アストレア家の長女   作:slo-pe

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騎士の資格

 

 

 ──おそらく、誰も信じたりはしないだろう

 

『俺の名前はナツキ・スバル! ロズワール邸の下男にして、こちらにおわす王候補──エミリア様の一の騎士!』

 

 あの瞬間、王城の大広間にいた全員を敵に回した大法螺吹き。

 言い切った当人さえも、どこか浮ついた感情と勢い任せであることを隠しきれずにいた発言。

 

 騎士として、到底認められない。認められるはずがない──けれど、騎士以上に騎士らしくあろうとした彼に、ただ一人、感銘を受けた男がいたことなど。

 

 

 

 

 ──おそらく、貴女は知らないだろう

 

『国王様、賢人会の皆様。突然の来訪、誠に申し訳ありません──アストレア家長女、アリーゼ・アストレアと申します』

 

 扉を蹴飛ばし、会議室に乱入した直後。

 それでも真っ先に礼を尽くしたカーテシーに、その後ろ姿に。見惚れていたことを。

 

『上手くいかないなんて分かりきった事でしょう! それすらも言えない老人なんて糞以下よ──肥料にもならない老害ならさっさと隠居しろポンコツ共!』

 

 たった一人で、愛する者のために。

 国王様、賢人会、騎士団長。ルグニカ王国を敵に回してでも声を上げる、あの狂おしいほどの情熱に、どうしようもなく心を奪われたことを。

 

 あの日、偶然声を掛けてくれた貴女が。

 どこに進めばいいか分からない、流されるだけだった男に、永遠の憧れを刻んだのだ。

 

 

◇◇◇

 

 

 王選開始の翌朝。

 ラインハルトには、スバルへの見舞いとアリーゼの送迎という予定があった。竜車の準備をするため、朝食を終えた彼は地竜と竜車の預かり所へ向かう。

 目的地に着いたところで、一人の子猫の獣人が話しかけてきた。

 

「剣聖殿」

「貴方は確か……」

 

 成人男性の腰ほどしかない背丈。愛らしい顔立ちと、首まですっぽり覆う純白のローブ。

 ラインハルトは彼を知っていた。

 

「『鉄の牙』副団長、ヘータロー・パールバトンと申します。本日はアナスタシア様の使いとして、お声掛けさせていただきました」

 

 ヘータローがぺこりと頭を下げる。ラインハルトも挨拶と共に一礼を返す。

 

「アナスタシア様の使いと言いますと、何か私にご用があって?」

「正確には剣聖殿ではなく、その姉君にですが……これからユリウスさんのお見舞いに向かわれるのではないでしょうか?」

「ええ、姉上がユリウスの見舞いに向かうため、その送迎の準備をと」

「でしたら、もし差し支えなければあちらの竜車をご利用ください」

 

 ヘータローが預かり所の一角へ視線を向ける。そこには、既に準備が整っている一台の竜車と、待機している御者の姿があった。

 

「それはありがたいですが、何のために?」

「……実は、アリーゼ様とお会いするため、アナスタシア様も本日ユークリウス邸へ向かわれる予定でして。積もる話もあり長くなるでしょうから、こちらで竜車を用意いたしました」

「そういう事でしたか」

 

 ラインハルトは納得したように頷いた。

 アリーゼとアナスタシアは、王選候補の捜索が始まる前からの付き合いだ。最初は商会とアストレア家の取引が切っ掛けだったが、今では気軽に言葉を交わせる友人関係にある。

 

 アリーゼは一週間前から王都に滞在しており、アナスタシアとも一度会っている。

 それでも会いたいとなると、王選関係か、それとも単に玉座の間での出来事を語る相手が欲しいだけなのか……どちらも十分に考えられることだった。

 そして、いずれにせよ断る理由はなかった。

 

「承知しました。では、お言葉に甘えさせていただきたく」

 

 ラインハルトはヘータローと共に、待機している竜車へと向かった。

 

 

 

