私は乗り気じゃない久美子の腕を組んだまま吹奏楽部の部室まで引きずって来ていた。扉の前まで来ると、色々な楽器の音が聞こえて私の心は躍った。
「何かワクワクするね。」
私が笑いながら久美子に話しかけると、相変わらず乗り気じゃない態度を隠そうともせずに苦い顔をしていた。
そんな事を扉の前で話していると、突然、部室の中から声をかけられた。驚いてその場にいた全員が扉の方に目線が釘付けになった。
「見ーたーなー」
中から眼鏡をかけた吹奏楽部と思わしき凄く美人な女生徒が声をかけてきた。この間、私達は何も言えないまま物事が進んでいく。
「部活の見学でしょ?入って入って!」
明るい圧のある声に導かれるままに、部室の中へ案内された。部室の中は吹奏楽部員がおそらく全員揃って楽器を持って音を出していた。私はこれがどういう状況か分からないので、隣にいる久美子に話しかける。
「これは何をしてるの?」
「演奏前にするチューニングだよ。あんまり合ってないかも知れないけど…」
「へー。じゃあ必要な作業なんだね。」
私からするとチューニングが合っていないと言う感覚がよく分からないが、何処となく不協和音が混じっているのは素人の私にも感じた。
そんな中、加藤さんは沢山の楽器の音色が重なっていることに感動しているのか、キラキラとした瞳でチューニングしている姿を見つめていた。一方で川島さんは部室に飾ってあった大会の集合写真を難しい表情でしみじみと見つめていた。
不意に部室の扉が開いた。そこに立ってたのは中学の演奏会で私の中でも印象に残っていて、ソロでトランペットを演奏していた綺麗なロングヘアーの同級生が立っていた。
隣にいた久美子はバレないようになのか、声に出さないように必死で自分の口を押さえながら驚きに満ちた凄い顔をしていた。中学の頃にトラブルがあったのだろうか?
私はこの美少女に声をかけたくなり、頭の中で名前を思い出しながら、興味本位で声をかけてみた。
「大吉山北中の高坂さんでしょ?もう入部決めたんだね。」
私が急に美少女同級生のトランペット奏者の高坂さんに話しかけると、吹奏楽部の部員に入部届を渡し終わったのか、彼女がこちらに振り向いた。大きい二つの瞳が私を捉える。
「うん、もう入部届も持ってきた。あなたは…確か同じ中学だった三浦さんだっけ?」
声は初めて聞いたが、凄く凛とした声だった。私の中でのイージだが、容姿と声が凄く合っている印象を受けた。
「よく名前を覚えてたね。同じクラスにもなったことないでしょ?」
急に私の名前を当てられたので、頭に浮かんだ疑問をぶつけてみる。高坂さんの表情からは何も読み取れない。
「中学の頃、集会とかで表彰されていたでしょ?良く名前を聞いていたもの嫌でも覚えるわ。私の名前こそ良く覚えてたわね。」
「私は中学の頃の演奏会を見に行っていたから、その時の演奏の印象で自然と名前を覚えちゃったよ。すっごく綺麗な演奏だった。」
「それはありがとう。」
凛とした表情のままに感謝を伝えてくる高坂さんは、演奏に対する感想は言われ慣れているのか、表情を変えずに感謝の言葉を伝えてくれた。
その後はそのまま吹奏楽部の演奏を聴かせてもらった。他の部活も見に行きたいということで、そのまま四人で色々な部活を見に行った後に、部活見学ツアーはお開きとなった。
――――――
私と久美子だけになった帰り道。
「どう?吹奏楽部入る気になった?」
私は久美子に吹奏楽部に見学に行った印象を聞いてみた。ほかの部活も回ってみたが、私の中では最初に行った吹奏楽部の印象が凄く残っていた。
「ん…あんまり。高坂さんも入るみたいだし、何か気不味いし…」
「中学の頃、高坂さんと何かあったの?」
私は高坂さんが部室に入ってきた時に、凄い狼狽え方をしていた久美子を思い出していた。
「ちょっと、中学の頃に私の不用意な言葉で怒らせちゃったりしてて…あんまり会いたくないといいますか…」
久美子は言いにくそうにモジモジと体の前で指をいじりながら話してくれた。
「いつもの久美子じゃん。」
