異世界召喚
菜月昴は、漫画やアニメでお馴染みの異世界召喚を味わっていた。
ここはスバルが十七年間過ごした世界ではない。それは奇抜な衣装と、人外めいた美貌を持つ二人の少女からも明らかだ。
一つの問題があるとすれば、彼女たちとスバルは本来一年以上の関わりがあるそうだが、彼の意識が、夜のコンビニを出た直後からシームレスに異世界召喚直後へ繋がっていることだろう。
正直、スバルはまだ、この状況を丸っと呑み込めたとは言い難い。
混乱は収まらず、現実とは向き合い切れず、説明を事実と鵜呑みにするのも困難だ。
だがそれでも、目の前の二人の親愛は、嘘ではないと思いたいから。
「俺の名前はナツキ・スバル。右も左もわからねぇが、たぶん君たちのお友達。図々しいとは承知の上で、一つ君たちに頼みがある」
立ち上がり、スバルは天井に指を突き付けて名乗った。
それから最後に二人に手を差し伸べ、ウィンクする。
「──君たちの名前を、教えてほしい」
二人は一度間を置くと、ゆっくりとそれぞれの笑みを浮かべて、
「私の名前はエミリア、ただのエミリアよ。またよろしくね、スバル」
「ベティーは大精霊ベアトリス、スバルはベティーの契約者なのよ」
と、そんな風に名前を教えてくれたのだった。
◆
さて、そんなこんなでひとまず、エミリアとベアトリスとの二度目の初対面という稀有なイベントをこなしたスバルだったが──、
「──これは、何の悪ふざけなの、バルス」
と、朝食の席という名の事情説明の場で、針の筵のような気分を味わっていた。
場に同席してくれているのは、当然ながらエミリアとベアトリスの二人。そしてそれ以外の六人の男女──男が一人と女が五人で、男女比の偏った面子がいる。
事前にエミリアから聞いた話だと、彼女らはスバルと共に、この塔を攻略するため協力し合う仲間なんだそう。
色々とバラエティに富んだメンバーだが、一つ言えることは全員が美形。スバルが一人で容姿の平均値を下げていて、申し訳ない気分だった。
そして、申し訳ないのは容姿のことだけではない。記憶のこともそうだ。
「シャウラッス! お師様最愛の教え子にして、このプレアデス監視塔の星番ッス!」
太陽に匹敵するぐらい明るい笑顔のシャウラが、
「本当、お兄さんってば、すごおく困ったさんよねえ」
年相応で可愛らしい容姿とは裏腹に、大人っぽく笑うメィリィが、
「ウチはアナスタシア・ホーシン。ナツキくんやエミリアさんとは、完全に仲良しってわけやないんやけど。この塔を出るまでは、一蓮托生でよろしゅう」
狐の襟巻きをして、関西弁──カララギ弁を話し、はんなりと微笑む美人、アナスタシアが、
「ユリウス・ユークリウスだ。こちらにいらっしゃるアナスタシア様、彼女の一の騎士を務めている。君とは友人……の、ようなものだ」
秀麗な顔立ちをした美青年。声が、瞳が、仕草が、その全てが優麗を体現したようなユリウスが、
「初めまして、と言いましょうか。アリーゼ・アストレアと申します」
金髪碧眼で清楚という、お姫様のテンプレを詰め込んだ美女。
元の世界では銀髪至上主義だったスバルにして、一瞬で心を持っていかれそうな微笑みを見せたアリーゼが、
「お願いだから、全部、話して……お願い」
弱々しく、スバルの胸に額を当てて、震える声でそう漏らすラムが。
大小の差はあれ、誰もが確かな信頼を持ってスバルを見ていた。スバルの知らない、彼らとの間に結ばれた信頼。
それは支えでもあり、同時に呪いにも思えた。
知らない世界で、記憶もない。ひとたび落ち着いてしまえば、胸の奥を占める不安の種を、足下の不確かさを、自覚してしまう。故に今、スバルが空元気でも張れているのは、親しげに接してくれる彼らのお陰だ。
だが、彼らが抱いているのは『ナツキ・スバル』への信頼。断じて、『菜月・昴』へ向けたものではない。
エミリアたちが真剣にスバルを慕って、心配してくれていると伝わってくるほど、スバルは借り物の立場にあやかる自分が呪わしかった。
「人に恵まれたってのが、せめてもの救いってことにしとくか」
「スバルさん、何か仰いましたか?」
「いや、覚えてない絆に縋り付くしかないってことで、泣けてきただけだぜ」
もらうばかり、消費してばかりのナツキ・スバルは異世界でも変わらない。そんな嘆きを拾ったのは、アリーゼだ。
