ミレニアムサイエンススクール。学園の頭脳と財政を一手に司る生徒会組織『セミナー』の執務室。
壁一面を埋め尽くす超巨大ホログラムスクリーンには、各部活から提出された予算申請書や資材購入グラフ、為替レートの数値が青白い光となって高速で流れている。
冷暖房の微かな稼働音と、キーボードを規則正しく叩くリズミカルな音だけが響く静謐な空間。
セミナーの会計を務める早瀬ユウカは、登校直後から山積みになった各学部の領収書を精査し、電卓を正確無比な指捌きで弾いていた。
ウィーン。
執務室の自動ドアが静かにスライドして開く。
「おはようございます、ユウカちゃん」
鈴を転がすような、どこまでも澄み渡った柔らかい声。
ユウカは電卓を叩く手を止め、同じくセミナーの『友人』の声に振り返るが、その姿を視界に捉えた瞬間、眉間を限界まで寄せて深いため息をついた。
「……ノア。あんた、これで『何度目』よ?」
ユウカの視線の先。
そこにいたのは、石膏でガチガチに固定され三角巾で吊られた右手、首元から手首、膝小僧に至るまで何重にもぐるぐる巻きにされた包帯、左目を完全に覆い隠す眼帯、そして車輪をきしませる漆黒の車椅子にちょこんと腰掛けたセミナー書記ーーー生塩ノアの痛々しい姿であった。
「類似するものも含めれば138回目、ただここまでのものは16回目ですね」
キコキコと手慣れた所作で、無事な左手だけを巧みに使って車椅子のハンドリムを漕ぐノア。
全身満身創痍の重傷人であるはずなのに、その透き通るような白磁の肌と薄桃色の唇には、いつもの涼しげで穏やかな微笑みが貼り付いている。
彼女は何の苦痛も感じていないかのように、キコキコと車椅子を滑らせて自分の書記デスクの定位置へと収まった。
「まったく……あんたの『不運体質』は際限がないわね」
こめかみを押さえながら、呆れ果てたように呟くユウカ。
生塩ノアという女は、とことん『ついてない』。
彼女がたった1人で登下校をしていると、統計学的な確率をあざ笑うかのように、必ずと言っていいほど近隣のスケバン集団やヘルメット団に絡まれ、完膚なきまでにボコボコに叩きのめされるのだとユウカは聞かされている。
その度に包帯まみれになったり、松葉杖をついたり、果ては車椅子に揺られながら登校してくるのだが、当の本人は痛がる素振りすら見せず、いつも通りの涼やかなノアのまま。
最初の頃はユウカも、後輩のコユキも血相を変えて救護室へ担ぎ込み、「大丈夫なの!? 誰にやられたの!?」と涙目で心配していた。
しかし、あまりの頻度の高さに、いつしか慣れてしまっていた。
心配したユウカが「明日からは一緒に登下校しよう」と提案しても、「ユウカちゃんに余計な巻き添えを食らわせるわけにはいきませんから」と柔らかく拒絶され、C&Cの護衛をつけようとしても「プライベートの記録にノイズが混ざってしまいますので」と笑顔で断られる。
そして何より不思議なのは、これほどの大怪我を負っておきながら、わずか2、3日も経てば何事もなかったかのように傷跡ひとつ残さず完治してしまうのだ。
だからこそユウカは、深く追求するのを諦め、もうそういう特異体質なのだと己に言い聞かせるようにしていた。
「そういえばユウカちゃん、リオ会長に目を通してもらいたいものがあるんですよ」
ノアは左手で器用に鞄を開けると、中から丁寧にクリアファイルへ収められた1枚の企画書を取り出した。
不審に思ったユウカが椅子から立ち上がり、デスクへと歩み寄ってその紙面を覗き込む。
「………は?『大食い大会』…?」
ユウカの素っ頓狂な声が執務室に響く。
