深夜零時、漣花タワー。
日中と日が暮れた後では、漣花タワーは印象をがらりと変える。
ライトアップは点滅するごとに青、赤、紫と色を変えるが、漣花タワーの最も美しい色は紫であった。
見るものの心を奪うような、その色は妖しげな美しさを持つ。
街の中心に聳え立つ、その象徴とも言えるソレは日が暮れた後は日常の裏が現れたようだと感じるものも少なくない。
「長く繋がりを作る上で
仕事を与え、報酬にキャンディを
すると、新しく、
「いえいえ。わたくしはただ仕事をしただけですわ。
先生なんてとんでもない、わたくしは
アドバイザーでも構わなくてよ」
タワー前にいるのは、三人の男女。
眼鏡をかけた理性的な青年、タワーの付け根にもたれかかる髪をピンクに染めた派手な少年。
そして、恭しい態度でお辞儀をし、二人に柔和に笑うスーツ姿の長身の銀髪美女。
彼女はトリッシュ・フェレスだった。
濃い緑のパンツルックのスーツを着用し、リボンタイでブラウスを留めている。
「
「ソラ、口には気をつけろ。
先生はな、僕らの母さんの夢に共感してくださったのだ。
理想の
ソラと呼ばれた少年は青年、幸人の言葉にうんざりしつつ、女ーートリッシュを一瞥した。
「どうだか。
一色杏子を手に入れるのには、
じきに
『アンコを探してるから場所教えろ?誰が教えるかっての!』
ソラはやりとりを思い出し、うんざりしたように頭の後ろで手を組んだ。
「ツラのいい美人だったけど、あれは口うるさそうで苦手だ。
ツラ以外は完璧だったんだけどな」
文句を垂れるソラを前に三人の影が見えてくると、幸人はトリッシュへと尋ねる。
「ん?一色真次郎は誰か連れてくると連絡あったのか?トリッシュ
「ああ、これは……。
ターゲットの彼、
藪を突いたら、まさか
三つの影が見えてきた時、幸人はコンサルタントの女ーートリッシュに尋ねる。
トリッシュはその影が
「……見たことあるツラと、
百合花はトリッシュとソラに気づくと、露骨に嫌そうな顔を見せる。
「……トリッシュが?なんで奴が。で、あのピンクのは知り合いか?」
月光が百合花に尋ねると、百合花は誤魔化そうと目を泳がせる。
しかし、月光の紅の瞳の眼差しを前に誤魔化せないと知ったのか、左右の人差し指同士を突き合わせる。
トリッシュは幸人やソラらの方を悪びれることなく、「白わんこさん。しばらくぶりです」と月光に頭を下げた。
とても愉快なことが起こる、と笑顔が隠しきれていない。
「御代、
月光が百合花に尋ねると、ソラは苛立ちを隠さなかった。
「なんだ?
ツラと身体だけは最高だからなぁ!」
ソラが下卑た表情と言葉で開き直る。
月光は即座に距離を詰め、回し蹴りを
霊力による身体能力の底上げのみでもちろん、菓子を生成する能力は使っていない。
重量感ある音とともに右、左とリズム感良く叩き込まれる、それは悪魔であるトリッシュしか捉えることはできなかった。
「ソ、ソラ!?一体、いま何が!?」
「随分と
クソ兄貴よぉ、アホな弟の手綱、しっかり持ってやった方がいいぜ?」
後方に吹き飛ばされた、ソラを案じる幸人。
何が何だかわからないが、ソラの自慢の
月光は自分の隣に立ち、自分のためにやり返したことに驚く百合花の視線に気づく。
「
私の
その呼び名であまり大きなリアクションを見せないくせに、どうして
「お前が
御代、言いたくなければ、それも構わねえ。
けど、勝手にアイツがボロ出しやがったんなら、話は別だ。
俺が勝手に野郎を
されっぱなしは性に合わねえからな」
月光はソラを蹴り飛ばした際に付着した返り血を払い、百合花に返した。
あやかしにも、人間にも暴力を振るうことに月光は躊躇わない。
けれど、百鬼夜行のあやかしを想う気持ちも
すぐに
「……うん」
百合花は頷くことしかできなかった。
素っ気ない癖に時折、こうして百合花のために動く。
すぐに
「や、やりやがったなぁ!?幸人兄、コイツ、
ソラの目が血走り、その内に眠る
「お待ちなさいな。
彼はこの街をナワバリとする、ぬらりひょんの
貴方では
「知るか!ぬらりひょんの飼ってる、
ソラはトリッシュの言葉も聞かず、
「来い!
