悪魔姉妹の赤いフェラーリ、ジェイソン13を駆る二人はダビッドソンに跨っている胡堂月光を追っていた。
ルチアはスーパーマーケットで姉と姉がご執心の
向かい風で美しい銀髪を靡かせる、クールな姉が何を考えているのか。
「……お姉さま。あの男に興味を惹かれたんですか?」
「あら、ルチアさん。貴女らしくもない。
今気づかれましたの?……興味深くないですか?あれは稀に見る、
己の
ルチアの問いに肯定も否定もせず、トリッシュの瞳が爛々と輝きを増す。
ルチアはこの仕事を吸血鬼に依頼された時、
それがどうだ。
特殊な素養を持たない人間に対し、こちらの姿が見えないとはいえ、昼間の町中でカーチェイスに興じる。
異国の
正直、ろくなものではないと思うのだが、姉は胡堂月光に興味を持ち始めている。
ルチア・フェレスにとってのトリッシュ・フェレスは自慢の姉だ。
「さぁ、白ワンコさんを追いかけますわ!」
「……はい、お姉さま!」
それがどんなに向こう見ずなところがあれ、姉を信じたいのは人間もそうだろうか、とハーレーに擬態した火車に跨る月光の背中にルチアは思いを馳せた。
「……は、飛び降りた!?」
胡堂月光が何かを火車に打ち込み、飛び降りるまでだが。
同時、トリッシュは助手席から何かを月光に投げつけた。
一方。
朧学園は男女共学の中高一貫校であり、制服は古き良き学ランと赤リボンのセーラー服だった。
昼休みに教室で友人にグチを言っている、御代百合花。
胡堂月光が火車退治の懸念に自分がなっていると知らない。
「でさ、アンコ。ゲコちゃんときたら、私と言う美少女と一緒に青春できてよかったねって言ってるのに照れもしないの。
ほんとさあ、……照れ隠ししてかわいいんだから!」
「そんなにそっけないなら、御代が振ってもおかしくないのに。
良いところあんの?」
アンコと呼ばれた少女は紙パックに入ったジュースをストローで吸いつつ、三白眼を細める。
彼女は本名を
金メッシュを入れた黒髪のボブカットでかつ三白眼、茶色のカーディガンを羽織ってと目立つ容姿ながらも、面倒見が良かった。
それゆえに彼女は百合花の
御代百合花は待ち受け画面のツーショットを見せるようにしつつ、満面の笑みを見せる。
「……聞きたい?」
「はいはい、今のでわかったよ。ご馳走様です」
朧学園高等部中庭のベンチは昼休みの彼女たちの一等地。
ずずいっと距離を詰める、百合花の目の輝きようにげんなりした。
アンコにとって、友人がアイツと呼ぶ人物は印象が良くない。
曰く、白くて背が高い。
曰く、素っ気ないくせにわがままな百合花の思いつきに応えようとする。
百合花はその気まぐれな相手を犬のようと言うが、アンコは気まぐれな猫だと思った。
明るく、愛嬌があり、それでいて美人な御代百合花はアンコの密かな自慢である。
いかに御代百合花の競争率が高いか、相手に教えてやりたいところだったが、ツーショットを見て愕然とした。
噂の“ゲコちゃん”とやらは、長身の百合花と並んで映えるアルビノの長身の美少年だった。
不機嫌な表情ながらも、彼女と並んで横ピースをするくらいには百合花と親交が深いらしい。
「そんなゲコちゃんは他の学校行ってんの?百合花も気が気でないでしょ」
何も言わずに笑顔で例のツーショットを映し出した、画面を見せる百合花の顔を押し除けながら、アンコはため息をつきながら一瞥する。
「アイツは学校行ってないよ」
ベンチに広げた菓子のうち、おっとっとをつまみながら、百合花は
「へー、仕事してんの?やるね」
アンコは百合花に全部食べるなと釘を刺しつつも、初めて“ゲコちゃん”に感心した。
甘いものや菓子好きな百合花と付き合うとなれば、出費も相当するだろう。
どんな仕事をしているか、定かではないにせよ、エールは送りたかった。
堅気に見えないのは内緒である。