そこには、ミレニアムの公式ロゴとともに『第1回キヴォトス縦断・超特大ピザ早食い選手権大会』という、およそ学術機関のセミナーが主催するとは思えない悪ふざけのような企画書が、完璧な予算配分とタイムスケジュールで記載されていた。
「あるようでなかったでしょ? こういうフードファイト関連のイベントは」
「まぁ、そりゃそうだけど、なんでいきなり? あんたこういう催しごとするタイプじゃないでしょ? お祭り騒ぎの企画なら、エンジニア部やゲーム開発部あたりが勝手に持ち込んでくるならまだしも……」
ユウカの訝しむような視線に対し、ノアはピクリとも動かなかった。
1秒、2秒、3秒、4秒、5秒。
完全に表情筋を凍りつかせ、瞳のハイライトを静止させたままの無言。
そして5秒が経過した瞬間、まるで最初から会話が途切れていなかったかのように、ふわりと唇を綻ばせる。
「……楽しいと思いません? それぞれの学園が垣根を越えたイベントって」
「……あぁ、そう。それより会長が承認するかなんて分からないわよ? 会長はミレニアムの利益や防衛に直結しない無駄な出費を何より嫌うんだから。こんな荒唐無稽な企画、一瞥されてゴミ箱行きがオチじゃない?」
「大丈夫です。しっかりと私の口から直接お願いすれば、会長もきっと合理的なメリットを理解して分かってもらえますから」
ノアは左手で企画書を胸元に抱えると、再び車椅子のハンドリムに手を添えた。
「それじゃあ、会長の元へ行ってきますね」
「えつ、ちょっと!!」
ノアは後ろのユウカの声が聞こえてないかのようにキコキコと澄んだ金属音を廊下に響かせながら、扉をくぐって執務室を去っていく。
ユウカはその包帯まみれの細い背中をじっと見送っていたが、胸の奥にざらりとした澱のような感覚が広がっていくのを抑えきれなかった。
「(……なんだろう、この違和感)」
言葉に表せないが、皮膚の下を冷たい虫が這い回るような、どうにもむず痒い不快感。
「ノア……あんたいったい、何考えてるの?」
静まり返った部屋の中で、ユウカの呟きだけが虚しく溶けていった。
同時刻。ゲヘナ学園本校舎最深部、風紀委員会執務室。
そこには、極めて騒々しい客人たちの姿があった。
「オラァ!! そこだぁ!! 縦スマーッシュ!!!」
「あわわわわわっ!!!!! 私のピ○チュウが!! 場外に落とされちゃいますぅぅぅぅ!!!」
「ハッ、甘いわねコノカ。横Bインパクト」
「うがぁ!! テメッ…! 漁夫の利かっさらいやがったなこの野郎!!!」
重厚な執務机の前に来賓用の革張りソファーを強引に引きずり倒して横付けし、テレビモニター代わりに持ち込んだ超大型ディスプレイの前で、最新型ゲーム機『N○ntendo S○itch 2』のコントローラーを凄まじい勢いでガチャガチャと連打する3つの影。
足を組んでふんぞり返る空崎ヒナ、アロハシャツの袖をまくり上げて身を乗り出す志真コノカ、そして半泣きになりながらボタンを連打する阿慈谷ヒフミの姿であった。
先日、桐藤ナギサから課された『課題100倍の刑』という地獄のペナルティを不眠不休で終わらせたヒフミは、なぜか一方的に気に入られたコノカから「おいヒフミン、ゲヘナのチビの城に面白いゲーム機があるから乗り込むぞ」と強引に拉致され、こうしてゲヘナの総本山へと遊びに来ていたのだ。
「こらっ! 委員長!! 遊んでないで仕事しなさい!!!」
執務室の片隅にそびえ立つ、今にも崩落しそうな書類の山の間から、血管を浮き上がらせた天雨アコが顔を出して絶叫する。
