救えなかった手と、それでも伸ばした手 ~元自衛官が行く、異世界戦記~   作:ホビット

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第三十六章 明日の行方

 都市ゲオグラードの白い城壁を、

 太陽が眩しく照らしている。

 

 かつて、

 帝都オルドハルトと呼ばれた場所は、

 エリシアの意向で改名することになった。

 

**

 

「おい、その荷物はそこじゃない!

 東の倉庫に運べって言っただろ!!」

「難民の食料はどこに置けばいい!?」

「南だ!

 いい加減覚えろ!!」

 

 第一層、外周付近。

 

 物資の搬入を行う場所では、

 髭面の男たちの声が、喧しく響いていた。

 

 戦いは、終わった。

 

 だが、それで全てが終わるわけではない。

 

 戦後復興。

 

 帝都そのものは無事とはいえ、

 未だ、戦禍に喘ぐ場所は、多い。

 

「さっさと詰め込め!

 これが終わったら休憩していいぞ!!」

 

 リーダー格の一言に、

 作業員達から歓声が上がる。

 

「……ったく、現金な奴らだ」

 

 苦笑しつつ、その様子を見ていると。

 

 ――カラカラ、カラ。

 

 後ろから、荷車を引く音が聞こえる。

 

 振り返ると、パンの屋台。

 使い込まれたエプロンを着た男が、

 愛想よく話かけてきた。

 

「よぉ!旦那さん方!

 昼飯に、ウチのパンはどうだい?」

 

 焼きたての、香ばしい匂い。

 ゴクリ、と生唾を飲み込む音が聞こえた。

 

 一段落しそうとはいえ、

 作業はまだまだ続く。

 

 グゥゥゥ……

 

 誰かのお腹が鳴った。

 

 生きていれば、腹は減るのだ。

 

**

 

 都市の中心部。

 かつて皇帝が座した、玉座の間。

 

 エリシアは、玉座に座らなかった。

 クラウスを通じ、帝都内の文官たちに命じると、

 部屋の中心に机を置かせた。

 

 エリシアが上座に着席すると、

 今後について、話が始まった。

 

 会議の場には、

 主要な人物が卓を囲んでいる。

 

 上座には、エリシア、遼、ミレイユ。

 左側には、ローデン、オルウェン。

 右側には、セリア、クラウス。

 

「……以上が、現在の帝都、いえ。

 ゲオグラードの状況です。

 大きな混乱は今のところありません」

「分かりました。

 クラウス大臣、ご協力を感謝いたします」

「陛下から託されておりますので。

 ……老人の意地、とでも解釈なさってください。

 それでは、まだ調整がありますので、後ほど」

 

 クラウスは報告を終えると、

 席を立った。

 

 エリシアは、ふぅ、と息を吐く。

 

 戦いに勝った後でも、

 まだまだ決めるべきことは多い。

 むしろ、ここからが本番と言えた。

 

「エリシア陛下」

 

 しわがれた声に、エリシアは目を向ける。

 ローデンの左目には、

 まだ痛々しい包帯が巻かれていた。

 

「わしから、お願いがあります」

「……聞きましょう」

「養生が終わったら、北に。

 故郷に戻ることを、お許し頂きたいのじゃ」

 

 ローデンの言葉に、沈黙が落ちる。

 

「ガルドが居なくなった今。

 北の見張りは必要じゃ。……それに」

 

 ローデンは、

 懐かしいものを見る様に、目を細めた。

 

「それに、あそこはわしの故郷なのじゃ。

 ……老人の、ささやかな願い。

 どうか、叶えては頂けぬかの」

「ローデン……」

 

 遼は、それしか言えなかった。

 彼には、何度も世話になった。

 

「寂しくなりますね」

 

 ミレイユが、儚げに笑う。

 

 その言葉に、

 あえて、ローデンは鼻息を荒くした。

 

「なーに、しんみりしておるのじゃ!

