夜も更けてきた頃。
鎌鼬を引き取りに来たのは巨躯を誇る孔雀の頭部に派手な装いをしたあやかしだった。
レースにフリルがたくさんついたワンピース姿だが、その筋骨隆々ボディと対照的な装いはあまりにも異質である。
名を
なお、孔雀のオスは求愛のために派手だとされる例に漏れず、ピーコックもオスである。
「月光ちゃん、百合花ちゃん。
確かに鎌鼬ちゃんのこと、アタクシが引き取りましたわ。
二人はお夜食でも食べて休みなさいね」
ビジュアルに対し、月光や百合花に向ける優しさはあり、ピーコックは面倒見が良かった。
鎌鼬の尻を数回叩くと重い破裂音が響く。
動かなくなった鎌鼬を縄で縛り、米俵を担ぐように鎌鼬を抱える。
「ピーコックの
「そーよ?アタクシはこれから、アナタたちから引き取った鎌鼬ちゃんを天狗の旦那たちに引き渡す。それから、アタクシは別のお仕事があるの。まーた、ピーコックキックが爆裂するわね」
大親分ことぬらりひょんの配下の中でも若手のピーコックは
兄貴とか兄さんと呼ばれるのは可憐な自分に合わないと言う。
ピーコックは頭部から生えた羽根を揺らし、ワンピースをわずかに捲り、
靴はスニーカー、しかも靴紐が黒で全体的にはピンクと派手なわりにオシャレなデザインであった。
孔雀が可愛らしいワンピース姿、それも筋骨隆々なのに妙な愛嬌がある。
ピーコックはごめんあそばせと一言付け加えた。
そんな様子に思わず、百合花はげんなりした顔を見せた。
「それなんなの?ピーコック」
「アラ?百合花ちゃん、存じ上げなくて?レディの嗜みよ?意中のオトコをオトしたいなら、心得ることね」
「いやそうじゃなくて!」
月光を示し、人差し指を立てて片目を閉じるピーコック。
百合花の質問の意図はそうではなかった。
鳥脚をチラ見せしてどう言うつもりなんだ、と反論するも、ピーコックは手を突き出して制する。
百合花はすっかりピーコックのペースに乗せられていた。
ピーコックは着信したショッキングピンクの携帯電話を手に取った。
手も足同様、鳥のそれであり、人差し指と中指で器用に摘んだ。
携帯電話に貼られた、プリクラが目を引く。ロリータファッションに身を包んだ美形の人物と老人が写っている。
片方がぬらりひょんだと月光は気づいたが、もう片方がピーコックと気づくまで少し時間がかかった。
「……アタクシ。ええ、月光ちゃんたちから例の鎌鼬は受け取りましたわ。……天狗の旦那が?すぐ変わりますわね」
電話に出たピーコックの返答は落ち着いている。
奇異、もとい、独特なファッションセンスだが、ピーコックの信頼は厚い。
百合花がそのギャップに笑いを堪えられず、身体を震わせると、月光が小突いた。
「月光ちゃん、天狗の旦那よ」
ピーコックが月光に携帯電話を差し出す。
ぬらりひょんの百鬼夜行でピーコックが敬語を使う天狗、とあれば一人しかいない。
「天狗の旦那が?俺に?」
ぬらりひょんの百鬼夜行の古株である。
いまなお大親分と慕われる、ぬらりひょんに意見できる存在だ。
「……早く出なさいよ!怒られるのはアタクシよ!?」
『聞こえとるわ、バカもんが!!!』
ピーコックが急かすと、電話の向こう側から怒号が響く。
烏天狗の平八郎は巨大な百鬼夜行の主の右腕として厳格に取り締まるため、若手のあやかしに恐れられている。
ピーコックも例に漏れないが、物言いがはっきりしているため、平八郎に可愛がられていた。
「……平八郎の旦那、お疲れさんです」
『
我らのシマを荒らすとは、とんだ身の程知らず。
……身の程知らずと言えば。
世間じゃあ、お前はぬらりひょんの番犬だの言われているが、調子に乗るなよ?』
沈んだ月光の声に横で聞き耳を立てていた、百合花は目を丸くする。
自分と一緒にいる時でもここまで沈んだ声を聞くことはなく、烏天狗の平八郎を月光が苦手としているんだろうか、と百合花は月光の赤い瞳を見つめた。
月光と百合花の身長差は十センチ以上の差があり、必然と見上げる形になるため、上目遣いで百合花は見上げていることに気づかない。
「(黙ってると、すげぇ美人なんだよな。御代って)」
端正な顔立ち。
同性のように気安く接することができる。
動くたびにふわりと揺れる、額を出したミディアムロングヘア。
正直、理想の美人ではあろう。
しかし、口が悪く、煽ったり罵ることも少なくないと頭から振り払う。
声に出ないように息を吐いた月光に百合花は眉間に皺を寄せ、ニヤニヤ笑った。
脇腹を小突いてくる百合花に月光が口をへの字で結び、百合花を睨むとさらに調子に乗りはじめるのだから、タチが悪い。
烏天狗は
あの日以降、烏天狗は月光に厳しく当たっていることは今の通話からでも明らかだ。
月光がぬらりひょんに可愛がられている事をよく思わない、他のあやかしたちに比べれば、小言を言うのはまだマシな方かもしれないが。
