『──あとのことは全部、この俺に任せておけ!』
ナツキ・スバルの演説は、『ミーティア』を通じて都市中に届けられた。
「ナツキくんてもしかして、元々は詐欺師かなんかやってたのと違う? こき下ろして持ち上げてって、話術が完璧に嵌まってたやないの」
「──素晴らしい、演説だった。原稿の内容を失念したことなど、さしたる問題ではないよ。君は期待される以上のことを、君自身の言葉で成し遂げた。その功績には称賛しかない」
「いんや、恐れ入ったわ! なんやあのべしゃり! やらしいやっちゃで、兄ちゃん! 嬢ちゃんらに幼女に地竜、誑かした面目躍如やないか!」
「……大将ァ、やっぱり大将だったぜ。俺様が『聖域』から出て、大将についてッきたのァ間違いじゃァなかった」
アナスタシアが、ユリウスが、リカードが、ガーフィールが。
傍に控えていた彼らは、それぞれの言葉でスバルを労った。
「君らしい、いい演説だったよ。仮に同じことを求められても、あれだけ聞く人の勇気を奮い立たせる放送は僕にはできなかった」
都市庁舎にいながらその役目を担わなかった『剣聖』も、惜しみない称賛を送った。
そして、『剣聖』にその役目を果たさせることを拒否したフェルトは、多くを語らなかった。
「頑張れよ、英雄」
その一言と共に、ぽすっと、小さな拳でスバルの胸を叩いた。
──大変だぞ、これからずっとな
そんな、言葉にしないエールが、スバルの心に届いた気がした。
◆
スバルの演説により、都市全域に希望と信頼が爆発的に広がる。
それと足並みを揃えるように、状況が一気に好転した。
まずは情報。
行方知れずだったエミリア陣営の武闘派内政官、オットーが合流した。彼のいぶし銀の活躍により、二番街の制御塔を占拠しているのが『暴食』であることが判明した。
「二番街が『暴食』。エミリアさんの情報によると、一番街が『色欲』、三番街が『強欲』って話やから、消去法で四番街の担当が『憤怒』。──これは十分、無茶する値打ちのある情報や」
アナスタシアの言う通り、四つの制御塔の同時奪還が必要なこの状況で、敵の配置が知れたのはこの上ないアドバンテージだ。
そして、魔女教が要求している四つの事柄。
『魔女の遺骨』『銀髪の乙女との結婚式』『人工精霊』『叡智の書』。
それらについても認識を共有することができた。
「俺が不甲斐なくて、目の前で連れてかれた。だから、『銀髪の乙女』ってのはエミリアのことだ。けど、そんな真似は許さねぇ。エミリアを嫁にするのは俺だ」
そんなスバルの堂々とした宣言もあり、対策本部の士気は高かった。
最後に戦力。
占拠された四つの制御塔、その同時攻略が都市を救うための必須条件。都市庁舎のときのような、戦力の集中は難しい。
ラインハルト、ユリウス、リカード、ガーフィール。各陣営の精鋭を合わせて、どう頭を回しても足りないそれに、最後のピースが加わった。
「さあ、妾に現状を話すがいい。妾の手となり足となり、己が役割を存分に果たせ。褒美に妾も企てに加わってやる。ありがたく思うがよいぞ」
純然たる脅威である亜獣が跋扈し、魔女教の悪意によって混乱と暴力が地雷のように仕込まれた都市を見事に踏破し、一人の従者を探し出してみせた。
王選候補の一人、プリシラ・バーリエルが、都市庁舎に堂々と参上した。
◆
魔女教災害対策本部、その最終会議は終盤を迎えていた。
「それじゃ、これで布陣は決まりってことだな」
──スバルの言葉に、円卓に着く全員が頷く。
「四番街、『憤怒』のシリウス攻略に、プリシラとリリアナのコンビ。で、アルは都市庁舎に残って防衛戦力……いいんだよな?」
「妾を差し置いて人心の支配などと、片腹痛いわ。領分を弁えぬ行いには相応の報いがあることを、頭がパッパラパーな痴れ者に教えてくれようぞ」
「歌うだけー、歌うだけー。私はそう、歌うだけの肉の塊。命を惜しむな、舞台を惜しむのです。よっしゃ、やれそうな気がする。今、やれそうな気がする!」
「────」
