人生の始まりはいつも突然だと言う。
普通の人が見えないものを“見える”ばかりに
雨の日だった。
ずぶ濡れで得物を手に立ち尽くす、白髪に赤い瞳と存在が際立つアルビノの少年。
少年は長い棒状のようなものを手にしており、辺りに倒れ伏した異形の者達が彼らの間に戦闘行為があったと匂わせる。
棒状の得物にしている、ソレからは甘い香りがあたりに漂っていた。
両手にそれぞれ握っているソレらは先端が鮮血で染まり、少年自身も返り血を浴びている。
「随分と良い
其奴らはここら一帯でもちと
和傘を差した老人は少年の背中に声をかける。
灰色の着物に黒い羽織と言った和服姿は和傘と富豪に見える。
しかし、その鋭い眼差しが
極めつけは長い後頭部である。
その長い後頭部は人ならざる者の特徴であった。
振り返った少年は再度、両手に握った棒を構えた。警戒はまだ解いていない。
「……おれをたいじしにきた?」
老人は感心した。
幼いなりにも戦いの心構えがあり、我流の喧嘩殺法にしてはなかなかのものだ。
得物はまるで
少年が手にする、その得物は老人が孫に与えた菓子にそっくりであった。
「かかかかっ!この儂一人が
老人が笑い声を上げると、少年が行動を起こした際に対応する予定だったのだろう。
無数の異形の者たちが姿を現す。
彼らはみなーーあやかしと呼ばれる者達だ。
天狗、猫又、河童、鎌鼬を始めとした彼らは老人の次の言葉を待つ。
老人が彼らに命じれば、躊躇うことなく、少年の命を奪うだろう。
「……」
一方で少年の方は顰めっ面で、老人と妖怪を見ている。
「はやまるなよ、
儂も儂のまわりのこやつらも、お前さんより強い。
その腕っ節で生きてきたなら、実力を見誤るまい?
儂はのう、お前さんを気に入ったのさ」
あやかしたちは薄く笑う老人の言葉に驚きつつも、白い少年へと目を向ける。
彼はあやかしと老人を交互に見た。
老人は傘を天狗に預けると、ずぶ濡れの少年に自らの羽織を脱いで被せた。
羽織の背面には“日本一”と描かれている。
「小童、人間はしがらみばかりで息苦しい。
だが、あやかしはそんな人間よりも自由に生きられる。
儂はぬらりひょんと言っての。
人間にはできない、あやかしの生き方をお前さんに教えてやれる。
ーーあとは、良い
今度ばかりは、白い少年は目を丸くした。
そして、老人ーーぬらりひょんの言葉を受け、ハッとした様子で返す。
「せなかにでっかくかいてるやつも?」
「それは、お前さんがもう少しデカくなったらな」
ぬらりひょんは羽織を被った少年の頭を優しく撫でた。
※※※
影を追い、その後を二つの人影が駆ける。
片方は少年であり、影を追う狩人だ。
透き通るような白髪、真紅の瞳は獲物を見据える捕食者の光を滲ませるも、その手にしている棒状の得物は
羽織っているフライトジャケットにはさまざまなワッペンが見られるが、背中には月を頬張る狼が描かれている。
「
少年ーー
一緒になって追っていたストレートのミディアムヘアの少女の視界が
月光はその影が繰り出した斬撃を軽快なフットワークで少女の前に躍り出ると、得物で受け止める。
「逃さねぇよ!」
「チッ!退治屋か!」
少女ーー
表面はデコボコしており、一見すると丈夫な木製の棒に見えるだろう。
ただ、その
心底、自分を馬鹿にしていることへの怒りを滲ませて。
「……ッハハッ!なんだよ、それ!
おいおいおいおい!?そんなふざけた粗末なモノでオレの相手をしようっていうのか!?
