アストレア家の長女   作:slo-pe

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来たる日に向けて

 

 

 アリーゼが領地に戻って1ヶ月。

 フェルトは日夜ラインハルトやロム爺からの鬼シゴキを何とか耐えていた。

 

 辛い。それはもう辛い。

 初めて逃げ出したあの日から、室内に籠りきりの生活ではなくなった。運動がてら、爺や・婆やと鬼ごっこをしたり。さらには週に二度、外出も許可されたりと、上手くガス抜きできるよう配慮はされている。

 とはいえ、二人の求めるレベルは非常に高く、フェルトはそれに食らいつくのに精一杯だった。

 

 これらの教養は何のためにあるのか。自分は何のためにこんな事をしているのか。

 ロム爺から為政者の責任について教えられ、心の中に確かな熱が宿っていなければ、フェルトは完全に投げ出していただろう。

 

「アリーゼぇ……」

 

 自分をこんな状況に嵌めた元凶を恋しく思うほどには、フェルトは疲弊していた。

 

「なぁ、アリーゼいつ帰ってくるんだ?」

「分かりません。王選の招集までには帰ってくるとのことなので、そろそろだとは思うのですが……なにせアストレア領は王都からそれなりに距離があり、時間が掛かってしまうので」

「ふーん……どのくらいかかるんだ?」

「地竜を本気で飛ばせば片道で1日掛かからない程度、普通の竜車を使えば2日は掛かるかと」

「へー」

 

 育ちこそ貧民街ではあるが、フェルトは生粋の王都っ子だ。ラインハルトの言った距離が、どれほど離れているのかなど分からない。

 しかし、その代わりと言っては何だが、別の事には理解ができた。

 

「つーことはお前、片道2日掛けて来たアリーゼとの約束をすっぽかしたのか」

「いえ、それは、すっぽかしたというわけでは……」

「すっぽかしたんだろ?」

「…はい」

 

 ラインハルトは大人しく非を認めた。

 何故だか分からないが、彼は今、フェルトからアリーゼの片鱗を感じていた。

 

「そりゃあアリーゼもキレるわな。むしろあれだけで済ました分優しいだろ」

 

 フェルトが「アタシだったらしばらく口聞かねえ」と続けると、ラインハルトは僅かに視線を逸らした。

 

「……その件については、深く反省しています」

 

 珍しく歯切れの悪い返答だった。

 いつもなら即座に己の非を認めた上で改善案まで口にする男だ。そんなラインハルトがここまで言葉を濁すのは珍しい。

 

「なんだよ、その反応」

「いえ……」

 

 ラインハルトは少し考えるような間を置いて、

 

「姉上は怒っていました」

「知ってる」

「かなり怒っていました」

「それも知ってる」

「本当に怒っていました」

「だから知ってるって」

 

 フェルトはうんざりした顔になった。

 

「ですが、夕飯の際にはいつも通りになっていました」

「あー、そういやそうか。確かにニコニコ笑ってたな」

 

 その食卓には、警戒心を露わにしたフェルトや、居心地の悪そうなロム爺がいたにも拘わらず、アリーゼは微笑みを称えていた。

 そしてフェルトたちも、ラインハルトの作ったあり得ないほどに美味い料理の数々に、張り詰めていた心が緩まされたのだ。

 

「お祖母様の教えでして、どれだけ思うところがあれど、見送りや出迎え、そして食事の際にはそれに向き合うようにと」

「ふーん……それって『剣鬼』が急に2年もいなくなったからだろ?」

「…よく分かりましたね」

「何となくな。お前の祖父ちゃんで、おっさんの親父なんだろ。アストレア家の男はポンコツなんだって想像できた」

 

『剣聖』『王国最強』『騎士の中の騎士』など、数多くの名声を持つラインハルト。

 ハインケルも、剣の技量はそれなりでありながら、騎士団の頭脳を担っているらしい。

 親子揃って伝え聞く外面は優秀なのだが、その中身は意外にもポンコツだ。

 

 ハインケルは『出来るやつに任せればいい』と、家の事はアリーゼや爺や・婆やに丸投げだし。ラインハルトも全ての能力が秀でているが、それ故に真面目さの加減がヘタクソである。