しかし、ヒナの鋭い聴覚は完全にゲームの撃破音だけに集中しており、右耳から入った小言は左耳へと通り抜けていく。
「アコさん大丈夫です!! 委員長の仕事はすべてこのチナツが代行してますので!! 組織のトップたるもの、地味な事務仕事で消耗するのではなく、ドシンと構えて大局を見据えるのがボスの仕事ですから!」
猛烈な勢いで書類に判子を押し、電卓を弾きながら胸を張る火宮チナツ。
「甘やかさないで、チナツ!! そしてチナツの厚意をこれ幸いと利用しないでください委員長!!」
アコの怒号が吹き荒れる中、ヒフミがおずおずとコントローラーを膝の上に置き、涙目で立ち上がった。
「ア、アコさんすみません! 私がいきなり押しかけてゲームなんか始めてしまったばかりに……!」
「うっ……」
うるうると大粒の涙を瞳に溜め、両手を胸の前でギュッと握りしめながら、これ以上ないほど殊勝に深々と頭を下げるヒフミ。
純真無垢な子犬のような仕草に、アコは思わず言葉を詰まらせる。
「い、いいのよヒフミちゃん…! あなたが心配しなくても、元はと言えばうちのだらしない委員長と、そこに居座っている他校のヤンキーが悪いんだから……!」
「でも…皆様の大切なお仕事の邪魔をしてしまいましたし……ごめんなさい、私みたいな者が調子に乗ってゲヘナに足を踏み入れるべきじゃなかったんです……もう二度と来ませんので……!」
ぽろぽろと零れ落ちそうな涙を必死に指先で拭い、顔をクシャクシャにして今にも泣き崩れそうなヒフミ。
「………あぁーー!! もう分かった、分かりましたよ!! 委員長、今日の書類仕事は私達が全部引き受けますから、お客様方の対応をお願いします!!」
「えぇ!? ちょっ、アコちゃん、あたしまで巻き込まないでよ…!!」
隣で同じく書類の山と格闘していた銀鏡イオリの悲鳴を背中で聞き流し、ヒフミの切なげな視線に耐えきれなくなったアコは自暴自棄気味に叫んだ。
「ふん…当然よ。コノカ、この隙に動かないヒフミをボコしときましょう」
「うーい、無防備な背中を晒した罪として、王の裁きを与えるっすよ〜」
野蛮なバカ2匹は、アコへの感謝の言葉ひとつ口にすることなく、コントローラーを放置されたヒフミのピ○チュウを容赦なく画面端へと追い詰め、タコ殴りにして撃墜音を鳴り響かせる。
「ありがとうございます、アコさん…!」
ヒフミは小走りでアコの元へ駆け寄ると、その両手を柔らかく、しかし逃がさないようにギュッと包み込んだ。
「アコさんって……厳しいお仕事の裏で、本当は誰よりも優しくて……まるで『頼れるお姉ちゃん』みたいだな、って……」
上目遣いで頬をぽっと桜色に染めるヒフミ。
その破壊的な純粋さと愛らしさに、日頃の過労で精神がボロボロになっていたアコの胸がドクンと激しく跳ねた。
「あっ…ごめんなさい! 私なんかがこんな生意気なこと言っちゃって……!」
慌ててパッと手を離し、恐縮するように身を縮こまらせるヒフミ。
しかし――すでに手遅れであった。
「(こ、この子……トリニティの生徒なのに、こんなに純真で可愛らしいなんて……! 先日のあの黒い泥を吐き散らかす怪異事件は、きっと何かの呪いで一時的に血迷っていただけで、これがこの子の本当の姿なんだわ………!)」
冷徹な風紀委員会行政官の仮面は完全に剥がれ落ち、アコの顔筋はだらしなく緩みきっていた。
「い、いいのよ……これからは、おね……先輩に何でも相談してちょうだいね。困ったことがあれば、ゲヘナの権力を使って解決してあげるから」
完全に目を蕩けさせ、メロメロになったアコ。
「本当ですか!? ありがとうございますアコさん! それじゃあ、もしよろしければモモトークの連絡先を交換していただけませんか!!」
