僕の恋愛なんて叶わないだろう。
それでいい。
一瞬でも「そう」思った僕が、報われることなんてないのだ。

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殆ど書いたことのないヘテロラブに挑戦してみました。私初の弓鶴くんです。
前にX(Twitter)で呟いた、同性愛者ゆかりさんに片思いしてる弓鶴くん概念です。流行れ。


第1話

『本当に、私の友達に弓鶴くんがいてくれてよかったです…。こんなの相談できる人他にいませんから…』

 

 そう言って居酒屋のカウンターで涙を流す横顔に心折られる心地になったのはどれほど前だっただろうか。もう思い出すのも億劫だ。

 

 

 

***

 

 

 

「それじゃあ、今夜は私持ちですのでじゃんじゃん飲んでくださいねー、かんぱーい!」

「はいはい、かんぱーい」

 

 無邪気な様子で笑うゆかりを適当にあしらいながら弓鶴は梅酒の入ったグラスを掲げてみせた。色気もへったくれもないチェーン居酒屋の一室で二人で向かい合いながら過ごすいつもの時間。仮にも男女二人きりの空間で何ら気にする様子もなく、ゆかりはジョッキビールをぐびぐびと音を立てて飲んでいく。それを呆れるように視界に収めながら、弓鶴は自分のグラスに口を付ける。その間にジョッキを空にしたゆかりは、まだつきだしも来ていないのに二杯目を欲しがってテーブル脇のタブレットを手早く操作する。これは荒れそうだな、なんて思考の片隅で考えた。

 

「ほらほら、弓鶴くんも飲んでくださいよ」

「人のペースを考えなよ、全く…。まだまだ夜は長いんだし、これからペース上げてくよ。てか、ゆかりさんが異様に早いんじゃないか、もう」

「そんなことないですってー。折角の花金なんですから、楽しまないとですよ」

 

 そう言って笑うゆかりにやれやれと溜息を付きながら、弓鶴は先程より幾らかグラスを傾けて薄い梅酒ソーダを喉へと流し込んだ。

 

 

 

「それでですねー、この前の撮影で茜ちゃんがひどいんですよー。『最近肩こりが酷くて、寝る時とかも気になって仕方ない』って言ったら、『そんなん気にするほど胸おっきくなってないやんか』って笑いながら突っ込んできたんですよー。いくらなんでもデリカシーなさすぎると思いませんかー?」

 

 グラスを重ねて弓鶴は三杯ほど。その間にも既に弓鶴の倍は注文をしているゆかりは赤ら顔で頬を膨らませる。本人もさほど気にしていない、飲み会の話題探しのための愚痴を半分聞き流して弓鶴はタブレットをポチポチと弄る。何となく気になった山芋の梅和えとハイボールを注文リストに追加すると、そろそろグラスが空になりそうなゆかりにタブレットを差し出してみた。そうすれば「聞いてるんですかー?」と相変わらず頬を膨らませるゆかりは、しかし素直に受け取って同じ様に端末と睨めっこをする。

 

「ちゃんと聞いてるから安心しなって。茜ちゃんだって別にゆかりさん馬鹿にする気欠片もないって。あの子はそういう子だよ、デリカシー無いのは同意するけど」

「ですよねー。茜ちゃんはそう言うところは悪い子だと思いますよ私はー」

「でも、肩こりネタでさりげなく胸アピールするゆかりさんにも悪いところはあると思うなー。実際、大きくなったりしてないでしょ?」

「なっ、別におっぱいの話したくて肩こりネタ振ったわけじゃないです!てか、弓鶴くんもデリカシー無いじゃないですか、やだー!」

 

 こうなったらお酒二杯同時に注文しちゃいますから、なんてどこに向けているのかも分からない抗議を飛ばしながらゆかりは端末画面に指先を伸ばす。その様子に苦笑しながら、弓鶴はまだ少し残っていたグラスの酒を喉に流し込んだ。

 

 

 

「あー…、今度は何にしましょうかー…」

「もう、また飲みすぎだよ…。ほら、タブレット置いて、お会計しよう?」

「んえー…、ゆかりさんはまぁだ飲めますよぉ…」

「だーめ。そんなに飲んでると身体にも悪いから。これは没収です」

「そんなー…」

 

 もうすでに片手で足りないくらいの酒を頼みながら尚もタブレットの画面に指を滑らせるゆかりを嗜めるように、弓鶴はゆかりの手からタブレットを奪い取る。そのまま充電器へと戻そうとする弓鶴の裾をぎゅ、といつもより幾らか弱い力で握りながら、ゆかりは泣きそうな目で弓鶴を見つめる。

 

「…まだ、今日のこと、相談できてないんですよー…。お願いですから、あと一杯だけ…。ゆかりさんに付き合ってください、お願いしますぅ…」

「…はいはい、分かりました。何がいい?こっちで決めていいなら、適当に頼むよ」

「…梅酒ぅ」

 

