四方にある制御塔と、大水門。そして、細かな点は──、
「全部、街の避難所か。さすがに街がでかいと、避難所の数も半端じゃねぇな。……おかげで水の被害は最小限だけど、代わりに別の問題が起きてる」
地図上の印を見るスバル、その脳裏には見てきたばかりの避難所の混乱が浮かぶ。
シリウスの権能で、その不安の感情を増大させられ、負の方向へ暴走する都市の人々。同じ光景、問題はきっと街の至るところで発生しているはずだ。 そして、その問題に思わぬ形で対処しているのが──、
「──うん、うん。……うん、ありがと。なんや、色々腑に落ちたわ。姿の見えないお姫さんが予想外のことしとるんも、予想通りって感じやねえ」
「あー、うん、その感覚はわかる。予想外なのが予想通りってヤツね」
予想外の方向で、規格外の行動力を発揮するプリシラのことに触れ、アナスタシアが曖昧な笑みを口の端に浮かべる。
ただ、彼女はすぐに頬を引き締めると、真っ直ぐにスバルを見つめて、
「それで、その千切れてくっついたって足の話やけど、大丈夫なん?」
「幸い、飛んだり跳ねたりには支障なし。見た目がグロいけど、一応見る?」
「ん、見せて」
ノータイムで頷かれ、少し驚きながらスバルは右足のズボンの裾をまくる。隠れていた黒い肉腫の侵食を見て、アナスタシアは微かに、フェルトがはっきりと眉を顰める。
「ホントに、痛みはないん? 見るからにじくじくしてそうやけど」
「さすがに触ってみるかとは聞かないけど、痛みはない。触っても感触は普通なんだ。ただ少しばかり、この辺りの傷の治りは早くなってる、かな」
「……それも、大歓迎って感じのお話には思えんね。でも、飛んだり跳ねたりできるんやったらよかった。まだまだ、ナツキくんには頑張ってもらわなならんし」
アナスタシアも、気掛かりを残しつつ、状況的にそれを呑み込むスバルと同じ判断を下した。肉腫自体の除去はできない。が、行動に支障はきたさない。
ならば、優先順位の後ろに回して、より優先度の高い問題に対処すべきだ。
差し当たっては──、
「──『色欲』の権能の被害者、蝿に変えられた都市庁舎の人たちやけど……ひとまず、今は三階の一所に集まってもらってるわ」
「……俺もクルシュさんもいなかったのに、どうやってあの人たちの事情を?」
「クルシュさんを連れ出した黒竜、あの人が意思疎通できたおかげやね。蝿にされた人らも意識はあって、指示に従ってくれた。……それがいいことなんか、自信はないわ」
アナスタシアの抱いた疑問、その答えはスバルにもわからない。
外見同様、頭の中身まで作り変えられてしまえば、姿を変えられたことを苦しみ悩まなくて済む。だが、それは自己の喪失であり、耐え難い存在のエラーでもある。
しかし、自らの肉体を失い、全く別の存在として作り変えられた状態、それを自己を保てていると言えるのか。その答えは、余人に出せるものではないだろう。
「体の動かし方もままならんから、おかげで自害する人は出てへんよ。まだ、事情が呑み込めてない人もいるやろね。……その前に保護できて、それだけはよかったわ」
「自害って、自殺ってことかよ。そんなこと……」
「心配いらんって、思う?」
「う……」
その問いの答えも、やはりスバルには容易に出せない。
ただ、このあまりにも常軌を逸した事態に対して、アナスタシアの方がスバルよりよっぽど冷静に対策を講じている、そう伝わってくる。
彼女が本気で、誰も自害させずに済んだ状況を、最低限の安堵としていることも。
「生きてさえいれば、希望はあるもんや。せやけど、体はもちろん、心が死んでしもても希望は潰える。生きな、あかんよ。どんな状況でも、生きな」
静かに、スバルにではなく、自分に言い聞かせるようにアナスタシアは呟く。
その、絞り出すような、縋り付くようなそれが彼女の死生観なら、スバルも同意見だ。
生きなくてはならない。たとえ泥水を啜ろうと。 生きてさえいれば、きっと抗うチャンスはなくならず、巡ってくる。