扇子で自分を扇ぐプリシラと、謎の自己暗示で精神集中しているリリアナ。表情を見せないアルの全身からは納得していない雰囲気が溢れているが、プリシラはそれに取り合うつもりはまるでない様子だ。
イマイチ、戦力バランスとしては不明瞭な点が多いが、自信だけはここが一番強い。
「次に一番街、『色欲』と屍兵『八つ腕』、亜獣の攻略がガーフィール、それとヘータローにティビー」
「おォよ、『メゾレイアの絶景』だ。全部、この拳で掴み取ってッきてやらァ」
「お姉ちゃんの仇を譲るのは業腹ですが……」
「露払いならお任せください」
ガーフィールは自分の中で形にならない、魂を震わせる感情の決着を求めて。そしてヴォラキア帝国に語り継がれる伝説へのリベンジに──屍兵として、全盛期には遠く及ばないと推定されていても、彼は心を燃やしていた。
三つ子の弟コンビは、姉の仇をガーフィールに譲ることには最後まで抵抗していたが、その実力差からせめて亜獣の対処を申し出た。
それぞれ、譲れないもののために戦いに赴くのだ。
「そして二番街、『暴食』の攻略チームがユリウスとリカード、お前ら二人だ」
「託された役目だ。これに応えられなくては、騎士の肩書きを名乗れない。あまりに、格好がつかないというものだからね」
「ワイの家族らもクソボケ共にやられとる。ブチ転がして泣かせたるわ」
魔女教との因縁に関していえば、今日まで二人とは遠いところにあったはずだ。
しかし、戦いの中で身内が倒れ、こうしてスバルや仲間たちからも望みを託され、戦うべき理由を多く抱え、ユリウスたちは剣を振るうことになる。
すでに一度、共に死線を乗り越えた仲。戦友を信じるのに理由はいらない。
「最後、三番街の『強欲』が俺とラインハルトの担当だ。頼りにしてるぜ?」
「──ああ、任せてほしい。僕も君を頼りにするよ、スバル」
スバルの要請に、ラインハルトは力んだ様子もなく頷いた。だが、それだけで十分以上に力強さを感じるのは、戦いを前に彼の纏った剣気が澄み切っている証拠だ。
正しく、過たず、戦いに臨む。スバルもまた、そう自覚して背筋を正した。
そうして、確定した配置の確認が終わると、アナスタシアが手を叩く。
「そしたら、これで戦いの担当は決まりや。あとは対話鏡の分配……三つある鏡の、一つは都市庁舎のウチが持つとして、他はどないする?」
「できれば、『憤怒』チームには絶対に持ってってもらいたい」
「その心は?」
「『憤怒』の権能は都市の全体に影響してるからな。それがなくなったかどうかで、都市の置かれた状況が大きく変わる。だから、その情報はいち早く共有したい」
対話鏡の行き先を巡り、スバルの提案に全員が納得と頷いた。
「あと一個は、そうだな……」
これまでの会議は、アナスタシアとスバルが中心となって進められており、今も彼女はスバルに問い掛けていた。
しかし、残り一つの対話鏡の行き先をスバルが考えていたところに、横から声が割り込んだ。
「悪い、あと一つの使い道はアタシに決めさせてくれ」
「フェルトさん?」
「なんか当てがあんのか?」
アナスタシアとスバルに聞き返されて、フェルトは「ああ」と頷いた。そしてその視線を、部屋の中心から外れていたオットーに向ける。
「そこの武闘派内政官は、『叡智の書』ってのを取りに行くんだろ」
「……はい。魔女教の要求にあった『叡智の書』の所在が敵に知れる前に、ダーツさんの所へ回収に向かう予定でした」
オットーは苦味を噛み締めながら、それを表には出さないよう答える。
単に大罪司教率いる魔女教に、『叡智の書』を渡すわけにはいかないという理由も、もちろんある。
だが、事態の収拾が叶えば、現状協力関係にある他の陣営とは再び競合関係に戻る。そうなったとき、『叡智の書』の所有権が、他の陣営の手にある事態は避けなくてはならない。
オットーの憂慮は、極めて論理的なものだった。故にフェルトも、そしてアナスタシアも想定していた。
違いは、それをここで発言するかどうかだけだ。
