姑獲鳥は勝利を確信した。
腹の中に取り込んだのは、ぬらりひょんの
これを上手く利用しない手はない。
好みに
ミシロと一色兄妹の相手を子どもたちにさせつつ、自分はぬらりひょんのお気に入りの
それは、姑獲鳥にとっては
あやかしの天敵の式神使い、形を得た超能力を持つ能力者、気絶した少女の三人でなく、ぬらりひょんのお気に入りだけを脅威に感じている。
それ故に彼女はその脅威こそ取り除けたならば、他に警戒する必要はないと読んだのだ。
胡堂月光の心象世界に潜り込み、
月光の視点で見る、真っ赤なせかい。
血、血、血、血。
月光の記憶にある光景のどれもが白髪の幼い子どもが歪な形状をした長物を振るい、二回り以上も体格が違う相手と渡り合っている。
鬼のように体格の良いあやかし、中には噂を聞きつけた退治屋の人間もいた。
「混じりのお前に居場所はないと思え!」
あやかしや人間からの斬撃を受けては肌が裂け、月光は血を流す。
子どもが傷だらけのまま立ち上がり、傷口から血を垂れ流す様は痛々しい。
場面が変わり、術による身を焦がす炎を受けては熱さにのたうち回り、その小さな体躯で攻撃をかいくぐる。
隙を見ては、二本に折った長物を相手の肌に思い切り突き立てる。
まるで、
人間とあやかしの子、
人間と呼ぶには強すぎる。
あやかしと呼ぶには弱すぎる。
そんな
母性を嫌悪するのも、“おかあさん”を否定するのもそうだろう。
愛されたことがない。
だったら、付け入る隙はそこにある。
姑獲鳥はニタァと笑みを浮かべ、胡堂月光の魂へさらに沈んでいく。
「いらっしゃい、
うみなおしてあげる あいしてあげる
あたらしくやりなおしましょう
きにいらないなら またやりなおすといいわ
さあ わたしにみをゆだねて
至るところが破れ、被っているだけの大人用の無地のシャツとピンクのカーディガンを巻きつけた小さな子ども。
死闘を繰り広げ、地に伏せた相手を前に血を拭い、無感動に見下ろしている。
姑獲鳥に気付き、赤い瞳を向ける子どもに両翼を伸ばすと、
「そいつは
おじいちゃんが連れ帰ってきた。
それであたしが
口が悪くて喧嘩っ早いなんて、誰に似たんだか」
姑獲鳥が振り返ると、一七〇センチほどの長身でポニーテールの少女がいる。
自慢するような口調のようでいて、彼女の端正な顔は子どもに向けられるとき、じっとりとした独占欲を滲ませた。
鮮血を浴びた子どもは彼女に振り向くと、少しだけ柔らかく笑ったように見えた。
少女は血で染まり、真っ赤になった白髪を優しく撫でる。
年の方はミシロやぬらりひょんの番犬、すなわち十代に見える。
何もないところに腰掛けている彼女はブラウスは緩めた真紅のネクタイ、黒のパンツを履いた長い脚を組む。
手にした大太刀を片手で握り、姑獲鳥に刃を向けている。
窮屈な胸元を楽にしようと、第二ボタンまでブラウスを外し、ネクタイを緩める様子は彼女の性格を表しているよう。
彼女が月光と同じデザインのフライトジャケットを羽織っていると気づき、ある点に納得できた。
「わたしの力が通用しなかったのは、貴女の仕業ね?せっかく、わたしの子どもたちのおやつのため、お菓子サーバーにしてあげたかったのに。
番犬の記憶を覗き見したけど、ロクな思い出がないじゃない。
だったら、幸せな家族に
そうでしょう?
それとも、
その姿をおっとりした雰囲気の女性と異形の怪鳥の間を行き来しつつ、少女ーー朧漣花に笑いかける。
次の瞬間、大太刀が軽々と振るわれ、異形の怪鳥の姿に戻った姑獲鳥の翼を斬撃が切り裂く。
魂の世界であれ、姑獲鳥はそれを
魂の世界では、認識の力が物を言う。
在り方が自由であり、常識にも理屈にも捉われない方がより優位に立てる。
「ごちゃごちゃうるせーな。
てめえににあたしの月光の
漣花は会話を断ち切り、素っ気なく吐き捨てた。
漣花は大太刀を重さを物ともせず、切っ先を姑獲鳥に向ける。
「(わたしが避けられなかった!?)」
わずかな動作で脚を刻まれ、姑獲鳥が飛び立つことさえも漣花は許さない。
のらりくらりのぬらりひょん、と呼ぶにはあまりにも血の気が多い。
ポニーテールを揺らし、毛先を指にくるくる巻きつけながら、漣花は姑獲鳥の顎を右足で蹴り上げ、左足で腹部へと叩き込んだ。
「これは……!!」
月光の心象世界が姑獲鳥を追い出そうとしているのを感じる。
姑獲鳥に不可視の壁が押し寄せ、その身体をぎっちりと挟み込む。
月光が自分の中に入っている、異物の姑獲鳥を拒絶しているのだ。
その抵抗が強くなり、目の前にいる少女が獰猛な笑みを浮かべ、姑獲鳥の顔面に
「月光は
くれてやるもんは毛の一本もねぇ、とっとと帰りなァ!」
「言葉より先に手……いえ、
姑獲鳥が月光と漣花の抵抗で心象世界から消えた時、無邪気な笑顔で漣花は呟いた。
「ずっとずっと、死んでも愛してるぜ?
