赤ん坊たちが眠る教室、育った子どもたちが学ぶ教室、食事を行う教室と籠目かこは案内した。
理科の実験室で子どもたちが何かを包装紙に包み込んでいるのを見た時、月光は例のキャンディだと実感した。
子供たちは籠目かこの運営する団体の手伝いが“籠目家”の主な仕事であるという。
校舎内で本人を除いて仕事をしているのは、子どもたちしか居ない。
大人は外部講師のトリッシュを除けば、籠目だけだ。
しかも、あの饒舌なトリッシュが無言だ。
心底、興味なさげに籠目の話を聞いている様子が引っかかる。
「……大人はアンタだけ?」
「そうよ、ミシロ。
貴女にはわからないでしょうけど、わたしの家族は皆助け合ってくれてるの。
特別な才能を持つから捨てられた子、力に怯えている子、孤独を感じている子。
わたしの子どもたちにも理由は色々あるわ。
だから、私が引き取って
二階の廊下、籠目教室のチラシを作っているらしい教室を覗く百合花の疑問に籠目は柔らかく微笑んで返した。
なんでもない、娘の疑問に答える母親のような表情。
月光はそれに吐き気を覚えた。
「気持ち悪ィな、お前のその発想。
てめえのガキじゃねえヤツを
そんなに理想の家庭なんていうのがほしいなら、適当に男を引っ掛けてガキ作ってやればいいだろ。
イカれてるぜ、お前」
月光は心底からの呆れと侮蔑から籠目かこに言い放つ。
理想の家庭、理想の親子。
それらを
月光には馬鹿馬鹿しくてたまらなかった。
ぬらりひょんや配下の平八郎・ヒナ夫妻が親として務めていたのを見ていたなら、尚更だ。
月光の言葉に籠目かこの子どもたちの“目の色”が文字通り、変わった。
人間の瞳から猛禽のソレに変わり、月光たちの隙を伺うように。
月光と比べ、籠目かこからの好感度が
ここまでの籠目かことその子どもたちの様子を見てきた、月光。
籠目かこの掲げる、この“幸せ家族計画”に力を
「……籠目かこ。
お前は
「あらあら?ようやく気づいたの?番犬」
月光が両手を平手にし、右手を前にするファイティングポーズを取る。
籠目は頬に手を当てて、おかしそうに笑う。
「じゃあ、
“おかあさんのおへや”の木札がある、その部屋の引き戸を動かす。
かつて一日のスケジュールが書かれていた、古い黒板の前で一色真次郎の妹・一色杏子が拘束され、磔にされている。
「き、杏子!?」
「アンコ!!」
百合花は意識を失っている親友に語りかけ、真次郎は思わず抱きしめていた。
ゆっくり、三人を守るように籠目
『白牙置いてくから。
私はか弱い女なんだからね?アンタみたいなインファイターじゃないからね』
百合花の言葉を思い出す。
百合花は月光と一緒に行きたいから、と言って狼の式神・白牙を一色杏子の護衛に置いたはずだ。
「……御代の式神を護衛につけていたはずだが」
「あら?ご存知ない?
いかに遠距離でどうにでもなるの、わたしの子供たちの力があれば。
あなた、ソレを知っていたのか、知らなかったのかわからないけど、相当にミシロに
月光の言葉を被せるように続いた、籠目の言葉。
月光は気持ち悪いという籠目の言葉に舌打ちした。
「ごめん、胡堂。私、」
「お前のワガママはいつものことだ、言っても聞かねえんだから」
百合花は気まずそうな顔をしていたが、月光は百合花を責めなかった。
百合花が一色杏子の隣にいれば、防げたことだろう。
しかし、百合花は形はどうあれ、ゆっくり一緒に待てるような女ではない。
月光に親友の兄をちゃんと
それが良くも悪くも、御代百合花だからだ。
「……
籠目かこは月光の言葉に冷たい眼差しを向け、鼻で笑った。
「
「……なんだよ」
月光は真次郎を呼ぶと、杏子の拘束を解こうと悪戦苦闘して真次郎は答える。
「約束しろ。今晩の出来事はお前が妹と一緒にいなかったから起きたことだ。
俺がお前らを帰してやる。
だから約束しろ、これからは必ず妹のところに帰れ」
「……まるでここから帰れるみてえな口ぶりだな?」
杏子を連れて来られたショックもあるが、月光の言葉は希望を捨てていないと真次郎は気づく。
月光は一色兄妹を助けるのだという。
妹の親友らしい百合花ならまだしも、月光の方には助ける理由がないように見えたからだ。
「あやかしは自由だ。半分だけだとしてもな。
俺が希望を持って、お前らにも希望を見せるのは悪いことじゃない」
月光が何かを投げつけると、香ばしい香りが広がり、杏子の拘束を弾けさせる。
金属音が響き、拘束具が落ちた。
足元をバターが溶けた香りのする、ポップコーンが転がる。
転がったポップコーンへ籠目の子どもたち全員が視線を向けた。
「いまだ!御代、窓際を思いっきりブッ壊せ!白牙は戻ってきてるんだろ!」
「無茶言ってくれるなぁ!!」
百合花は月光の言葉の意図に気づき、召喚した白牙と月光が放つポップコーンで窓際の壁を破壊し、白牙とともに飛び出す。
その後を失神した杏子を抱き抱えた真次郎が飛び出した。
百合花は巨大な龍魚・藤錦を呼び、その上に百合花と杏子を抱えた真次郎が飛び降りる。
最後に月光が飛び出した時、籠目かこの子どもたちの一人がつぶやいた。
