「改めて、おかえりなさいッス、お師様。──『賢人』フリューゲルのご帰還、このシャウラ、心よりお待ち申し上げておりました。……ッス」
四百年ぶりの再会を喜ぶシャウラに導かれ、スバルたちはプレアデス監視塔──大図書館プレアデスへの入館を果たした。
二頭の地竜と竜車は六層『アステローペ』に、レムを四層『アルキオネ』の『緑部屋』に安置して、スバルたちはひとまず睡眠を取ることにした。
起きたのは昼前、普段なら大寝坊であるが、ここは屋敷ではなく東の魔境。しかも連日の砂丘攻略、夜通し迷宮探索した疲れがあったため、皆が深い眠りに就いていた。
気力を充填したことで、スバルたちは遥々砂海を乗り越えた目的を果たすべく、大図書館プレアデス、三層『タイゲタ』の『試験』を受けることとなった。
しかし、エミリア陣営・アナスタシア陣営の面々が『試験』攻略を、ラムとアリーゼがレムを見守る役目を買って出たところで、メィリィが上層に行くことを渋った。
「メィリィ、貴女も行ってきていいんですよ?」
「うーん、でもお、そこまで興味があるってわけじゃないしい」
『試験』とやらに興味はあるが、アリーゼと離れるのもそれはそれで嫌。ここ数日しばしば見せるようになった年相応に素直でない一面に、アリーゼは頬を緩めて、
「少しでも興味があるなら行ってきなさい。帰る場所は守っておきますし、美味しいご飯も作っておきますから」
「……そーお? じゃあ行ってこようかしらあ」
と、メィリィはスバルたちへの同行を決め、『緑部屋』に入るアリーゼたちを見送った。
その後、メィリィがさも当然のようによじよじとシャウラの背中に取りついた。
「昨日からそうだけど、お前怖いもの知らずだな……そいつ、砂丘で俺たちを撃ち抜こうとした奴だぞ?」
「なんとなくかしらあ? なんだか、この裸のお姉さんの傍にいると、すごおく気持ちが落ち着くのよねえ」
「あーしもまぁ、別に気にしないッス。ちびっ子二号の面倒ぐらい見るッス」
そう言って、メィリィはシャウラの頭に体重を預ける。
シャウラも嫌がる様子はなく、軽々とメィリィを乗せている。スバルがあれをされたら首を痛めそうだが、竜車を担ぐ怪力シャウラにはなんてことないのだろう。
「あーしからすれば、あの金髪の女の方が嫌ッスね。なんとなくいけ好かないッス……あたたたた! なんて真似するッスか、ちびっ子二号!」
シャウラは背中におぶったメィリィに、その長いポニーテールを掴んで引っ張られる。
首のひねりでポニテを取り戻し、胸の前に抱え込んだシャウラが振り返ってメィリィを睨む。その言葉にメィリィは「べつにい」とそっぽを向いた。
「むっきーっ! 腹立つッス! お師様、何とか言ってやってくださいッス!」
「お前、アリーゼさんになんてこと言いやがる。口の利き方に気を付けねぇと、正座して石抱かせるぞ」
「お師様のバカーっ!」
おいおいと泣き崩れる素振りをして、シャウラがスバルに背を向ける。
いじけたままかと思いきや、すぐさま向き戻って、
「でもホントに何なんッスかね。あーしが塔からヘルズ・スナイプ撃ったときも、お師様かあの女、どっち狙うか迷ったくらいッスもん」
シャウラは不思議そうに首を傾げる。
実際に初回のループでは、スバルより先にアリーゼに当たっているので、迷ったというのは事実なのだろう。
スバルを狙う理由は、「鼻が曲がりそうなぐらいどす黒くてえぐい臭いをプンプンさせている」という、めたくそに傷付けてくるものだったが、アリーゼに関してはそれもないらしい。
「……一つ、心当たりが無いでもないのよ」
「お? なんッスか、ちびっ子一号」
「その不名誉な呼び方をやめるかしら。あの娘はアストレア家の令嬢──元を辿れば、初代剣聖レイド・アストレアに行き着くのよ」
「うげっ、あいつレイドの子孫なんッスか」
シャウラが盛大に顔を顰めた。そのわかり易すぎる反応は、ベアトリスの心当たりが事実であると示していた。
ただ、そんなベアトリスの推論の意味がわからないのはスバルたちだ。
「なに、初代『剣聖』ってそんな怖い人なの?」