あたしの月光」
月光は真っ暗で生温かい場所で目を覚ました。
なにやら、懐かしい声を聞いた気がする。
月光は菓子の生成を始める。
生み出すのはもちろん、得意の長物であった。
月光の生成する菓子のほとんどに言えるが、湿気に弱く、すぐにボロボロと崩れ落ちてしまう。
だからこそ、アレンジが光る。
持ち手以外をチョコレートでコーティングし、
ただ、姑獲鳥の腹から出てくるのは気味が悪い。
ぬらりひょんの妖力を持つ、フライトジャケットをよる守りを受けながら、月光は一寸法師のように胎内で暴れた。
赤ん坊が母親の胎内で見せる、母の自覚を促す胎動とは異なる動き。
丸呑みにされた一寸法師が鬼の腹で暴れるように。
一方、外では百合花が白牙と白牙に変化させた翠狐で姑獲鳥の子どもたち、人鳥を迎撃していた。
あの白髪の少年が姑獲鳥に取り込まれてしまったが、一色兄妹を守ることができるのは百合花だけ。
意識を失っている杏子、黒騎士の暴走の可能性のある真次郎は戦力にならない。
人鳥の喉笛を白い狼たちが食いちぎり、霊力を付与した徒手空拳で百合花も応戦する。
月光の仕事を手伝う傍ら、あやかしとの戦いも、人間との戦いも慣れてきたつもりだ。
ただし、無限に増える人鳥など経験がなかった。
式神よりも失神した杏子を抱える、真次郎を狙って飛んでくるのを迎撃しなくてはならない。
藤錦の使役、白牙と翠狐と
特に人鳥たちが飛ぶことで起こる、風の刃は一匹しかいなかった鎌鼬のそれと比べ、回避ができない。
周囲を飛び回る度、彼らが起こす刃から逃れられず、服が刻まれる。
月光とデートだと思い、せっかく気合いを入れてきたのに。
「(いつものむちゃくちゃはどうしたのよ、胡堂)」
内心、百合花は弱音を吐きそうになる。
「げっきゃきゃきゃ、ふともも!むね!しり!」
服が破れ、ちらりと見える太ももや胸へ人鳥は興奮しているらしい。
霊力を付与しているために易々と引き裂かれることはないが、あやかしに変わったところで男は変わらないもののようだ。
扇情的な姿の百合花に興奮した人鳥。
突進してくれば、その嘴を掴み、同士討ちさせる。
嘴は非常に硬質のもののようで、百合花が掴んだ人鳥の嘴は容易く、他のきょうだいの羽毛に包まれた肌へ突き刺す。
ぴええ!と人鳥が野太い声で鳴くのは気味が悪い。
ちらりと視線を移すと、月光を腹におさめた、姑獲鳥は停止している。
「
「どっちの意味か知らないけど、私はあんたたちはタイプじゃないの!」
百合花の姿に興奮し、がなり立てる人鳥が藤錦の上に立つ。
百合花の四肢を二羽が拘束する。
「ミシロには、おかあさんに
「んのスケベ鳥ッ!くたばれっての!!」
人鳥の一羽か百合花の腰に股間を押し付け、擦り始めると、躊躇うことなく、頭部に頭突きをかました。
霊力付与された、百合花の頭突きで人鳥はギョロギョロ目を回している。
「おい、アレを見ろ!!」
妹を守りながら戦う、真次郎は意識を失っている姑獲鳥の身体が脈打つのを見た。
甘い香りが漂い始め、人鳥は姑獲鳥の方へと視線を向ける。
「おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!」
「おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!」
「おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!おかあさん!」
老若男女、様々な年代の声で人鳥は鳴き声を上げて姑獲鳥を呼ぶ。
百合花を拘束していた二羽も離れ、姑獲鳥のまわりを飛び回っている。
胡堂月光は姑獲鳥の腹に取り込まれた。
もしも、姑獲鳥に負けていれば、彼女の腹から胡堂月光
「ゆ、りか……。
ゲコちゃんを信じてあげなきゃ」
「アンコ!無理して話さないで?」
うわ言のようにいう、杏子に優しく百合花は語りかける。
杏子が伸ばした手を百合花は取り、月光へ祈りを捧げた。
「げふぉっ!げふぉっ!」
姑獲鳥が目を見開き、血を吐き出す。
血が溢れ、巨大な乳房が弾む。
事が理解できない人鳥はそれをしゃぶり、姑獲鳥の痛みに気づかない。
「親の痛み、子知らずってわけ?」
百合花は皮肉を言いながらも、鼻で笑った。