 二人の遺伝元である『剣鬼』ヴィルヘルム・ヴァン・アストレア──『剣鬼恋歌』でも伝え聞く不器用さが、偽りないものだと容易に想像がつく。

 

 ラインハルトは反論しなかった。できなかったとも言う。

 

「それにしても、あいつ領地じゃ何してんだろうな」

 

 フェルトがぽつりと漏らす。

 王都にいる時のアリーゼは、朝から晩まで自分の面倒を見ていた。そんな女が領地へ戻った途端、1ヶ月も姿を見せない。

 何をしているのか少し……少しだけ気になった。

 

「姉上ですか?」

「おう」

「恐らくですが──」

 

 ラインハルトは当然のように答えた。

 

「不在の間に溜まった報告や書類仕事を片付け、文官たちとの会議を行い、お祖父様たちと此度の事を話し合い、その合間に王選が始まりフェルト様を領地に迎えた際の準備をしているのかと」

「……」

「……あの、フェルト様?」

「それ、王様より忙しくねえか?」

「さすがにそこまでではないと思いたいですが……ただ、実情は僕も知らないんです。僕やお父様が帰省する際には、姉上もそれほど忙しくしていないので」

「予定合わせてるだけだろ」

「はい。ですが本人に聞いても笑って誤魔化されてしまい、本家の文官や使用人も同じく口が堅いので……」

 

 ラインハルトはそう苦笑する。

 

「ここ数年は落ち着いてきたようですが、姉上が実質的な領主となった頃には領地経営も芳しくなったため、大変だったと聞いています」

「……前の領主って、お前の祖父ちゃんだろ? 何やってんだよ」

「お祖父様は、その、領地を視る才覚が薄かったようで。騎士団長だったこともあり、お祖母様に任せきりでして……」

 

 フェルトの中で、アストレアの男はポンコツと、さらに認識が固まった。

 

「そのお祖母様も跡継ぎ教育などは受けておらず、文官と協力して先代の経営を崩さないようにしていたとのことです」

「それが傾いてたところに、アリーゼが入っていったのか」

「はい。もう14年も前の話になりますね」

「14年て、下手したらアタシが生まれる前じゃねえか」

 

 その当時、アリーゼはまだ7歳のはずだ。そんな幼い頃から領地経営に携わっていたとは、その才覚と努力は如何ほどのものなのか。

 

「ええ。今のアストレア家があるのは、姉上のお陰なんです」

 

 フェルトの感嘆に、ラインハルトはそう同調した。

 

 ──アストレア領ではなく、アストレア家

 

 その言葉の裏にある、数え切れないほどの感謝を、今のフェルトは読み取ることはできなかった。

 

 

 

 

「つーか、王選って色々おかしいよな」

 

 屋敷の一同が会する夜の食堂にて、フェルトがそんな事を口にした。

 

「何か、王選について疑問がおありなんですか?」

「そりゃ、誰でも妙に思うだろ。そもそも、アタシが貧民街の出ってのは横に置いといても、どんな基準で候補を選んでんだよ」

 

 対面から問い掛けてきたラインハルトに、フェルトは率直に疑問をぶつけた。

 

 王族が全滅したとはいえ、それで血の重みが薄れるわけではないだろう。元の王家に近い貴族の血を選んだ上で、優秀な人間が候補に挙がるのが自然な流れだ。

 しかしフェルトが教わった候補者たちは、それぞれ癖が強そうではあるが、そうした条件を満たしているとは言い難かった。

 

 余所の国の商人に、国境付近の男爵家の未亡人。一人だけ公爵家の女当主というまともそうなのもいたが……

 何よりエミリア。銀髪のハーフエルフという、この世界で最も忌避される存在が候補になっている。

 

 女ばかりなのは、ルグニカ王国と神龍との盟約が云々かんぬんと説明されたが、それにしても基準が謎だった。

 

「正直、アタシやハーフエルフの姉ちゃんより、アリーゼとかの方が王様に向いてんだろ」

 

 貧民街出身の自分はもちろん、エミリアもどこか抜けた雰囲気があり、お世辞にも優秀とは言い難かった。

 

「姉上も徽章を手にしたことはあるのですが、それが光ることはなく……」

「龍も見る目ねえよな。女好きで面食いだったとしても、アリーゼを選ばない理由はねえだろ。まあアタシを選ぶあたり、ゲテモノもいけるっつーことか」

 

