スバルが『試験』を突破したことで、三層『タイゲタ』──死者の書を保管する大図書館プレイアデスが開放された。
その探索を一区切りさせ、一行はラムとアリーゼに経過を報告してから、塔の攻略を進めることとなった。
そして──、
『──天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ』
二層『エレクトラ』、その『試験』が始まる。
◆
選定の剣を抜いたスバルたちの前に現れたのは、一人の男だった。
その身に纏うのは、防護の役割に何ら寄与しない紅の着流し。燃ゆる炎の色をした髪は背中の真ん中に届き、その左目は黒い眼帯が覆っている。そして、眼帯のない右目は届かぬ天を映した空色だ。
きっと、静謐に悠然と佇んでいれば、見るもの全てが振り返り、絵画に残したくなるほど整った美貌──それを、野蛮で残酷、凶暴そのものの空気が粉砕する。
それは、あまりにも美しい姿をした、獰猛な獣だ。
「──いい女、いい女、エロい女、ジャリ、ジャリ、子分、雑魚」
傲慢に振る舞う男を目にして、この監視塔の、一応の管理者であるはずのシャウラが気絶した。明らかに、只者ではない。
「──オレとまともにお話ししたけりゃぁ、こっからオレを一歩でも動かしてみろや、オメエ」
無防備に、ただ悠然と立ち尽くすだけの男の発言。
それを笑い飛ばせなかったのは、男の提示したその条件が、まさしく『試験』に値するほどに難易度の高い条件だと、すんなり受け入れられたからだ。
──天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ。
目の前に立つ男が、『天剣に至りし愚者』だとすれば、許しを得る方法は教わった。
あとは、純粋に、それが、可能なのかどうか。
「ルグニカ王国、近衛騎士団所属。ユリウス・ユークリウス」
戦い──否、『試験』が始まる前に、ユリウスが礼儀に則って自ら名乗り上げた。
対等に、これから雌雄を決する相手への最低限の敬意。
それを受け、男はその青い隻眼を楽しげに細め、異常な剣気を垂れ流しながら、
「名乗る名なンざねえよ。──オレは、ただの『棒振り』だ」
大図書館プレイアデス、第二層『エレクトラ』の試験。
制限時間『条件付無制限』。挑戦回数『条件付無制限』。挑戦者『条件付無制限』。
──試験、開始。
ユリウスから男へ向けて柔らかく投じられるのは、二層の床に突き立っていた選定の剣だ。縦回転する剣が放物線を描き、それは男の足下に狙い違わず突き刺さる。
男が手を伸ばせば容易く抜ける、それを狙ったように。
「なンだ、オメエ。オレに剣投げ渡すなンざ、死にてえのか」
「生憎、無手の相手に斬りかかるような無粋、騎士として恥ずべき行為だ」
「かっ! 笑わせやがる」
男が牙を剥いて凶悪に笑う。そのまま、男は無造作に振り上げた足で乱暴に剣を蹴りつけた。選定の剣が、派手な音を立てて吹き飛ぶ。
「──っ! その言葉、後悔しないことだ!」
正々堂々、その心遣いを無下にされ、頬を硬くしたユリウスが騎士剣を抜き放つ。
細身の剣は一直線に、真剣勝負の場を穢す無礼者への鉄槌となる。
その、雷光のような刺突が──、
「な……っ」
「オレがなンも持ってねえだ。よく見ろ、オメエ」
男の胴を穿たんとした刺突、それがまさしく雷鳴のような音を立てて止まる。止めたのは、相対する鮫の笑顔。
それも──、
「──木の、枝?」
「違えよ、箸だ、箸。ツマミ喰うのに持ち歩いてンだよ」
黒く塗られた細長い木の棒──それは、紛れもなく箸だった。男は左手に持ったそれで、恐るべき正確さにより、ユリウスの刺突を摘まんでいた。
──どれだけ完璧に使いこなせば、箸で一級品の剣技を受け止めてみせるのか。とても人間業とは思えない。
「一番いい角度に、一番いい速さで、一番いい感じに、一番うまく振り回せば──箸だろうと、斬れねえもンなんかねえよ」
「ぐ……ッ」
『棒振り』がその右手で自分の腰をぼりぼりと掻き、のたまう。その驚愕の光景に言葉を失ったのは誰もが同じだが、当事者であるユリウスはそうはいかない。
腕に力を込め、箸に先端を摘まれる騎士剣を取り戻そうとする。が、動かない。
「力むな、力むな……笑えよ、オメエ。笑った方が美人だぜ。男じゃ意味ねえが」