「馬鹿な。アリーゼやラインハルト、アストレア家の祖に当たる御仁だ。剣の腕もさることながら、さぞ人格者であったことだろう」
「いやぁ、でも、歴史を紐解くと優れた為政者も結構ひどいなんてありがちだしな……」
「やれやれ、話にならないな。いいだろう。ここは生き証人である彼女に語ってもらえばはっきりする話だ」
シャウラの反応から
「初代『剣聖』、レイド・アストレアに対する所感。シャウラ女史、忌憚なく貴女の意見を聞かせてもらいたい」
「人間のクズだったッス」
「忌憚なく貴女の意見を聞かせてもらいたい」
「なかったことにすんなよ!!」
都合の悪いことを聞き流そうとしたユリウスに、スバルはシャウラを指差して続ける。
「ほら、聞けよ。お前の知りたかった歴史の真実がすぐそこにあるぞ」
「……大なり小なり、秀でた才を持った人間は自信を持つものだよ。そのことは責められるべきではないし、むしろ誇るべきことだ。歴史に名を残す最高峰の剣士ともなれば、そうした振る舞いをするのも、そう、時代背景を鑑みれば適当で──」
「お前がそんな必死なの初めて見た」
自分でもどれだけ説得力があると思っているのか、ユリウスもしどろもどろだ。
憧れの歴史に、そして愛する婚約者の先祖に、若干、裏切られた節のあるユリウスはさて置き、シャウラの『レイド・アストレアの真実』は止まることなく垂れ流される。
「まー、とにかく嫌な奴だったッス。悪ガキがそのまま大きくなったみたいな性格で、弱い者イジメとか大好きだったッス。っていうか、あのクズから見たら大抵の相手は弱かったんで、もう誰と戦っても弱い者イジメッス。あーしも超やられたッス」
どれだけ憎々しい思い出が溢れ返るのか、シャウラの態度から黒いものが消えない。それはまさに、イジメられた人間がイジメた人間の所業を思い出すが如きだ。
「あのクズは覚えておくべきッス。やった方は忘れても、やられた方は絶対に忘れないという当たり前の事実を……ッス」
「お前をやり込めるって相当化け物だな。まぁ、そんな事があるんなら無理してアリーゼさんと仲良くしろとは言わねぇよ。ただ、危害を加えないって約束は守れよ?」
「ッス! それは守るッス!」
それならいいかと、スバルはシャウラに上層への案内を頼んだ。
「今の話、アリーゼさんには聞かせらんねぇな……」
「そないな心配せんでええと思うよ」
「アナスタシアさん、どうしてだ?」
その背を追いながら呟いたスバルに、アナスタシアがそっと囁いた。釣られてスバルも小声で訊ねた。
「初代剣聖レイドは、功績だけやなくて、その悪童っぷりも逸話として結構残っとるんよ。ユリウスは偉人に夢を見る子やから、目ぇ逸らしてるだけ」
「まじかよ」
この旅路で何となく魔法や歴史オタクが露呈しつつあったユリウスだが、まさかそんな面倒くさい一面まで持ち合わせているとは思わなかった。
「その点、ナツキくんも人のこと言えんと違う?」
「なんでだよ」
「アリーゼが昔は腕白だったって、未だに信じてくれへんやん」
「いやいや、だからそれは嘘だって」
あのアリーゼが昔は腕白、しかもフェルトに劣らないほどの問題児だったなど。襟ドナもそうだが、アナスタシアも妙な嘘をつく。
そうやって笑い飛ばすスバルに、アナスタシアも「まあええけど」と話を切り上げた。
「──着いたみたいやよ?」
それも、目的の場所に到着したからだ。
ちょうど『緑部屋』から円周上の対極の位置にある部屋。蔦の張り巡らされていないシンプルな扉の向こう、室内には上へ続く階段がどんと一つある。
「ふっつーの階段だな。下層みたいな螺旋階段は終わったのか?」
「下層は長いッスけど、四層から三層は短いッス。ただ、『試験』をクリアできなきゃ上がったことにはなんないんで、そこんとこよろしくッス」
スバルの疑問を受け、シャウラがそう締め括る。
この階段の先、試験が待ち受けている。詳しい試験内容は、口で説明するより見た方が早いとのことだ。
どんな試験かは分からない。分からないが、止まるという選択肢はない。
「──いくか」
スバルは先頭に立ち、階段に足をかけた。
◆
『緑部屋』は、外からの扉が緑色の蔦でびっしりと覆われている事からも想像がつく通り、扉に絡みついていた蔦は部屋の中をも侵食していた。