人間から異なるものへ産み直されたという、人鳥。
肝心の母が苦しんでいてもお構いなし。
内側から頭蓋骨を
返り血や体液を浴び、どろどろに汚れた胡堂月光がそこにいた。
姑獲鳥の頭蓋骨を突き破るのに使ったのは、両手の指を包むとんがり帽子のような菓子・とんがりコーンである。
月光は両手のとんがりコーンを回転させ、姑獲鳥の頭蓋骨を突き破ったのだ。
「空気がうっっっめェェェ!これが自由、これが生きてる!あァ、最ッッ高ッ!」
血を拭い、深呼吸する月光。
奇しくも、満月を背に両腕を広げて笑う様子に人鳥は尋ねる。
「母さんの
月光に声をかけた、人鳥の正体はソラだった。
他の人鳥より流暢に話すところを見るにソラは
ぽっかり開いた人鳥たちの口、そこへ姑獲鳥の血に染まったとんがりコーンを投げ入れる。
未知の菓子らしいものに警戒心を抱くも、それが彼らが安心できる姑獲鳥の
「御代ォォォォ!畳み掛ける!」
「白牙ッ!翠狐ッ!」
彼らが次の行動に移る前、月光は百合花に呼びかけて人鳥たちをスパイシーチップスで切り捨てる。
百合花の指示で藤錦に姿を変えた、翠狐に白牙が乗り、月光の方へと向かってきた。
「ぴぎ、ぴぎゃああああ!!かあさん、かあさん!たすけてえええ!!」
「おおかみさんに、ころされる!くわれちゃうよ!!!」
押し寄せてきた白い狼と龍魚へ翼を広げ、ぎゃあぎゃあ騒ぐ人鳥。
大口を開き、藤錦に変わった翠狐に食い殺された人鳥たちは断末魔を上げる。
翠狐の口周りにはべったり血と鳥の羽根がつき、ぺろりと舌で汚れを舐めとる。
うまいものをたべた、まだたべたい。
粛々と人鳥の息の根を止める、白牙とは正反対の欲求を見せていた。
「せんせい!せんせいはどこ!?かあさんをたすけて!ばけものから……ごぼあっ!」
人鳥がトリッシュへ助けを求めるも、月光は躊躇わずに切り捨てる。
どちらが化け物かわからない光景。
しかし、百合花の親友が妙な化け物になるのは看過できない。
月光に幸いだったのは、人鳥の機動力で例の
ソラの『アフターダーク』の能力を凄まじい機動力で発揮されると、有利に事は運べなかったろう。
もしかすれば、使わないのではなく、
そんな可能性が脳裏をよぎるも、そういう分析は
最後の一羽まで仕留め、意識を取り戻さない姑獲鳥。
五本の指を全てにとんがりコーンを装着し、その頭部を破壊した。
「……オサキ姐さん。新鮮なあやかしの死体の処理頼みたいんだけど。
籠目教室、わかる?」
『月光か。
了解。すぐに助手を向かわせるよ』
月光はオサキに連絡した後、百合花たちの元にわたあめ雲へ乗って白牙らと戻った。
「よう、御代。一色兄妹連れて帰るぞ」
「胡堂、大丈夫なの?」
藤錦の上に降り立ち、駆け寄る百合花の服装はボロボロだ。
フライトジャケットを脱ぎ、百合花の肩に着せて前を留めさせる。
「問題ねえよ」
真次郎は血塗れの月光を前に言葉を選び、口にした。
「……あの化け物は、死んだのか?」
「
約束通り、家まで送る」
そう返し、月光らは一色兄妹を家へと送った。
「あのさ、胡堂」
その帰り。
百合花は藤錦の上に乗り、後ろに座る月光に振り返る。
「あ?」
「ありがとね。今日は。私に付き合ってくれて」
「まあ、約束したからな」
夜風を浴び、前を留めているフライングジャケットの襟をぎゅっと掴む百合花。
月光は髪をいじりながら、素っ気なく返す。
百合花は素直じゃない月光に柔らかく笑った。
「約束通り、美少女の百合花さんがごはん作ったげる!」
「あ?美少女ぉ?」
「スッ惚けんな、バカ!」
そんな賑やかなやりとりとともに長い夜は終わった。
その一方で。
成り行きを見守っていたトリッシュは二人の様子を眺め、“籠目かこの契約書”に記された柔らかな筆跡をなぞる。
ふわりと浮かんだ“籠目かこ”の名、それはまさしく魂そのもの。
契約者の魂をモノにする、悪魔らしく、“理想の家族を作るアイデアを提案する”契約を満了した籠目の魂を摘み、口に含んで飲み込んだ。
「わたくしの契約は提案まで、ご利用ありがとうございました。
契約時にない要件は対応いたします。戦闘をお望みなら、ご契約の際に申し付けくださいませ」
深々とお辞儀をし、薄い笑みを浮かべて顔を上げる。
「わたくし、
うっとりした表情で腹を撫で、姿を消した。