「おいおい、この状況でお前、また血ぃ見たさに獲物を探して都市をうろつくのかよ。好きだねえ」
「またぞろおかしな噂が立つんで、根も葉もないデマやめてもらえませんかねえ!?」
飛んできた軽口に、いつもの調子でオットーが叫ぶ。が、スバルの心配は本音だった。
「フェルトさんは、オットーくんに対話鏡を持ってもらうつもりなん?」
「ああ。ダーツってやつの店は二番街なんだろ。二人いる『暴食』の、どっちかと遭遇するかもしれねー」
「その可能性も否定はできんけど……」
「そうなったら対話鏡持ってても、誰も助けになんか行けねぇぞ?」
アナスタシアが濁した先をスバルが述べる。
フェルトはそれに答えるのではなく、会議に同席している十人会の一人、キリタカに視線を向けた。
「キリタカさん、『白竜の鱗』から一人借りてもいいか?」
「彼ですね。この状況ですから、ご自由にお使いください」
フェルトの要請に、キリタカも否はなかった。疑問を覚え、口にしたのはスバルだ。
「彼っつーと……」
「アストレア養成所の卒業生、剣の腕なら近衛でも真ん中くらいって話だ。大罪司教は荷が重いだろーけど、時間稼ぎくらいにはなるはずだぜ」
「っ、それは……」
時間稼ぎ、つまりは生贄だ。
それを前提とした作戦立案に、スバルだけでなく、会議に参加していた皆が表情を曇らせる。
「言っとくけど、むざむざ死なせるつもりはねーよ。時間稼ぎしてる間に、秘密兵器担いで駆けつけるって話だ」
「秘密兵器?」
秘密兵器──男心をくすぐってくる言葉だ。
そしてそれが大罪司教を相手にして使えるとなると、よほど優れたものなのだと考えられる。
「おう。アタシのとこの魔法使いがくれた秘密兵器でな。どうも、結構な力がある『ミーティア』で、ラインハルトだって無事じゃ済まねーらしいぜ?」
「そりゃ分かりやすい指標だな」
信頼の物差しとして便利なラインハルト。彼は周囲から向けられた視線に、困ったように微笑みながら、
「実際に受けたことはないため断言はできませんが、少なくとも僕に攻撃が通る可能性があるという点で、大罪司教への切り札になり得るかと」
さらっと出た最強発言。
その一言に会議室の面々は笑い──純粋な、苦い、呆れなど、含む感情はそれぞれ違えど──そして頷いた。
「それ、塔の攻略には使えねぇのか?」
「使うのに大量のマナを……魔晶石を使っちまうみてーだからな。ぶっ放した威力もわかんねーし、制御塔の近くじゃ危なっかしくて使えねーだろ?」
「……そうだな」
「それにあの杖はデカい、剣士なら持ってっても邪魔になるだけだ」
「なる。んで魔晶石っつーと、キリタカさんのか?」
「ああ。ミューズ商会に保管してあったやつを、杖と一緒に回収してもらってる」
会議室の過半数が納得の表情を浮かべ、彼女の準備の良さに感心する。
それに当てはまらない数名が、なんでそんな戦略兵器を持ってきたのかというツッコミが浮かび、さすがに今ではないなと自重した。
「その秘密兵器担いで、フェルトさんが出るん?」
アナスタシアは、脳内に浮かんだツッコミを横に置き、聞き逃がせなかった懸念を訊ねた。
「塔の攻略組を除けば、こん中で一番脚が速いのはアタシだ。それに、この作戦が失敗すりゃ都市もろとも終わり。危険を冒すんなら、ここしかねーよ」
「……そか。そんな事が起きんとええんやけど、気ぃ付けてな」
「それはあそこの兄ちゃんの運の良さに期待してくれ」
「うーん……」
「それは期待できねぇな……」
「二人とも僕の扱いが酷すぎませんかねえ!?」
と、そんな一幕を挟んで。
これで攻略の分担と、所持品の分配も終えて、決戦の準備は整ったと言える。
「少し時間を置いて、同時に都市庁舎を出よう。都市奪還作戦、本格始動だ」
スバルの言葉に頷いて、全員の表情に各々の緊張が宿る。
静かに張り詰める緊張感、それがスバルにはどうにも景気の悪いものに思えた。
「こう、あれだな。……辛気臭い顔には、悪い結果がついてくる気がしないか?」
「また、ナツキさんが変なことを言い出した。いったいなんです?」