「ふふ…いいわよ。今、端末を出すわね」
赤面しながらデレデレと端末を取り出すアコと、花が咲くような笑顔でIDを読み取るヒフミ。
「(風紀委員会行政官とのコネ、ゲットォォォ!!!!)」
天使の仮面を被ったヒフミの脳内では、ドス黒い歓喜の絶叫が木霊していた。
「(ラッキー! すごいラッキーですよ阿慈谷ヒフミ!! 先日のあの屈辱的なフルボッコ劇は、捉えようによっては天が私に与えた千載一遇のビッグチャンス!! ヴァルキューレの裏の支配者であるコノカさんに気に入られ、キヴォトス最強の魔王であるヒナさんに気に入られ、そして行政の実権を握るアコさんとも強固な繋がりを持つ……! ナギサ様というたったひとつの椅子に固執してメソメソしていた過去の自分は、本当の本当にド三流のバカでした! 人脈というものは、手当たり次第に広げて利用してこそナンボ!! ゲヘナとヴァルキューレのツートップと対等に懇意にできているこの私……そう、これこそが真の選ばれしエリート!!)」
人間、そう簡単に変われたら苦労はしない。
脳みそを外科手術で弄るか、強力な洗脳電波でも流し込まない限り、人間の奥底にこびりついたドロドロの業の芯を簡単に変えることなど不可能なのだ。
心を入れ替えるなどという言葉は、何日、何ヶ月、何年と血の滲むような努力を積み重ねた果てにようやく起こり得る、自己暗示にも似た奇跡に過ぎない。
「そういえばさぁ、ヒナっち〜。この前、久しぶりに『喧嘩』売られたんすよぉ〜」
ピ○チュウを崖外へ叩き落とし、画面に『GAME SET』の文字が踊る中、コノカが炭酸ジュースを喉へ流し込みながら思い出したように口を開いた。
「へぇ、珍しい。ヴァルキューレの暴君様に正面から突っかかる命知らずの愚か者が、このキヴォトスに未だに生息しているのね? それで? そいつ、どんなスケバンなの? どこの自治区の凶悪犯罪者?」
ヒナが勝利画面をスキップしながら、興味なさげに問い返す。
「いやぁ〜、それがさぁ。全身ビシッと制服を着こなした『ミレニアム』の優等生っぽい奴なんすよぉ〜」
コノカが首を傾げ、記憶を探るように天井を仰いだ。
「どっかのニュースで見たことある顔だったんすけど、名前がなかなか出ないんすよねぇ〜。で、そいつがアタシの顔を見るやいなや、『王を名乗る野蛮なゴミが』だの『文明の利器を理解できない低脳な猿』だの『王を自称する汚物にたかる蝿の集団』だのと、あたしや王国の国民をネチネチと侮辱して、足元にペッ、て唾まで吐いてきやがったんすよ。だからカッとなって、骨が何本か折れるまでボコボコにしてやったんすよねぇ〜。まっ、最悪ヴァルキューレの権限で揉み消しゃ何とかなるっしょ!」
「最悪の汚職警官ね」
ヒナが氷のように冷たい視線を向ける。
「ちょちょちょっとぉ!! 私のピ○チュウを練習台にしていたぶりながら談笑するのはやめてくださいいいいい!!!!!」
大急ぎでソファーへと戻ってきたヒフミを完全に無視し、バカ2匹は再びゲームのスタートボタンを押し、ヒフミのリスポーンしたキャラをタコ殴りにしながらケラケラと笑い合っていた。
同時刻。ミレニアムサイエンススクール自治区の最外郭、廃工場が立ち並ぶ無人のスラム街。
崩落した鉄骨と錆びついたトタン屋根が重なり合う薄暗い廃墟の通路を、生塩ノアはキィキィと車輪を軋ませながら、たった1人で進んでいた。
「ぎゃははははははは!!!!! よぉ! 生塩ノア〜!!」
乾いたコンクリートの空間に、下品で耳障りな甲高い哄笑が響き渡った。