 これが今生の別れでもあるまいて」

「ええ。

 またいつか、必ず。

 もう一度、会いましょう」

 

 いつも通りのローデンに、

 エリシアは笑う。

 

 ローデンは笑みを返すと、

 大股で退室していった。

 

**

 

「セリア将軍」

 

 エリシアは、白銀の将に声を掛けた。

 

 セリアは黙ったまま、

 エリシアへ視線を移す。

 

「ゲオルグ皇帝から、伝言を承っています」

 

「……今さら」

 

 小さく、誰にも聞こえない声で、

 セリアは呟いた。

 

 しかし、気を取り直すと、

 エリシアへ鉄面皮を向けた。

 

「伺いましょう」

 

「はい。

 彼からは、一言だけ。

 『大義であった』と」

 

 その言葉に、セリアの瞳が揺れた。

 

 小さく息を呑み込むと、

 空の玉座に、一瞬だけ目を向けた。

 

 そして。

 

「……確かに、聞き届けました」

 

 溜息混じりに言うと、そのまま目を瞑った。

 

「……この後、セリア将軍はどうするんだ?」

 

 遼が、ぽつりと切り出す。

 

「私は、見定めると言いました」

 

 エリシアへ、真っ直ぐ顔を向ける。

 

「故に。

 しばらくは、貴方がたと同じく、

 道を歩みましょう」

「はい。……どうか、見守っていてください」

 

 エリシアも、神妙に頷いた。

 

「……かーっ、堅苦しいなぁ!」

 

 セリアのすぐ後ろに立つレオンハルトが、

 声を上げた。

 

「エリシアの嬢ちゃんに協力する、

 素直にそう言えばいいじゃねぇか!」

 

「レオンハルト」

 

 低い声が、凍りつかせる。

 

「お話があります」

 

 有無を言わせぬ勢い。

 レオンハルトは蒼白になりながら、

 助けを求める様に机の面々へ視線を送る。

 

 だが。

 みな、力なく俯いてしまっていた。

 

「エリシア陛下。

 私は部下と話がありますので」

 

 セリアは、

 レオンハルトの首根っこを掴むと、

 悠々、退室していった。

 

**

 

「姫殿下。いえ、エリシア陛下」

 

 やや弛緩した空気の中で、

 柔らかい声が響いた。

 

「オルウェン司祭。

 あなたにも、改めて感謝を」

「いえ。

 これも全て、陛下の人徳でございます」

 

 堂に入った礼。

 いつも通り、完璧な作法だった。

 

「オルウェン」

 

 遼が、何かを探る様な目線を送る。

 

「あんた……これからどうするんだ?」

 

「ふむ。そうですな」

 

 考え込むように、顎に手を当てる。

 そして。

 

「白状しますと。

 ……私は、エリシア陛下を、

 利用させて頂くつもりでした」

 

 初めて。

 胸の内を暴露した。

 

「……おや。

 皆さま、驚かないのですね」

「なんとなく、胡散臭いとは思ってたからな……。

 あんたの働きが完璧すぎて、

 誰も言い出せなかったけどさ」

「リョウ殿に褒められるとは、

 私めも中々、捨てたものではないようですな」

「褒めてねぇよ……」

 

 げんなりとした表情の遼に、

 オルウェンは愉快そうに笑った。

 

「それで。

 ……今後はどうするおつもりですか」

 

 ミレイユが、静かに問い直す。

 

「実は、ルヴァンに戻ろうかと考えております」

「ルヴァンに?」

「ええ。

 あそこはまだ、完全に落ち着いてはおりません。

 水運の利権を巡って、水面下での争いが、

 まだまだ続きそうです。

 ……私めが、なんとか収めて差し上げようかと」

「それ、美味しいとこだけ頂く!って

 言ってるのと変わらないからな……」

「解釈は、どうぞご自由になさってください」

 

 あくまで、オルウェンは微笑んだまま。

 

「オルウェン司祭」

 

 エリシアの静かな声が落ちた。

 