そんな時だった、白髪の美少年が現れたのは。
「あ、いたいた!!御代、メシん時に悪いけど、ちょっと手伝ってくれねえ?」
白髪の美少年は百合花を見つけると、小さく手を振った。
ワッペンをつけたフライトジャケット、サルエルパンツにサンダル姿。
短い白髪を風で揺らし、異様に白く、赤い瞳に鈍い光を宿らせている。
身長も百七十センチ中盤はあろうか。
少なくとも、学生ではない。
なにより、周囲に
制服を着ていない、または関係者ではない彼の存在は校内で際立つはず。
なのに、そこにいるのが
「胡堂!私に会いたいのはわかるけど、いまは平八郎
百合花は言葉とは裏腹にまんざらでもなさそうだ。
おじさんとやらは二人の保護者だろうか、と気になりながらも声をかけた。
「アンタが
「それ教えたの御代だろ?」
品定めするような眼差しと言葉に月光は呆れてため息をつく。
「……ふーん?胡堂は私の力要らないんだ?じゃあ、このあと、普通に授業受けて帰るけど?」
百合花が不機嫌になりながらも、月光を小突く。
彼は片手で顔を押さえた後、百合花に手を差し出す。
「急だけど、御代。俺とデートしてくれ」
早退する理由にしてはふざけてるな、とアンコは思った。
ただ、金メッシュを入れている自分とデートを理由にアルビの美少年と学校を早退しようとする百合花は同罪だろう。
「んー、四五点かな。
けど、わざわざ迎えにきてくれたから、悪い気もしないかな?
アンコ、あとお願い。ノート見せてよ。
埋め合わせ絶対するから!お願い!」
百合花はわざとらしく、月光の誘い文句を採点し、アンコの方を向く。
両手を合わせ、百合花は愛嬌いっぱいに片目を瞑る。
百合花のガキ大将のような有無を言わさない姿勢、長い付き合いだが、アンコはため息をつく。
一色杏子は御代百合花の抱える事情を一部
「そいつのこと、また聞かせてよ。
ゲコちゃん、だっけ?百合花になんかあったら、あたしがぶちのめすから」
「ゲコちゃんじゃねえよ、金メッシュ」
アンコの言葉に月光はぶっきらぼうに返すと、月光と百合花は姿を消す。
「……どうすっかなぁ」
一人残されたアンコは残された、並んだ菓子たちを見て呟いた。
☆
二人が姿を消したーーように見えたのは、フライトジャケットの力と百合花の術によるものだ。
百合花の本職はあやかし退治を専門とする退治屋であり、不可視にする術を扱えるのも力の一端である。
対し、月光のそれはぬらりひょんが贈った贈り物たるフライトジャケットに含まれた効果だった。
「んで?相手は誰?」
「火車のダビッドソン。あと、悪魔姉妹に会ったな」
「アッハハハ!地獄の死神なのに?ハーレー?……なんで」
月光が作り出した、わたあめ雲に乗り、百合花は現状を確認した後に真顔になった。
すると、噂をすれば、エンジン音が響く。
「見つけたぞ!ぬらりひょんの犬!よくも、アチキのスピードの魂にチョコを
火車ダビッドソンだった。
よく見ると、自慢の車輪に
ダビッドソンの放つ、熱がチョコレートを溶かしているが、それでも走り辛そうだ。
「……詰まらせんなんてやるじゃん。
なでなでしてやろっか?」
「絶対やめろ。来るぞ」
百合花はニンマリ笑いながら、月光の白い頭に手を伸ばす。
月光が自らの頭に百合花の手を触れさせまいとすると、再度、エンジンを噴かす音がした。
ダビッドソンが火炎を飛ばすと、月光は人差し指と親指以外を握るようにする。
人差し指を銃口に見立て、照準を合わせるスコープの代わりに親指を使って狙いを定めた。
人差し指から霊力で生成したチョコレートの
チョコレートが火で溶ける以上、相性が悪いが、生身である目には効果があり、溶けたチョコレートの弾丸が入ってダビッドソンがもがく。
「アチキのマフラーを詰まらせたチョコレートだな!?二度は効かないよ!」
「でも一度は効いてるんだよねえ!?