 用意された竜車にてアストレア邸に戻ったラインハルトは、アリーゼに事情を説明した。

 

「なるほど、アナがそんな気を」

 

 友人の気遣いにアリーゼは表情を緩める。それを少しだけ引き締めて、隣で話を聞いたフェルトに訊ねる。

 

「せっかくですし、フェルト様も一緒に行きますか?」

「アタシも?」

「ええ。仕方ない部分はありますが、フェルト様はアストレア家以外に有力者の繋がりが皆無なので。アナでしたら昨日の件もあり、悪いようには思われていないでしょうから、その第一歩にちょうど良いかと」

「あー、そゆことか」

 

 アリーゼの説明に、フェルトは少し考え込む。

 本来なら今日は、王選の疲れを取るための休息日だった。

 だが、貧民街でも貴族社会でも、横の繋がりが大事なのは変わらない。5人しかいない王選候補同士となれば尚更だ。

 

「んじゃ、行くか」

 

 フェルトは休日気分を切り替え、そう決断した。

 

 

 

 

 数十分後、アリーゼとフェルトの2人は、ユークリウス邸を訪れた。

 

「いらっしゃいアリーゼ、フェルトさん」

「アリーゼ、出迎えができずにすまなかった。フェルト様も、お越しいただきありがとうございます」

 

 フェルトは、アナスタシアから「さん」付けされたことに驚いて、返事に詰まった。自分がそんな扱いを受けるとは思っていなかったのだ。

 穏和な雰囲気ながら、エミリアをあんた、賢人会の老人らをお爺ちゃんと呼んだアナスタシアだ。フェルトが見聞きした限りでは、彼女が「さん」付けの呼称をしたのはクルシュだけだった。

 

「ユリウス、アナ、おはよう」

 

 不自然な間が生まれる前に、アリーゼが軽い調子で挨拶を返す。

 

「アナスタシアさん、ユリウスさん、本日はお時間をいただきありがとうございます」

 

 フェルトも内心の動揺を押し殺して、即座にそれに続いた。それを受けたアナスタシアは、口に手を当てて楽しげだ。

 

「フェルトさん、うちは頭の固いお爺ちゃんたちと違うから安心し。むしろ演説んときみたく砕けた喋り方してほしいくらいや」

「……」

 

 フェルトは判断に迷い、目線で助けを求める。アリーゼは苦笑しながら答えた。

 

「腹の探り合いではアナに勝てないですし、楽にしていいですよ。それに、まだ王選が始まったばかりで、隠すほど大層なものもありません。今日はアナの強かさを学んで帰りましょう」

「…ならそーすっか」

 

 まあ確かに勝てる気がしない。フェルトは早々に猫被りをやめた。

 アナスタシアはそんなフェルトを見て、笑みを深めた。

 

「王選のときも思ったけど、その割り切りの速さはええなぁ。下手に肩張っていられるよりよっぽど好感持てるわ」

「アタシはこっちが素だからな。お淑やか状態になるのは気合入れないと無理だ」

「それでも、すぐに気ぃ抜ける人は少ないんよ」

「そーか?」

 

 一瞬で雰囲気を作ってみせるアリーゼ。従者から甘やかし爺婆モードへ、見事な切り替えを見せる爺や・婆や。礼儀作法の授業で急にデレデレするロム爺。

 フェルトの周囲では、これくらいの切り替えをやってのける者は多い。

 

「まぁそれはフェルトさんの才能として大切にしとき。息抜きできるときに出来ない人間も、結構多いんよ」

「あー……なるほど」

 

 ピンと来ていないのが分かったのか、アナスタシアはそう助言と補足をいれた。

 フェルトも、息抜きが苦手な人物──己の一の騎士を想像し、理解を示した。

 

「さて、世間話をする前に一応言っとこか……ウチのこと、アリーゼたちからどう聞いとるかは分からんけど、商人やしあんま良い印象はないやろ?」

「…………まーな」

「ええよ、ええよ。ウチは嘘もつくし、騙しもする。頭の足りん子ぉを利用する事だってある。貧民街出身なら、ラッセル・フェローに良いように使われる人たちもたぁくさん見てきたやろしな」