 王選候補者は5人。フェルトに賛同すれば彼女たちを下げることとなり、逆に窘めればアリーゼを下げることになる。

 ラインハルトは何と答えていいのか分からない顔になった。

 

「まあまあ、フェルト様ったらなんてことを仰るんですか」

 

 と、口ごもったラインハルトに代わり、話に割り込んできたのは婆やだ。ここまで黙って聞いていた彼女だが、これは我慢できないと眉を怒らせる。

 

「なんだよ、婆ちゃん。龍の悪口言われて怒ったのか?」

「いいえ、違います! 私が怒っているのは、フェルト様がご自分を卑下なさったからです。ゲテモノだなんて……こんなに可愛らしいのに、婆やは悲しいですよ」

「ええー、アタシのことでアタシに怒んの……?」

 

 思わぬ横槍にフェルトが唖然となると、隣のロム爺も太い腕を組んで頷く。婆やの横では爺やも深く頷いていて、急激にフェルトの居心地が悪くなった。

 

「いいか、フェルト。儂もお前さんの見てくれは悪くないと……」

「あー! この話、終わり! アタシの見た目とかどーでもいいから! 問題はそこじゃねーから!」

 

 小っ恥ずかしい話になる気配がして、フェルトは強引にロム爺を遮る。

 

「アタシの言いたいのは適性の話! アタシなんかよりアリーゼとかの方が王様になる資質があんだろってことだよ!」

 

 さらにこう続けると、婆やと爺やが目を合わせ、可笑しそうに笑った。

 

「な、なんだよ」

「いえ、お嬢様に国王の資質があるとすれば、フェルト様にも同じように資質はあると思いますよ」

「はあ? そんなわけねえだろ」

「あるんですよ──だって、お嬢様も昔は、それはそれは腕白でしたから。それこそフェルト様に負けないくらい」

「婆ちゃん、さすがにそれは信じねえって……」

 

 フェルトは胡散くらい目で婆やを見る。

 あの淑女を具現化したようなアリーゼ・アストレアだ。ヤンチャしてた時期があったにせよ、フェルトとは比べるべくもないだろう。

 

「本当ですよ。ですよね、旦那様?」

「まあな。貴族ってことで本当の意味でヤバいわけじゃなかったが、やってる事の大きさで言ったらアリーゼの方が上だろうな」

 

 婆やに水を向けられ、ハインケルが懐かしむように答えた。フェルトは未だに疑わしげな視線のままだ。

 

「……じゃあ聞くけど、アリーゼは何をやったんだよ」

「そうですねえ……当時の第四王子の背中を蹴り飛ばしたとか」

「はぁ?」

「『剣鬼恋歌』の名場面を観たいからと、祖父である『剣鬼』……当時の騎士団長に、王都の詰所で百人斬りを強請ったとか」

「はぁ!?」

「国王様と賢人会の会議に怒鳴り込んで、彼らをポンコツ呼ばわりしたとか」

「はぁあ!??」

 

 フェルトの反応が面白かったのか、婆やは次々とアリーゼの過去を語り始める。

 

 今は亡き第四王子、フーリエ・ルグニカ殿下。

 一人の女子(おなご)を前に目を奪われ、物陰にて浮き足立つ彼に、その背中を(物理的に)蹴り飛ばして逢瀬を果たさせたこと。

 

 亜人戦争を終えて、『剣聖』の除名を請うた『剣鬼』が、王国軍の精鋭たちを単独で斬り伏せた。『剣鬼恋歌』の中でも特に人気のある逸話。

 それを己の目で観たい、木剣でいいので。と突如『剣鬼』を引き連れて王都詰所に押し掛けたこと。

 

 騎士団に任ぜられた、とある重大な任務について。偶々盗み聞いたアリーゼは、ブチ切れ、会議室に乗り込み、国王や賢人会、果ては祖父である騎士団長にまでポンコツと罵った。

 その上で、彼らの意思をひっくり返し、決行寸前だった作戦を取り止めさせたこと。

 

 それらですら、未だ一端でしかない。

 

「あいつ……やべえ事やってんな……」

 

