近付けない監視塔、狂暴化した魔獣、心身を蝕む瘴気。これがアウグリア砂丘を魔境としている三つの要素だ。
スバルたち一行はその瘴気に対処するため、一日三回、朝昼夕の食事の際にアリーゼの「ゲートへの干渉能力」によりプロテクトを施されている。
特に魔法的な詠唱があるわけではなく、ただ彼女に触れられるだけでいい。スバルはもちろん、ベアトリスやユリウスなど魔法に造形の深い者たち、さらには使用している本人すらもよく分かっていないチカラだそうだ。
そのプロテクトを施される時間、とりわけ朝のそれが、スバルに何とも言い難い感情を与えていた。
「パトラッシュ、ヨーゼフ、今日も頑張ってね」
アリーゼがそれぞれの地竜の首筋を撫で、二頭とも快く受け入れる。撫で方の優しさに加えて、彼女の『それ』が瘴気から守ってくれていると、賢い地竜たちは理解しているのだ。
そうして彼女は、アナスタシアのもとへ向かう。
「それじゃあアナ、今日も頑張りましょう」
「せやね。たぁだ、ウチはなぁんもせえへんけど」
その物言いにアリーゼは苦笑してから、僅かに顔を傾け、アナスタシアの頬に口付けた。アナスタシアはゲートが閉じているため必要のない接触なのだが、親友の距離感というやつだろう。
その後、これも特に意味はないが、アナスタシアからもお返しにキスが贈られる。まあ、これはスバルにとっても、百合百合しい光景として受け入れられる。問題は次だ。
「アリーゼ」
そう声をかけたのはユリウス。彼は『最優の騎士』らしく優雅に歩み寄ると、婚約者からの言葉を待った。
アリーゼはそんな彼に微笑んでみせ、
「花は、好き?」
「嫌いじゃなくなった」
「どうして、剣を振るの?」
「お前を守るために」
「──私のこと、愛してる?」
悪戯っぽく投げられた質問に、ユリウスは言葉では答えない。
ただ彼女の求めた通りに、態度と行動で示すために、その唇に唇を寄せた。
それは『剣鬼恋歌』の最終章。
剣神に寵愛され、人域を越えた『剣聖』とされた少女を、恋する少女に引き戻した名シーン。
アリーゼがそのシーンの台詞を口にする。ユリウスはそれに倣って、時には外れて己の言葉で返事をして、最後には口付けを交わすのだ。
初日にこれをされたときは、あまりの衝撃に開いた口がふさがらなかった。だがアリーゼは、
『このときのお祖父様は、終戦記念式典に乱入して、王国の重鎮が揃う玉座の間にて剣戟を交わし、勝利。二年ぶりに会ったお祖母様に、初めての口付けを捧げ、そして奪ったのですよ? それに比べたら私なんて……』
と返してきた。
比較対象がおかしい。それを言ってしまえば、聖域の墓所でエミリアと大喧嘩の最中、ファースト──死に戻りを含めればセカンド──キスをかましたスバルも大した事ないように聞こえてしまう。
とはいえ、アリーゼはやめるつもりがなく、ユリウスも内心ノリノリなのが透けて見えるので、スバルたちが慣れるしかなかった。
毎朝こうしてイチャイチャされる。昼と夕は寸劇こそないが、同じようにプロテクトの更新にはキスを行う。
さらにユリウスとアリーゼが再会した翌日には、ユリウスが腰を労っていたが、二人の距離感自体は変化がなかった事実もあり、スバルは先を──それも随分と先をいかれているようで、何とも言えない気持ちになっていた。
スバルは改めて、砂丘攻略が今でよかったと思った。
聖域での一件、スバルのファーストキスと、それによる諸々が無ければ、エミリアが『子どもができちゃう!』なんて言い出すところだった。
エミリアのその純真さは好ましいが、王様を目指す人物が子作りの仕組みも知らないのは、大っぴらにしてはいけないだろう。
また、瘴気に侵されていた頃、よくあれに耐えられていたなと。聞けば昨日一昨日はスバルの様子に配慮して朝の寸劇は無かったそうだが、それにしてもよく我慢していた。
おそらく苛立ちから目を逸らしていたのだろうが、キレ散らかさなかった過去の自分を褒めていた。
「アリーゼ、わたしにはしてくれないのお?」
と、そこに間延びした声がかかった。