 

 その通りだと、フェルトは態度で示した。

 

「やけど、今日は変な下心とかない。ただ世間話をしに来ただけ」

「……まあ信じるけどよ。そー言われると逆に疑いたくなるな」

「それはもうどうしようもないやん。ウチもアリーゼに嫌われとうないし、そこは信じてほしいわ」

「だから信じるって」

 

 そもそも見抜ける気がしないこと。何となく信じても良い気がしたこと。騙されても失うものが少ないこと。

 フェルトは完全に警戒を解いていた。

 

「てか、そこの騎士はともかく、なんでアナスタシアはそんなアリーゼと仲いいんだ?」

「まあ平たく言えば、お店とお客様さん。深く答えると、ウチの数少ないお友達やね」

「お友達はいいとして、客ってことは……傭兵か?」

「正解」

 

 フェルトの推測に、アナスタシアはよくできましたと言わんばかりに頷く。

 

「ウチのホーシン商会専属の傭兵団『鉄の牙』。そこにアストレア領の騎士・衛兵養成所の卒業生が何人かおるんよ」

「アナは毎年、優秀な人を持っていくんですよ。勧誘が上手いこと」

「せっかく雇うなら中途半端はいらんし、その分本人にもアストレアにも払うもんは払っとるやん……ただ、あの近衛の子ぉには断られてもうたけど」

「彼は絶対に揺るがなかったですからね。それこそ私も残ってほしいと誘ったのですが、断られてしまいました」

「彼は方々からの反対を押し返してまで、平民初の近衛騎士になった男ですから」

 

 アナスタシア、アリーゼ、ユリウス。3人からここまで称賛されるとは。

 昨日フェルトが視線を交わした近衛騎士はよほど優秀だったようだ。

 

「養成所か……アタシも軽くしか知らねえけど、どんな所なんだ?」

 

 フェルトの問いに答えたのはアリーゼだった。

 

「簡単に言えば、騎士や衛兵を育てる学校ですね。3年かけて剣術や体術、学問や礼儀作法まで教えます。あとは収穫期にはそちらの肉体労働にも加わってもらいますが」

「学校っつーか、騎士の卵を育てる場所か」

「ええ、ただし楽な場所ではありません。訓練も勉強も厳しいですし、途中で脱落する者もいます」

 

 そう言ったアリーゼの横で、アナスタシアが頻りに頷く。

 

「ウチが欲しいんも、そこなんよ」

「そこ?」

「腕っぷしだけなら、強い人間なんて探せばおる。でも養成所の卒業生は違う。報告や連絡、礼儀や規律まで叩き込まれとるし、3年間やり遂げるだけの根気もある。力のある子がちゃんとしとる、それが何人かおるだけで、団全体の質が上がるんや」

「へえ」

 

 質──フェルトが教わった語彙を使えば品性だろう。確かにあれは環境に余裕があり、その上で教育を受けなければ成立しないモノだ。

 基本的に力こそが全てな傭兵で、そういった規律を整えるのは容易ではない。だからこそ、アナスタシアは養成所の卒業生を重宝しているのだろう。

 

「力だけでは上には上がいますから、他にも色々と厳しく叩き込みます……けれど皆、卒業後に働き口を見つけるため必死になりますね」

 

 アリーゼが口を付けていたティーカップを置いて続ける。

 

「アストレア領民であれば養成所は無料なので、基本的に農家の次男三男が来ることが多いです。他領からの移住者には食費等は予め払ってもらいますが、それでも裕福な者は多くありません」

「外から来た奴には金取るのか」

「はい。元々領民の血税ですし、私が責任を負うのはアストレアの領民だけですから」

 

 フェルトの率直な問いに、アリーゼは躊躇いなく頷いた。

 