私が何の遠慮もなく突っ込むと、久美子が信じられないような顔をしてこちらを向いた。目も見開いて、口もあんぐり空けたまま呆然としていた。
「なんてことを言うんだ!?」
「だって本当の事じゃん。そういう所も久美子の良い所だよ。」
私が満面の笑みで久美子を褒めると、その褒め方は本人の中で不満だったのか、軽く小突かれた。
「私はやってみたいと思ったかな。吹奏楽。」
「何で!?」
また久美子が驚いた。私が吹奏楽部に靡いている事を知って、急に梯子が外されたと感じているのかも知れない。
「川島さんも加藤さんも入部に前向きだし、あの二人がいるなら一緒にやっても良いかなと思って。それに吹奏楽に興味もあるし。」
取り敢えず、私の考えを伝えてみる。あのメンバーと一緒なら退屈な思いはしないと思ったので、素直に伝えてみる。
「千速って吹奏楽に興味あったの?」
「久美子達の中学の演奏会からだね。単純に演奏にも圧倒されたし、その後から興味を持って色々調べてみたりしたしね。久美子にも聞いたりしたでしょ?」
「まぁ簡単な事なら教えたけどさ…そんなに千速が乗り気だと思わなかった。」
急に梯子を外されたのが気に食わなかったのか、久美子は私への不満を態度に隠さずに言ってきた。
「あの後から、ちょこちょこピアノとかも触ってたしね。久美子と合奏とかしてみたい。」
私は笑顔のまま想いを伝えた。久美子に私の心の内を真っ直ぐ伝えたので、驚いた様子で目を合わせた。
「そんな笑顔を向けないでよ…。私、一人だけ何も決まってないじゃん。」
「久美子も一緒にやらない?」
素直に私が思っている事を伝えてみる。私の中では久美子と一緒に何かをしたいという思いが強いので、ここでハッキリ伝えたかった。
「うーん…どうしようかな。」
「私は久美子と一緒に演奏してみたいけどね。一緒にコンクールとかで演奏したらワクワクしない?」
「そうかなぁ…」
「まぁ…最終的には久美子の意思だけど、私は吹奏楽部に入るなら一緒にやってみたいな。演奏している時の久美子は格好良くて好きだしね。」
あまり乗り気では無さそうな久美子に私の本心を改めて伝える。私はあの演奏会を見に行った時から、自分が楽器を持って演奏している姿をずっと想像していた。そこに久美子も一緒に居てくれたらこんなに幸せな事は無いと思っている。
「そんなに褒められると思わなかった。」
そう言うと久美子は恥ずかしかったのか、照れているのか、俯いてしまった。その表情は読み取れない。
「それで一緒にやってくれるなら、いくらでも褒めるよ。」
「うーん…前向きに検討します。」
俯いたままの久美子から少しだけ前向きな言葉が発される。私は苦笑いしながら久美子の返答に反応した。
「決定じゃないんかい…」
私の小さな声のツッコミは久美子に届いていたかは分からない。
――――――
部活見学からしばらく経ち、私達は再び吹奏楽部の部室に来ていた。久美子も悩んだ末に吹奏楽部に入部する事を決め、今日は今後を左右する楽器決めの日になっていた。
入部を決めた新入生達の前で、先輩達が慣れた様子で自分が担当している楽器を紹介していく。一通り紹介された後は各自、気になった楽器パートに話を聞きに行くという流れだった。
「久美子はやりたい楽器は決まった?」
「ユーフォニアムはずっとやってたけど…折角、高校でもやるなら他の楽器やってみたいかな。」
「そっか、私も一緒に回らせて。」
「うん。じゃあ色々見てみよう。」
そう言ってから二人で様々な楽器パートを回った。久美子はトロンボーンが気になるようで先輩からの楽器紹介を熱心に聞いていた。
すると、不意に塚本が隣に来た。塚本の楽器の希望を聞いてみると、トロンボーン希望という事で最初は久美子も嫌な顔はしていたが、それよりも自分の希望している楽器が出来るかもしれないことが嬉しいのか、トロンボーンに決めようとしていた。
先輩の楽器解説を聞いていると、違う楽器パートの先輩から話しかけられた。何処かで見たことのある優しそうな印象の先輩だった。
「もしかして、久美子ちゃんと秀一くんと千速ちゃん?」
「えっ!もしかして葵ちゃん?」