「メィリィは瘴気の影響が無いようですから、私の保護は要らないのではないですか?」
「それは別にいらないけどお、わたしが頑張らないと、みんな魔獣ちゃんたちに襲われちゃうわよお?」
「それは困ってしまいますね」
「でしょお? それならわたしに、一言あってもいいんじゃなあい?」
「そうですね……でしたらこの後、髪を整えましょうか。いつもの三つ編みでも、旅路のためポニーテールでも、気分を変えて他の髪型でも」
「……仕方ないから、それで手打ちにしてあげるわあ」
メィリィは彼女らしい不遜さを崩さないまま、アリーゼの提案を受け入れた。
素直でないのが丸分かりなメィリィと、そんな彼女がしたアリーゼへの名前呼びに、スバルは首を傾げる。
「エミリアたん、いつの間にかメィリィがアリーゼさんに懐いてるんだけど」
「そうね。砂丘に入ってからアリーゼさんが色々とお話してくれて、メィリィも気を許したみたい」
「どんな話してたの?」
「んー……」
エミリアは顎に人差し指を当て、少しだけ考える様子を見せると、今度はその指を口に当てて、
「ナイショ」
と、可愛らしく微笑んだ。
「それじゃあ皆、今日も頑張りましょう!」
そうして彼女は、瘴気のお陰で何故か絶好調なまま、婚約者組の仲睦まじさとメィリィの微笑ましさにブーストを受けて、一日のスタートを宣言した。
◆
アウグリア砂丘の『砂時間』。
大量の瘴気と激しい砂風が吹き荒れ、通常なら行動を避けて耐え忍ぶ時間。だが同時に、空間の捻れが綻ぶ瞬間でもあり、昨日まではラムの『千里眼』を頼りに攻略に取り掛かっていた。
「ではスバルさん、いきますよ」
「おう、頼んだ」
アリーゼがスバルの背中に触れる。
その瞬間、何となく感じていた空気の『重さ』が、体内に染み込んでくる感覚を覚えた。瘴気からのプロテクトを外れ、さらに濃縮されたそれが流れ込んできているのだ。
「10分に一度、瘴気を抜きますから。ベアトリス様にパトラッシュ、時間になったらお願いしますね」
「任せるかしら」
アリーゼの頼みにベアトリスは頷き、パトラッシュは嘶いた。
10分、それが一度に許された行動時間だった。
その時間内はスバルの勘に任せて動き、竜車はそれを追う。時間が来れば竜車に寄って御者台に座るアリーゼに瘴気を抜いてもらう。そうしてまたスバルの勘に頼る。
『砂時間』ではぐれれば命に関わるため、安全に安全を重ねたセーフティを設けていた。
「んじゃ、いくぜ」
スバルは迫りくる砂嵐を前に、そう宣言した。
『砂時間』の発生は朝と昼、深夜の時間帯の一日三回。つまり、攻略へのチャンスも一日三回しかない。
今までは三回全て、ラムを頼りに進めていたが、今日からは朝と昼の二回がスバルに、そして最も長い深夜帯がラムと分業することとなった。
そして今、アウグリア砂丘は朝の『砂時間』へと突入していた。
吹き付ける砂風はまさしく嵐も同然で、体に当たる砂粒にも痛みを覚える。マントとフード、口元の布で極限まで肌を隠し、砂と風に耐えて突き進む。
「────」
パトラッシュの背中で、スバルはベアトリスを抱きしめながら砂風に耐える。
目を開けていられない。前後左右、砂に塗れていた。すぐ傍らを竜車が走っているはずだが、その確信すら得られなくなりそうなほど。
砂風の中、一人なのではないか。そんな弱音を否定するために、殊更に強く腕の中の少女を掻き抱く。
そうしてスバルは手綱を握り、周囲をゆっくりと歩き回る。
砂塵に覆われた視界を諦め、ベアトリスの『扉渡り』を破った記憶と、体内に染み入る不快な瘴気を頼りにして。
慎重に、かつ大胆に進む方向を探る。
「スバル、時間なのよ」
「おう」
ベアトリスの呼び掛けに応じて、パトラッシュに合図を送る。
賢明なる地竜はそれだけの合図で、傍らの竜車に寄っていく。御者台の端から手を伸ばしてくるアリーゼに触れられ、数秒、
「これで大丈夫です」
「助かった、アリーゼさんまた10分後に頼む」
「はい、ご武運を」
そう最低限に言葉を交わして、スバルはまた竜車から離れる。