現在スバルは、四層の『緑部屋』──エミリアとベアトリスに囲まれて目覚めたその部屋、蔦の椅子に腰掛けている。
アリーゼの隣には浮いた足をパタつかせているメィリィが。スバルの隣には好意マシマシのシャウラがいる。
エミリアを含む他の皆は、同じく四層の拠点──食事をした部屋で話し合いの真っ最中だ。
議題はスバルの記憶と塔の攻略、どちら優先するか。
なお、スバルがそちらに参加していないのは、急な記憶喪失で混乱しているだろうから一旦落ち着かせた方がいいと、アリーゼが提案したからである。
「俺の記憶が消えたのが、塔の『試験』とやらと関係ある可能性が高いからな。エミリアちゃんたちの話し合いがまとまれば、俺もそっちに加わろうと思ってるぜ」
「もう大分落ち着いたようですし、それが良いかと」
正直な話、急な異世界、しかも記憶喪失ときて、そこに説明下手なエミリアや、朝食の席での怒涛の情報量などが加わり、スバルの頭はパンク寸前だった。
一旦席を外して、補足と共に状況を整理できたのはありがたかった。
塔の攻略のための『試験』は三つ。
三層『タイゲタ』、これはスバルが異世界の星座知識を披露して解いたらしい。──この時点で、スバルはこの塔を創った賢者がとんでもなく性格が悪いと理解した。
そこに倒れていたところを発見された経緯もあり、スバルの記憶喪失はそこにある『死者の書』、またはその異常が原因ではないかと疑っている。
そして、二層『エレクトラ』と一層『マイア』。
「二層の番人、か……」
三層の攻略を終えた二層で待っていたのは、『棒振り』という凶悪な番人。シンプルな腕試しを挑んでくるその敵が、尋常でない強敵らしい。
その攻略に苦戦していたスバルが、突如記憶喪失となったという経緯だ。
ただ、
「ユリウスはともかく……俺が苦戦してる『試験』を、エミリアちゃんとラムが突破したってのか。魔法って凄ぇな……」
スバルに異世界チート能力はなく、魔法も初級魔法でゲートを壊すというダサいことこの上ないやらかしをしたため使用不可。
だが、中学時代は剣道もやっていたので、ド素人ではない。それに異世界に来て鍛え直したのだろう。引きこもり時代の筋トレ由来ではなく、動ける身体になっている気がする。
その上で、何故女の子、それもあんな可愛くて細い腕の子が、という気持ちは消えない。
「え、なに?」
ふと、顔を上げると、アリーゼとメィリィから視線を向けられていた。
アリーゼの困惑と、メィリィのお前マジかと言わんばかりのそれに、スバルもたじろぐ。
「お兄さん、銀髪のお姉さんとメイドのお姉さんが魔法使いって思ってるのお?」
「違うのか?」
「間違ってはないけどお……その二人、殴り合いでもお兄さんよりずうっと強いわよお」
「嘘だろ!?」
そんな馬鹿なとアリーゼを見れば、
「本当ですよ。ユリウスにラム、エミリア様、そしてそこにいるシャウラも。できるかできないかで言えば、二秒でスバルさんは肉塊にされますね」
「うっそぉ……」
負けるとかのレベルではなく、二秒で肉塊ときた。メィリィもそれを否定しない。
「異議あり! お師様はあーしなんかに負けないッス!」
声高に主張するシャウラだが、信頼性でも多数決でもアリーゼの側に軍配が上がる。
まさかの異世界皆人外説に、スバルは開いた口が塞がらない。
「あと残ってるのは、アリーゼさんとメィリィ、アナスタシア、ベアトリスの四人だけど……」
「私に戦闘力はありませんし、ベアトリス様もスバルさんと契約している大精霊ですので、スバルさんからのマナ供給がなければ可愛らしい女の子ですよ。アナも魔法は使えますが、制限がありますね。メィリィに関しては『魔躁の加護』がありますから、魔獣がいる場所では話が変わってきますが」
懇切丁寧に説明してくれるアリーゼに、メィリィとシャウラがそれぞれの領域から補足を入れる。
「記憶がないからって、塔の外に出たらダメよお? 魔獣ちゃんたちだらけで、お兄さん食べられちゃうからあ」
「その前に塔のルールが破られたら、あーしが血も涙もないキリングマシーンになってお師様たち全員をぶっ殺すんで!」
「マジでおっかねぇなここ!」
塔の禁則とやらが破られれば、この溌剌としてやかましいシャウラが、血も涙もない殺人機械に変貌するらしい。
出来の悪い冗談だと信じたいが、肉塊宣言の後では笑い飛ばせない。