久美子がそう返すと髪の毛を編み込んだ先輩は嬉しそうに笑った。私も頭の中で記憶を巡らせる。思い出すのは小学生の頃に遊んでもらった女の子の事だった。私は当時から陸上をやっていたので、あまり遊ぶ事は無かったが、何度か久美子と一緒に遊んでもらった記憶がある。
「葵ちゃんって北宇治の吹奏楽部だったんだね。」
「うん。クラリネット担当だよ。久美子ちゃんは高校でもユーフォニアムやるの?小学生の頃からやってたよね。」
「えっと…どーしようかなーと思ってて…」
急に挙動不審になった同級生を横目で見ていると、いつの間にか眼鏡の先輩…低音パートでユーフォニアムを担当している田中あすか先輩が隣に立っていた。急に現れたので心臓に悪い。
「ユーフォニアムやってたの!?じゃあこっち来なよ!」
「でも高校からはトロンボーンやろうと思ってて…」
名残惜しそうにトロンボーンを見ている久美子を尻目に、田中先輩は強引に久美子の腕を持って低音パートに連れて行こうとしていた。
「いーから、いーから!」
久美子の意見など聞いていないと言わんばかりの強引な行動に、私も流石に止めようとして横槍をいれた。
「でも、黄前さんは高校からトロンボーン始めたいらしいので、ちょっと待ってもらえますか?」
私の一言で悩んだ素振りをする田中先輩だったが、自分の意見を変えるつもりは無さそうだ。
「でもさー…低音パートは人気が無くて、希望者が全然いないんだよね。経験者なら即戦力だし、やってほしいんだよね。」
「でも、本人希望が優先じゃないですか?」
私も食い下がる。このまま田中先輩に流されるままになってしまうと、なし崩し的にユーフォニアムに決まってしまいそうだった。もし、ユーフォニアムをやるんだとしても流されるままに決められるのは、どうにも癪だった
「別に直ぐに決めなくても良いからさ、取り敢えずは、見に来るだけ見に来てよ。」
「そういう事なら…分かりました。」
少し譲歩した田中先輩の意見に、それならば…と久美子も頷いた。そのまま連行されていく久美子と一緒に私も低音パートに着いていく。
「あなたは、やりたい楽器とかある?低音パートとか興味無い?」
低音パートに行く途中に、田中先輩から急に話題を振られた。その質問に私は頭を巡らせる。
「今の所、希望は無いんですけど…久美子と一緒に演奏してみたいから、強いて言えば同じ楽器が良いですかね。」
「えー、自分の希望が無いの?」
少し呆れた様子で田中先輩が返してくる。私としても自分の意見が無いなと思うのだが、強いて言えば久美子が中学の頃に吹いていたユーフォニアムが気になっていたので、内心は都合が良いと思って田中先輩に連れて行かれる久美子を見ていたのは内緒だ。
「自分が担当したい楽器より、久美子と同じ部活で一緒に演奏したい思いの方が強いんですよね。私もそれで後悔しないと思っているので。」
「それはもう…愛だねっ!」
私に向かってグッドサインをしながら茶化してくる田中先輩に苦笑いで答える。田中先輩は延々とユーフォニアムのセールスポイントを久美子に伝えていく。すると久美子は次第に自分がやってきた楽器に対して愛着が湧いてきたのか、決意したように小さく呟いた。
「…ユーフォニアムやります…」
すると田中先輩が勢いよくこちらを振り向いて高らかに宣言をするように私に指を差しながら言った。
「じゃあ、あなたもユーフォニアム決定だね!ようこそ!」
「人に指を刺さないでください。」
私はそう言って、田中先輩の上げた指を下ろさせた。田中先輩はその行動がツボに入ったのか、ケタケタと笑い始めた。低音パートの周りの先輩を見ると全員が何処か呆れたような表情をしていた。これが田中先輩の通常運転なのだろう。
田中先輩に流されるままに私の楽器が決まってしまった。でも、ユーフォニアムには元々興味があったので、特に異論もない。
低音パートの新入生は私と久美子がユーフォニアム。川島さんがコントラバス。加藤さんがチューバという事になった。全員同じクラスのメンバーである。これなら、これからの吹奏楽部でも楽しくやれるかなと私は内心思った。