「もちろん、その過程で他領の方が豊かになるのは構いません。むしろ歓迎しています。ですが、タダで恩恵だけ受けようとする方まで面倒を見るつもりも、義務もありません」

「そりゃそうだ」

「それに、費用があるからこそ、責任感も生まれます。外から来る方々も、裕福な人はほとんどいませんから──騎士を志してというより口減らし。3年分の食費と片道の運賃だけ握りしめて来る者も珍しくありません」

 

 アリーゼはそこで少しだけ目を伏せた。

 

「言い方は悪いですが、帰る場所がない。逃げ場がないんです。戦場で言えば、戦わなければ死ぬ。だからこそ皆必死になる」

「だから多少キツイ訓練でも、それこそ死ぬ気で喰らいついてくるってことか」

「ええ。それに、教官にはお祖父様やお祖母様もいますから、本当に騎士に憧れた、才能に溢れた者も来ます。やる気と才能に囲まれて、その上で3年間あの訓練課程をこなせば、残った者は自然と精鋭になります──それこそ、どこに出しても恥ずかしくないほどに」

 

 アリーゼはそう誇るように言うと「今ではアストレアの貴重な収入源ですね」とおどけたように付け加えた。

 

「何はともあれ、黒字なんが偉いわ」

 

 即座にそう返したアナスタシアに、フェルトが思わず眉を上げる。

 

「そこかよ……て、そりゃそうか」

「そ。どれだけ立派な理想掲げても、赤字続きで潰れたら意味ないやろ? 人を育てて、領地も潤って、さらに雇用ができる。それもこれも、お金がちゃんと回っとるからこそ」

「理想だけで領地は回りませんからね」

 

 アリーゼも苦笑しながら頷いた。

 

「フェルトさんも気ぃつけや。綺麗事を言う商人は信用したらあかんで」

「アンタとかな」

「せやな」

 

 フェルトが軽口でツッコむと、部屋に小さな笑いが広がった。

 

 

◇◇◇

 

 

「それにしても、あの決闘で謹慎5日間ってのは、ちょっと納得いかねーよな」

 

 それから暫く世間話を続けていたところで、ユリウスの受けた処分──昨日の決闘騒ぎについて、フェルトがそう漏らした。

 

「対外的にはそういうわけにもいきません。王選の話し合いの最中に、候補者の関係者を拘留。練兵場に連れ出し、滅多打ちにして治療院送り──近衛騎士にあるまじき振る舞いには違いないのですから」

「そりゃあ文面での話だろ? あのお固い騎士団長さんも、アンタの意図を察してんなら厳重注意とかで済ませりゃいいのに」

「本来なら騎士爵の剥奪まであり得る行い、これでも配慮してもらっています」

 

 当人であるユリウスが、何故か処分に満足そうにしている。フェルトは唇を尖らせた。

 

「アナスタシアはどうなんだよ、自分の一の騎士がアホみたいな理由で処分喰らってよ」

「んー、まあ形式が大事って言い分も分かるし、滅多にない長期のお休み思たらええんやない?」

「……アリーゼは? なんか不満とかないのかよ」

 

 フェルトは唇を尖らせたまま、アリーゼに水を向ける。

 

「ありますよ」

 

 アリーゼは即答した。

 

「言いたいことは溢れんばかりにあります。ですが、それ以上に──」

 

 そして、続け様にそう口にすると、婚約者へ視線を固定する。

 

「ユリウス、何故ナツキ・スバルを笑わなかったのですか?」

「──」

 

 アリーゼの問いに、ユリウスは沈黙で答えた。

 

「ナツキ・スバルの醜態を、貴方は真っ向から叩き潰した──笑えばよかった。眼中にないと、取るに足らないと、そう示せばよかった。近衛騎士の溜飲を下げるだけなら、そういう選択肢もあった……それをしなかったのは、どうして?」

 

