真次郎を見つけたことを百合花に伝えると、擦り傷を作った顔で月光に笑顔で手を振りながら合流した。
合流場所はレトロな喫茶店であり、店内はクラシックが流れ、その手のジャンルに詳しくない月光にもその良さがわかる。
百合花がずっと笑顔だったからだ。
「そんなすぐに胡堂がアンコのお兄さん見つけてくるとは思わなかった。
持ってるなぁ、ほんと」
「その顔はどうした。誰かにやられたのか?」
月光が百合花の左頬に出来た擦り傷に僅かに顔をこわばらせると、百合花は安心させるように柔らかく笑った。
「ただ
それより、ちゃんとアンコのお兄さんと仲良くしてた?私からの予想言うね?アンコのお兄さんと喧嘩したでしょ?」
「……、それは想像に任せる」
見透かすような百合花の言葉に間を置いた後、月光は百合花を見つめ返した。
「平気だよ、へーきへーき。胡堂、絶対喧嘩してるなー?」
屈託なく笑った百合花の顔に月光が右手を添えた。
突然の出来事に添えられた手と顔を交互に見つつ、困惑する。
「あの、胡堂?流石に人前だし……」
「流石の俺にもわかる。痛むだろ。痛み止めくらいにはなるはずだ」
ぶっきらぼうに言いながらも、月光が霊力を放つ。
百合花だけに見える、その優しい光が当てられ、顔の腫れの痛みが引いていくのを百合花は感じる。
百合花は月光の手に自分の手を添えながら、その霊力の暖かさに安心感を覚えた。
(ゲコちゃんの霊力、安心する)
人前であまりにも大胆な行動に出る月光。
素っ気なくて他者に関心がなさそうな彼が心配してくれることは百合花にとって、何よりも嬉しかった。
そんな二人のやりとりを眺めつつ、真次郎はため息をつく。
「俺がいること、忘れんなよ。
とっとと、店に入るぞ」
呆れた真次郎の言葉に百合花は顔を赤くし、月光のフライトジャケットの裾を掴んだまま、月光を見上げた。
月光たちは「空いている席にどうぞ」という、店主の言葉を聞き、カウンター近くの角のボックスシートを選んだ。
奥に月光、その隣に百合花の二人が座り、向かい側に真次郎が座った。
「それで、俺の話だが。
バイトしてるんだ、とある連中の紹介受けて」
「連中?」
真次郎は一枚の名刺を財布から取り出し、二人に見せた。
『籠目教室
代表:籠目かこ
自分を抑え込みすぎていませんか?
当団体はゆりかごのような安心感をあなたに与えます。
自分しか経験しなかった。
心細い、誰にも話せない。
そんな時はすぐにご連絡をください。
連絡先
〇八〇-××××-○○○○』
一見すると、お悩み相談ホットラインのように見える。
名刺にある、籠目かこらしい女性の写真も載せられてた。
ふわりとカールをかけた、セミロングヘアのゆったりした白いセーターを着た女性が柔らかく笑っている。
年は三十代後半ほどだろうか。
百合花には、その女性がどことなく、優しい母親のように見えた。
「かごめかこ、って読むのかな?なんていうか、優しいお母さんみたい」
「胡散臭ェ女がゆりかごのような安心感だと?わかったツラしやがって」
百合花が安心感を覚える印象を持ったのに対し、月光は嫌悪感を露わにした。
半妖と呼ばれる存在は多くが人間にも、あやかしにも
それは、ぬらりひょんの百鬼夜行に身を置く月光も同様。
半妖を“混じり”と言う蔑称も未だに存在し、現に百鬼夜行の面々の一部は月光をよく思わない。
半妖は多くが孤独に育つ。
それこそ、ぬらりひょんの血筋である月光の姉貴分のような庇護を受けられる立場になければ。
月光はゆりかご教室の籠目かこに嫌悪感を抱いている。
まるで、
「こんな胡散臭ェ女を優先したのか?妹を放っておいて」
月光が怒気を込めた口調とともに睨みつけると、真次郎は目を逸らした。
「……金が必要だったんだ。
それにあの俺の『悪霊』が居たからな。俺が頼んでなくても、勝手に出てきやがる」
真次郎が拳を握り、身体を震わせる。
百合花は真次郎の『背後』にいるものが見え、その存在を視認した。
「
承太郎よりポルナレフがいい。
兄にするなら、と言った話題で杏子が漏らした言葉を百合花は思い出した。
「
アンコ、と聞いて真次郎は少しだけ表情が柔らかくなる。
昔から杏子が呼ばれているニックネームなんだろう、と月光は推察した。
「承太郎みたいに家族から離れないで、ポルナレフみたいに妹といてほしいって。
イラスト描くのやめちゃったの?」
ウェイターが置いた、お冷ややおしぼりを月光や真次郎の前に置いた後、百合花は月光にアイコンタクトを送った。
月光は得意げな彼女の様子にため息をつく。
どうやら、この悪友は一色兄妹のことが放っておけないらしい。
「杏子と二人で生きていくには、金が必要だっただけだ。
イラストを描いている暇なんかない。
籠目かこのところと連絡してるのは、あそこのバイトは金がいい。