「あなたには、思うところが無い訳ではありません。

 ……ですが。

 あなたが居なければ、今の私は、ここに居ない。

 それも、確信しています」

 

「だから。

 ルヴァンの統治。お任せします」

 

 エリシアは決然と。

 オルウェンを見下ろしていた。

 

「……陛下の御心のままに」

 

 恭しく礼をして、オルウェンは退室する。

 最後まで、完璧な振る舞いだった。

 

**

 

「エリシア陛下」

 

 クラウスが、台車を引きながら、

 部屋へ戻ってくる。

 

「クラウスさん?……それは?」

 

「書類です。

 優先順位が高いものを選んできました。

 エリシア陛下のご裁決を頂きたく。」

「高いもの、って……」

 

 うず高く積まれた書類を前に、

 エリシアが言葉を詰まらせる。

 

「陛下は、一日で終わらせていましたよ?」

 

 クラウスの言葉に、エリシアは絶句する。

 無理だ。

 

 その様子を見かねて、遼が口を出した。

 

「おいおい……。皇帝って人間なのか?

 エリシア、まぁ、頑張れ」

「何を言っているのですか?」

 

 遼の言葉を、クラウスが鋭く遮る。

 

「この書類の中には、軍務に関連するものも多い。

 リョウ殿にも、目を通して頂きますよ」

 

 よく見ると、書類には、

 几帳面にふせんが付けられている。

 

 赤いふせん。

 軍務に関連するものは、特に分厚い。

 

「……マジで?」

「大真面目です。

 指揮系統の再編。糧食の管理。都市の治安維持。

 どれも、最優先で対応が必要です」

 

 クラウスは、

 残酷な現実を口にする。

 

「……はぁ。

 少しは成長したと思っていたのですが、

 二人とも、まだまだ、ですね」

 

 ミレイユは、額を揉んだ。

 

**

 

 夜。

 

「やっと終わった……」

 

 遼たちは、離宮の廊下から、

 街を見下ろしていた。

 

 日は沈み、廊下を吹き抜ける風は、

 少しだけ冷たい。

 

「クラウスさんの視線。

 あれ、何人かの文官を殺してるって……」

「あはは……」

 

 遼の愚痴に、エリシアは思わず苦笑する。

 

「笑いごとではありません。

 あれでも、まだ半分は残っていると、

 クラウス閣下が嘆いておられたではありませんか」

 

 ミレイユが真面目な顔で、釘をさす。

 

「で、でも」

 

「『でも』と言っても、時間は待ってくれません。

 ……私たちは、乗り越えたのですから」

 

 そう言い、

 ミレイユは、廊下の奥にある、

 主の消えた居室へ目を向けた。

 

 風が、廊下を吹く。

 

 エリシアの金髪が、揺れた。

 

「……私は」

 

 零すように、エリシアが口を開いた。

 

「王として、上手くやっていけるのでしょうか」

 

「そりゃあ無理だろ」

 

 遼が、即答した。

 

 訝しむように、

 エリシアとミレイユが見る。

 

「俺たちには、何もかも足りてない。

 時間も、経験も。

 そんな状態で上手くやる、なんて不可能だ」

 

 遼は、続ける。

 

「……それでも」

 

「足りない中で。

 必死に考えて、無様に躓いて。

 今までだってそうしてきただろ?

 ……それに」

 

 遼は、二人の顔を、

 確かめるようにゆっくりと見た。

 

「俺たちは一人じゃない。

 三人なら、きっと。もっと沢山の人がいれば、もっと。

 ……空から偉そうに見下ろしているヤツもいるんだ」

 

 遼は、空を見上げる。

 

「俺たちで、見せてやろう。

 この世界は、絶望するにはまだ早い。

 手を伸ばし続けた先に、何かが変えられるんだ、ってな」

 

 夜空は深く、暗い。

 それでも、目を凝らすと。

 

 小さな星の明かりが、三つ。

 確かに、瞬いていた。

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