救えなかった手と、それでも伸ばした手 ~元自衛官が行く、異世界戦記~ 作:ホビット
都市ゲオグラードの白い城壁を、
太陽が眩しく照らしている。
かつて、
帝都オルドハルトと呼ばれた場所は、
エリシアの意向で改名することになった。
**
「おい、その荷物はそこじゃない!
東の倉庫に運べって言っただろ!!」
「難民の食料はどこに置けばいい!?」
「南だ!
いい加減覚えろ!!」
第一層、外周付近。
物資の搬入を行う場所では、
髭面の男たちの声が、喧しく響いていた。
戦いは、終わった。
だが、それで全てが終わるわけではない。
戦後復興。
帝都そのものは無事とはいえ、
未だ、戦禍に喘ぐ場所は、多い。
「さっさと詰め込め!
これが終わったら休憩していいぞ!!」
リーダー格の一言に、
作業員達から歓声が上がる。
「……ったく、現金な奴らだ」
苦笑しつつ、その様子を見ていると。
――カラカラ、カラ。
後ろから、荷車を引く音が聞こえる。
振り返ると、パンの屋台。
使い込まれたエプロンを着た男が、
愛想よく話かけてきた。
「よぉ!旦那さん方!
昼飯に、ウチのパンはどうだい?」
焼きたての、香ばしい匂い。
ゴクリ、と生唾を飲み込む音が聞こえた。
一段落しそうとはいえ、
作業はまだまだ続く。
グゥゥゥ……
誰かのお腹が鳴った。
生きていれば、腹は減るのだ。
**
都市の中心部。
かつて皇帝が座した、玉座の間。
エリシアは、玉座に座らなかった。
クラウスを通じ、帝都内の文官たちに命じると、
部屋の中心に机を置かせた。
エリシアが上座に着席すると、
今後について、話が始まった。
会議の場には、
主要な人物が卓を囲んでいる。
上座には、エリシア、遼、ミレイユ。
左側には、ローデン、オルウェン。
右側には、セリア、クラウス。
「……以上が、現在の帝都、いえ。
ゲオグラードの状況です。
大きな混乱は今のところありません」
「分かりました。
クラウス大臣、ご協力を感謝いたします」
「陛下から託されておりますので。
……老人の意地、とでも解釈なさってください。
それでは、まだ調整がありますので、後ほど」
クラウスは報告を終えると、
席を立った。
エリシアは、ふぅ、と息を吐く。
戦いに勝った後でも、
まだまだ決めるべきことは多い。
むしろ、ここからが本番と言えた。
「エリシア陛下」
しわがれた声に、エリシアは目を向ける。
ローデンの左目には、
まだ痛々しい包帯が巻かれていた。
「わしから、お願いがあります」
「……聞きましょう」
「養生が終わったら、北に。
故郷に戻ることを、お許し頂きたいのじゃ」
ローデンの言葉に、沈黙が落ちる。
「ガルドが居なくなった今。
北の見張りは必要じゃ。……それに」
ローデンは、
懐かしいものを見る様に、目を細めた。
「それに、あそこはわしの故郷なのじゃ。
……老人の、ささやかな願い。
どうか、叶えては頂けぬかの」
「ローデン……」
遼は、それしか言えなかった。
彼には、何度も世話になった。
「寂しくなりますね」
ミレイユが、儚げに笑う。
その言葉に、
あえて、ローデンは鼻息を荒くした。
「なーに、しんみりしておるのじゃ!
これが今生の別れでもあるまいて」
「ええ。
またいつか、必ず。
もう一度、会いましょう」
いつも通りのローデンに、
エリシアは笑う。
ローデンは笑みを返すと、
大股で退室していった。
**
「セリア将軍」
エリシアは、白銀の将に声を掛けた。
セリアは黙ったまま、
エリシアへ視線を移す。
「ゲオルグ皇帝から、伝言を承っています」
「……今さら」
小さく、誰にも聞こえない声で、
セリアは呟いた。
しかし、気を取り直すと、
エリシアへ鉄面皮を向けた。
「伺いましょう」
「はい。
彼からは、一言だけ。
『大義であった』と」
その言葉に、セリアの瞳が揺れた。
小さく息を呑み込むと、
空の玉座に、一瞬だけ目を向けた。
そして。
「……確かに、聞き届けました」
溜息混じりに言うと、そのまま目を瞑った。
「……この後、セリア将軍はどうするんだ?」
遼が、ぽつりと切り出す。
「私は、見定めると言いました」
エリシアへ、真っ直ぐ顔を向ける。
「故に。
しばらくは、貴方がたと同じく、
道を歩みましょう」
「はい。……どうか、見守っていてください」
エリシアも、神妙に頷いた。
「……かーっ、堅苦しいなぁ!」
セリアのすぐ後ろに立つレオンハルトが、
声を上げた。
「エリシアの嬢ちゃんに協力する、
素直にそう言えばいいじゃねぇか!」
「レオンハルト」
低い声が、凍りつかせる。
「お話があります」
有無を言わせぬ勢い。
レオンハルトは蒼白になりながら、
助けを求める様に机の面々へ視線を送る。
だが。
みな、力なく俯いてしまっていた。
「エリシア陛下。
私は部下と話がありますので」
セリアは、
レオンハルトの首根っこを掴むと、
