あちらでの”私″は、恋だの愛だの知る由もなかった。
渋々走って走って走り続け、引退後も″特別な役目”をつとめた。
命を繋ぐ儀式というにはあまりにも生々しい、本能のままの行い。
ウマ娘としてこちらに生まれたものの、あちらの記憶を持つのはいいことばかりではない。
あちらの”私″はそれが当然だったが、年頃のウマ娘ならば嫌悪感を抱くような記憶。
最近やっと気がついたが、私の担当をしてくれている方位磁針が好きだ。
だけど、好きの果てにはそういう行為が付きもの。
あいつを私のものにしたい、身も心も重ねたい。
でも私があいつを堕としてしまう、あいつを汚してしまう。
求める気持ちと恐れる気持ちが拮抗していて、どうしていいのかわからない。
それに子供と見紛うこの体だ、普通の男なら全く魅力を感じないだろう。
たいていの男は、メリハリのついた肢体や、柔らかくて大きな胸や尻が好きなものだ。
初等部の子のようなぺたんこな胸や薄い尻、小柄な体はお呼びではない。
それを自覚してから、やんわりとあいつを避けるようになった。
ゴルシが呼んでるから。ナカヤマに助言をするから。メノとご飯に行くから。ジャーニーと買い物するから。オルと金の真贋判定をするから。
トレーニング後に誘われないよう、何かと理由をつけて足早に立ち去る。
…あいつが悲しそうな目をしているのはわかっているのに。
ある時、一族のウマ娘達とトレーナー達が集まって食事会をすることになった。
私は直前になって欠席の連絡を入れた。
あれだけ散々避けてきて、今更どの面下げてあいつと一緒に会食なんかできる?
その時の私は一族の長などではなく、ただ私を守りたい、という利己的な存在に過ぎなかった。
栗東寮の自室でぼんやりしていると、音もなく扉が開いてドリームジャーニーが入ってきた。
「アネゴ、こちらにいらしたのですか。」
「ジャーニー…。」
会食に不参加だった理由を聞くのかと思ったジャーニーは、思いがけないことを言い出した。
「アネゴのトレーナーさんは、学園内でとても人気があるそうですね。」
「…何!」
この時の私は、黄金色の目がギラリと光っていたと思う。
「ブリッジコンプさんやバイトアルヒクマさんなどからとても深く慕われているとか。アネゴがトレーニングを切り上げた後に、彼女達は様々な助言をして頂いているようですよ。」
担当がいないウマ娘は一人でトレーニングをしなければいけないが、特性の把握をしてレースの助言をもらうだけで見違える場合がある。
私が避けていた間、他のウマ娘へ時間を割いていた事実に打ちのめされる。
「そうか…。」
それだけいうのがやっとの私に、ジャーニーはさらに追い討ちをかける。
「さらに学園生だけではなく、OGの方々にもよく声をかけられているようですよ?ライトハローさんやタッカーブラインさんに。」
どちらも私とは全く違う、セクシーで魅力的なウマ娘だ。
やはり男性はそういうのが好きなのだな。
「アネゴ、今から模擬レース場にいらしてください。逃げないでくださいね?アネゴのトレーナーさんがいらっしゃいますよ。」
「…世話になったなジャーニー。この礼は必ずするよ。」
そう言って走り去る私の姿を見ながら、ポツリとつぶやくドリームジャーニー。
「本当に、世話の焼ける…。いくら声をかけられていても、肝心のアネゴのトレーナーさんにその気が皆無なのですから…。彼女達の働きかけは全く無意味なものですよ。」
その独り言を聞くものはいなかった。
⏰
真っ暗な模擬レース場についた途端、突然私は誰かから抱きしめられた。
「ステゴ…!」
ギクリとして振り払いたくなるのを、すんでのところでくい止める。
慣れ親しんだこの匂い、上背があって逞しい肉体、あいつに間違いない。
正直なところとても驚いたが、私はされるがままになっていた。
それが今まで避けてきた贖罪になる訳ではないが…。
「俺、何かステゴに嫌なことしたのか?もしそうなら言ってくれ、謝罪するし改める。」
「…いや、あんたが悪い訳ではないさ。」
むしろ悪いのは私なんだが、他言を憚られる話題だ。まだしばらくは私の胸に納めておくべきだろう。
「すまん、離してくれ。」
「嫌だ!ステゴを離したらすぐどこかへ行ってしまう!」
激しく拒否したあいつは、ますます強く私を抱きしめる。
ウマ娘の力なら振り解くのは容易い、だがあいつは他のウマ娘に奪われてしまう。
そうなったら、私は絶対に後悔する。
されるがままなのをいいことに、あいつは私のウマ耳を噛んだ。
痛みにも似た衝撃が全身に走る。
「ステゴ、卒業したら結婚してくれ。だから絶対に離さない、逃がさない…!」
私の居場所を簡単に探し当てる方位磁針だ、この言葉に偽りはない。
どこに逃げようと地の果てまで追いかけてくるだろう。
我々ウマ娘には情念が重い者が多いが、トレーナー側もそれは同じこと。
あいつを振り切るには、私が死ぬかあいつが死ぬかしかない。
「…卒業後にな。それでもいいか?」
「もちろん!」
私はとうとう観念して、方位磁針の好きにさせたのだった。