「変なことじゃねぇよ、大事なことだよ。どんな戦力を掻き集めても、士気が低かったり団結力が低いと烏合の衆にしかならねぇってのが鉄則だ。そうならないためにはどうすればいい? 形だけでもいいから、全員で声を出さないか?」
渋い顔をしたオットーに言いながら、スバルは立ち上がって大きく手を叩いた。
そして、全員に見えるように拳を突き上げ、宣言する。
「やろうぜ、みんな! この戦いで、街から邪魔者を追っ払うんだ! 魔女教をやっつけて、ハッピーエンドを取り戻す!」
「────」
スバルの啖呵、それを聞いた一同が顔を見合わせる。
それから一拍遅れ、次々と拳が天井へ向かい、「おお──っ!!」
勢いのある声が上がり、スバルはびりびりとした戦意を肌に味わい、頬を歪める。
声はバラバラ、勢いは散り散り、掲げた拳や掌も統一感があるとはとても言えない。
しかし、これがナツキ・スバルの、都市を取り戻すために共に戦う仲間たちだ。
これだけのメンバー、これだけの戦力、なかなか用意できるものではない。
やられっ放しで、一時は本気で取り返しがつかないと思わされるほど追い込まれた。だが、スバルたちはここへ、再び戦うために戻ってきた。
──水門都市プリステラ、最後の決戦が始まる。
「──この戦い、俺たちの勝利だ!!」
そんなスバルのいかにもな発言を、この円卓会議の締めくくりの一言として。
◇◇◇
──その放送が都市の全域に響き渡ったのは、『強欲』の大罪司教を倒したスバルとエミリアが、レグルスの元花嫁たちを連れて都市庁舎へ戻る道中のことだった。
『四方の制御塔を奪還し、都市を脅かしていた卑劣な魔女教は全て撃退されました! これにより、都市の安全は確保。──水門都市、プリステラの勝利です!』
喜色に富んだその訴えは、都市中に声を届ける『ミーティア』による放送だ。
いくらか音割れしていたものの、放送した人物の声が裏返っていた以上の問題はない。
「スバル! 今のって……!」
「だね。何とか、うまくいってくれたってことか……」
隣で喜ぶエミリアに頷き返して、スバルは一段落した安堵に肩の力を抜いた。
少なくとも、これで大水門が開放されて都市が水没する全滅ENDは回避された。
今の声は、十人会の一人キリタカ・ミューズ。
毎朝『ミーティア』で放送を行っていた彼の声の呼びかけは、避難所で救いを待つ都市の住民たちにとって耳馴染み深い。故に、違和感なく心へ届いただろう。
「都市庁舎に急いで戻ろう。ちゃんとこの目で確かめないと安心できねぇ」
そう言って、スバルはエミリアと花嫁たちに帰路を急がせる。
辛い思いをした彼女たちに無理をさせるのは胸が痛むが、今は足を止められない。早々にこの不安を払拭し、本当の意味で安堵を勝ち取りたかった。
そうして辿り着いた都市庁舎は、木端微塵になっていた。
崩落し、瓦礫の山となっていた都市庁舎だが、予め魔女教の襲撃を想定していたアナスタシアたちが準備を整えていたらしく、建物の中にいたはずの負傷者や非戦闘員は『色欲』の襲来と同時に避難したそうだ。
「説明助かるぜベア子。……つか、お前こそどうした? マナの使い込みが祟って、戦線離脱してたはずだったじゃねぇか」
「その、ベティーに非があるように聞こえる言い方やめるかしら!」
彼らを出迎え、その懸念を解消したベアトリスは、スバルの物言いにぷりぷりと怒り心頭だ。
「大体、スバルの足があるのはベティーの献身のおかげなのよ! 感謝と抱っこが足りないかしら!」
「わかってるわかってるって」
その愛らしい容姿故に、怒りに迫力のないベアトリスを抱き上げ、スバルは親愛の頬ずりをする。そうしていると、膨れっ面のベアトリスも徐々に態度が軟化してくる。
「いつも悪ぃな、迷惑ばっかりかけて」
「スバルがベティーに迷惑をかけるのは当たり前だから、気にする必要ないのよ。……嘘かしら。やっぱりちょっとは気にするのよ。気にして、感謝かしら」