「そうなると本格的に、なんでそんなとこに俺なんか連れてきたのか謎過ぎるだろ……」
「そんなのあーしに会いに来るために決まってるじゃないッスかー!」
「って、ちょ!」
隣のシャウラが腕を絡め、スバルのそれを胸に引き寄せようとするのを慌てて振りほどく。柔らかい感触、頬が熱くなった。
「あーん、お師様ったらいけずッス~」
「い、いけずとかじゃねぇよ、やめろ。女の子がはしたない……そういうのは好きな男相手に……いや、好きな男もいきなりそんなんされたら引くからやめとけ」
「ぶーぶーッス。また女子の品格の話ッスか? お師様、マジ変わんないッス」
唇を尖らせ、腕を振りほどかれたシャウラが不服を表明する。しかし、そんな彼女の言葉を聞いて、スバルは小さく息を呑み、目を伏せた。
そして──、
「……お前も、俺は変わってないと思うか?」
変わっていない。目覚めてからの数時間、何度となく言われた言葉だ。覚えのない『ナツキ・スバル』と、まるで間違い探しをされているようなそれに、スバルは恐る恐る問いかける。
「うーん、よくわかんねッス」
しかし、そんなスバルの悩みに、首をひねったシャウラの答えはあっさりしていた。その彼女の答えに、スバルは期待外れと肩を落としかける。
「お前……いや、お前に聞いた俺が馬鹿だったか」
「ん~、変わったとか変わってないとか、お師様はお師様なんでどーでもいくないッスか? お師様は好きに自由にしてくれたら、あーしはそれについてくだけッスもん」
「──。その結果、おかしなことになってもか?」
「ま! それで変なことになっても、あーしが無理やりこじ開けるッスよ。お師様は忘れんぼッスけど、それがお師様とあーしの関係ッスから」
「────」
積み重ねられるあけすけな言葉には、裏表なんて微塵も感じられなかった。だから、そんなシャウラの本音をぶつけられ、スバルは思わず目を見開いた。
それから、シャウラに表情を見られないよう顔を反対へ向ける。
「お師様、どうしたッスか~? お師様〜?」
「があ! もう!」
声と肩叩きでアピールしてくるシャウラに、スバルは抱えた膝の間に顔を埋め、表情を隠した。これで、今のこの顔をシャウラに、アリーゼやメィリィにも見られずに済む。
「お兄さん?」
「メィリィ、昨日の貴女と同じですよ。そっとしてあげましょう」
「あー、そーいうことねえ」
「チビっ子二号、どういう事ッスか?」
「んー……裸のお姉さんは、分からなくてもいいんじゃなあい?」
「むーっ、教えろッスチビっ子二号!」
「知らなあい。でも、今静かにしておけば、あとでお兄さんが何でも言うこと聞いてくれると思うわよお」
「ほんとッスか!? 大人しくしてるッス!」
そんなスバルを余所に、何やら不穏な会話が成されているが、顔は上げられない。
彼女たち──特にシャウラには、わかられたくない。
あんな、頭空っぽで考えなしの、あけすけな言葉に救われた気持ちになるなんて。記憶を失ったことを過剰に気負うなと、言葉より雄弁に態度で示された気がして。
「お師様が変なのは元からッスから。あーしはご褒美のために健気に待ついい女するッス!」
いい女というのは、声高に主張せず、察してくれるアリーゼやメィリィ側だろう。
だが、シャウラの一言により、心を急き立てる切迫感がほんの少し和らいだのは事実で。
ナツキ・スバルはシャウラの言うお師様とやらではないが、少しくらいならご褒美を叶えるのも吝かではないと。
膝に埋まったまま、スバルはまともなおねだりが来ることを願った。
◇◇◇
そんなこんなで時は過ぎ、迎えに来たエミリアたちと共に、スバルは『タイゲタ』なる書庫へ向かう。
──彼女たちは『試験』を進めるより、スバルの記憶を優先すると決めてくれたのだ。
その道中、エミリアとベアトリスがスバルの両手を繋いで離してくれない一幕などがあったが、記憶をなくした前歴があるのでやむを得ない対応だった。
そうして待ち受けていた光景を目の当たりにして、スバルは感嘆の息を漏らす。
「ここが『タイゲタ』……聞いてた通り、本だらけだ」
見渡す限りの書架と、その書架一杯に詰まった本の量、まさしく情報の海だった。
スバルもなかなかの読書家(ラノベや漫画)だったが、これほどの本に囲まれた経験はない。