不意に剣の拘束が緩み、ユリウスは込めた力の矛先に刹那だけ戸惑った。その刹那の隙に身を回し、男の長い足がユリウスの細い腰を蹴りつけ、弾き飛ばした。
「ユリウス──!」
悲鳴のように叫んだのが誰だったか、スバルにはわからない。
ユリウスの体が木の葉のように軽々と吹っ飛ぶ。何とかその勢いを殺し、体勢を立て直さんとする彼に向かって──、
「かっ!」
跳躍する『棒振り』の長身が、弾丸じみた速度でユリウスへ迫る。そのまま二本の箸で嵐のような暴力を打ちつける。
その箸撃を、ユリウスは直感を頼りに騎士剣で弾く。しかし、男の箸はそれを嘲笑うように掻い潜り、ユリウスを突き刺す、突き刺す、突き刺す、突き刺し──、
「ジワルド──!!」
刹那、熱線が二人に目掛けて放たれる。
白光はそのシンプルな在り方と同様に、恐ろしく端的に世界を削り取る。即ち、射線上にあるものを焼き尽くし、焼き切り、切断する熱波の刃だ。
熱線は光もかくやという速度で、獲物へと真っ直ぐに襲いかかる。
だが──、
「──オレの剣は光も斬るぜ、オメエ」
嘯く声が聞こえるより早く、放たれる箸撃が熱線を正面から切り裂いた。
想像を超えたありえない光景に誰もが目を剥く。ただ、男だけが当然とばかりに笑い、おちょくるようにユリウスを嬲り続ける。
「──ッ! ジワルドぉぉぉ──!!」
その事実に目を血走らせ、詠唱が重なる。
両手を広げ、熱線を放つ魔法を詠唱するのは、その可憐な顔貌を決死の色に彩ったアナスタシア──否、彼女の身体を譲り受けた襟ドナだ。
「アナスタシアさん!」
スバルの叫びも届かず、彼女は広げた五指──両手の指、合わせて十本の先端から、それぞれ熱線を同時に放射。十条の死線が一斉に『棒振り』目掛け躍りかかった。
「かっ!」
『棒振り』は躍りかかる光の全てを、再び箸で切り払い、直後──ユリウスの鳩尾に箸の先端を当て、地面に仰向けに押し倒す。そのまま擦り付けるようにして走り出した。
「かかかかかっ! よく狙え、オメエ。蠅が止まるぜ、オメエ。それじゃ、色男も取り戻せねえぞ、オメエ。かかかかかっ!」
「ジワルド! ジワルド! ジワルドぉ──!」
高笑いしながら疾走する男に、アナスタシアの熱線が絶え間なく襲いかかる。だが、魔法の威力が高くとも、当たらなくては意味がない。
男の戦闘力と、浮き彫りになる襟ドナの経験不足だ。ユリウスを窮地から救わんとするが、その意気込みは空回りし、攻撃は掠りさえしない。
やがて、時間切れが訪れる──、
「──ぁ、く」
「あぁン?」
楽しげに熱線を躱していた『棒振り』が、唐突に途切れた追撃に眉を上げた。その視線の先で、アナスタシアの鼻腔から鼻血が流れる。
それを見て、スバルは血の気が引いた。
「アナスタシアさん、もうやめろ!」
「──じゎ、る……」
咄嗟に駆け寄り、肩を掴んで制止しようとするも、襟ドナはなおも魔法を撃とうとする──
「やめろエキドナ! これ以上はダメだ!」
──故にスバルは、力尽くで止めることを選んだ。
小柄なアナスタシアの体を、強引に押し倒す。地に押し付けられた彼女は、ぎりぎりで繋いでいた意識を手放した。
「アナスタシア様──!」
その主の姿に、防戦一方だった騎士が奮起する。
箸に押し付けられ、背中で床を滑っていたユリウスが身をよじる。摩擦に変化により生まれた一瞬の間隙──そこにユリウスは長い足を回し、寝そべった姿勢から相手の頭部を蹴りつける。
男はそれを首を傾けてよけるが、ユリウスのブレイクダンスのような動きからの蹴りの追撃には大きく飛びずさった。
「今のはオメエ、オレ好みじゃねえか。そそるぜ、オメエ」
「戯言に付き合う暇はない! そこをどけ──!」
圧倒的力量差、それを理解しながらもユリウスが吠え、男へ吶喊する。あれほどの連撃を浴びながら、手放さなかった騎士剣が唸りを上げる。
義憤と使命感に背を押されながらも、流麗かつ優美な剣撃──それはあるいは、騎士として修められる剣技の最高峰だったのかもしれない。
それを手に入れるのに、いったい、どれだけの月日が、修練が、血の滲むような努力の日々があったのか、わからないほどに。
なのに──、
「なンだ、これ。笑わせンなよ、オメエ」