ナメられたもんだぜ、この
「はっ、セクハラはやめてよ。
てか、
音楽性の違いでバンド追放された?」
百合花が月光の後ろから顔を出すと、鎌鼬に冷たく返し、舌を出した。
「言いやがったな、クソガキ共!後悔しても知らねえぞぉぉぉ!」
二人が迫っていたのは、浅葱色の羽織をつけたヒト--ではなく、イタチであった。
鎌鼬。
本来は三匹がそれぞれ異なる役割を担当する妖怪である。
だが、月光と百合花の前に立つ鎌鼬は“一匹”しかいない。
鎌鼬が風を起こし、身に纏うと姿は完全に隠れる。
一度、回転を始めれば、周囲の物が鎌鼬が起こした風によって切り刻まれる。
月光の得物の棒も風の刃に両断されるも、すぐにそれぞれを左右に握り、鎌鼬に突き出す。
回転し、渦となっていく風によって棒は折れた。
しかし、月光から溢れる霊力を受け、硬度を増し、破損を防ぐ。
鎌鼬が竜巻のように回転する中、得物の棒に月光の手中から飛び出した茶色の液体を絡ませる。
茶色の液体が棒をコーティングし、水分が乾いていけば、棒自体の強度は増す。
鎌鼬の本体を狙い、中に身体を押し込む。
そして、月光は両手に握った二本の棒で打ち据える。
鎌鼬は痛みを感じないのか、声を上げないものの、わずかに回転の速度が落ちるのがわかった。
「御代、
「今やってる!アンタはせいぜいこっちに来ないように惹きつけてよ!」
月光の言葉に百合花は叫び返す。
意識を集中させ、自分の中にある力を選択する。
自分の中に存在する、式神の力をカード状待機状態で引っ張り出して召喚する百合花の力。
式神の待機状態のカードを呼び出すには、意識を集中させる必要がある。
そのため、月光のような囮を引き受ける者がいて百合花は余裕を持ってカードを選べるのだ。
周囲一帯を切り刻む風を起こしながらも、中心にいる鎌鼬は身動きが取れるらしい。
どうやら、鎌鼬が起こす風は本人が操縦しつつも、別々で動ける様子。
鎌鼬は月光の突きを回避しながらも、小さな風の刃で月光を刻む。
刃が頬を掠っても月光は微動だにしなかったが、フライトジャケットが刻まれたことでこめかみがひくつく。
「ヒャッハハハ!!式神使いかァ!?だったら、話は早ェ!式神使いは本体は大したことねぇからなァ!?白髪のガキを潰して、生意気な小娘はじっくり可愛がって……ふがっ!?」
鎌鼬が再度刃を手にした腕を振り上げる。
その瞬間、月光は鎌鼬の口に左手で握る棒を突っ込み、顎を蹴り上げた。
鎌鼬の口内は砕かれた棒の欠片が広がり、ずたずたに切り裂いた。
甘味と鉄の味、さらには苦味が広がりながらも、月光に鎌鼬は狙いを定める。
「ゲェッ、何を食わせた!?」
ペッ、と地面に血の混じった唾を吐きつけながら、鎌鼬は月光を睨む。
「カカオ百パーセントのチョコレートだからな。それか、あれか?おこちゃまにはまだ早かったか?悪い悪い」
「クソガキめ!」
月光が右手に握っている棒を鎌鼬は警戒し、距離を詰める。
折れた棒ーー巨大プリッツに即座にチョコレートをコーティングした。
それを軸とした後、身を捻って顔を蹴り上げる。
二度も顔を足蹴にされたことにより、鎌鼬は憤慨した。
そして、怒りで我を忘れてしまい、鎧にもなっていた風は消失してしまう。
鎌鼬の手に刃が現れ、月光に向けた。
「しゃらくせぇ!最初からこうすりゃ良かったんだ!じゃあな、身体を分割された気分、あとで教えてくれよ!」
刃が月光に飛ぶ。
斬撃は分裂し、首と四肢を狙ってくる。
速度は凄まじく、回避する隙も与えない。
「何言っ……!」
月光が言い切るが先か、それとも鎌鼬の斬撃で身体を分割されるが先か。
それよりも
カシャンと砕ける音とともに白い狼が飛び込んできたのは、その瞬間である。
「
鎌鼬が聞いた、声の主は
白い狼は鼻をひくつかせ、しなやかな動きで大口を開く。
さながら、それは月光のフライトジャケットの背面に描かれた狼のように。
「頭に血がのぼりやすいみたいで助かったわ。
その風が厄介だったけど、なくなったなら、白牙を突っ込ませられる」
白牙は鎌鼬の喉笛に喰らいつく。