物陰から現れたのは、釘バットや改造チェーンソー、短機関銃を手にした十数名のスケバン集団であった。
「お前、こないだウチらにボコされたばっかりなのに、もう次の怪我作ってボロボロになってんのかぁ!?」
「ウケる! 車椅子とかマジで哀れすぎて草生えるんだけど!」
「コイツ殴るのマジで最高のストレス解消になんだよなー! ヴァルキューレに通報しない、被害届も出さない、反撃も抵抗も一切しない! 痛がって泣き叫ばないのだけは腹立つが、それでも文句なしに最高級のサンドバッグだぜ!」
下品にツバを吐き散らし、嘲笑いながら間合いを詰めてくるスケバンたち。
車椅子に座るノアは、その凶刃の群れを前にしても、右目の眼帯の奥に感情を隠し、ただ人形のように冷淡な無表情で見つめていた。
そして――。
『キャハハハハ!!! あたし、2年の小野寺タツミってんだ!!』
「………は?」
シン、と静まり返る廃墟の空気。
スケバンたちの動きがピタリと止まる。リーダー格のスケバンの顔が、信じられないものを見たかのように引きつっていた。
「ちょ、リーダー、何いきなり大声で自己紹介してんの? 意味わかんないんだけど」
「ち、ちげぇよ!! あたしは今、何も喋ってねぇ!!!」
取り巻きのスケバンたちと、リーダー格の少女が激しく狼狽する。
しかしーーー。
『あたしの母ちゃんさぁ、心臓の持病で通院してるけど処方されてる薬の管理が雑だから、別のビタミン剤とすり替えても全然気づかねぇでやんの! あのババァ、毎日本当にウザかったから超スカッとしたし!』
「なっ、母ちゃん……!? 違う、あたしはそんなことしてねぇ!!」
それだけでは終わらない。
『アタイ、1年の羽原ミクネ! カツアゲで巻き上げてきたクレジットは、足がつかないようにブラックマーケットの地下銀行に預けてるんだ! 暗証番号は4273! キャッシュカードは実家の部屋の本棚にある国語辞書の371ページ目に挟んでんだ!』
「ひっ!? ち、違う!! 暗証番号もカードの隠し場所も全部デタラメだ!! 全部嘘だ!!」
狂気の輪唱は止まらない。
『私は2年の各峰スズリ! タツミがこの前回転寿司屋で醤油差しの注ぎ口を直接舐めてたの、実はスマホでバッチリ動画に撮ってたんだ! こっそりSNSの裏垢にあげたら、タツミのバカは一瞬で炎上して人生終わるだろね、ザマーミロ!』
「テメェ、スズリ!! あたしをハメようとしてたのか!?」
「タツミ違う!! 私はそんなことしてない!! 信じて、動画なんて撮ってないから!!」
仲間割れとパニックに陥り、互いに銃口を向け合って錯乱するスケバンたち。
そして――その地獄絵図の中心で。
『キャハハハハ!!!! あたしったら小野寺タツミのくせに、ちょっと秘密を暴かれただけでビビり散らかしちゃって、恥っずぅ〜〜〜〜〜!!!!』
生塩ノアただ1人の唇から、声帯の構造すら偽造した完璧な模倣の声が、嘲笑とともに紡ぎ出されていた。
「テ、テメエエエエエエエエ!!!!! あたしたちの声でデタラメほざくのやめやがれえええええええええええええ!!!!!!!!」
逆上したリーダーのタツミが、至近距離からショットガンの引き金を力任せに絞る!
ドオオオオオオオオン!!!!!!
鉛の散弾の嵐が、車椅子に座る無防備なノアの頭部へ向けて炸裂した。
その瞬間――。
『ご苦労ご苦労、お前ら全員の『記憶』は食い終わったからもうイラネ』
ノアの口から飛び出したのは、ヴァルキューレ警察学校の暴君――志真コノカのドスの利いた傲岸不遜な声であった。
ブチブチブチィッ!!!
バギャアアアアアン!!!!!