杏子が学校に通い、ツレと甘いもん食いにいく程度は金が稼げる」
真次郎が百合花をチラリと見ると、百合花は真次郎の言葉に全く納得していない。
むしろ、言いたいことはそれだけか?と言う様子で真次郎の頬を平手で引っ叩く。
それも、スナップをきかせているところに御代百合花の本気が窺えた。
御代百合花、彼女は本人が自覚している以上に言葉より先に手が出る女である。
「馬鹿!それだけ?アンコ、寂しがってたよ?アンタがいなくて!アンタが昔描いたカードのイラスト、ずっと飾るくらいにはね!」
百合花はこめかみに青筋を浮かべていた。
お人好しではない、と御代百合花は言うが、親友を想い、強面の男に一歩も退くことがない。
龍の姿さえ幻視する、百合花の様子には圧倒されるばかりである。
「テメェに、妹のいねえテメェに俺の何がわかる!?」
「私は下にきょうだいがいる、同じ立場だから
アンタがしようとしていることは、アンコには
真次郎が
テーブルの下に潜ませた、月光の右手首から放出した水飴の糸を放出して腕を絡め取った。
「……テメェはこの女とどんな関係なんだよ、白髪野郎。しっかり手綱を握ってろよ」
「お前に教える義理もねえな。兄貴をやれてねぇ奴なら尚更だ」
真次郎が舌打ちすると、月光はケッと吐き捨てた。
百合花は月光が自分の側に立つのを珍しげに目を丸くした後、照れ隠しにメニューを掴んで月光に突きつける。
「私が一番食べたそうなの選んでおいて!ちょっと鏡を見てくるから!杏子のお兄さんの奢りで!よろしく!」
と言った百合花。
メニューを掴んだ右手の人差し指がミルククレープのラズベリーソースがけを示していた。
随分な主張であると月光がメニューを受け取ると、百合花は店内の手洗いへ向かっていく。
「奢りならせっかくだし、俺も食うか……」
百合花は捲し立てるだけ捲し立てていき、真次郎の言葉を聞かなかった。
彼女が離れたことで月光が黒騎士の腕に絡み付かせた、水飴の糸の拘束を解く。
黒騎士を微動だにさせなかった、水飴の糸が消失すると、
「奢るなんて言ってねぇぞ」
「この後、あんたに待ち構えてる妹の説教よりはマシだろ。
しかも、言い訳も
眉を顰める真次郎に対し、月光はメニュー越しに一瞥し、鼻で笑う。
店員を呼び、百合花の希望したミルククレープのラズベリーソースがけと月光は昔ながらのハヤシライスを注文する。
一方で真次郎はアイスコーヒーをたのんだ。
料理を待つ間、真次郎は月光に漏らした。
「漣花タワー一階に深夜零時。
そこでゆりかごの連中から仕事を受けてる。
あとはコイツだ」
テーブルに備え付けていた、ボールペンで真次郎は取り出した手帳を一ページ千切る。
そこに書き込んで渡した。
可愛らしい包装紙で包まれた、小さな飴らしいものと一緒に。
「意外だったな。素直に教えるとは。……これは。」
「そいつがあると、黒騎士はマシになる。
……最近はこいつ飲まねえと抑えられねえ。
そいつを使うと落ち着くんだ」
月光がその飴らしいものを手にとって見つめる。
少し甘い香りがするが、その甘さは月光には懐かしさは感じられなかった。
薬物中毒者のようなことをいう真次郎の顔は青くなっており、月光はそれをポケットに入れる。
「でもよ、お前。
心底は信じてねえだろ、この薬を。
信じてりゃあ、お前は妹のもとに帰った。
それで更にひどくなる、ってのがよくある話だ。でも、信じてねえ。信じてねえから、ここにいる」
「……変な説教しやがるな、お前。
籠目教室の連中を信じてないだと?」
真次郎は月光の言葉を笑った。
笑った後、真次郎は月光を睨みつけて凄んだ。
「当然だろ。
俺がこのまま野垂れ死ぬなら、一人で死んでやる。
杏子には迷惑かけねぇと決めてるからな」
月光の胸倉を掴み、真次郎は引き寄せようとするが、月光はテコでも動かなかった。
微動だにせず、真次郎の掴んだ手を離させる。
真次郎は筋力には自信があるが、線が細いように見える月光の方が上回ったらしい。
「お前は引きずってでも連れて帰ってやる。
それで、アイツに謝らせるんだ」
注文した料理が届く頃、百合花も戻ってきた。
真次郎が露骨に機嫌を悪くしたが、百合花はお構いなしに座り、配膳されたミルククレープに目を輝かせる。
「あ!ちゃんとわかった?偉いぞ、胡堂。
それで何の話?」
「あれだけ、自己主張されりゃあな。
何が何でも連れて帰るって決意表明をこいつに」
「やる気いっぱいで偉いじゃん」
月光も百合花も真次郎を敬語は必要なしな位置にカテゴリした。
真次郎もまた面倒なカップルに絡まれた、と舌打ちする。
「何を言っても、お前ら二人は籠目教室の連中と会うんだろ?
紹介はしてやるよ、あとはどうにかしな」
真次郎は月光と百合花の二人をそれぞれ一瞥した。
「ただ会うんじゃねえよ」
月光は拳を打ち合わせながら、好戦的な笑みを浮かべる。
「お