「調子に乗ろうなんて思わねーよ。
んなもん気にしてちゃあ、自由なあやかしになれねえだろうが」
『お館様……大親分に恥をかかせるような真似をしないのであれば、好きにするがいい。
しかし、お館様の百鬼夜行にいるのなら、従わなければならないことは山ほどある』
月光は烏天狗の言葉に「はいはい」と返すと、烏天狗はため息をついた。
「……百合花ちゃん、平八郎の旦那と月光ちゃんって親子みたいよね」
「あ、それわかる!思春期の息子と父親みたい」
ヒソヒソと身を屈ませ、ピーコックが耳打ちすれば、百合花が手のひらを合わせてハッとする。
自分が電話越しに説教されてないからって、と二人の方を見る。
百合花とピーコックをぎろりと睨むと、百合花とピーコックは手を振ってきた。
ピーコックに至っては、ご丁寧に身体の
月光の視線に気づいた百合花は「私はやんないよーだ!胡堂のムッツリスケベ!」とニヤニヤしている。
「……結局なんなんすか。
俺にわざわざ電話とは」
通話している隣ではしゃいでいる、百合花とピーコックに呆れると、「呆れるのはワシの方だわ」と烏天狗がため息をついた。
心でも読めてんのか?と月光が考えていると、烏天狗は続けた。
『我らのシマにお館様と古い古い因縁がある、西洋の吸血鬼、スカーレッドの連中の者が忍び込んだとの話が入った』
「はあ?なんでまた。じいちゃんが昔、ボッコボコにして追い返したんだろ?
何回も聞いたぜ、その話」
『十中八九、全盛期と比較すれば、弱体化したお館様を狙ってのことだろう。
スカーレッドはお館様を狙っていてもおかしくないからな』
西洋の吸血鬼、スカーレッド。
全盛期であった頃のぬらりひょんと因縁があり、刃を交えることも少なくなかった。
そんな、ぬらりひょんの武勇伝はその孫とよく聞いていたから、月光はよく覚えている。
「特徴は?」
『お前の携帯に送信する』
月光がスライド式の黒い携帯を取り出すと、二人の女が写っている写真がすでに添付されている。
着信音がしなかったことから、烏天狗の妖術によって送信されたのだろう。
これも日常の一つだが、それは携帯電話を使う意味はないのではと月光は思った。
月光は烏天狗から送られたイメージを確認する。
吊り目でウェーブロングの美人とタレ目でダウナーな雰囲気のあるギャル。
顔がよく似た二人の隣には何か外国語の文字が浮かんでいる。
二人ともきっちりとスーツを着こなしているが、ウェーブロングの銀髪美人の方が胸が大きい。
脚を見せつけるウェーブロングの美人に対し、ダウナーな雰囲気のギャルはタイトスカートの下にタイツを履いている。
共通して言えることは二人とも非常にスタイルがいいことだろうか。
そんな二人が自撮りの形で写っており、お互いの横ピースを合わせた仲睦まじいポーズを撮っている。
百合花は銀髪美人姉妹と言える、二人が映る画面を見る月光に眉を吊り上げる。
『トリッシュとルチアのフェレス姉妹。
そいつらから吐き出させろ、スカーレッドが何をするつもりなのかをな。
お前のツレの術師と一緒に。また報告しろ』
月光は百合花の方を見るも、烏天狗は電話を切った。
「ピーコックの姐さん。携帯返すぜ。ありがとう。
また面倒なこと頼まれた」
「アラ、どういたしまして。
だと思った。貴方の顔がそう言ってるわ、月光ちゃん。じゃあ、アタクシは先を急ぐわね?」
月光のげんなりした表情にンフフ、とピーコックが笑い声を上げる。
腕の組み方や仕草まで妖艶な美女だが、孔雀であること、野太い声が全てを台無しにするが。
「月光ちゃん、百合花ちゃんで何か買いなさい。おネエさんの奢りよ」
ピーコックは月光に携帯を返してもらうと、百合花に五千円紙幣を握らせた。
「あ、やっりぃ!胡堂、もらった!」
「もらっちゃって良かったのか?」
「むしろもらいなさい」
喜ぶ百合花がライトブルーの長財布に紙幣をおさめると、月光はピーコックに小さく頭を下げた。
ピーコックは目を細めると、口角を吊り上げる。
その後、ズンッッ!と鳥脚を露出させ、右足を踏み込む。
すると、一気にピーコックは飛んでいった。
「あの天狗のオッサンに何言われたの?」
「……じいちゃんの
「はあ?何それ!あ、夜食は胡堂ね!私には大事な仕事があるから」
月光に通話内容を確認した百合花は面倒臭そうな悪友の様子に不満を見せた。
不満を見せた後、すぐに今夜の夜食を作る当番を月光に押し付けた。
人差し指を突きつけ、どこか誇らしげに。
切り替えの早さはまさに疾風迅雷、電光石火の勢いである。
「じゃあ、混ぜうどんにするか……」
「またあれぇ!?他になんかレパートリー作ってよ、私はあんたにあんだけ、お菓子の味教えたってのに」
「それなら、炒め物なら満足か?百合花様と。
お前のその大事な仕事ってなんだよ?