刺突が止められ、斬撃が弾かれ、連撃が撃ち落とされ、必殺がいなされる。
「本気出せや、オメエ。本気でやってンのか、オメエ。本気でやっててこれなら……とンだ、期待外れだぜ、オメエ」
ユリウスの積み重ねてきた剣技が、騎士として修めてきた全てが。『棒振り』を自称する男の退屈そうな吐息に、恐ろしく美しく凶悪に振り回される、二本の箸に。
たかだか二本の棒切れに、ユリウスの『半生』が踏み躙られる──。
「こンなじゃねえだろ、オメエ。なに、一人で戦ってンだ、オメエ。これはオメエの戦い方じゃねえな。──だから、つまンねえな、オメエ」
「私は……!」
「女のとこいきたきゃいかせてやンよ。やわっけぇ膝でも借りて、泣いて甘えろ。出来損ないのブサイク剣士が」
次の瞬間、翻る棒切れが鋼を摘み、そして易々と圧し折った。
軽やかな音を立てて真っ二つに折れた騎士剣の先端を、ユリウスの黄色い瞳が呆然と見送る。
きっと、この瞬間、折れてしまったのはユリウスにとって剣だけの話ではない。
「寝ろ」
吐き捨てる一言と共に、恐るべき拳骨がユリウスの横っ面に突き刺さった。
容赦のない一撃が、ユリウスの端整な横顔を歪めるほどにぶち抜く。重々しい威力が一瞬で彼の意識を刈り取り、糸が切れた人形のようにユリウスの体は慣性に従って吹き飛び、転がり、猛然と滑って──アナスタシアの、すぐ傍らに倒れた。
意識のない主従が並ぶ。それが、野獣のような男の場違いすぎる気遣いのように。
「さって、次は……」
準備運動を終えた、とばかりに首を鳴らし、男がこちらへ振り返る。
事実、準備運動のようなものだ。ユリウスが戦場を駆け出し、一方的に嬲られ、アナスタシアの援護が入り、二人が倒れるまでほんの数十秒の出来事──その間、スバルは割り込む隙すら見出せず、ただただ棒立ちする他になかった。
それはスバル以外の、残るエミリアたちも同じ──、
「一つだけ、聞いておきたいんだけど」
──断じて、否。
それを証明するように、エミリアが一歩前に出た。
「あなたを、一歩でも動かせばいいんじゃなかったの? すごーく、走り回ってたけど」
エミリアが口にしたのは当然の質問。
戦いが始まる前、『棒振り』は確かに笑いながらそう言っていた。『自分を一歩でも動かしてみろ』と。
その条件に従えば、彼は明らかにそれを破っている。ユリウスとの戦いは、縦横無尽に飛び回ったなんて次元ではなかった。
しかし、男はその指摘に「オイオイ」と肩をすくめて、
「真に受けンなよ、カッケェノリで言っただけだぜ、オメエ。わかンだろ。わかンねえか、女だもンな。激マブだもンな。今晩付き合えよ、オメエ」
「ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんない。それに、私はきっと、あなたと戦っても勝てないと思うの」
「え、エミリア……?」
エミリアは堂々とそう言った。その発言に『棒振り』は目を丸くし、硬直していたスバルも喉から声を絞り出す。
その呼びかけにエミリアは振り返り、微笑みだけを返して、
「あなたは、すごーく強そう。それは見ててわかりました。だけど、私たちは『試験』を乗り越えなきゃいけないの。だから、勝てる方法を用意してください」
「────」
「一歩でも、あなたを動かせたら私たちの勝ち。それで勝負しましょう。……ダメ?」
押し黙った男に対して、エミリアが突き付けた提案。その内容にスバルは唖然となる。それはあまりにも、どこまでも、馬鹿馬鹿しいほど図々しい申し出だ。
その図々しい物言いに、『棒振り』はしばらく黙り込んだかと思うと──、
「かっ!」
と、歯を噛み合わせるように短く笑い、その青い目を見開いてエミリアを見た。
「──いいな、嫌いじゃねえぞ、オメエ。オレ相手によくぞそンだけ言った。トリーシャ以来の大馬鹿だぜ、オメエ。気に入った! ──オメエの言う通りにしてやンよ」
『棒振り』はどこか毒気を抜かれた顔で声を荒げた。
「一歩でもオレを動かせたらオメエの勝ちだ!」
それを受けてエミリアは頷くと、スバルの方へ視線を向けて、
「アナスタシアさんとユリウスをお願い。二人とも、治療してあげて」
「ま、待った! さっきの見たろ!? 無策でいっても……」
「スバル」
止めようとするスバルを、エミリアは言葉と視線で制した。