剣を手にし、少年が埋め込まれた鎧人形のような姿を持つソラの
「それがアンタの
「アフターダークは悪霊じゃねえ!ボクが嫌いなもの・気に入らないものをブッ殺す、ボクだけの
百合花の言葉を鼻で笑い、ソラはアフターダークを月光らにけしかける。
アフターダークが剣を振るうたび、空間に
ソラがその歪みを裏拳で刺激すれば、空間が
アフターダークの剣が再び振るわれる瞬間、月光はその刀身に向け、輪投げのようにドーナツを投げた。
ドーナツが引っかかれば、ソラはアフターダークに剣を振り回させ、はたき落とそうとする。
「ボクのアフターダークは
「ドーナツが拘束だと!?卑怯だぞ!?」
アフターダークの剣に引っかかったドーナツを月光が指を鳴らすと、アフターダークとソラ諸共、拘束する。
気の抜けた声をソラが上げれば、幸人が非難した。
百合花やトリッシュ、真次郎のような月光の能力を知っている者と対照的だ。
「……っるせぇなぁ。とっとと、てめえの
おい、眼鏡。てめえの舎弟、しっかり手綱握っとけよ」
アフターダークがソラの動揺で姿を消せば、月光は幸人に声をかけた後、拘束したソラを投げ渡した。
その様子をトリッシュは眺めていたかと思えば、手を合わせる。
「本日は
ご案内しますわ、ぬらりひょんの番犬とその一行を」
「ねえ、あの女。楽しんでない?」
「悪魔だぞ、当然だろ」
「聞こえてますわよ、お二人とも」
百合花の月光への耳打ちに少し声のトーンを上げて返しつつ、トリッシュは先導するように歩き出した。
漣花町の住宅街の郊外にある、その場所は不自然なまでに自然に
籠目かこの開いている、ゆりかご教室のあるのは古い木造校舎を改装したものだった。
二階建でかつ校名が書かれた札には、このように書かれている。
安心感を与えます。
籠目教室
「到着しましたわ。
こちらがわたくしが今回コンサルタントを務めている、ゆりかご教室。
そちらのお二人の
トリッシュが笑顔とジェスチャーで木造校舎を示す。
まるで観光案内のガイドをするように楽しげだが、月光に拘束されているとは言え、おとなしかった。
「……お兄さんもよくここに?」
百合花はぎゅっと月光のフライトジャケット越しに腕を掴みながら、真次郎に尋ねる。
「たまにな。
中に入ってみろよ、
トリッシュ、幸人、ソラの三人が敷地内に入っていくと真次郎は吐き捨てた。
玄関から校舎内に入ると、木造の校舎の外見に違わず、木製の床が広がっている。
幸人やソラ、トリッシュらは靴を脱がずにそのまま上がって行ったため、三人に倣って月光らもついて行った。
校舎中を赤ん坊の泣き声の至るところから聞こえ、教室内を覗いてみれば、赤ん坊をあやしている
「
月光の腕を掴む百合花の顔が青ざめているのを見れば、月光は真次郎を見る。
「多頭飼いだと?そんなペットみたいな言い方をしないでくれ。
僕たちはみんな、母さんに
特別な素質があることで捨てられた、僕らを母さんは救ってくれたんだよ」
トリッシュと前方を歩く幸人が強い口調で月光の言葉を否定する。
月光の表情は変わらないが、百合花は彼らもまた月光に
自分を育ててくれた相手を家族と慕い、働いている。
そんな彼らを多頭飼いされている、と吐き捨てたのは無意識の同族嫌悪だった。
月光は眉間に皺を寄せ、不快感を隠さなかった。
「……お前らの
「おい、澄まし顔やめろ!
