以下該当作品の概要欄原文ママ。
メインストーリー読んでダリシアが愛おしすぎたので書きました。
当初はバッドエンドぐちゃぐちゃR-18だったんですけどね……
なんともまあ珍しい全年齢向けハッピーエンドです。
ぬ?これハッピーか?メリバではないか?と悩み続けていますが、ダリシアを救えるのなら、ええ!
そのうち男魔王でのダリシアも書くかもしれません。
「蒼梧城の守りは固く、数多くの巡遊者が集まりつつあり、力を蓄えている状況です。」
「とは言え、第三世代を更に改良したマンドラゴライトの物量、力量には遠く及ばないのですが。」
「我が君よ。そうでありながら、何故早々にあの反逆者らを掃除しないのですか?」
ダリシアが落ち着いた様子で、しかし訝しげな目線を隠さずに進言してくる。
私の腹づもりを知ってか知らずか。少なくとも、何かしら思うところはあるようで。
それでもなお、
「掃除、と言ったな。それだよ。」
「はい?」
ダリシアは私の思惑を全て理解しているようで、まるで理解していない時がある。
もっともらしい理由をつけてやれば、勝手に納得して勝手に汲み取る。
見たいものだけを見ているのだろう。もしくは、全てを解決できるだけの力を盲信しているのか。
「ちりとりにほうきを持って、いちいち埃を掬い上げるのは面倒だ。」
「まずは隅に掃いてから。ちりとりを手に持つのは、それからでも遅くはない。」
焦土作戦でもあるまいし、ましてや捕らえた者たちへの庇護の責任もある。
当初の方針である「こちら側」の待遇を目一杯見せつけるという遅延に、私自身のエゴ。
私が罪をかぶることになるのは構わないが、それ以外の者への悪い印象は払ってやりたい。
そして何よりも、戦力を集中させての一点突破。
私の思い描くシナリオの、欠かせない存在だ。
「なるほど。逃げ惑う獲物に安寧の地を見せつけ、最期にはそれを摘み取ってしまう……」
「希望を抱かせてからの方が、絶望もまた大きくなる。」
まさに魔王の名に相応しい所業かと。
満足そうに呟く彼女の瞳は陶酔に潤み、同時に世界への憎悪の心を昂らせている。
「
哀れに思うべきなのだろうか。同情を抱くべきなのだろうか。
私を見ているようで見ていない視線を浴びるたびに、やるせない気持ちになる。
この一、二年をダリシアと過ごし、彼女の境遇は嫌でも察せられる。
誰も信じていないし、誰にも心を許していない。
具体的にどうしてそうなってしまったのか本人の口から聞けてはいないが。
相応の仕打ちを友人から、彼女の信じていた世界から受けたのだろう。
なまじ優秀すぎる能力をその身に宿す彼女は、世界を覆す力を内包してしまって。
あとはその拳を振り下ろすだけ、という段階まで一人で進んでしまった。
もしも、もっと早くに私が彼女と出会っていれば、何か変わっていたのだろうか。
そんな世迷言を考えない日はない。
だからだろうか。彼女が「
ダリシアの見ている世界では、魔王が彼女を選び、彼女だけを見ていることになっている。
生半に選んでしまった選択肢によって、他の道を封じられてしまった私の気持ちなど関係ない。
いや、そもそも存在すら許されていないのだ。自由意志などという枷など。
座る私の側に跪き、頭を垂れるダリシア。
求められるままに私は、糸に操られる劇場の人形みたいに、ゆったりとした動きでダリシアの頬へと手を伸ばす。
赤子をあやすように。あるいは、きらびやかな玉を愛でるように。
暗い部屋でなお色白に浮かび上がるダリシアの顔は、動きに合わせ赤みを帯びていく。
情欲の灯る瞳を浮かべ、熱い吐息を吐き出している。
何度見ても綺麗だと思ってしまう。
天は二物を与えず、とは言うが、ことダリシアに関しては当てはまらない。
街往く人々が振り返る、作り物と見紛うほどの美貌。
世界を敵にまわせど恐れず、そして転覆をも実現してしまう手腕。
それが今、私の手の中で恍惚とした表情を浮かべている。
ノヴァ全土を見渡せど、これほど優越感をもたらす甘美な体験はないだろう。
だがこの甘さは、私の心を腐らせる甘すぎる毒でしかない。
ダリシアが差し出す禁断の果実。
一口食めば、舌が痺れて。二口飲み込めば、臓物が爛れる。
三口貪れば、魂が溶け落ち元の姿に戻れないだろう。
そうとわかっているから、私は口を閉ざし続ける。
体だけを動かして、精神はどこか遠くに置き去りにする。
いつの日にか、太陽の下で仲間たちと再開できることを願って。
無為であるが無意味ではない、無言の抵抗を続ける。
……時既に遅く、蜜よりも甘い糸に、全身を絡め取られていたとしても。
物思いにふけったまま、紡ぐ言葉のないままに、ダリシアに労いの手慰みを続けていたところ。
彼女が顔を落としいつもより荒く息をついて、体を震わせている様子に気がついた。
……ぬ?体調でもすぐれないのだろうか?