スバルの謝罪を受け入れ、ベアトリスは寛容を示しつつも注意を忘れない。それから、ベアトリスはエミリアの方にも向き直り、
「エミリアも、無事で安心したのよ。お前に何かあったら、にーちゃが悲しむかしら」
「うん、そうよね。ベアトリスも、心配してくれてありがとう。スバルとラインハルトがきてくれたおかげでへっちゃらよ」
力こぶを作り、健在をアピールするエミリアにベアトリスが「ふんっ」と顔を背ける。ほんのり頬が赤くて、照れを隠し切れていない。可愛い。
「で、可愛いベア子に質問だ。俺の留守中に頑張ってくれたのは嬉しいけど、マナ不足で眠ってたのにどうやって起きれたんだ?」
その問いに渋い顔をしたベアトリスだったが、スバルとエミリアの視線に根負けした。彼女は自分の懐をごそごそと探ると、そっと何かを差し出して見せた。
「これって……」
「ベティーたちの目的だった魔晶石なのよ。残りはこの三つだけかしら」
「フェルトが秘密兵器のために使うって言ってたやつだよな?」
「そうなのよ。それをあの男──アルが、ベティーを起こすために使うよう言ったらしいのよ」
「それはすごーくありがとうだけど、それってスバルたちがここを出た後なのよね?」
「──その通りかしら。他の誰も魔晶石でベティーを起こせるなんて知らなかったのに、それを知っていた。そしてそれを、わざわざスバルたちが出ていってから教えた。怪しすぎるのよ」
ベアトリスの言う通り、スバルの懸念はアルの行動の不透明さに他ならない。──正直、この都市でのアルの暗躍は度を越している。
ここまで怪しい行動が続くと、さすがにアルを警戒せざるを得なくなるが──、
「──でも、アルは悪い人じゃないと思うの」
そんなスバルとベアトリスの緊張を、唇に指を当てたエミリアが一言で打ち砕く。その彼女の言葉に、ベアトリスが「むぎゅ」と喉を鳴らして、
「また、エミリアは根拠もなくそういうことを言い出すのよ。事実、あの男は魔晶石でベティーを起こしたり、あれこれ怪しい行動を……」
「だけど、おかげでベアトリスが起きられて、オットーくんたちが助かったんでしょ?」
「むぐぐ、かしら」
性善説をごり押しされ、ベアトリスがエミリアの主張に陥落した。だが、エミリアの言葉には一定の説得力がある。
実際ベアトリスがいなければ、フェルトは『ミーティア』を十全に使いこなせず、『暴食』を返り討ちにすることは難しかったそうだ。
間違いなく、アルの行動は不審だ。──だが、こちらへの敵意は感じない。
彼の選択は一貫してスバルたちの有利に働いた。今回の都市防衛で、大きな役割を果たした功労者の一人、それは間違いないのだ。
「せっかく勝ったんやから、三人とも今は辛気臭い顔せんとこ」
「とと、その声は」
スバルたちの懸念に割り込む声があって、三人の視線がそちらへ向いた。
すると、やはり瓦礫の山と人垣を迂回してくる、浅葱色の髪を揺らす小柄な人物、アナスタシアだ。
「ホーシン語録にも『最後に帳簿の帳尻合えば』ってあるんやし、な?」
「それ、ホーシンさんに同意」
さすがは同郷の疑いがあるホーシン、いいことを言っている。
思わずスバルは軽やかに鳴らした指を向けて、ついでにウィンクする。その仕草には苦笑を返されたが、そのやり取りを以て、アルに関する話し合いは幕引きとなる。
「ラインハルトさんからは聞いとったけど、エミリアさんが無事でよかったわ。ナツキくんも、ちゃぁんと男の子やねえ」
「その評価も気になるけど……アナスタシアさん、他のみんなは無事か?」
「────」
「制御塔を取り返して、街が救われたってのは放送からもわかった。あとは、そのために戦ってくれたみんなの状況だ。それは、どうだ?」
真剣な問いかけ、その真意を胸に秘めたまま、スバルはアナスタシアと向き合った。
──基本的に、スバルは自分の『死に戻り』を組み込む戦略を良しとしていない。
それは死への抵抗感はもちろんのこと、『聖域』で見せられたスバルの死後の世界の影響が大きい。あの世界の真贋はわからない。ただの性悪魔女が見せた嫌がらせの可能性だってある。──だが、『死に戻り』に頼りきりになる選択肢は、あのとき消えたのだ。