そのためにも──、
「問題は山積み。都市に蔓延する『憤怒』の権能、地獄を見せられてる『色欲』の被害者、まさかの複数いる『暴食』に、一番わけのわからん『強欲』……」
「順番に、一個ずつ潰していくしかねぇ」
拳を固め、そう決意を固めたスバル。
「そろそろいーんじゃねーか。アナに兄ちゃんも、心の準備はできたろ」
そこに、これまでアナスタシアに進行を任せていたフェルトが口を開いた。
「フェルトさんは容赦がないなぁ。せやけど、うん。うん……」
噛みしめるように何度も頷くアナスタシア、その様子をスバルは訝しむ。らしくない、そう感じる。何事も率直と、そう思わせる彼女が躊躇っているように見えて。
「アナ」
再度フェルトが促すと、アナスタシアは「せやね」と吐息と共に頷く。
そして、改めて顔を上げた彼女は、スバルを真っ直ぐ見つめて唇を開いた。
「率直に聞かせてもらうわ。──ベアトリスちゃんは、『人工精霊』やね?」
「────」
どこか、確信めいたアナスタシアの問いかけにスバルは息を詰める。
ベアトリスの素性、彼女が『強欲の魔女』エキドナの手で生み出された『人工精霊』である事実。それは、エミリア陣営の外には知られようのない情報だ。
故に、アナスタシアの確信がどうあれ、しらばっくれることは可能だったが──、
「──ああ、そうだ。ベアトリスは人工精霊だよ。魔女教連中の、狙いの一つだ」
誤魔化すことをせず、スバルは静かに頷いて、アナスタシアの疑惑を肯定した。
都市を襲った大水害のあと、『脅迫放送』によって追加された三つの要求──その一つが『人工精霊』の献上であり、早い話、ベアトリスの身柄の要求だ。
ふざけるなと、スバルが奴らに中指を立てる二つの理由、その一つである。
「出自は少しばかり特殊だが、飛び抜けて可愛い以外にベア子に特別なとこはない。奴らがどうして、俺のベア子を欲しがるのかは謎だ」
不安要素がないわけではない。──なにせ、ベアトリスの親はあの性悪魔女だ。
スバルを傀儡とし、自身の知的好奇心を満たすための人形としようとした『強欲の魔女』なら、ベアトリスにどんな爆弾を仕込んでいても不思議ではない。
魔女教がベアトリスを狙う背景にも、そうした理由が隠れている可能性があった。
「たぶん、この街で俺以外に人工精霊を連れてる奴はいないだろうから、魔女教が欲しがってるのはベアトリスで間違いないと……アナスタシアさん?」
そこまで話したところで、スバルはアナスタシアの様子に首を傾げた。正面、アナスタシアがスバルの返答を聞いて、驚いたように目を丸くしていたのだ。
それから、彼女は呼びかけに「あ、うん……」と驚きを残したまま頷いて、
「ずいぶん……そう、ずいぶん素直に話すんやね。ベアトリスちゃんが危ないて」
「敵が誰狙いかって話なんだ。これを隠してたら利敵行為ってやつだろ。それに、状況的にうちが一番みんなの力を借りたい。先に腹を見せるのは当然だよ」
「利敵行為……せやね。ん、ホントにその通りや」
肩をすくめたスバルの答えに、アナスタシアがそう呟く。その呟きはやけに重たい実感がこもって聞こえた。
だが、それを疑問に思うより早く、スバルの意識はフェルトに引き寄せられた。
「敵の狙いが分かったんなら何よりだ。アイツらが何の目的でチビッ子を要求してるか知らねーけど、渡すつもりはねえんだろ」
「当然だろ。『魔女の遺骨』はもちろん、エミリアたんもベア子も、魔女教の要求は一個も通すつもりはねえ」
スバルは最悪を更新し続ける現状を前に、改めてそう宣言する。
「フェルト、アナスタシアさんも、ミューズ商会で何があったんだ? 『憤怒』が来たってことは聞いたけど」
スバルの質問に、フェルトとアナスタシアが視線を交わす。
「ユリウスとリカード、ナツキくんらが都市庁舎の奪還に向かったあとのことや」
答え始めたのは、アナスタシア。
都市庁舎奪還作戦と同時刻、ミューズ商会で起きた出来事──アナスタシアたちに降りかかった厄災を。