「この全部が『死者の書』……一冊一冊が一人分の生涯だってんなら、それこそ気が遠くなる量になってるだろ。タイトルは……しまった、読めねぇ」
手近な本棚の背表紙を眺めたところで、スバルは文字が読めない事実を自覚する。
背表紙にあるのはおそらくタイトルのはずだが、スバルの目にはミミズののたくったような模様にしか見えない。生憎と、文字の翻訳機能はないらしい。
「そう考えると、エミリアちゃんたちと言葉が通じてるのは不思議だな……異世界召喚でお馴染みの、不思議パワーが働いてるっぽい?」
「不思議ぱわあ?」
「いや、こっちの話。ちなみにエミリアちゃん、俺って読み書きはできたのかな?」
ふわっとした発音で首を傾げたエミリアが、スバルの質問に形のいい眉を顰める。
「ええと、最初はできなかったんだけど、勉強してできるようになったの。だから、もしも今、スバルが本の題名が読めないんなら……」
「勉強成果がすっぽ抜けた、か。……やっぱり、召喚後の記憶がないんだな」
「つまり、バルスがこの書庫で何の役にも立たないお荷物と判明したわけね」
「そのまとめ方はあまりに愛がない……」
げんなりと肩を落とすと、ラムは「ハッ!」と鼻を鳴らしてすげない対応。
とはいえ、彼女の言は正しい。異世界での勉強成果が記憶と共に露と消えた以上、スバルにはこの書庫の本を役立てることができない。
「すなわち、パーティーメンバーの地位的に死んだ……俺の本、どっかにないかな?」
「冗談でもそんなこと言わないの。……でも、何から手をつけたらいいのかしら」
社会的な死を持ち出したスバルの額を、エミリアが白い指でつつく。その感触と言葉に反省を促され、スバルは読めないタイトルに目を走らせながら、
「まず、何を探すのかってとこからだけど……片っ端から『死者の書』に手をつけていくってのは、ユリウス的には反対なんだよな?」
「好んで人に薦めたいとは思わない体験だ。それから、先ほどは説明しそびれたが、手当たり次第に生前の記憶を追体験できるわけではないんだ。おそらく、生前の相手を知っている場合しか、『死者の書』は機能しない」
「知ってる故人限定なのか。そしたら俺一冊も読めないじゃん……」
記憶のあるなしまで本が裁定してくれるか不明だが、少なくとも、文字の読み書き以前の問題でスバルは挑戦者から弾かれているらしい。そもそも、この膨大な蔵書量だ。記憶があったとしても、目的の人物の本を探すのにどれだけかかるか。
「それに、生前の相手を知っていると言うのも、また差があるのよ」
「ベアトリス、どういう事だ?」
「相手との関係性や親密さで、その本を読んだときの具合が変わるかしら。四層にいるメィリィは、育ての姉の本を読んで、人格が混ざりかけたのよ」
「ヤバすぎるだろここ!?」
叩けば叩くほどとんでもないエピソードが出てくる。
「俺の記憶喪失も、読んだ本と人格が混ざって対消滅したとかじゃねぇだろうな……」
「現状、それを否定する材料はない、としか言えないな。むしろ有力な説であると」
「まじか……今んとこ、『死者の書』を読んだのは記憶を失くす前の俺と、ユリウス、メィリィの三人だけか?」
「いや、アリーゼも読んだらしい。今のところ、君を除く三人に記憶の欠落は見当たらない」
「アリーゼさんも」
となると、やはりスバルが何らかのバグを踏んだ可能性が高い。そのバグが何かさえ分かれば、記憶を取り戻す道筋が見えるはずだ。
「ねえ、スバル」
「どうしたのエミリアちゃん?」
「その、アリーゼさんのこと、どう思う?」
「アリーゼさん? いい人だと思うけど」
遠慮がちに訊いてくるエミリアに、スバルは首を傾げながらも、思った通りに答える。
「えっと、どういう風に?」
「記憶喪失だからって、一旦落ち着く時間くれたり、俺の理解に合わせてゆっくり説明してくれたし」
「そ、それだけ? 他にその、可愛いとか、綺麗とか、そういうのはないの?」
「そりゃあとんでもなく美人だとは思うけど」
「やっぱりそうなんだ……」
「え、なに、まさかヤバい人だったりすんの?」
「そういうんちゃうよ、ナツキくん」
エミリアの反応から想像を膨らませるスバルに、アナスタシアがそれを否定する。
「アリーゼは、ウチとユリウスのもんやから、惚れたらアカンよってだけ。そうやんな、エミリアさん?」
「そう、そうなの! アリーゼさんは、アナスタシアさんとユリウスとすごーく仲良しなんだから、スバルも邪魔しちゃダメよ?」