ジジイ!ボクらの
月光の静かな言葉と表情に煽られている、と見做したソラが食ってかかる。
幸人といい、随分と
百合花を殴り、開き直ったかと思えば、今度は自分の親への態度を気にし、食ってかかる。
他人を気遣わないくせに自分たちのことだけは一人前、自分のことしか考えていない。
ソラも幸人も見た目ばかりは大きくなった、子供にしか月光は感じられなかった。
「あまり、そう声を荒げないで。ソラ、幸人。
あなたたちが母さんを思ってるのは知ってるわ」
女が現れた。
この木造校舎には似つかわしくない、三十代ほどの柔らかい雰囲気の持ち主。
穏やかでおっとりしているように見え、包み込まれる安心感のある肉感的な女性。
にこりと笑みを浮かべているが、その瞳はまるで猛禽類のようだった。
「母さん!ぬらりひょんの番犬が母さんに失礼な態度をとったら、ボク、ボク!許せないよお!」
「ソラ!お前はもう少し、母さんの様子を見ろ!ミルクを与えてるんだぞ」
そんな女は哺乳瓶で腕に抱えた赤ん坊にミルクを与えており、駆け寄ってきたソラと幸人に「近くにいらっしゃい」と笑いかける。
幸人は女から赤ん坊を預かり、ミルクを与えると、ソラが女に甘えるように抱きついたのを嗜める。
「かわいいソラ、幸人。
あら、トリッシュ先生。それに真次郎じゃない!おかえりなさい」
真次郎やトリッシュに気づくと優しく笑いかける。
「恐れ入ります、先生。
突然、押しかけて申し訳ありませんわ」
「……俺は、特に」
頭を下げるトリッシュは変わらぬ態度だが、真次郎は視線を逸らした。
腕の中にいるソラも幸人も月光たちを見つめている。
気づけば、赤ん坊の泣き声は止み、中にいる子どもたちも廊下の月光たちを見ている。
「……胡堂」
「わかってる。……囲まれたな」
百合花の言葉に月光は頷く。
真次郎が制御薬としてもらった、キャンディの正体はあやかしの母乳。
ならば、それを籠目かこに提供している者がいるはずと月光は睨んだ。
月光と百合花、トリッシュが女の雰囲気に圧されないのを百合花は不思議に感じている。
ただ、百合花は完全にそうだとは言えず、月光が近くにいるから我慢ができていた。
「ああ、そちらはどなた?
真次郎が連れてきてくれた、新しい子?
わたしは籠目。籠目かこ。
当教室の教師、そして、おかあさん。
うちの子になるなら、歓迎するわ。
……あら、霊力もあるなら話が早いわ!」
籠目かこは百合花の持つ霊力を感じとる。
両手を合わせ、にこにこ笑いながらも、好きなことを好きなだけ話す。
これは、
月光は籠目かこに覚えた嫌悪感の正体を言語化することができた。
「あなたは名乗らなくていいわ。
白髪に真紅のルビーのような瞳。
月を食らおうと大口を開けた、狼の紋を背中に描いたフライトジャケット。
知ってるわよ?
大好きな
「アンタ!言っていいこと、悪いことあんでしょうが!!私の白いの、泣かせたら承知しないんだから!」
好き勝手に並び立てる、籠目に百合花は微塵も引かなかった。
瞬時に形代式術の式神を呼び出すカードを手に構え、臨戦態勢をとる。
「退治屋の名家、それもミシロの娘?
アハハハハッ!良い、良いわ!
籠目教室の目指すもの、この教室を案内してあげましょう」
籠目かこの子どもたちはや一色真次郎の黒騎士のようなモノを呼び寄せた。
無論、ソラはアフターダークを呼び、月光の拘束を断つ。
子どもたちの“はは”は愛されている実感を感じつつも、まだ月光と百合花に手出しはさせなかった。
続けて、ふわりと顔を破顔させる。
「わたしたちが迎えた、新しい