例え相手が諸悪の根源とはいえ、人の不幸をおいそれと喜べるはずもない。
「ダリシア、気分でも悪いのか?」
手を止め、俯く彼女の顔を覗き見るように顔を寄せる。
帽子のつばをそっとかき上げ、その奥を覗き込もうとすると。
暗闇の中、爛々と輝く双眸がこちらをじっと凝視して、揺れていた。
「ああ、我が君。絶望を世界に蔓延させる、最も悍ましく、最も偉大なる御方。」
「世界への恨みを、世界への愛憎を、世界への怒りを持つ、魔王様。」
焦点の合っていない目で、うわ言のように呟いている様は、まさに狂気じみている。
胸に当てていた手を震わせながら、縋り付くように、だが緩慢な動きで私の足に絡ませる。
冷たい指先でじっとりと素肌を舐め回すかのように擦り。
かと思えば、体温を吸い付くさんと根を張るようにピッタリと太ももへ手のひらを合わせてきたり。
その手は徐々に上に伸びてゆき、スカートの中にまで運ばれようとしている。
恐怖などとも、嫌悪などとも言い表せない底冷えする感情がわき上がるも、動けない。
いや、動かせないのだ。あまりの情動の重さに押しつぶされて。指一本動かせない。
私が動かないことを同意と認めたのか、口を裂けんばかりに笑って、行為をエスカレートさせるダリシア。
指を突き刺す勢いで、しかし肉の形を変える程度に、あくまでこの身を労る体で貪ろうとしている。
脂肪と筋肉の間に根ざそうとしているのか。揉みほぐし、指先で味わう。
私の体の奥の奥へと、ダリシアを浸透させるべく。
種を植え込むように。消えない証を刻むみたいに。
体の底から這い上がる冷たさが、喉の奥を凍えさせる。
横隔膜が痙攣して、思わず情けない声が出そうになる。
少なくない時間の中ですら見たこともない豹変ぶりに、理性が削られる音がする。
とうとうその手がスカートの中の鼠径部にまで至り、周囲を撫で回す。
丸を描きながら鳥肌だけをかすめるフェザータッチ。
触られている範囲は極小だと言うのに、感じる寒気は止めどない。
ひっ、ひっ、という浅い息をつく私に対し、ダリシアは満足げに感嘆の深いため息を漏らしている。
その生暖かく吹く風が肌をすべり、一層肌が粟立つ。
最後の薄布一枚には決して触れないが、そんなのはもはや意味を成していない。
一線を超えている。狂気と執着。
こんなに真っ黒でドロドロとした欲望を向けられていたという事実に、吐き気がする。
表面的な態度の、ひたすらに甘く、人を堕落させる魔性の笑顔ではない。
自分勝手で、全てを手中に収めないと気がすまないという、支配者の顔。
その中でも一際目立つ「
まさか、ここまでとは。私が思っていたよりも、ダリシアという人物の闇は深いのだろう。
「
気がついたときには、本能で動いてしまっていた。
反抗の足蹴に、畏怖の突き放し。
力加減が出来なかったというのに、手応えのない鈍い感触だけが残った。
遠くに放られるダリシアの帽子と、その下の何が起こったのか理解できてない驚愕の顔。
謎の違和感、しまった、という思考。ないまぜになった感情から、引きつる頬の感覚だけが伸ばされる。
言い逃れが出来ない反発、絶対的な拒否。
それの意味するところは、彼女にとっての安寧の地が地盤から崩れることを表す。
案の定、ダリシアは恐慌状態とも言えるほどに狼狽した様子に陥り、再び私の足に縋り付く。
「申し訳ありません、魔王様。出過ぎた真似とは存じておりましたが、まさかそこまでだったとは。」
「どうか、どうか私めをお捨てにならないでください。」
不安に目を揺らし、私のスカートを握りしめ、懇願している。
これもまた彼女の策略のうちなのだろうか?