繰り返す。『砂時間』の続く限り、感覚を研ぎ澄ませて、己の勘を信じて。
けれど──
「っ……だめか」
砂を纏った風が徐々に勢いを弱め、やがて波が引くようにゆっくりといなくなり、独特の砂の香りが辺りに漂う。
『砂時間』が終わった。初めての挑戦は失敗だった。
「スバル、そう落ち込むんじゃないのよ。これで一発クリアなんてできたら、ラムはあんなに苦労してないかしら」
「……だな。そんなチートがあるほど、この世界は甘くねぇってな」
『怠惰』の見えざる手が見えたり、『暴食』による記憶消去の対象外だったり、そもそもの『死に戻り』が与えられていたりと。何かと妙な例外が付けられているが、ナツキ・スバルは凡人である。
昨晩はいい思い付きだと思ったのだが、改めて現実を突きつけられ、スバルは地味に落ち込んだ。
そして、昼の『砂時間』への挑戦も失敗し、ラムの担当する深夜帯へ時間は過ぎる。
スバルの度胸に奮起したのか、負けん気が発動したのか、はたまた確率が収束しただけなのか。
ラムは『砂時間』の中活動する魔獣と視界を合わせ、その接続は切れることなく、一行は導かれるように砂嵐の中を突き進み。
「一面に、花畑……?」
そうして、砂風が吹くのとは別の舞台へと、ステージを移した。
◇◇◇
──『砂時間』を抜けると、そこは秘密の花園でした。
と、まさしく百花繚乱の絶景の中、そんなフレーズがスバルの頭に浮かぶ。
正面には、夜闇にぼんやり浮かんだ監視塔。
『砂時間』を抜けて瘴気の影響が薄れたのか、夜空にはちらちらと星明かりが覗き、夜景に沈む監視塔、そのシルエットが近付いているのがわかった。
ここにたどり着いた立役者。黒い毛皮と赤い目を持つ大狼のような魔獣──ウルガルムは、キョロキョロと辺りを見渡し、
スバルはその因縁の魔獣に思うところはあるが、目の前の異変によりそれを考える余裕がなかった。
「──花魁熊だわあ」
ちらと横目に見れば、竜車の御者台へ座るメィリィが花畑を睨んでいる。常に余裕の態度でいた少女、その横顔から血の気が失せ、切迫感が瞳を満たしていた。
「メィリィ、花魁熊ってのは……」
「お花に化けて、人を襲う魔獣ちゃんのこと。普通は森で、つがいが並んで化けてるくらいのはずなんだけどお……」
メィリィの説明を聞きながら、スバルは改めて花畑に目を向ける。視界をカラフルに埋め尽くす花園──魔獣の体格にもよるが、到底、一匹や二匹とは思えない。
この数の魔獣に襲われたらと、想像するだけでスバルの背筋が凍り付く。
「スバル、何があったの? ラムが、急に花畑に出たって……」
「──ストップ、エミリアたん。落ち着いて、静かに」
竜車の扉を開けて、体を出すエミリア。アリーゼやアナスタシアも、その小窓から顔を覗かせている。スバルは素早くジェスチャーで、彼女たちを制する。
そのスバルの声色と、突然の花畑にエミリアもすぐに異常を察して口を塞ぐ。
「この、お花畑って……」
「『砂時間』が第一関門なら、第二関門は魔獣の花園……『賢者』の性悪さが天元突破だ」
第一の関門を抜け、気が緩んだところを第二の罠が搦め捕る、そういう仕組みだ。
メィリィの忠告と、魔獣が寝ていたタイミング、この二つがなかったら今頃は。
「安心するには早いのよ。……全部は、ここを抜けてからかしら」
「この状態で安心できるほど、俺の神経は太くねぇよ。──塔は、あっちか」
ベアトリスに言われ、スバルは何とか眼下の花畑から意識を離そうとした。
ただし──、
「魔獣ちゃんは、起きた瞬間が一番凶暴なのよお。だから……」
みんな静かに、とでも続けたかったのか。しかし、メィリィの金言は中断した。
理由は明白だ。
──のそりと、まさしく地面がめくれ上がるように、花畑が『起き上がった』のだ。
「──ぅ」
眼前、数メートルの距離で立ち上がった魔獣、その姿にスバルの喉が引きつった。
突然のことだったから、ではない。魔獣の、そのおぞましい外見が原因だ。
「────」