悠々、退室していった。
**
「姫殿下。いえ、エリシア陛下」
やや弛緩した空気の中で、
柔らかい声が響いた。
「オルウェン司祭。
あなたにも、改めて感謝を」
「いえ。
これも全て、陛下の人徳でございます」
堂に入った礼。
いつも通り、完璧な作法だった。
「オルウェン」
遼が、何かを探る様な目線を送る。
「あんた……これからどうするんだ?」
「ふむ。そうですな」
考え込むように、顎に手を当てる。
そして。
「白状しますと。
……私は、エリシア陛下を、
利用させて頂くつもりでした」
初めて。
胸の内を暴露した。
「……おや。
皆さま、驚かないのですね」
「なんとなく、胡散臭いとは思ってたからな……。
あんたの働きが完璧すぎて、
誰も言い出せなかったけどさ」
「リョウ殿に褒められるとは、
私めも中々、捨てたものではないようですな」
「褒めてねぇよ……」
げんなりとした表情の遼に、
オルウェンは愉快そうに笑った。
「それで。
……今後はどうするおつもりですか」
ミレイユが、静かに問い直す。
「実は、ルヴァンに戻ろうかと考えております」
「ルヴァンに?」
「ええ。
あそこはまだ、完全に落ち着いてはおりません。
水運の利権を巡って、水面下での争いが、
まだまだ続きそうです。
……私めが、なんとか収めて差し上げようかと」
「それ、美味しいとこだけ頂く!って
言ってるのと変わらないからな……」
「解釈は、どうぞご自由になさってください」
あくまで、オルウェンは微笑んだまま。
「オルウェン司祭」
エリシアの静かな声が落ちた。
「あなたには、思うところが無い訳ではありません。
……ですが。
あなたが居なければ、今の私は、ここに居ない。
それも、確信しています」
「だから。
ルヴァンの統治。お任せします」
エリシアは決然と。
オルウェンを見下ろしていた。
「……陛下の御心のままに」
恭しく礼をして、オルウェンは退室する。
最後まで、完璧な振る舞いだった。
**
「エリシア陛下」
クラウスが、台車を引きながら、
部屋へ戻ってくる。
「クラウスさん?……それは?」
「書類です。
優先順位が高いものを選んできました。
エリシア陛下のご裁決を頂きたく。」
「高いもの、って……」
うず高く積まれた書類を前に、
エリシアが言葉を詰まらせる。
「陛下は、一日で終わらせていましたよ?」
クラウスの言葉に、エリシアは絶句する。
無理だ。
その様子を見かねて、遼が口を出した。
「おいおい……。皇帝って人間なのか?
エリシア、まぁ、頑張れ」
「何を言っているのですか?」
遼の言葉を、クラウスが鋭く遮る。
「この書類の中には、軍務に関連するものも多い。
リョウ殿にも、目を通して頂きますよ」
よく見ると、書類には、
几帳面にふせんが付けられている。
赤いふせん。
軍務に関連するものは、特に分厚い。
「……マジで?」
「大真面目です。
指揮系統の再編。糧食の管理。都市の治安維持。
どれも、最優先で対応が必要です」
クラウスは、
残酷な現実を口にする。
「……はぁ。
少しは成長したと思っていたのですが、
二人とも、まだまだ、ですね」
ミレイユは、額を揉んだ。
**
夜。
「やっと終わった……」
遼たちは、離宮の廊下から、
街を見下ろしていた。
日は沈み、廊下を吹き抜ける風は、
少しだけ冷たい。
「クラウスさんの視線。
あれ、何人かの文官を殺してるって……」
「あはは……」
遼の愚痴に、エリシアは思わず苦笑する。
「笑いごとではありません。
あれでも、まだ半分は残っていると、
クラウス閣下が嘆いておられたではありませんか」
ミレイユが真面目な顔で、釘をさす。
「で、でも」
「『でも』と言っても、時間は待ってくれません。
……私たちは、乗り越えたのですから」
そう言い、
ミレイユは、廊下の奥にある、
主の消えた居室へ目を向けた。
風が、廊下を吹く。
エリシアの金髪が、揺れた。
「……私は」
零すように、エリシアが口を開いた。
「王として、上手くやっていけるのでしょうか」
「そりゃあ無理だろ」
遼が、即答した。
訝しむように、
エリシアとミレイユが見る。
「俺たちには、何もかも足りてない。
時間も、経験も。
そんな状態で上手くやる、なんて不可能だ」
遼は、続ける。
「……それでも」
「足りない中で。
必死に考えて、無様に躓いて。
今までだってそうしてきただろ?
……それに」
遼は、二人の顔を、
確かめるようにゆっくりと見た。
「俺たちは一人じゃない。
三人なら、きっと。もっと沢山の人がいれば、もっと。
……空から偉そうに見下ろしているヤツもいるんだ」
遼は、空を見上げる。
「俺たちで、見せてやろう。
この世界は、絶望するにはまだ早い。
手を伸ばし続けた先に、何かが変えられるんだ、ってな」
夜空は深く、暗い。
それでも、目を凝らすと。
小さな星の明かりが、三つ。
確かに、瞬いていた。