一歩踏み入って、一歩引いて、二歩進む。器用な心理戦。
……いや、どう考えてもダリシアにそんなことは出来ない。
外部の者への態度だとしても、自分の弱さを見せるなど言語道断。
ただ、私からの否定を心の底から恐れているだけに過ぎない。
捨てられたくない、認められたい。その一心。
故に、心が揺らぐ。彼女には私しか居ないのだと。現状、私にも彼女しか居ないのと同じように。
もしも今、ダリシアが居なくなってしまったら?
未だ力を温存している他のカンパニーは、喜々としてアグリ・ユニオン傘下の都市へと攻め入るだろう。
マンドラゴライトの制御は私一人では効かず、人による武力戦力はごく少数のみ。
あっという間に周辺国家は戦火に呑まれ、コントロールを外れる。
私に出来ることはただ、皆の無事を願いながら逃げ帰るのみ。
なんと不甲斐なく、無責任極まりない結果。
そう、既に私は、ダリシア無しでは自分の身を守ることすら出来ないのだ。
そっと、絹のようなえんじ色の髪へと手をかける。
叱責を恐れたのか、肩をビクリと跳ねさせるも、静かに受け入れている。
こちらを直視するわけでもなく、しかし乱れた髪の毛の間から向けられる瞳には涙が蓄えられていて。
まるで叱られている子どものようで、哀愁の気持ちと庇護欲が自然とわいてくる。
なんだか直前までの光景が馬鹿らしく思えてしまって、息を吐くついでに小さな笑いが出てしまった。
良くない意味で捉えたのだろうか、ダリシアが焦った様子で何かを言いかける。
それを空いていた手で制し、髪を弄ぶ手はそのまま彼女の頭を撫で付ける。
「すまない。少し、驚いてしまったんだ。どうにもそういうことには慣れていなくて……」
「足が出てしまったのは悪かった。どこか痛めた場所はないか?」
私の緊張した表情がスカートで隠れて見えていなかっただろう、という打算もあるが。
どうにも全てを無視することが出来なくて。
私は、ダリシアに精一杯の譲歩を示す。
流されるわけではない。「
彼女と出会うのが間に合わなかったという贖罪、あるいは自分を納得させるための行動だ。
ポカンとした表情のダリシアの顔を両手に捉えて、胸に当てる。
再び体を震わせるが、無視して優しく抱き寄せる。
異常なまでの速度の鼓動は鳴りを潜め、トクン、トクンと自分も彼女も落ち着かせる音が響いている。
赤子を寝かしつけるように、鼓動と同じリズムで背中を叩いてやる。
いつしかダリシアも落ち着きを見せ始め、両手を私の腰に回し、静かに抱擁を受け入れている。
到底他で見せることのない一面を、この時間だけでいくつも見た。
以前からその情緒不安定さに思うところが無かったわけでもない。
彼女が感情を抑えきれなくなっている証拠なのかもしれないし、私への関心の変化かもしれない。
とりあえず、一つ言えること。なにかしらの変化が起こっていることは、確実だ。
アグリ・ユニオン、フィーリエ支部の奥深くにあるこの部屋は、日の光も月の光も届かず、時間の移ろいが分かりづらい。
それでもなおたっぷり時間をかけたとわかるほど、ダリシアと抱き合った後に。
すっかり澄ました顔で、だが申し訳無さそうな表情を浮かべながらダリシアが離れる。
開口一番に謝罪の類が出るであろうことは予想できているので、先手を打って聞きたかったことを聞く。
「ダリシア。君は、何か私に隠し事があるのではないか?」
ふと、彼女の開きかけた口が止まる。
漏れ出そうになっていた言葉は喉で行先を失い、そのまま腑に落ちたのであろう。
言うなれば、諦めの、諦観の瞳を遠くに投げかけながら、頷きを返した。
「私自身に、そして勿論、我が君にも。影響が無いようにと、願っていたのですが。」
「先程までのような醜態を晒してしまっては、もはや悠長なことを言っている場合ではありませんね。」
瞳を閉じ、ゆっくりと項垂れる。
静かに後退りしながら、何かを迎え入れるように両腕を広げる。
刹那、ダリシアの体は内側から蠢きだし、その身を異形へと変えていく。
手首からは、フリルを思わせる緑のチューリップが開き。
指先は深い紫に染まり、まるでヒヤシンスの花びらみたいに伸びては曲がっていく。
それどころか、もう片方の腕は丸ごと植物に変化し、触手が杖に纏わりつく。
