三人は注文した料理を平らげた。
約束通り、支払いを真次郎が済ませるのを待つ月光と百合花の二人は店外で待った。
「胡堂。零時まで時間あるけど、どうするの?」
くいくいと百合花は月光のフライトジャケットの袖を引っ張った。
「一色真次郎が
月光が真次郎から預かったキャンディがおさまっている、ポケットを百合花へ示した。
「ふうん」
百合花はなんとなく、月光の返事が面白くない。
百合花自身には医学も薬学も知識はないが、月光に頼られる、その薬剤師と医師に嫉妬した。
青ざめた顔をして悩みを打ち明けられない月光が簡単に頼りにできてしまう相手。
それが面白くない。
「ねえ、胡堂。私、まだ今日の服装の感想聞いてないけど」
ジトっと百合花は月光を見上げる。
水色の薄手のカーディガンを羽織り、白のロングスカートにローファー。
今日の清楚な服装に月光から感想をもらってないとむすっとした表情でフライトジャケットの袖を引っ張る。
「(……よくて悪くない、かな)」
眉尻を下げながら、百合花は月光の返事を予想する。
付き合いはそれなりに長いのだ、月光が何を考えているかはおおよそわかるつもりだ。
「普段と印象が
「……へ?」
月光の言葉に百合花は思わず、間の抜けた声が出た。
「どーゆーことよ?似合ってないって?そ、そりゃあ、私だって……」
いつものペースで振る舞おうとするが、目線を泳がせて声もだんだんと小さくなってと格好がつかない。
私だって、こういうの着たくなる。
そうだと素直にいえたら、どれだけいいか。
所詮、自分は悪友でしかないのかと肩を落とした時だ。
「そうじゃねぇ。上手く言えねえけど、似合ってる。御代に」
月光は気分を落としている百合花に語彙を探しながらも、言葉を続けた。
百合花は予想外の言葉が続いたことで思わず、月光を見つめてしまう。
白髪と紅の瞳と言った、浮世離れしたビジュアルでかつ顔もいい。
そんな男の恥じらうような表情に百合花はキュンとしてしまった。
「やればできんじゃん、
「わしゃわしゃしてんじゃねえよ!?」
「私のわんこのくせにー?」
月光の髪に手を伸ばし、くしゃくしゃにしながら、百合花は嬉しそうに笑った。
「……だーかーら、そう言うのは、二人でやれよってんだ」
戻ってきた真次郎が月光と百合花の甘い雰囲気に眉を顰める。
「あ、お兄さん!ご馳走様!それ聞くと、アンコそっくりじゃん!」
慌てて百合花が月光の髪から手を離すと、取り繕うように笑うが、月光に触れていたことはバレバレである。
そんな百合花に月光はため息をついた。
「ご馳走さん。……やれやれだぜ」
☆☆
ここ、オサキ医院は漣花町内にあるオフィスビル街の古い雑居ビルの三階に入っており、二又の尻尾を持つ黒猫が目印の小さな診療所である。
所長のオサキはぬらりひょんの百鬼夜行の構成員であり、正体は千年生きた猫が転じるとされる猫又の女性だ。
グレーの縦ロール、白衣の下に和風ゴスロリと言える着物を着た、独特なファッションの
オサキ曰く、人間の生活する中に診療所を置くことでカモフラージュしていると言う。
医者であるが、恨みを買ってもいるらしい。
診療所内に三人が入ると、入ってすぐの入り口で声をかけられる。
受付と赤い文字で書かれた、アクリルボード越しに女医が頬杖をついて診察室へと促す。
和風ゴスロリにグレーの縦ロールをトレードマークとする、ぬらりひょんの百鬼夜行のオサキである。
「空いてるのでどうぞー。と、月光か。
退治屋ちゃんと、……随分と厄介なものを連れてるね」
和風ゴスロリの女医、オサキは怪訝な顔を見せる真次郎の
「こんにちは、オサキ姐さん。
見てもらいてえモンがあって。
これ、野球帽のヤツの異能を制御するものみてえなんだ。
よく見てもらえねえか?」
「私に見てもらいたいもの?
……それを調べろってのかい?
まーた、厄介なものを持ち込んでくるねえ。
百合花が何が言おうとするのを手で制し、月光がフライトジャケットから取り出した、ジップロックにオサキは目をやった。
「ただのタブレットじゃあなさそうだね。
良いよ、見てあげよう。
座ってお待ちくださいね」
黄色い瞳を注意深く細め、小さなジップロックに入れた
「……白髪野郎、大丈夫なんだろうな?」
待合室のソファに腰掛け、アルコールのにおいが鼻腔をつきつつ、真次郎は月光に尋ねる。
「心配すんな。黒騎士が見えてる段階でわかるだろ?オサキ姐さんはあやかしで医者なんだ。
俺もガキの時から診てもらってるしよ」
「……もしかして、猫又?だとしたら、あの先生は」
月光があやかし、と言うと百合花の中でぴたりとピースが当てはまる。
「年齢のことは言うんじゃないよ、小僧小娘共」
黒いマスクを着用したオサキが指を振ると、“診療中”と出している看板をひっくり返し、“本日の診療は終了しました”の看板を出した。
オサキは手早くジップロックから
それを霊力を用いて解析する。
その解析をオサキが続けると、調剤室から「ふざけるなよ!!なんてもの作ったんだ!」とブチ切れた。
「月光、頼まれていたものを調べたよ。
こいつが異能を制御する薬だって?とんでもない!これは
削ったのか、切ったのかわからないけど、そうしたものを加工したんだろう」
オサキは苛立ちを隠せないながらも、待合室にいる月光たちの前にやってきた。
なるべく冷静さを保ちながら、ジップロックから
「一色真次郎、だったね。これを初めて使った時に持った印象やにおいとか。どんなものでも構わない。退治屋ちゃんもある?感じたもの」
オサキは三人が座るソファの目の前に腰を下ろし、その封を解く。
「
「懐かしい感じ」
真次郎と百合花がそれぞれ口にすると、オサキはため息をつく。
「これはね、あやかしの
その懐かしさも甘さ?も感覚に訴えかけてるんだ、魂が覚えている
月光は何か感じたか?」
オサキは月光に尋ねるも、月光は二人と異なり、首を振るだけだった。
「何も」
「……なるほどね。
そこの野球帽も、退治屋ちゃんも赤ん坊の頃の記憶が深層心理にあるんだろう」
オサキは月光の頭をくしゃくしゃに撫でながら、息を吐いた。
その
「やめろ、オサキ姐さん」
月光の言葉にオサキはイタズラっぽく笑い返す。
「減るものじゃないだろう?
これ、あやかしの
退治屋ちゃんとそっちの彼が懐かしいと思うのは、赤ん坊の時の記憶だろうねえ。
落ち着くような効果は安心感を得られるから、異能が無闇に発動しないんだろう」
オサキはニヤニヤ笑いながら、睨みつける月光に返す。
そして、揶揄う顔からすぐに専門家の顔に切り替える。
「ただ、どんな良薬も
これ、
そういう、
「ねえ、なんで胡堂の髪に触ってんの?」
百合花は拗ねた表情でオサキの言葉を飲み込むより先に月光の腕を引き寄せた。
「嫉妬しているのかい?かわいいねぇ。
とにかく、気をつけて行きな」
百合花と月光の様子にケラケラ笑いつつ、オサキは考え込む真次郎も含め、背中を押す。
「あとは生きて帰ってくれば、私が必ず治してやるから」
かくして、月光たちは夜を迎える。
深夜零時、漣花タワー一階で。