救えなかった手と、それでも伸ばした手 ~元自衛官が行く、異世界戦記~   作:ホビット

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閑話3:見つめる先

 ルヴァン水城塞は、

 戦の後とは思えないほど慌ただしかった。

 

 補給隊が荷を運び、

 伝令が廊下を駆け抜け、

 兵士たちは壊れた装備を修理し、

 医務室では負傷兵の声が絶えない。

 

 その中心で、

 遼は今日も走り回っていた。

 

「第三倉庫の薬品、湿気避けろ!

 あと保存食は南棟へ回せ!」

「工兵隊、

 城壁補修を優先!

 崩れた見張り台は後回しでいい!」

 

 遼が指示を飛ばすごとに、

 兵士たちが次々に動いていく。

 

「了解です!」

「リョウさん!

 負傷兵の搬送、終わりました!」

「北側見回り隊、配置完了!」

 

 作業完了の報告。

 そして次の指示に向けて、

 兵士たちの視線が、遼に集まる。

 

 期待を込めた眼差し。

 信頼の眼差し。

 これ以上は勘弁してほしい、という眼差し。

 兵士たちの目は様々な感情を映していた。

 

 そして。

 その全てが、遼に向けられていた。

  

**

 

 一通りの指示を出し終え、

 廊下を曲がった瞬間、老兵の声が飛んだ。

 

「リョウ」

  

 振り返ると、

 ローデンが腕を組んで立っていた。

 

「少し休め」

「無理だろ。

 今めちゃくちゃなんだから」

「お主が倒れた方が、もっと面倒じゃ」

 

 遼は、小さく苦笑する。

 

「……俺、

 そんな柄じゃないんだけどな」

「何がじゃ?」

「こういうの」

 

 遼は、

 少し視線を逸らした。

 

「皆が、俺を見てるのは分かってる。

 でも……俺でいいのか、って。

 まだ分からねぇ」

 

 ローデンは、ぽかんとした表情で、

 しばらく黙っていた。

 

 やがて、低く笑う。

 

「今さら何を言っとる。

 皆、お主を見て動いておるわい。

 

 ガルドの時も、レクトールの時も、

 お主がいればこそ、勝てたもんじゃからな」

 

 その言葉に、

 遼は一瞬だけ黙り込む。

 

(……柄じゃねぇっての)

 

 むずがゆさから、思わず頭を

 ガシガシと掻いてしまう。

 

 こちらの世界に来る前なら、

 そんなもの、絶対に背負わなかった。

 

 失いたくない。

 それだけだったから。

  

 ――なのに、今は。

 

 気づけば、

 人が、自分を見ている。

 

 その変化に、

 遼自身が一番戸惑っていた。

 

 

「……でも」

 

 ぽつりと、遼が呟く。

 

「悪くない、

 のかもしれない」

 

 ローデンが、片眉を上げた。

 

「ほう?」

「いや、

 まだよく分かんねぇけど」

 

 遼は再び頭を掻く。

 

「前よりは、少しだけ。

 前向いて歩けてる気はする」

 

 その言葉は、不器用だった。

 けれど、確かに本音だった。

 

 ローデンは、何も言わない。

 

 ただ、

 どこか安心したように、

 小さく鼻を鳴らした。

 

**

 

 一方。

 廊下の陰。

 

 エリシアとミレイユは、

 二人の会話を静かに見ていた。

 

「……変わりましたね」

 

 ミレイユが小さく呟く。

 エリシアも、静かに頷いた。

 

「うん」

 

 最初の頃の遼は、

 もっと危うかった。

 

 身体は誰かを助けているのに、

 心は懺悔をしている罪人のような、

 言葉に出来ない、ちぐはぐさを感じていた。

 

 けれど、今は違う。

 

 迷いながらでも、

 人の中へ入ろうとしている。

 

 それが、

 どこか眩しく見えた。

 

 その時。

 

 遼が偶然こちらを振り向いた。

 首を傾げながら、問いかけてくる。

 

「……なんで隠れてんだ?」

「っ!?」

 

 エリシアが僅かに肩を跳ねさせる。

 

 ミレイユは、

 平静を装って咳払いした。

 

「別に、隠れてはいません」

「絶対見てただろ」

「見てません」

「いや見てたって」

 

 訝し気な遼。

 澄ました顔のミレイユ。

 苦笑するエリシア。

 肩を竦めるローデン。

 

 慌しい城塞の中で、

 ゆっくりとした時間が流れていた。

 

 やがて。

 

 バタバタバタッ!!

 

 足音に振り向くと、

 レムル村からの古参の一人が、

 慌てた様子で遼に報告した。

 

「リョウさん!

 また荷車が壊れました!!」

「またかよ!?昨日から三台目だぞ!?

 ……仕方ない、じゃあ、ちょっと行ってくるな」

 

 そう言い残し、

 また慌しく、遼は駆けだして行く。

 

 その背中を、

 エリシアとミレイユは見つめていた。

 

 エリシアの瞳には、温かさがあった。

 遼が“前へ進もうとしている”ことへの喜びだった。

 ただ、なぜこんなに眩しく見えるのか、

 エリシア自身にも、まだ分からなかった。

 

 ミレイユの瞳は、静かに揺れていた。

 嬉しいとは思う。確かに思う。

 だが、遼が"変わっていく"ほど、

 自分が何者でいられるのかが、分からなくなっていく気がした。

 

 どちらも同じ背中を見ているのに、

 感じる温度は違っていた。

 

 遼は、二人の視線に気づかない。

 

 その背中に、二つの視線が重なっていることも知らないまま、

 ただ、忙しさに追われて前だけを見ていた。

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