白く、透き通るガラスのような肌の上をツタが這い登り。
顔の半分を多種多様な葉が、花が覆って。
ダリシアが、咲き誇る。
美しい、と、思った。
自然体と言うべきか。ドレスとの調和、いや、ドレスが調和させられている具合で。
人の文明に押さえつけられてもなお、その下から根を伸ばし、抗おうとする力強さ。
そればかりか、そのまま自分の体に取り込んでしまい、全てを奪わんとする貪欲さ。
奪うだけではない、寄り添い支え、与えることによる支配を許容したくなる妖艶さ。
そんな、ダリシアらしさを思い起こさせる「進化」だった。
伏し目がちに、口元をキュッと結んで、悲しみなのか、悔しさなのか、複雑な表情を浮かべているダリシア。
かろうじて人の形を保っている手で、穴が空きそうなほどにコートごとスカートを握りしめている。
醜い物を隠すように。弱い自分を見せないように。
肥大化した植物部分をこれでもかと小さく畳んで、衣服でもって必死に抑え込んでいる。
恐らく、本来ならば醜悪な姿であると受け取るべきなのだろう。
だが、共に過ごしてきた日々で垣間見えたマンドラゴライトへの眼差し。
一見殺風景で、太陽光が届かない部屋だというのに、よく手入れされている観葉植物。
この地域一帯、豊かな自然環境への造詣の深さ。
これらから連想される特別な感情。
全てが嘘だったなどと断じて思えないし、思いたくない。
だから私は、受け入れられる。受け入れたい。
「綺麗だ、ダリシア。」
空気がしん、と静まり返る。
巨大な心応液で満たされた培養ポッドの泡に、巡回のマンドラゴライトの葉が擦れる音も。
言葉を投げかけられたダリシアに、発した私自身さえも。
今だけは奇妙な静寂に包まれている。
決して不快という訳ではない、暖かさを伴っているとさえ感じた静けさを打ち破ったのは、ぽたり、という小さな水音。
ダリシアと面と向かって対峙し続けていた私が見逃すはずもない。
それは、大粒の涙が彼女の頬を伝い、床に落ちる音だった。
「……綺麗と、そう、言ってくださるのですね。」
「ああ。」
頷きを返しながら立ち上がり、毅然とした足取りでダリシアに近づく。
怯えか、あるいは私を傷つけまいとしたのか、体を抱えて一歩引こうとする彼女の手を、触手を手に取る。
迂闊に触れば手のひらを貫きそうなくらい、尖っている指を握り。
ぬるく、ザラザラとしたツタの一部は、恐る恐る私の手の中で丸くなる。
緩く握りあった手を持ち上げて、微笑みを携えたまま、その原型の残っていない五指を私の顔に絡ませる。
「ダリシア。君の手は、こんなにも優しい。」
「裏切られ、絶望して、地べたを這いずり苦労して手に入れた力だとしても。」
「土に塗れた愛情深い心は、美しいままだ。」
唇を噛み締め、溢れんばかりの力を開放したいが為に、私の頭を握りつぶすことだって出来るだろうに。
小刻みに揺れる体を必死に制御し、涙だけで、人としての営みでもって私に応えてくれている。
「ですが、ですが。」
「私は、沢山の人から、沢山の物を奪いました。」
「この世界に復讐するために。」
「我が君を貶めた、憎きあの者たちへと鉄槌を下すために。」
「それでもなお、美しいと言えるのですか?」
いっそのこと否定してもらった方が、彼女としても楽だろう。
そうすればまた、いつも通りの日常、私が支配しているようで支配されているだけの、仮初の関係に戻る。
ただの夢だったと。いつか覚める夢で見た、夢のまた夢なんだと。
……本当にそれで良いのなら、だが。
お互いにとって不本意だったとは言え、ダリシアの本音、求めていることの一端を見ることが出来たんだ。
私はそれを手放したくないし、諦めたくない。
沈んでいってしまった手を、苦しくとも藻掻き続けている手を、掴み取りたい。
「ダリシア。私は、何度も伝えている通り『魔王』としての記憶を一切持っていない。」
「それどころか、私自身が誰なのかすらわからないんだ。」
「だから、魔王の物語を聞いたとして、哀れだな、という人並みの感想しか持ち合わせられない。」
遠い記憶を探るように、フラッシュバックされる景色。瞬間、目に浮かぶ光景に思いを馳せたとしても。