「アナスタシアさんをエキドナって呼んだこと、あとでちゃんと説明してもらいます」
「なっ……」
さらにそう続けて、完全に反論を封じた。
エミリアが前に出る。そして、凛とした横顔のまま、その両腕を『棒振り』へ向けて──、
「──アイスブランド・アーツ、アイシクルライン」
白い空間に光が舞った。
◇◇◇
「──それで、すごすご逃げ帰ってきたわけね」
「辛辣っすね、姉様」
「やめなさい、その喋り方。そこで寝てる娘のお師匠様説が真実味を帯びるわよ」
「それはヤバいな。気を付ける」
ゾッとしない忠告に力なく肩をすくめれば、その返答にラムは小さく吐息した。
──長い長い階段を下り、二層から四層に逃げ帰った一行は、ひとまずユリウスとアナスタシアの二人を『緑部屋』へと担ぎ込み、精霊の治療に彼らの身柄を委ねた。
アナスタシアに関しては、魔法によるマナの使用──下手をすればオドを使ってしまったかもしれないため、アリーゼに診察を任せている。
それから改めて、『緑部屋』とは別室に移り、事情を知らないラムに二層の話を共有したところだ。
「聞くだに馬鹿げた試験官がいたみたいだけど……エミリア様だけは、そのお眼鏡に適った」
「ええ、勝てたの。やっぱり私だけでも上に……」
「いや、やめといた方が……ほらあれだ、危ない」
「すごーく気を付けるわよ?」
「危ない」「危ないわね」「危ないかしら」
エミリアの決意に、スバルとラムとベアトリスが同時に水を差した。ただ、何も過保護が理由で彼女のやる気を挫いたわけではない。
「二層の『試験』がああだった以上、その先も危険な確率が跳ね上がった。エミリアたん一人だけいかせて、戻ってこられるかもわからないんじゃな……」
「じゃあ、やっぱりみんなで『棒振り』さんを越えられるまで頑張る?」
「そうしたい、とこではあるんだが……」
それが可能なのかは議論の余地がある。
最高戦力のエミリアが、ハードルを下げて下げて、ようやくクリアできたのが実情だ。現に、ユリウスは倒れたわけで──、
「あいつ、凹みすぎなきゃいいけどな……」
「ユリウスのこと、心配?」
「どうだろ。心配は、まぁ、心配なんだろうけど……そんな簡単でもないかな」
あれだけ一方的に嬲られたユリウスだが、命を危うくするような傷は一つもなかった。百度と打たれた事実が、剣であれば百度殺されたことの証明ではあっても、だ。
そうして『棒振り』との真っ向勝負に完敗し、騎士剣を砕かれた瞬間のユリウスの表情。あれを思い返せば、スバルの不安が考えすぎということはないだろう。
剣技は届かず、児戯のように弄ばれ、挙句に騎士剣さえも折られて──、
「代わりの剣は竜車に用意があったけど、そういう問題じゃねぇだろうしさ」
「剣は打ち直せばいい。ベティーには、その拘りはわからないかしら」
「ベア子だって、俺が作ってやったハンカチとかミトンとかエプロンとか大事にしてくれてんだろ? それが破られたみたいな、それの上級版みたいな話だよ」
「……分からず屋なこと言って、悪かったのよ」
暴言を素直に反省したベアトリス、その頭を撫でてやり、スバルは吐息をつく。
『緑部屋』で目覚めたあと、ユリウスがどういった反応をするかは想像がつかない。らしくもなく落ち込むのか、あるいは彼らしく気丈に振る舞ってみせるのか。どちらであったとしても、なんと声をかければいいのかわからず、気が重い。
それに気掛かりがあるとすれば、それはユリウスのことだけに留まらないが──、
「遅れて申し訳ありません」
スバルの懸念を遮るように、部屋の扉が開いた。
「アリーゼさん、アナスタシアさんはどうだった?」
「貯めていたマナが枯渇寸前でしたが、自前のオドには触れていません。スバルさんがあそこでアナを止めてくださったお陰です」
「そうか、そりゃ良かった」
ここで、アリーゼは一つ嘘をついていた。
アナスタシアのマナは完全に枯渇していた。『虚飾』により無かった事になっているが、襟ドナは彼女のオドに手を付け、それを擦り減らしていた。
今はもう書き換えられ、真実となった嘘に、スバルはほっと息を吐く。
──なお、アリーゼは現在、己に掛けた保険を一時的に切っている。