元々は普通の石造りだったと思われる部屋は、床も壁も天井も、見る影もなく緑に征服され尽くしている。何百年も放置された秘境の遺跡、といった風情。
この部屋の主──この部屋そのものである精霊は、意思らしい意思はなく、ただ入った生き物の傷や病を癒そうとするだけの存在だ。
緑の部屋の最奥には、入口から続く雑然とした雰囲気と異なるスペースがあった。
生い茂る緑の草が折り重なり、所々に小さな花を咲かせたベッドがあり、そこには変わらない寝顔のレムが横たわっていた。
「────」
白い頬には色は差さず、寝顔には何の変化もない。そんな『眠り姫』の傍らにラムとアリーゼが辿り着くと、蔦が蠢き始め、複雑に絡み合い、緑色の椅子となった。
彼女たちを慮るような動きに、二人とも遠慮なく腰掛けた。
入院患者を家族が見舞うような配置。ラムはしばらくレムを眺めてから、口を開いた。
「上に行かなくてもよかったの?」
「ええ。塔の攻略について、私にできることはありませんから」
「随分と割り切るのね。第一層まで辿り着かなければ、この塔から出られないというのに」
「大丈夫ですよ。いざとなれば、あの星番程度、ラムが倒してくれるでしょう?」
「そうね」
枷を三つ外したラムの実力は、おそらくシャウラよりも上だ。不意打ちという手段に出れば、一分以内という時間制限も守れるだろう。
故にラムもアリーゼも、今のところ攻略に取り掛かるつもりはなかった。そもそも『賢者』が不在、しかも暫定がスバルということで、この塔への信頼度が下がっているのもある。
「メィリィを行かせたのは、どういう意図があってのこと?」
「意図も何も、言った通りですが……」
アリーゼは予想外の質問に目を瞬かせると、少し言葉を選んでから、
「あの子は殺ししか知らないようですから。他のことに興味が向いたなら、歓迎すべきことです」
「あの子はアリーゼに懐いていて、離れるか迷っていたようだけど」
「ただ寄りかかる場所を求めているだけですよ。一時的にでも避難場所があると、安心感が違いますから」
砂時間攻略の道中、男性陣が御者台で睡眠を取っていたのに対し、女性陣は竜車の中だった。
──なお、狭い御者台で疲れが取り切れない分は、アリーゼやエミリア、ベアトリスが緩い治癒魔法を掛けることで補っていた。
閑話休題──その就寝前の竜車での出来事により、メィリィがアリーゼに懐くに至ったのだが、
「そもそも竜車でも、大したことはしていません。私自身、何を言ったかなんて半分以上忘れています」
「中々酷いわね」
「事実ですから。重要なのは中身ではなく、自分を見てくれてる人がいると、そう彼女に伝えること。ただそれだけの、当たり前のことが、案外嬉しくて、満たされるものです」
「──剣しか知らない『剣聖』と、殺ししか知らない『魔獣使い』」
「ええ。メィリィは、幼い頃のラインハルトと、少しだけ似ていますから……どうしようもない人格破綻者でも、倫理観の欠如したクズでも、凝り固まった老害でもない。あの子はきっと、いい子に育ってくれますよ」
「そうね」
聞きたいことを聞き終えたのか、ラムは眠り続けるレムに視線を落とし、その手を握る。
彼女の生きている証は、微かな呼吸で胸が上下していることと、触れている熱以外には感じ取れない。
視覚と触覚で、余すことなくその生命活動を確認して、ラムは再びアリーゼを見た。
「バルスたちが帰ってくるまですることも無いし、アリーゼの過去話の続きでも聞かせてちょうだい」
「いいんですか? 延々と語れますよ?」
「問題ないわ」
ラムの了承に、アリーゼは笑みを深め、「そうですね、ではあの時のお話を」と語り出す。
『緑部屋』はそうして、穏やかに時間が過ぎていった。
一時間もしないうちに、メィリィが『緑部屋』に戻ってきた。
彼女は「本ばっかりで飽きちゃったわあ」との言葉と共に、ナツキ・スバルが三層『タイゲタ』の『試験』を突破したことを報告するのだった。
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