メィリィが花魁熊と呼んだ魔獣は、その名の通り熊に似たシルエットをしている。しかし、あくまでシルエットのみ。その実態は致命的に食い違っている。
三メートル近い体長、足が短いが、代わりに腕が地面に擦れるほど長い。その体の背面を鮮やかな花弁が咲き乱れているが、むしろ印象的なのは体の前面の方だ。
黒い獣毛と見紛うほど、びっしりと花の根が魔獣の全身を伝っている。根に精気を吸い上げられているのか、落ちくぼんだ眼窩と、光のない瞳が生きる屍のようだ。
花魁熊は、花と獣が共存できていない。明らかに、花に命を殺されていた。
「う」
「し──動いちゃダーメ」
屍のような魔獣が鼻を動かし、スバルたちの存在を確認しようとする。その仕草に呻きかけて、横合いから止められる。それをしたのは、この場で最も冷静さを保っていたメィリィだ。
彼女は唇に当てていた指を前に突き出し、花魁熊の注意を自分に引きつけた。
「ちっちっち」
指を上下に振り、舌を弾くような音がメィリィの唇からこぼれ出る。
それはまるで、人が子猫をあやすときに見せる仕草だ。それが少女と子猫の邂逅なら微笑ましい絵面だが、凶悪な魔獣が相手ではホラー映画の一幕である。
「ちっちっちっち」
メィリィの舌の音と指の動きは連動しており、次第に花魁熊の意識がメィリィ個人から、その揺れ動く指へとズレていく。
「ちっちっち……ちぃー」
花魁熊の意識を指先に集め、メィリィがその指を竜車の脇へ向ける。その動きにつられて、花魁熊の視線が指の誘導する先へ、のそりと一歩、足がそちらへ動いた。
「──ぉ」
そのまま離れてゆく花魁熊に、思わず安堵の息がスバルの喉から漏れる。
身を硬くしていたエミリアやベアトリスも、その瞳の緊張が和らぐのがわかった。
パトラッシュとヨーゼフの地竜組も、
メィリィの果敢な挑戦で、花魁熊に囲まれる状況は打破できた。そして、ようやくひと呼吸する猶予が生じる。スバルは周囲を見て、花畑のない空間を発見。
その空間で話し合いをと、スバルは目配せしてくるユリウスにハンドサインを送る。
『一時撤退。──作戦タイム』と。
◆
「ようやく『砂時間』を越えたと思えば、予想外の歓待が待ち受けていたものだ」
「『賢者』の性格の悪さ全開って感じだな。──油断も隙もあったもんじゃねぇ」
花畑から離れ、花魁熊を刺激しない確信を得てから、スバルとユリウスが嘆息する。止めた竜車の中、姿を見せるエミリアたちも同意見だろう。
アリーゼは、さり気なく近くに寄ってきたメィリィの頭を──髪型が崩れないよう、指先を乗せて軽く髪をなぞる程度に──撫でた。
「お疲れ様です、メィリィ。貴女のお陰で、私たちは助かりました」
「わたしだってあんなたくさんの子に囲まれたら危ないんだから、それだけよお」
口ではそっけなく応じておきながら、頭を掌に押し付けて、もっと撫でろと視線でも訴えている。本音が隠れていないのか、隠すつもりがないのか、どちらにせよ微笑ましい。
ともあれ、アリーゼの言う通り、メィリィの貢献は絶大だ。そして、貢献という意味では、『砂時間』の突破に力を尽くしたラムもそうだ。
「ラム、体調は?」
「問題ないわ。それより、たまたま『砂時間』を越えたのがウルガルムなんて、バルスは犬に縁があるようね」
「さっき俺が何とかスルーしたことに触れないでもらえる!?」
と、感謝と労いを込めたスバルの問いかけに、ラムは憎まれ口で応じた。
スバルの記憶に色濃く残る、嫌な魔獣ベストスリー。その中の最初が犬、ここにいるメィリィにより使役されたウルガルムの群れなのだ。
先ほどラムが『千里眼』で繋いだウルガルムは
「それはともかく、流石だぜラム。俺がウロウロしても進展しそうな感覚がなかったのに」
「バルスの勘とラムを比べないでちょうだい。今までは巡り合わせが悪かっただけで、さっきのが本来の結果よ」
「めちゃくちゃ凄ぇことしてんのに、褒め甲斐がない姉様だな……」
「大丈夫よ、スバル。ラムも本当は安心してるの。スバルより先に『砂時間』を突破したいって、すごーく気合い入れてたんだから。可愛いわよね」