スケバンたちは、眼前の光景に言葉を失った。
右腕を固定していたはずの頑丈な医療用ギプスが、内部からの超人的な筋肉の膨張によって内側から爆散。
車椅子からゆっくりと立ち上がったノアは、露わになった白く細い素手の掌底で、眼前に迫っていたショットガンの散弾を一粒残らず『掌の中で握り潰し、鉄粉へと粉砕』したのだ。
『ふぅん…『学習率20%』ってとこか。まっ、王に歯向かう不届者への裁きにゃ充分だな』
コノカの声と全く同じイントネーションで呟きながら、ノアはボキリ、ゴキリと指の骨を鳴らし、凶悪な笑みを浮かべる。
その全身から立ち上るのは、ミレニアムの書記の面影など微塵もない、純度100%の暴虐のオーラ。
「あ…ああぁぁ……」
「ひっ…ひ、ひぃ……助けーーーーーーーーーー」
ペタンと腰を抜かしたスケバンたちの悲鳴が、廃墟の闇の中へと吸い込まれていった。
カツン……カツン……。
静まり返った廃墟の鉄骨階段から、冷徹なハイヒールの足音が響いた。
「あら、来てたのねノア」
崩落した2階の踊り場に姿を現したのは、黒いタイトスーツに身を包み、冷たい美貌をたたえたセミナー生徒会長――調月リオであった。
リオの真紅の瞳は、眼下の1階――ピクリとも動かなくなった十数名のスケバンたちが積み重なった肉の山の上に、優雅に足を組んで腰掛けている生塩ノアを見下ろしていた。
「会長、お久しぶりです。少しお時間いただけますか?」
スケバンの頭部からスッと腰を上げたノアは、踏みしめるたびに肉が軋み、「ぐぇっ」「ひぃ…」とカエルが潰れたような苦悶の呻き声を奏でる肉の山を、まるでレッドカーペットでも歩くかのような足取りで平然と下りていく。
「えぇ、いいわよ………それにしてもあなた、相変わらずね」
骨折と内出血で意識を失っているスケバンたちの惨状を一瞥し、リオが平然と呟く。
「ふふ、『知識欲』は抑えられませんので」
地面に降り立ったノアは、乱れたスカートのプリーツを手で整えながら、淑やかに微笑んだ。
「『不運体質』なんて、モノは言いようね。今までの怪我は全部、あなたが意図的に挑発して引き起こしたことなのに」
「ふふ、悪口って合理的だと思いません? 隠しておきたい秘密や弱みを話してあげると、皆が皆、プライドを粉砕されて我を忘れて襲いかかって来ますので。そうすれば、じっくりと相手の『経験』を食べることができますからね」
「相手の技術、思考の癖、思考パターン、声帯の周波数、果ては肉体の運動情報に至るまで……人間のあらゆるデータを分析し、咀嚼して自らのものとして記憶するその姿……『人喰い』の名は言い得て妙ね」
「あら、心外ですね。カニバリズムはまだ嗜んでいませんのに」
クスクスと口元に手を当てて上品に笑うノア。
「私がセミナーに誘って自らの監視下に置いていなければ、あなた今頃は矯正局の最深部に収容……いえ、『七囚人』の9人目として悪名を馳せていたでしょうね」
リオが冷徹な事実を淡々と告げる。
「あら、それも素敵ですね。矯正局の厳重なセキュリティや、収監されている凶悪犯たちの思考データ、一度食べてみたかったんですよ」
ノアは少しも動じることなく、底知れない瞳の奥で微笑み続ける。
「そう…ところでいったい何の用なの?」
リオの問いかけに対し、ノアは膝を軽く曲げると、重力を無視したような跳躍でフワリと宙を舞い、2階の踊り場に立つリオの眼前へと音もなく着地した。
「こちらのイベントの承認をいただきたくて来ちゃいました」
胸元から取り出した『ピザ大食い大会』の企画書を差し出すノア。
リオはそれを受け取り、ホログラムライトの明かりの下でじっと目を通す。
「……なるほど。これほど分かりやすい撒き餌を仕掛けるつもりなのね。あの『空崎ヒナ』を釣るための」
「流石会長、お察しが早くて助かります。私、まだ直接お会いしたことがないんですよ。ゲヘナが誇る暴食の魔王様に」
【ミレニアムの人喰い】
【も と い】
「記憶、人格、癖、声、筋力……彼女の『人生』を食べた時、私の思い出のページがまた新しく埋まりますね♪」
【七つの大罪:強欲のノア】
底なしの強欲を宿した魔物は、この世のすべての森羅万象を収奪せんと欲する。
その底知れぬ飢餓の矛先は今、キヴォトス最強の暴食の魔王――空崎ヒナへと定められたのであった。
次回、暴食 VS 強欲。
七つの大罪編が終わった後、誰の話が見たいですか?
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ハスミ
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アカリ
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ヒフミ
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ヒヨリ