「おかあさん、
「ポップコーンたべたい」
「キャンディなめたい」
「アイスほしいよー」
一人をきっかけに徐々に広がっていくと、籠目は胡堂月光の背中を見据え、愛おしい子どもたちへ笑い返す。
「もう少しよ、わたしのかわいい子どもたち。
わたしの
あなたたちが望むなら、
月光が異能・バイキングの力で雲を作り出し、龍魚と飛び立つ。
籠目が子どもたちの一人に目配せすると、一人の三つ編みの少女が
「スズネ、ありがとう。
わたしに着せて頂戴」
「はい、おかあさん」
スズネと呼ばれた少女は籠目に無邪気に笑い返し、籠目はその袖を通す。
スズネと呼ばれた、その少女の実年齢は
彼女は
籠目がコートに袖を通すと、羽毛が身体を包み込む。
ギチギチと鳥肌を立てた肌の表面から羽毛が生えれば、唇は伸びて嘴となり、目玉も肥大化した。
おっとりした女性から、やがて巨大な怪鳥へと変化する。
その変化に合わせ、その体格も大きくなる。
その大きさは二メートルほど。
まるで、その溢れ出る包容力で受け止めてくれる母親のように。
怪鳥となった籠目かこは目をギョロギョロと回し、縦に裂けたような腹部が目立つ。
さらに貨物トラックのタイヤほどの灰色の乳房が揺れた。
籠目の変化が完了するまで、母親を守る子どもたちを月光は最後までチョコレートがたっぷり詰まった棒状の菓子・トッポで相手取る。
「……
籠目が転じた姿を心底不快に思いつつ、月光はその名を口にする。
うぶめ、またはコカクチョウ。
子どもを失った女性があやかしへと転じたとされ、特筆すべきは
「ご名答。貴方がうちの
ここで終わりよ、ぬらりひょんの番犬」
籠目かこーー姑獲鳥が乳房を揺らし、鳴き声を上げる。
囀りというには不愉快で、漂う薄く甘い香りが月光の鼻腔につく。
姑獲鳥はその翼を羽ばたかせ、子どもたちは姑獲鳥と同じ瞳をぎらつかせる。
「胡堂!!」
「早く先に行け!」
霊力で拡大された、先をいく百合花の声に月光は怒鳴り返し、先を急がせる。
姑獲鳥が乳房を揺らすと、懐かしさを
それは、姑獲鳥の出す母乳である。
その香りが漂うと、姑獲鳥の子どもたちはみるみるうちに怪鳥の雛鳥を思わせる姿に変貌した。
親鳥から向けられた、甘い囀りを号令に雛鳥たちが羽ばたき、囮となって先を行く月光に向かってきた。
月光はジップロックを二つ取り出す。
霊力で作り上げた、チョコレート菓子のブラックサンダーである。
それを雛鳥たちのうち、嘴を開いた二羽の口内に投げ込む。
そこにポップコーンを追加で投げ入れ、弾けさせると、衝撃でジップロックに入れたブラックサンダーが爆ぜる。
落雷のような轟音と衝撃が広がると、ピーピー!と人間の声で鳴き始めた。
「おかあさん!あいつ!あいつ!」
「おかあさんのかわいいこどもであるぼくらを!いじめてくる!」
「はだをひきさこう!かわをはいで、
「にくいミシロにはおかあさんに
月光に近づいた雛鳥が超音波で月光の肌を裂くと、赤い血が溢れ出る。
返り血をぺろりと舌なめずりする雛鳥は「あまいれいりょくのあじ!」といい、口移しでほかのきょうだいに与えると、「さとうみたい!」とはしゃぎ始める。
人間の要素を残した、人鳥と言える姿をした雛鳥たちが目をギョロギョロさせる。
「鳥もどき、人もどきってことか?」
その光景を月光は吐き捨て、手にしたスパイシーチップスを刀剣のように振るう。
月光のスパイシーチップスに刻まれ、ピーピーと鳴き出す。
一見するとスパイシーチップスは脆く形も崩れやすいが、月光が切れる“角度”をつけて切りつけることで傷口に唐辛子を塗り込み、切り傷に染み込む。
形を崩したスパイシーチップスも月光の身体を啄もうと嘴を開き、近づいてきた人鳥の口内に放り込んだ。
わたあめ雲を足場に飛び上がり、顎を蹴り上げると砕けたチップスが人鳥の口内を切り裂く。
スパイシーな風味が人鳥達の口内を広がる。
痛みと辛さに苦しみ、墜落していく攻防を空中で繰り広げた。
「気持ち悪い鳴き声あげてんじゃねえよ、雛鳥共」
月光は頬の切り傷から滲む血を拭い、吐き捨てた。
「おのれおのれ!!わたしのかわいい子どもたちを!!親の愛を受けられなかった、薄汚い混じりめ!!」
姑獲鳥は目を充血させ、空中で羽ばたきながら、駄々をこねるように怒り狂う。
その都度、乳房から放たれる何かが籠目教室の校庭に降り注ぎ、ジュウッと焼く音がした。
一部の子どもたちは一目散に地面に急降下し、その降り注いだものを舐めに行く。
「と、叫ぶのは簡単。
あなたにも
……次に目を覚ますまで、
混じりの
気分をよくしたのか、それとも切り替えが早いのか。
穏やかな口調に戻った姑獲鳥は乳房を揺らすように羽を羽ばたかせ、月光の
魂に作用する、それを月光は回避できず、意識を失ってしまった。
その瞬間、姑獲鳥はギチギチと腹を開き、月光の身体を子どもたちの人鳥に咥えさせ、中へと放り込ませる。
「あははは、あーはっはっはっ!魂を震わされちゃったわねえ!ぬらりひょんの番犬さん!?」
「胡堂ーッ!!」
姑獲鳥の言葉に百合花の悲痛な叫び声が響いた。