救えなかった手と、それでも伸ばした手 ~元自衛官が行く、異世界戦記~   作:ホビット

3 / 30
第三章 投げられた石

三日後。

村の入り口に、聞き慣れない靴音が近づいてきた。

 

乾いた土を踏みしめる、乱れた足並み。

酒の匂いが風に乗って漂ってくる。

辺境守備隊――そう名乗ってはいるが、

その実態は帝国の正規軍とは程遠かった。

 

**

 

部隊が村の入り口に到着すると、隊長が鷹揚に口を開いた。

「我々は帝国軍の辺境守備隊である。村の代表を連れてこい」

 

遼は黙ったまま、兵士たちを見ていた。

穴だらけの鎧。

ひび割れた銃床。

 

帝国軍の主力は槍盾歩兵だと聞いていた。

銃は量産できても、精度が低く主力にはなれない。

そのため、訓練を積んだ兵が槍列に組み込まれ、

そうでない者に銃が渡る――この帝国では、それが常識だと聞いた。

 

隊列は乱れ、兵士たちは目の下に隈を作り、

そのくせ、酒だけはしっかり飲んでいる。

絵に描いたような、烏合の衆だった。

 

「代表はここにいます。私です」

エリシアが一歩前に出る。

その姿勢は、村娘とは思えないほど凛としていた。

 

隊長は一瞬だけ目を細めた。

“何か”を感じ取ったように。

 

だがすぐに仏頂面に戻り、手短に言う。

「三日前に通達した通り、徴発品を受け取りに来た。

 こちらも忙しい身だ、さっさと出すものを出せ」

 

「この村には余剰の食料はありません。

 若者を連れて行けば、来季の耕作も立ち行かなくなります」

「何が言いたい」

「……差し出せるものは、何もありません。

 せめて、来年までお待ちいただけないでしょうか」

「知ったことか」

 隊長は面倒くさそうに吐き捨てた。

「命令だ。帝国軍への供出。拒めば反乱扱いだ」

「反乱ではありません。生存の訴えです」

「言葉遊びは宮廷でやれ、お嬢さん」

 

その一言に、遼は気づいた。

――この男、エリシアの“育ち”に違和感を覚えている。

 

エリシアの震える手が、腰の銃へ伸びかけた。

仕立ての良い銃。

村の誰も持っていないような、精巧な造り。

 

だが、先に引き金を引けば、

"徴発する対象"から"駆逐する対象"に変わる。

遼は咄嗟にエリシアの手首を押さえた。

エリシアは唇を噛み、震える指を止めた。

 

**

 

応酬は、その後も続いた。

村人たちは息を殺し、兵士は銃を握り、見守っていた。

 

エリシアは一歩も引かない。 

しかし、隊長の言い様には、未だとりつくしまもない。

終わりの見えないやりとりに、

村人の不安と、兵士の苛立ちが募っていく。

 

――このままでは。

エリシアの表情にも焦りが見え始める。

そのときだった。  

 

張りつめた空気の中、

遼は、村人たちの端に、ひとりの少年を見つけた。

父親が昨年の徴収で帰らなかった子だ。

小さな手に、石ころが握られていた。

 

――まずい。

遼が動くより早く、石は飛んだ。

 

**

 

石は隊長の頬をかすめ、

後ろの兵士の胸当てに当たり、

カラン、と乾いた音を響かせた。

 

「父ちゃんを、返せよ……!」

震える声。

怒りと恐怖が混ざった顔。

 

兵士の一人が、反射的に銃へ手を伸ばした。

「このクソガキが!!」

 

もとより低い規律。

酒による、鈍った思考。

村人たちの敵意を宿す瞳。

 

「よせ!発砲は許可していな——」

隊長の制止より早く、

 

バァン!

 

銃声が村を裂いた。

 

**

 

村は、一瞬で混乱に飲まれた。

兵士が叫び、村人が逃げ惑う。

 

遼の身体は、考えるより先に動いていた。

少年を抱え、遮蔽物へ転がり込む。

次弾を避け、出血部位を押さえる。

 

視界の端で、誰かが崩れ落ちた。

少年の母親だった。

その隣に、老人が倒れていた。

遼は、少年から目を離せなかった。

 

血の匂い。

土の匂い。

 

少年の出血が、止まった。

遼は、ゆっくりと顔を上げる。

 

母親は、もう、動いていなかった。

 

**

 

エリシアは、必死に声を張り上げた。

 

「やめてください!抵抗の意思はありません!!」

「お嬢様!!そんなことを言っている場合ではありません!!」

 

庇うように、ミレイユが覆いかぶさる。

エリシアの叫びは、銃声にかき消された。

 

騒乱の中、隊長が怒鳴った。

「バカ野郎が……!

 おかげで面倒なことになった。

 反乱分子として処理するしかなくなったじゃねぇか。

 撤退するぞ!」

「先にやったのは村のガキだろうが!!

 このままナメられっぱなしで帰れるかよ!!」

「黙れ!!命令に逆らえば俺たちも切り捨てられるんだ!!

 わかったらさっさと撤退の準備をしろ!!」

 

隊長の有無を言わせぬ剣幕に、

兵士たちは憤懣やるかたない、といった様子で撤退を始めた。

 

「待ってください!本当に反乱するつもりはないんです!!」

エリシアは必死に叫んだ。

 

このまま帰してしまうと――

村は、“反乱村”として焼かれる。

 

「知ったことか!恨むなら、あのガキを恨め!!」

悲痛な呼びかけも虚しく、辺境守備隊は去っていった。

 

**

 

残されたのは、血の匂いと、

倒れた母親と老人の亡骸。

 

さっきまでの喧騒が嘘のような静寂の中、

エリシアは、呆然と、地面を見ていた。

 

少年が投げた、あの石ころが、まだそこにあった。

拾えば、何かが変わる気がした。

でも、手が動かなかった。

 

たった一つの石。

たった一発の銃弾。

それだけで、全てが壊れた。

 

遼は声をかけられなかった。

――また、救えなかった。

 

その言葉だけが、胸の奥で重く沈んでいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。