 フェルトやアナスタシアにとって、アリーゼの問い掛けは全くの意識の外にあった。2人は、ユリウスの行動は当然のものだと考えていた。

 様々な思惑があったにせよ、『最優の騎士』ユリウス・ユークリウスなら、騎士を侮ったスバルを許しはしないと、そう思い込んでいた。

 

 アリーゼとユリウス。2人が視線をぶつけ合うこと数秒。

 

「……あの場でそうしていたなら、きっと彼は、本当の意味で独りになっていたでしょう」

 

 折れたのはユリウスだった。

 

「それじゃ駄目だったのかよ。アタシも兄ちゃんに恩があるけど、それでもあれは擁護できねーぞ」

「その通りです。どのような理由があろうとも、彼が王選の場で、不相応に騎士を自称し、我々を貶めたことには変わりない」

 

 ユリウスはフェルトの言葉を肯定し。

 

「けれど同時に、エミリア様を想って声を上げたことにも変わりはない。たとえ思い込みや押し付けだったとしても、立ち向かう意志を見せた──その一点において、彼は騎士を志す資格があると、そう感じました」

 

 そう、静かに言い切った。

 

「資格ぅ?」

 

 フェルトが眉をひそめる。

 

「はい。騎士とは身分や称号であると同時に、何かを守りたいと願う在り方です──かつて私の心を奪い、今なお刻まれている、愛しき人のように」

 

 ユリウスは優雅に笑みを浮かべ、高らかに宣う。そして、フェルトから視線を外し、件の人物──かつて彼の心を奪った女性を見た。

 

「アリーゼ」

「…何でしょうか」

「彼は、あの時の貴女に似ていた」

「私はもっと弁えていましたよ」

「そうかもしれない」

 

 早口で否定するアリーゼに、ユリウスは苦笑した。

 

「ですが彼の姿を見ていると、どうしても放っておけなかった。己の弱さと向き合い、立ち上がる可能性。それに賭けてみたくなったんだ」

「だから騎士として彼と対峙し、さらには憎まれ役を買って出たと」

「ああ」

「……損な性格ね」

「自覚している」

 

 あくまで主義主張を曲げないユリウスに、アリーゼも渋々矛を収めた。

 

「なあ、『あの時の貴女』って、もしかして14年前に中止された白鯨討伐の事なん?」

 

 そこに、アナスタシアが訊ねた。

 

「アナスタシア様もご存知でしたか」

「噂やけどね。王国が白鯨討伐の大遠征を試みたとか、アリーゼが国王様や賢人会のお爺ちゃんを罵倒して中止にさせたとか、騎士団長だった『剣鬼』が長い年月の末に一歩踏み出した『剣鬼恋歌』の後日談とか……色々誇張されてると思うんやけど」

「噂の全貌を知っているわけではありませんが、今アナスタシアが仰ったことは全て事実ですよ」

「……ほんまなん?」

「ええ、本当です」

 

 アナスタシアは驚愕を露わにアリーゼを見やる。その瞳には、強い好奇心が宿っていた。

 アリーゼの隣からも、同じようにフェルトが視線を向けていた。

 

「アリーゼ、あの日のことを、2人に話しても?」

「……ここで駄目だと言っても、アナもフェルト様も納得しないでしょう」

 

 アリーゼは小さく息を吐いた。

 

「一応断っておきますが、そんな大層なものではありません……子供の癇癪に、偶々理屈が伴っていたから。大人たちが寛大だったから見逃されただけの、結果論ですよ」

 

 アリーゼはそう前置くと、後のことはユリウスに譲った。さすがに自身の黒歴史とも言える過去を、自ら語る気にはなれなかった。

 

「私にとっては、今でも忘れることのできない、大切な想い出ですよ」

 

 ユリウスはそんな婚約者を見つめ、どこか眩しいものを見るように微笑む。

 そして、懐かしむような声で語り出した。

 

 あれは14年前──ユリウス・ユークリウスが、初めてアリーゼ・アストレアと出会った、彼らがまだ7歳だった頃の話だ。

 

 

 





次回、過去編。
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