どうにも現実感がなくって、これがなんなのかは、未だにわからない。
もしかしたらダリシアの言っていることが本当なのかもしれない。
けれども、私は今を生きる「
空白旅団、花咲旅団の仲間たち。
このアグリ・ユニオンで顔を合わせる職員に、私の協力者、賛同者。
皆、理不尽に、恐怖に、力に抗って戦って、その先で笑っているんだ。
ダリシアにもどうか、その中の一人であって欲しい。
「だがな、ダリシア。君は私の側近であり、友人であり、私が『起きて』から最も長い時間を伴にしてきた人物だ。」
「そんな相手に対して、ただ一言で片付けられるだけの感情しか持たないはずがないだろう?」
「私は、君の重荷を背負いたい。そして、ただ闇雲に力を振り回すなんてこともしたくない。」
自身の顔に沿わせていた手を離し、濡れた頬を、葉を優しく手のひらで包んで、親指で涙を拭ってやる。
すっかり泣き腫らし、メイクも滲んできているというのに、変わらず彼女の顔は綺麗だ。
半分髪の毛に隠された下から覗かせる、名も知らない色とりどりの花も美しい。
散々踏みつけられ、何度も破れ折れてしまった自然だとしても。
土に水、陽の光さえあれば、何度だってその顔を魅せてくれるはず。
「一緒に泣いて、一緒に笑って。一緒に、世界を良くしたい。」
「ダリシア。君と共に、君と同じ目線で、苦しませてくれ。」
潤む瞳に顔を近づけ、紫のダリアに、口づけた。
「魔王様、統一式典の準備が整いました。」
「ああ、今行くよ。」
ダリシアと魂の取引をしてから二年が経過した。
隠す必要がなくなった彼女の肉体を参考に第五世代マンドラゴライトを完成させてからは、トントン拍子だった。
圧倒的な兵力差の前に諸外国、カンパニーはさっさと白旗を上げ、かの恩恵意志まで頭を下げて。
奇跡的に双方共に犠牲者はゼロのまま、ノヴァ大陸は統一されることとなった。
これも、ダリシアの完璧と言える才能の成果だ。
空白旅団、花咲旅団の皆、昔にアグリ・ユニオンを離れてしまった社員たち。
かつての仲間たちとの会合も果たし、しっかりと胸の内を語り合うことが出来た。
一人で無理しすぎだ、私達も頼ってほしかった……と言われ。
私の側にはダリシアが居たし、ダリシアの側には私が居た。
半ば惚気の話をしていたら、全員に呆れられてしまった。
空白旅団に戻るかどうかについては、ダリシアからの目線が痛くて保留にしておいた。
まあ、今更ここを離れる、なんていうのはあり得ないのだが……
折角だから、数年ぶりにフィーリエ支部を動かすことにしてそこで迎え入れる運びとなった。
アヤメが正式なカンパニー所属、いや、それ以上という事実に卒倒したり。
セイナはどこの星ノ塔だろうと入場が自由という事実に浮足立ったり。
コハクはマンドラゴライトと遊ぶことに夢中だ。
なんだか懐かしい気持ちと共に、ある種の疎外感も感じてしまって。
皆の誘いをやんわりと断りつつ、すっかり落ち着いた業務へと戻ってみれば。
どうやらダリシアも似たような感情を抱いているようだった。
「フィレンにニュクス、二人としっかり話をしました。」
「許す許される、そういった次元の話ではないのは承知ですが……」
「どういうわけか、最終的には『憑き物が落ちた』と笑われてしまいました。」
しっかりと、憑いているような姿なのに。そんなふうに、自嘲気味に笑うダリシア。
私は見慣れてしまっているが、彼女の姿はもはや人の姿からかけ離れてしまっている。
四肢は右手を除き全て枝分かれした触手と化し、唯一の五指さえ相変わらず鋭利なトゲの形。
顔も口や右目の周辺以外は全て花や葉に覆われてしまっている。
自慢であっただろう、溢れんばかりのキューティクルに輝いていた髪の毛はツタに置き換わり。
お気に入りだったドレスは着ることができなくなり、代わりの物を毎日のようにオーダーメイドしているようだ。
「私は、美しいと思っているよ。」
まぶたの代わりに紫の花弁にキスをして、温かい抱擁を交わす。
両の手を相手の腰に回して、その上でグルグルと巻き付けて、二人して交じり合わせる。
そう、二人して、だ。
魂の取引をしてからすぐに、異変は起こった。
既に心応液へと存在が溶け切っていたダリシアの魂は、遠くへと霧散してしまって。