それでもスバルが自発的に『死に戻り』を選ぶとすれば、それは失ったまま進むことを許容できない結果が待ち受けていたとき。
そして今回、スバルはその可能性を考慮し、覚悟している。
大罪司教に挑み、都市奪還のために力を合わせた王選候補者やその騎士、関係者たち。
失いたくない人たちを失わないために、痛みと苦しみを伴う時間を、繰り返す覚悟を。
「スバル……」
隣に立つエミリアが、腕の中のベアトリスが、スバルの覚悟に瞳を憂えさせる。
その、どこか危うい決意を覗かせるスバルを見つめ、
「──。安心してええよ。全員、ちゃぁんと戻っとる。──欠員なし、うちらの勝ちや」
アナスタシアは、憂いを浮かばせながら、そう答えた。
◆
都市庁舎跡地の最寄りの避難所、そこは人がごった返す野戦病院の様相を呈していた。
そこに悲壮感はなく、出入りする大勢が、勝利を叫び、再会を喜び合う場面がいくつも見られる。
だが、スバル、エミリア、ベアトリスの三人は、不安と焦燥に駆られていた。先ほどのアナスタシアの表情が、彼らに安堵を許さなかった。
彼女に案内され、三人は避難所に併設される集会場に入った。
「──来たか」
フェルトの声と、室内にいた全員の視線がスバルたちを迎える。
歩いている最中に、オットーとガーフィールが重傷を負っていることは伝えられていた。他にもクルシュやミミなど不参加な者はいる。
それでも都市の攻防戦に加わった王選候補者の各陣営関係者、およそ十人が集まっていた。
その彼らが醸す異様な雰囲気に、スバルたちが口を開くのを躊躇っていると、
「単刀直入に聞く」
フェルトが、彼女らしい伝法な口調で──否、そう取り繕えず固くなった口調で、訊く。
「コイツのこと、知ってるか?」
それは仕立てのいい白の装いを、しなやかな長身に纏った人物だ。嫌味なぐらい整った顔と、色気のある艶やかな紫色の髪、見間違うはずもない。
ユリウスだ。共に魔女教と戦った彼がそこに、五体満足な姿を見せていた。
「何言ってんだ? そのキザったらしい野郎がユリウス以外の誰に見えるって……」
直前まで抱えていた憂慮が安堵に塗り替えられ、スバルは殊更にユリウスを皮肉った返事をする。そして、そのやり取りの途中で気付く。──自分の馬鹿さ加減に。
今のフェルトの質問は、そして黄色い双眸を見開いて、愕然とスバルを見つめるユリウスの様子は、明らかにおかしい。そしてそのおかしさは、スバルが想定する最悪の状況、その一歩手前に想像力が及べば気付けるはずのもので。
スバルは弾かれるように左右を見る。
彼女たち、エミリアとベアトリスは、その大きな瞳を瞬かせて、
「ええっと……」
おかしな雰囲気と緊迫感に気付いて、エミリアがおずおずと睫毛を震わせる。その彼女の反応──特に、ユリウスを見る視線にスバルは嫌な予感を感じた。
その嫌な予感を否定したくて、スバルはユリウスを指差すと、
「エミリアたん、ベア子も、その……」
「──?」
エミリアとベアトリスが、たどたどしいスバルの言葉に疑問符を浮かべる。
何か、決定的な問いかけをしなくてはならない。一度聞けば引き返せなくなる、取り返しがつかなくなる類の問いかけを。
どこか、諦めたような目つきのユリウス。彼を視界に収めながら、スバルが訊ねようと決意を固めたところで、
「ユリウス・ユークリウス。近衛騎士団所属の『最優の騎士』、王選候補アナスタシアの一の騎士──だった男だ」
フェルトは、感情を排そうとして、けれども上手くいっているとは言い難い声で、
ユリウス・ユークリウスを、その存在を皆に刻み込むように語り、
「『暴食』に喰われて、名前を奪われた。誰もユリウスを憶えちゃいねえ──アタシとラインハルト、そんで兄ちゃん以外はな」
そして、そう言い切ったのだった。
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