「エミリア様!」
含み笑いのエミリア、彼女の言葉にラムが猛烈に反応した。
しかし、直前の発言がそれで消えるわけではない。その意味を深く推し量ると──、
「お前、まさか俺に張り合って……」
「違うわよ。ふざけた妄想はやめなさい」
「あ、はい」
と、そんなこんなで『砂時間』を乗り越えた事実も分かち合った。
そして、その後の方針についても話し合いが開かれていた。
内容をまとめれば、どうやってこの魔獣の群れの中を進むかだ。
「メィリィ、俺たちの通り道の魔獣だけなら、どけられるか?」
「全部じゃなく、相手を絞るってことお? それなら……」
花畑に擬態し、眠る花魁熊の数は、ざっと見渡しても千は下らない。下手をすれば一万以上。メィリィの自己申告では制御可能な数はおよそ百、とてもカバーし切れない。
だがメィリィは目を凝らし、「そおねえ」と真剣に花畑を見つめて、
「そのくらいなら、いけると思うわあ。道からどかせて、離れたところでまた眠ってもらってえ……うん、大丈夫。やれるわあ」
答える合間に自分の考えに確信が持てたのか、メィリィの声に力が戻ってくる。
「てことで、メィリィ頼みには違いないが、このまま慎重に進む。万一、魔獣を起こした場合、今度はエミリアたんやユリウス、ラム、それに俺のベア子頼みだ。悪いけどな」
「────」
「おっと、あとパトラッシュもそうだ。助かる。愛してる」
後ろから存在を主張する愛竜、その首をスバルは親愛を込めてくすぐった。
それから、スバルは改めて皆を見やる。魔獣の花園は目と鼻の先だ。あまり考える時間も長く取れないと、多数決を取ろうとして、
「──うん、私もスバルに賛成。一秒だって、後戻りしたくないわ」
力強く、微笑んで言い放ったエミリアがスバルの覚悟を後押しする。
彼女は紫紺の瞳に強い決意を宿して、花畑と、その向こうにある塔の方を眺めた。
「道は正面、塔はすぐそこ。──大丈夫、何かあっても私がみんなを助けてあげる」
「……エミリアたんって、案外こういうとき脳筋な結論出すよね」
「ノーキン……え、やだ、急に何なの? もう、恥ずかしいじゃない」
格好よく言い切ったエミリアが、苦笑したスバルの言葉に頬を赤らめる。『脳筋』の意味は伝わっていないが、照れる彼女が何とも愛らしい。
「俺としては珍しいことに、脳筋ってのは無条件にエミリアたんを褒める言葉じゃ……あー、いや、やっぱ褒めたのかも。惚れ直した。E・M・T」
そして、強く前を見据える彼女が大切で、大好きだと改めて思える。
そうやって、メィリィとエミリアに続き、ラム、ユリウスの意見まで固まると──、
「と、そんなわけで、あとはアナスタシアさんとアリーゼさんの意見なんだが……」
「そうやねえ。って言っても、ウチも多数派の意見にあえて逆らいたないし、戦えもしないから反対はせんよ」
「助かる。アリーゼさんはどうだ?」
「私もそれで構いません」
「うし、じゃあそれで行くか」
話がまとまり、スバルがベアトリスを抱いてパトラッシュに乗り、ユリウスとメィリィが御者台、エミリアたちが竜車に乗り込もうとしたところで──、
「あ、くる」
小さな呟きが、スバルの耳に届いた。
「アリーゼさん、何か──」
言ったか、と最後までは続かなかった。
「────」
光が空を走り、それは狙い違わずアリーゼの頭部を直撃する。
アリーゼ・アストレアの首から上が蒸発するのを、スバルは目の当たりにした。
──その一瞬の惨状に、スバルが声を上げることはない。
スバルだけでない。それを目にするものも、悲鳴を上げるものも、
流れ出る血が砂海の渇いた砂に吸われ、呑み込まれ、見えなく、なる。
やがてゆっくりと、砂の粒子は朽ちる何もかもをその砂底へ飲み込み、隠していく。
旅の痕跡としての、血の赤い花さえ残すことなく、砂の中へ呑み込まれて。
──一行はアウグリア砂丘から姿を消した。
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