「なるほど、そういう…………え?」
納得から一転、スバルは、アナスタシアとユリウスを交互に見やる。アリーゼが二人のものということは……
「ナツキくんの考えてる通りや。アリーゼもウチとユリウスのもんで、ユリウスはウチとアリーゼのもん。そんでウチも、アリーゼとユリウスのもん」
「この国って、重婚が当然だったりする?」
「貴族が愛人を持ったり、正式に重婚しとる人もおるけど、基本的には一夫一妻制。忌避感というより色物として見られる感じやね」
「なるほど、そこは俺の世界に近いのか……これって三角関係って言っていいのかな?」
「ええんやない? むしろ俗に言われる三角関係よりずっと綺麗な形やろ?」
「……そうだな」
三角関係とは、一般的には男性一人に女性二人、あるいは女性一人に男性二人が、異性を取り合うもの。
図形的に考えれば、三角関係と言うより『くの字』の関係。それが原因でイザコザが起こるわけだが……循環して求め合うならば、その心配も減る。この正しい三角形の方が、ずっと収まりがいい。
とはいえ、
「……何を言いたいのか、おおよそ予想はつく。言いたいことがあるなら言ったらどうだろうか」
「じゃあ遠慮なく言わせてもらうけどよ……お前、一人で満足できなかったのかよ。騎士が気が多くて色物認定とか、あんま外聞は良くねえだろ」
「褒められたことではないのは確かだ。──だからこそ、私は決めている。この世界で最も尊ぶべき二人を手にする。自らが選んだ愛を貫く。そんな『最優』らしからぬ行いの対価として、誰よりも『最優』らしく在ろうと」
「────」
胸に手を当て宣誓するユリウスに、スバルは息を呑んだ。
スバルは、ユリウスたちの過去を知らない。どんな紆余曲折を経て、三人でいることを選んだのか分からない。
けれど、決して軽い気持ちではない。彼は自分たちが世間一般の価値観から外れていることを理解しており、その上でその選択に責任を持つと誓っている。
「……イケメンは顔だけにしてくれよな」
「イケメン、というのはよく分からないが、一応褒められているのだろうな」
「メチャクチャホメテルヨ」
唇を尖らせるスバルとは対照的に、ユリウスは優雅に笑う。そして意味深に「それに」と呟くと、
「この件に関しては、私は君に生涯及ばないだろう。私の心は、既に十分過ぎるほどに満たされているのだから」
「は? 何言ってんだ? まるで俺が気が多いみたいに言いやがって……なんでみんな急にそんな目で見るの!?」
「つまり、こういう事なのよ」
「そうそう、そういう事」
「おっふ、エミリアちゃん」
ベアトリスとエミリアの二人に挟まれて、感触の違う柔らかな手に取られ、スバルはドギマギしながら二人を見る。しかし、戻ってくるのはじと目と、楽しげな視線の二つだけだ。
おまけに背後からはアナスタシアの愉快そうな視線が突き刺さり、ラムの冷たい軽蔑の眼差しまで投げかけられる。シャウラも目線が合うと、目を輝かせてくる。
まさかスバルに何股も掛けられる器があるとは思えないので、手当たり次第にナンパでもしまくり、果ては
幼女そのもののベアトリスに、その容姿とは裏腹にどこか幼さを感じるエミリア。大型犬と形容して差し支えないシャウラ。今のところ条件には合致している。
「高校デビューに失敗して、異世界デビューも失敗したんじゃねぇだろうな俺ぇ……」
まさかの想像にスバルが頬を強張らせていると、それを見ていたユリウスが「ふむ」と何やら頷くのが見えた。
「なんだよ、その反応。言いたいことがあるなら言えよ! さあ、どうぞ!」
「そうか。それなら一つだけ。──君の記憶が戻った暁には、両手の花々を満足させる秘訣でも聞こうかと思ってね」
「そんな事俺は知らねぇからな!?」
悪い顔で肩をすくめるユリウスに、スバルの情けない絶叫が空に木霊する。
残念ながら、そんなスバルをフォローする者はいない。頼みの綱のアリーゼは、メィリィと共に階下で待っている。
この世界で、スバルは何一つ憶えていない。
『ナツキ・スバル』とやらに対する不信感や重荷が苛んでくる。
けれど、皆から向けられる、そして両手から伝わる温もり。それによる信頼と親愛も、確かにある。
相反する二つの感情を抱えて、菜月昴は喧しく騒ぎ立てる──そんな異世界の始まりであった。