救えなかった手と、それでも伸ばした手 ~元自衛官が行く、異世界戦記~   作:ホビット

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第十章 空の異変

主峰の駐留地。

ガルド・ヴァルグは、霧に包まれた窓の外を眺めていた。

 

「……嫌な霧夜だぜ」

外套を肩にかけ、気怠そうに伸びをする。

「こんな夜は酒でもかっぱらってくるか。

 どうせ酒保係は寝てやがる」

 

そう呟きながらも、

ガルドの目は霧の奥を鋭く見据えていた。 

村々の灯りが、霧の奥から微かに見える。

 

薄汚れたスラム街。

物乞いでしか、生き残れない弱者たち。

――強者に、踏みつぶされるだけの虫けら。

 

ガルドにとって、この地に住むものたちは、

虫けらと変わらなかった。

 

突然。

ゴーッ、と、

一段強い風が吹く。

(……風が重い。

 さっきから、吸い込むと、肺に引っかかりやがる)

 

理由は分からない。 

どうしてなのかは分からない。

ただ“気に入らない”だけだった。

 

バタンッ!

唐突に、詰所の扉が乱暴に開いた。

「隊長!!

 ゲリラが……主峰北側で攻撃を開始しました!」

 

ガルドは振り返りもせず言った。

「攻撃だと?数はどれくらいだ?」

「正確な数は分かりませんが…。

 今のところは、大きな被害は出ていないとの報告です!」

 

ガルドは鼻で笑う。

「くだらねぇ。どうせ“嫌がらせ”だ。」

「嫌がらせ…?」

「ああ。

 おおかた、俺たちが焦って出撃するのを待って、

 どっかの“空き巣”でも狙っているんだろうよ」

「出撃は……?」

「行くわけねぇだろ。

 あんなのに付き合うほど暇じゃねぇ」

 

兵士は息を呑む。

「では……放置で?」

「当然、放置だ。

 あんなのに反応するのは素人だけだ」

 

ガルドは、不敵に笑った。

 

**

 

詰所の中を、ひんやりとした空気が流れる。

ジメっとした空気の中、ガルドは泰然としていた。

 

やがて。

読み通り、攻撃の報告が途絶え、

詰所に静寂が戻った。

 

ガルドは霧を睨みながら、

椅子に深く腰を下ろす。

(……どこだ。

 陽動ってんなら、どこが本命だ)

 

**

 

しばらくして──

再び、扉が勢いよく開いた。

「隊長!!

 落燕谷側で部隊を確認!

 霧の中から……旗が……!」

 

ガルドの視線が、鋭くなる。

「旗……?」

「は、はい!

 王国軍の……王国軍の旗が見えます!

 旗を持った部隊は、落燕谷へ侵入しているとのこと!

 補給基地を狙っている可能性が──!」

 

ガルドはゆっくりと立ち上がった。

その顔には、先ほどまでの気怠さは微塵もない。

「……なるほどな」

 

口角がゆっくりと吊り上がる。

「ゲリラの攻撃はあくまでも囮。

 本命は──こっちか。」

(虫けら共が。俺の“翼”を折りにきやがったか)

 

ガルドは即座に意識を切り替え、声を張り上げた。

「全隊、出撃準備!!

 獲物が谷に入った!」

「「「はっ!!!」」」

 

号令を受け、翼槍隊が一斉に動き出す。

 

「谷に入った地上軍は──

 袋のネズミだ。

 空の恐ろしさを思い知らせてやる」

 

ガルドは槍を肩に担ぎ、

霧の奥を見据え、獰猛に笑った。

 

**

 

キィィィィィィィィィィィィィィィィィン……

 

翼槍隊は霧を切り裂き、

主峰からU字渓谷へと滑空していく。

 

ガルドは先頭で風を切りながら、谷の入口を見下ろした。

霧は相変わらず濃いが、ガルドにとっては見慣れた景色だった。

 

なのに。

谷に入った瞬間、ガルドは眉をひそめた。

(……風が……重い?)

 

「隊長、視界悪いっすねー!」

「高度、いつも通りです!」

 

兵たちは何も感じていない。

ガルドは舌打ちした。

(……気のせいか?

 いや……違う。

 谷の“音”が遅れて聞こえる)

 

谷の空気も、風も、景色も。

飛行音の反響も。

なにもかも、普段通り。

兵たちの報告も、それを裏付けている。

 

ただ──

ガルドの勘だけが、ざわついていた

 

**

 

しばらく飛行を続けていると、

霧の向こうに、揺れる影が見えた。

 

「隊長!

 前方に……旗です!」

 

ガルドは目を細めた。

霧の切れ間に、青い旗がちらりと見えた。

王国軍の旗。

エリシアの主攻部隊。

「……いたか」

(なんだよ……ビビってたのか、俺が)

獲物は見えた。

なら、後は踏み潰すのみ。

 

ガルドは鼻を鳴らし、槍を握り直した。

 

「全隊、構えろ!

 地を這う連中に、空の恐ろしさを存分に味あわせてやれ!」

「了解!!」

 

翼槍隊が一斉に高度を上げる。

 

ガルドは槍を構え、

霧の奥へと突っ込んだ。

 

その時。

 

ドォォォォォォォォンッ!!

 

谷の奥から、

大地を割るような爆音が響いた。

 

「なっ──!?」

「爆発!?どこからだ!?」

 

ガルドの目が見開かれる。

(……崖……!?

 崖が……落ちたのか!?)

 

次の瞬間──

谷の空気が、“裏返った”。

 

ビュウウウウ!!

凄まじい風音とともに、霧が、上下に裂ける。

 

暴風が翼を殴りつけ、

上がったと思えば、横に流され。

流されたと思えば、霧が視界を塗り潰す。

――空の「道」が、消えた。

 

「隊長!!風が……!」

「上昇気流!?いや下降だ!!」

「どっちだよこれ!!」

「舵が効かねぇ!!」

 

兵たちが一斉に姿勢を崩す。

ガルドも翼を取られ、身体が大きく揺れた。

「っ……くそ!!

 風が……読めねぇ……!」

 

いつもなら、

谷の風は素直だった。

 

上へ抜ける流れ。沈む流れ。

それぞれが、決まった場所を走っている。

 

だが今は違う。

風と風がぶつかり、

霧が千切れ、

空気そのものが狂っていた。

 

キィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!

 

翼槍隊の“落下音”が、

乱気流に引き裂かれて歪む。

 

「隊長!!制御できません!!」

「高度が……!」

「ぶつかる!!」

 

谷全体が、

巨大な獣のように唸り始めた。

 

(……ありえねぇ……

 俺の庭が……俺を殺しにきてる……!?)

 

ガルドの背筋に、

初めて“恐怖”が走った。

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