言っておくけど、甘いもの自体は好きじゃねえからな」
不満を訴える百合花がわざとらしく、目を潤ませる。
月光が歩き出しながら、頭をかくと、百合花が並んで歩く。
「まさかだとは思うけどよ、菓子を選ぶとかじゃねえよな」
「な、なんのことだか!?別にいいじゃん、あんたも能力のバリエーション増えるんだし?
ドーナツで締め上げたり、ポテチ剣で斬るのは予想外だったけど。
一番はさ、私と言う美少女と深夜にお買い物するといい青春を過ごせること!
感謝しなさいよね」
図星だったらしい。
ただ、学校に通ったことがあるわけではない月光にはいまいちピンと来なかった言葉がある。
それが青春だ。
百合花の目が泳ぎつつも、穴空き手袋を外しながら、先の戦いを思い出した。
「ぶっちゃけ、あんたの戦い方って喧嘩って感じだよね。
昔読んだよ、ケンカ強い奴にタイヤ被せて身動き取れないようにすんの」
「お前がこの前貸してくれた、遊戯王じゃねえか。初期の話だろ」
月光の指摘に百合花がぽんと右の握り拳で左手のひらを叩いた。
「そうとも言いますなー。てか早く行こ!いまの私はお腹空かせた美少女であるぞ!」
「その口調なんなんだよ」
二人はそのまま、深夜に営業しているスーパーに行った。
白髪に赤い瞳をした月光も、ワンピースタイプの詰め襟にパンツルックの百合花も年相応には見えない。
学生服に見えないこともない詰め襟には仕掛けがあるのだろう、と月光は推察している。
「ねー、胡堂。混ぜうどんに入れる、卵はどうすんの?卵茹でんの?百合花先生的には煮卵がいいんだけど」
「煮卵作れって!?……買えばいいだろ、姐さんが金くれたんだし。五千円」
売り場で夕飯のトッピングを月光が吟味していると、小首を傾げながら、百合花が覗き込む。
自分たちの財布からならいざ知らず、ピーコックの奢りで買い物しているなら、その心配はいらないと月光は返す。
「それもそっか。じゃあ、私はあんたに個人レッスンのためのお菓子見に行ってくるから」
百合花は軽い足取りでスナック菓子を見に行った。
「個人レッスンって、ただ菓子食うだけじゃねえか」
ただ、年頃の少年少女が菓子を食べる時間を個人レッスンという百合花。
見目麗しい美少女に言われる言葉としては、刺激的すぎるが、月光は疎かった。
目に入ったソーセージを手にしようとすると、もう一人と同時に手が触れてしまう。
顔を見れば、女だった。
それも銀髪のウェーブロングに加え、金色の瞳の目を惹くような美貌。
四月のまだ肌寒さが残る中、ジャージでかつ黒のシャツ姿。
抜群のプロポーションなためか、豊かな乳房がシャツを押し上げ、まるで海外の女優のようだ。
「あらら!これはごめんあそばせ?貴方様と同時にとは思いもしませんでしたわ?」
彼女は優雅に笑いながら、数本ずつ小分けされた袋が2つ、テープで留められたソーセージを月光に差し出す。
トリッシュ・フェレス。
烏天狗の平八郎が言う、探し人である。
噂をすれば、なんとやらだ。