生命の源であるオドの消耗を無かったことにするのは、決して軽い改変ではない。それでも親友の生命を戻すため、アリーゼはリスクを負った。己の保険に使っていた『虚飾』のリソースを、アナスタシアの回復に充てたのだ。
あと数時間、己に保険を掛け直せるまで。何も起こらないでくれと、彼女は微笑みの裏で願っていた。
「それで、二層で起きたことだけど──」
遅れてきたアリーゼに、スバルはラムにした説明と同じものを繰り返す。
「──騎士ユリウスのことも心配だし、アナスタシア様の件でも問い質すことはあるけど、もっと突き詰めるべき問題が別にあるわね」
その説明を終えて、ある意味、冷酷な意見を口にしたのはラムだ。
「試験官の、『棒振り』のことだな」
「ええ。薄情なようだけど、ラムにとっては『試験』がどうなるのかの方が大事だもの。──それが越えられなければ、レムを取り戻す手段に届かない」
彼女の言葉は自分で認めた通り、少しばかり配慮に欠けている。だが、誰もそれを咎めない。
アナスタシアをエキドナと呼んだことは、既にラムとアリーゼにも共有されている。
ラムの台詞には、言葉通りの思いも多分に含まれているだろう。だがそれ以上に、今も意識のない二人がいない場所で、それを追及しないための方便に他ならない。
「着流しに隻眼、赤い髪に青い瞳……いやに自己主張の激しい格好だけど」
「思い当たる人間がいたりするか? 実物を見ないとイメージつかないかもだが、はっきり言って化け物みたいに強い。ラインハルト級かもしれない」
「悪夢ね」
「でも、スバルの言ってることは嘘じゃないわ。ラインハルトの本気の強さは見たことないけど……ん、それぐらい強かったと思う」
信じ難いといったニュアンスを含んだラムに、エミリアからもフォローが入った。
「バルスとエミリア様の言葉を信じるとすると、騎士ラインハルトと同格の敵……地上最強と並び立つなんて言われてるのは、今の世界じゃ各国一人ずつよ」
「ラインハルトが王国最強で、他の三国にもそれぞれ最強がいるってことか」
「ヴォラキア帝国一将『青き雷光』セシルス・セグムント、グステコ聖王国の『狂皇子』、それからカララギ都市国家の『礼賛者』ハリベル。でも、どれも特徴が違うわね」
並べられた各国最強の三人に『棒振り』は当てはまらない。
「となると、世に名の知られていない武芸者の類……」
「服装はカララギの民族衣装だったのよ。ハシも、使いこなしてたかしら」
「本来の使い方と違いすぎて、使いこなしてたって言っていいもんか……」
それに、あの男と『世に知られていない武芸者』という印象は、どう頑張ってもスバルの中では繋がりそうにない。あれほどの実力者が、それもあれだけ人間性の濃い人物が、世に知られずに済んだということには違和感が先立つ。
それに、このプレアデス監視塔の奇妙な仕組みに組み込まれた男が、はたして只人なのかという疑問がずっと付き纏っていて──、
「──アリーゼは、思い当たる人物はいるかしら」
ラムがここまで発言していないアリーゼに意見を求めた。スバルたちの視線が集まる中、彼女は困惑を滲ませながら口を開いた。
「います。というより、皆さんが思い至らないことが、不思議でならないのですが」
「どういうことだ?」
スバルの反問に、アリーゼは「確認ですが」と前置きして、
「その試験官は、燃えるような赤髪に、空を映したような青い双眸、そして卓越した剣技を持ち合わせていたと」
「ああ」
「……その特徴を持つ『最強』が一人だけ、私たちの身近にいるでしょう?」
「──ぁ」
その問いに、声を漏らしたのはエミリア。アリーゼに向けられていた視線は、彼女へと移される。
「ラインハルト」
それらの視線を浴びてエミリアが口にしたのは、スバルが──ルグニカ王国の全国民が知る『最強』の名。
燃えるような赤髪、空を映したような青い双眸、そして卓越した剣技。その全てに当てはまる当代『剣聖』だ。
「それは、つまり──」
「ええ、スバルさんの想像している通りでしょう」
スバルの呟きをアリーゼが拾い、そしてこう締め括った。
「私やラインハルトの祖先に当たる初代『剣聖』──またの名を『棒振り』レイド、その人かと」
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