 次々と出てくる過去話を聞いたフェルトは、開いた口がふさがらなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 アリーゼが王都に帰ってきたのは、それから数日後のことだった。

 

「王選まで残り1週間ですし、お勉強はこれくらいにしましょうか」

 

 ラインハルトたちから報告を受けたアリーゼは、そう結論付けた。

 

「いいのか?」

「ええ。フェルト様もお疲れのようですし……と言うより、私が伝えていたより遥かに多大な量と質を熟していたので。驚きましたよ」

「は?」

 

 フェルトは暫し唖然としてから、ラインハルトを睨みつけた。

 

「為政者としての教養に、無駄なものなどありません故」

 

 しれっとそんな事を言うラインハルト。フェルトは鋭さを有したまま、視線をロム爺へ移した。

 

「いや、その、な、お前さんもやる気になっとったじゃろ? だから儂も興が乗ってしまっての……」

 

 たじろぎながら答えるロム爺に、フェルトが声を上げる寸前。

 パンパンと、手を打ち鳴らす音がした。3人の意識が、音の主、アリーゼに向かう。

 

「と、いうわけで、王選の招集まではお休みです。一つだけ宿題があるのと、毎日昼食後に少しだけ当日の流れの確認をしますが、それ以外の時間は自由にしていただいて構いません」

「宿題って?」

「当日、5人の候補者による主張・演説の場が設けられるでしょう。フェルト様には、そこで何を語るのかを考えていただきます」

「……つまり、アリーゼやラインハルトじゃなく、アタシの言葉で言えってことか?」

「はい」

 

 フェルトとアリーゼの視線が交わる。フェルトの鋭い視線を、アリーゼが真っ直ぐに受け止めていた。

 

「わーったよ……当日まで、ちゃんと考えとく」

「お願いします」

 

 フェルトが視線を外して、そう了承した。アリーゼは、ラインハルトとロム爺に「他に何かないか」と視線で訊ね、問題ない事を確認する。

 

「街に出る場合は護衛を付けていただきますが、ラインハルトでも、爺やでも、婆やでも、私付きの護衛でも誰でも構いませんので」

 

 そして、最後にそう締めくくった。

 

 

 

 話し合いが終わり、ラインハルトたちがそれぞれの所用で出掛けていく。

 自由時間を言い渡されたフェルトだったが、彼女の足が屋敷の玄関へ向かうことはなかった。

 

「外に出なくてよかったんですか?」

「別に……昨日も出てたからな」

 

 ソファにもたれながら、アリーゼの問い掛けに答えるフェルトは、妙に歯切れが悪い。

 

「疲れたし、今日は歩きたくねえ」

「そうですか」

 

 アリーゼは素直に頷く。

 

「では、私とのお喋りに付き合っていただけますか?」

「あ?」

「フェルト様は王都の外をご存じないでしょう? 王選が開始されたら、王都からアストレア領に拠点を移す予定ですので、その予習をと」

「結局勉強じゃねえか」

「そうなってしまいますね」

 

 アリーゼが小さく笑った。

 

「……ただまあ、急に何もしねえのも落ち着かねえし、少しくらいなら付き合ってやる」

「はい、お願いしますね」

 

 仕方なくという台詞とは裏腹に、フェルトはソファから動く素振りすら見せない。アリーゼは微笑ましい気持ちを抱えながらも、それを表には出さなかった。

 

「お茶と菓子の用意をしてきますので、少し待っていてくださいね」

「おー。早く来いよー」

 

 フェルトは部屋をあとにするアリーゼを見送り、

 

「あ、菓子多めな」

 

 そう一言を付け加えた。

 

 

 

 

 数日後。

 ついに王選が開幕する。

 

 龍の徽章に選ばれた五人の候補者が一堂に会し、王国の未来を決める戦いが幕を開ける。

 

 そしてフェルトもまた、己の言葉で、己の願いを語る舞台へと臨むのだった。

 

 

 




王選開始前、オリ主アリーゼの情報を少しだけ解禁&不器用なフェルトちゃんのお話でした。

オリ主の過去。
クルシュ&フーリエ殿下との関係とか、過去の白鯨討伐がどうなったのかとか、1話目で出した封印とはなんぞやとか。
諸々、いい感じのタイミングで出します。
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