解放されようと鎌鼬はもがいているが、狼の顎を開かせることは容易ではなかった。
動くたびに牙は鎌鼬に食い込み、風になることも叶わない。
「な、なんだ!?こいつ!?俺様の身体が風に
白牙が少し顎に力を入れるだけで血が滲み、余裕が崩れる鎌鼬の喚き声をどこ吹く風。
ぶるぶる、とおもちゃを口にしている犬が遊ぶように鎌鼬を地面に叩きつけると、「悪かった!!ぬらりひょんのシマで調子乗って悪かった!」と命乞いを始める。
「
……それに切り刻もうとすんのありえないから」
「御代らしいっていうか……」
拷問のように鎌鼬を痛ぶる、百合花の式神。
自分の式神が傷ついてほしくないという、身勝手な理由で囮をさせられているのになと月光はため息をつく。
「その
「は?俺?」
百合花は月光に視線を向けつつ、片目を瞑って隣に立つ。
月光は鎌鼬にさらに一撃を入れようとしていたため、自然と手を止めた。
「胡堂は私のだから。知らなかった?」
百合花は月光にウインクしてみせると、ふわりとその場に現れたカードを手にしては高らかに掲げる。
「
単純なスピードとパワーを誇る白牙に対し、新たに現れた式神の能力とは。
「変身!!」
変身能力である。
狐がそのまま変身と侮ることなかれ。
姿、性質を共にコピーすることができるため、性能の高い式神に能力を使うことができれば、単純計算で二倍である。
百合花の左右の手首を合わせた、ジェスチャーに翠狐が頷く。
翠狐が宙返りをすれば、白牙に酷似した姿に変身する。
「ほら、胡堂も行った行った!」
「俺いらないだろ。あれは」
「美人のために頑張りなさいよ?胡・堂?」
ニコニコ笑顔の百合花に促されると、月光はため息をついて走り出した。
翠狐は白牙が振り払った鎌鼬をその爪で切り裂く。
血飛沫を上げながら、鎌鼬が身を捻ると、翠狐の口から飛び出した。
「ロクに式神の制御もできねえ女が俺様に刃向かおうなんて、百年早い!!
犯して食うにはいい霊力だと思ってたが、もう我慢できねえ!死ねえ!!」
風となった鎌鼬は百合花の背後に移動し、刃を振り上げ、勝利を確信する。
素早い鎌鼬らしい戦術であり、さきほどの月光の背面を取った焼き直しだ。
だが、御代百合花の反応は違う。
瞬間、鎌鼬を拘束するように巨大なドーナツが頭からストンと胴に引っかかった。
チョコレートがコーティングされ、白いシュガーパウダーもたっぷりかかっているものがである。
「……
鎌鼬の鼻腔をつく、甘い香りは確かにソレがドーナツだとわかる。
ただ、そのドーナツがじわじわと鎌鼬を締め上げる。
「……か、は。呼吸ができねえ……。
まさか、お前がぬらりひょんの子飼いの……!」
締め上げる力が強まることで酸素が鎌鼬の身体を回らなくなり、意識が薄れてゆく。
意識が薄れてゆく中、鎌鼬はとある噂を思い出す。
隠居中の強大なあやかしには凶暴な
「俺の武器はプリッツ
甘いものなら、なんだって作り出せる。
それが俺の
……じいちゃんのシマで暴れたんだ。
シャバで味わう、甘いモン、しっかり味わっておけよ!」
月光のドスを効かせた言葉に鎌鼬は怯えるどころか、力を振り絞る。
「(こんなガキに負けるはずがねえんだ!)」
鎌鼬は最後の力を振り絞り、意識を保つ。
月光はドーナツで拘束するのを緩めず、その手に出現した油で揚げた香りのする剣を手にする。
意識が朦朧としていても、月光と鎌鼬の剣術対決は鎌鼬が有利だった。
月光のそれはあくまでなんでもありの喧嘩殺法、手にした剣は攻撃を受けるだけで砕けるほどに脆い。
防御にも使えないほどのない方がマシなそれだが、月光が手を叩くたびに刃は復活する。
鎌鼬の風の刃は決して弱いものではない。
受ければ、身体を一瞬でズタズタに引き裂くほどの霊力をいまの鎌鼬は込めている。
月光のギリギリの判断で交わすことができなければ、その身体は分割され、地面に転がっていただろう。
人の
ある方法を除き、あやかしは死なない。
「でも、これで終わりだ。
喧嘩はしまいだぜ、鎌鼬」
勝負は思いのほか、呆気なく決着がつく。
角度を
ポテトチップスの剣が決めたのだ。