胡堂の
私の式神でアンタをぶちのめすなら、この子だ!」
ダビッドソンの勝ち誇った言葉に百合花が煽り返す。
意識を集中させた百合花の手のひらに発光するカードが現れ、藤色の輝きを放つ。
「
閃光を放ち、現れたのは、魚の要素を残す二メートルほどの龍を思わせる式神。
鯉が滝を登り、龍になる。
そんな有名な話があるが、龍になるのは年を重ね、力を磨き上げたものだけ。
藤錦とは、そんな道のりの道中を示す姿である。
咆哮をあげ、とぐろを巻きながらも、藤錦が空中を泳ぐように進む。
ダビッドソンを締め上げるようにすれば、そのサイズ感が伝わる。
百合花は手を動かす動作だけで藤錦をコントロールしているが、それも相当な才能だ。
その道中の半端に近い存在であれ、龍に近い式神を操れるなど、数えるほどしかいないのだから。
なんて、月光は柄にもなく思っていた。
「ぬらりひょんの犬が退治屋と組んでるなんてねえ……!走り回って、新鮮な若い魂を積んで回ったのに足りないって!?
スピードキングにしてスピードスター、最速最強のアチキが!」
藤錦に締め上げられる、ダビッドソンの開いた口の奥から見える青い半透明の球体のようなもの。
それは、魂だった。
スパイシーチップスで刻まれた顔を歪ませ、喚き立てるダビッドソン。
しかし、それはもう負け惜しみでしかない。
「もう良いよ、アンタ。しつこいのって面倒だから、私嫌いなんだよね」
百合花が明るい調子から一転し、煩わしいとばかりに髪をかきあげる。
「藤錦、ごはんだよ」
藤色の龍魚に巻き付かれたダビッドソンは骨格が音を立てて砕け、大きく開いた真っ暗な顎門に飲み込まれた。
断末魔も上げることなく。
「はー!疲れた!ねえ、この後は当然デート……って、胡堂、携帯鳴ってない?」
わたあめ雲の上で伸びをする百合花の言葉に月光は携帯を確認する。
表示は非通知となっていた。
「おつかれさまでした、白ワンコさん。
わたくし、貴方に使い魔をつけてましたのよ?
まさか、それに気づかないくらい、あの
トリッシュの労わりに感情はなく、義務的なものだった。
あのハイクラスを名乗る悪魔に使い魔をつけられていたことに気づけないとは、と月光は不覚を感じる。
それが百合花がいつのまにか、掴んでいたらしい黒い虫を摘んで放り投げたのにはおかしくてたまらなかった。
「あの火車、ダビッドソンはただ暴れて去る走り屋でしかありません。
それも、ある種、本能。
わたくしたちは人間のルールに縛られない。
なら、楽しまなくては損ですわよ?」
「あやかしは自由だ。だから、俺も俺がやりたいようにやる」
朧学園での月光の立ち回りをトリッシュが指摘する際、柔らかな口調に対し、鋭いものだった。
半端な仕事をした部下を叱る女上司のように。しかし、それでも、月光はなんでもないように返す。
まるで、それが正しさだというように。
「縛られないと謳う、貴方はなぜ
トリッシュの問いに月光は返さず、電話を切った。
目の前にむすっとした表情の百合花の顔がある。
百合花は月光の頬をつまみながら、顔を近づける。
「女の声したんだけど?」
「ただのイタズラ電話だ。気にすることじゃねえ」
月光は頭を横に振りながら、誤魔化した。
「お腹空いた!晩ごはんはアンタが当番ね」
百合花はふうん、と見定めるようにした後、月光に告げる。
「また俺かよ」
月光と百合花はわたあめ雲に乗り、龍魚を連れ、空の彼方へと飛び去った。