 溜息を付きながら、弓鶴はタブレットを操作して梅酒のロックを二つ頼んだ。今日はないかと思ったけど、結局いつも通りだったなと思いながら端末を充電器に戻して、机の上を軽くまとめる作業に入る。それをゆかりは申し訳なさそうな視線で見つめていた。

 

 

 

「…それで、マキさんとは、最近どうだったの?」

「…進展は、あったようでなかった、って感じです…」

 

 先程飲んでいた時とは明らかに違う雰囲気を纏って、ゆかりは両手で梅酒のグラスを包むように持っていた。対照的に、弓鶴は片手でグラスを煽るように傾ける。

 

「マキさんとはいつも通り仲良く話せてます、けど…。ライバル、というか…、新人のモカちゃんがまさかの旧知の仲だったようで…。最近は先輩ということもあって、モカちゃんにべったりなんです…」

「ふぅん…。けど、友達感覚と先輩後輩関係なんでしょ、多分?それなら、気にする必要もないんじゃないかな?」

「そう、ですかねぇ…」

「…それより、ゆかりさんは何かアクションは起こしたの?デートとか行った?」

「あ、それは行きましたよぉ?この前は、なんと二人っきりで水族館に行ったんですぅ。マキさん、可愛いもの好きだからペンギンとかにすごく興奮しててですねぇ…」

「うんうん、そっか」

 

 新しくできた後輩の話で曇った表情をすぐに緩ませて水族館デートが如何に楽しかったかを語るゆかりの様子に、少し陰った笑みを浮かべながら聞きに徹する弓鶴。

 

「あ、あれも楽しかったですねぇ…。シロイルカ、でしたっけか。水で輪っか作るやつ…。あれ見たマキさんの笑顔がとってもきらきらしてたんですぅ」

「あー、確かにマキさん好きそうだもんね、あの白いの」

「あと、これ。マキさんと一緒に写真も撮ったんですよぉ?ほら、チンアナゴくんと私達」

「あー、可愛いねぇ。羨ましいや」

「えへへぇ…、いいでしょー…?あげませんからねぇ…?」

 

 そう言って段々と言葉も怪しくなりながら幸せそうな表情を浮かべるゆかりを適当にいなして、弓鶴はグラスを空にしてタブレット脇の店員呼び出しボタンを押した。

 

「んぇー…、終わりですかぁ…?じゃぁ、お会計済ませないと…」

「うんや、今日は僕が払うよ」

「えー…?そんな、悪いですって…。ゆかりさんが払うって最初に言ったじゃないですかぁ…?」

「いやいや、珍しい話にかわいい写真も見れたしね。その代金だと思ってくれればいいよ。それに、ゆかりさんは今日は飲み過ぎてるからちょっと心配だしね」

「えー…、そうですかー…?じゃあ、お願いしますぅ…。ありがとうございますねぇ…?」

「ははは…」

 

 そう力なく笑うと、弓鶴はふすまを開けた店員にお会計とタクシーを頼んだ。それを了承した店員がいなくなった個室で小さく溜息をついた。

 弓鶴がこうしてゆかりのマキとの恋愛相談、いや、恋愛にすら至っていないゆかりの片思い相談を受けるようになってどれほど経つだろう。始まりは些細なもの。マキに送ろうとしたデートのメッセージを弓鶴が受け取ってしまったというただそれだけ。

 

『何も見なかったことにしてください…、気持ち悪いのは自分でも分かってますから…』

 

 気にしなくていいと告げる前に、ゆかりが泣きそうな笑顔で自分にそう言うのが苦しくて、つい口を開いてしまった。

 

『…僕でよければ、相談に乗りますよ。僕、そういうのに偏見とかない方だと思うので』

 

 そう言ってしまったのは、片思いの苦しさについては自分もよく知っているから。同性愛については如何せん経験はないので碌にアドバイスもできていないが、今のところ、ゆかりの愚痴に付き合うのに苦労はしていない。段々と、遠慮なく相談を持ち掛けてくるようになった片思いの相手に、その思いを隠しながら付き合うのは正直を言えば苦しい。どうにか進ませようとしているのは分かるが、まるで初心な学生の恋愛の様に進展らしい進展もない恋愛相談を聞いていると、あまりにもどかしくもうこちらが何らかのアクションを起こしてしまいたくなる。だが、それ以上にそんな片思いに横入って自分の思いを伝える度胸もなく恋愛相談の相手という立ち位置に甘んじる自分の弱さに舌を噛み切りそうになる。結局は自分は脈無しだからと告白をいつまでも躊躇っている、ゆかり以上に意気地なしの負け犬なのだ。

 

「んへへ…、弓鶴くん、ありがとうねぇ…」

 

 そうテーブルに身体を預けながら幸せそうに息を立てるゆかりの髪を指先で軽くなぞりながら、

 

「…ごめんなさい、好きです、よ?」

 

 弓鶴は誰に聞かれることもなく、そう呟いた。


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