僅かに残った現存している魂へ繋ぎ合わせようとしたところ、奇妙な連鎖反応が起きたのだ。
まず第一に、心応液に残留していたダリシアの思念との会話。
彼女が味わった日常的な差別、いじめ、否定の感情。
失った物への感傷、愛への渇望。
自分が歩むことを決めた道への後悔に、果ての望み。
最後には、遠くで眺めていた「
また、これはあくまで副産物なのだが、ダリシアの理性を繋ぎ止めることにも成功した。
魂の復元に成功したのか、権能による恩恵なのかはわからないが。
少なくとも、暴走するかも知れないという懸念を消せたのは僥倖だった。
第二に、その思念ごと魂が現在のダリシアへと戻った結果、急速な肉体の変化が起きたこと。
本人曰く、心応液に今の肉体が過剰反応を起こしてしまい、加速度的に植物への置換が始まってしまったらしい。
どうにか止める方法は無いのか。そう問えば、あるにはある、と苦しげな表情を浮かべながら答えてくれた。
それが第三の事態。魂の取引をした私が、影響の一部を肩代わりすることだった。
これによって私の体の一部も植物と化しては、奇怪な目で見られるようになったが。
名実ともにダリシアと同じ道を歩めるという自信を得られて、むしろ浮足立っていたのは内緒だ。
そんな蜜月も過ごしては、甘い夢ばかり見ていられないのが現実で。
今日はこの地を統一してから一年。
慌ただしく人もマンドラゴライトも走り回っては、記念式典の準備で大忙しだ。
今日、この日。私とダリシアは一体となり、この世界を末永く見守る糧となる。
二人で話し合ったことだ。
理性はともかくとして、このままでは私達の肉体は全て物言わぬ植物と化してしまう。
二人して動けなくなってしまえば、こぞって良からぬ考えを抱く者たちが跋扈するだろう。
そうなればあっという間に過去に逆戻り。
それどころか、一旦つかの間の平穏を経たのだから、反動で未曾有の戦乱になってしまうというのは想像に難くない。
だからこそ、永遠とも言える永い時を共に歩んでいくために。
心応液に二人で溶け合い、混じり合い、人々に付き添うマンドラゴライトとして生きていくことにした。
仲間たちからの反発もあったが、私達にしか出来ないことで、私達が背負うべき責任でもあった。
それこそ「魔王」が、私が選んだ選択肢なのだから。
「ダリシア、怖くはないか?」
盛大なパレードに見送られ、私達二人しか居ない、陽の光が届かないあの部屋で見つめ合う。
扉は固く閉められ、僅かな空気さえ通る隙間がないほどだ。
「貴方様と一緒なら、何も怖くなどありません。」
目を綻ばせ、花を揺らして、無邪気に笑うダリシア。
足元には、ゆっくりと心応液が満たされていく。
ちゃぷちゃぷと音を鳴らして歩いては、用意しておいたソファに向かう。
途中、ダリシアが崩れ落ちそうになってしまったので、肩を貸して。
無理もない。魔力の影響を受けない私でさえ、虚脱感に苛まれているのだから。
「……本当に、最期まで貴方様に頼りっきりでしたわね、私。」
目を細めて、遠い景色を見るようにしては、けれどもどこか満足げな表情。
きっと私も、似たような顔をしているんだろうな。
「それを言うなら私もだ。君が居なければ、此処まで来ることはなかっただろうさ。」
ダリシアが力無く私にもたれかかり。
自然と片方しかない視線が混じり合い、どちらともなく、瞳の位置に咲く花も交わる。
こそばゆく、温かい。
くすり、という小さな笑いも漏れ出てしまうくらい、無邪気な気持ちになる。
「魔王様。」
膝くらいにまで心応液が迫り、私の意識もゆったりと船を漕ぎ始めてきた。
にも関わらず、ダリシアは、最期の一時まで私を視界から外したくないようだ。
かの執着心は、どうやら生来のものだったらしい。
「どうした?」
返答はなく。と、言うより、もう言葉を発する力も残されていないのだろう。
唇が震え、言葉にならない呼気だけが漏れ出ては、虚ろな目をこちらに向け続けている。
ああ、君は変わらず、美しいままだな。
「私もだよ、ダリシア。」
最期には、ゆっくりと光が閉じられて。
こぽりと鼓膜を覆う音が聞こえ、優しい闇に意識を預ける。
願わくば、美しい花の夢を永久に見続けられますように。