ウチの湿度高い姫たちは甘いものがお好き   作:ふくつのこころ

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その1!私からの着信はちゃんと気づくこと

 

 巨大な日本家屋である、ぬらりひょんの邸宅。

滑飄(かりょう)屋敷と呼ばれる、この邸宅の一室はぬらりひょんの右腕たる烏天狗・平八郎の書斎がある。

 月光はぬらりひょんの百鬼夜行の構成員の中でもとりわけ、平八郎に説教されることが多かった。

 

「お前はどうしてこうなんだ。

異能(ちから)が使えずとも、霊力操作でやれたはずだ。

必要なかっただろう、退治屋の娘の力は」

 

形代式術(アレ)は術者のレベルが上がるごとに式神が解除される。

平八郎の旦那の趣味は知らねえけど、俺は御代をただケージで飼うような(・・・・・)真似はしねえよ」

 

 平八郎と向き合い、胡座を組んだ月光は真っ直ぐ見据える。

 平八郎に説教を受けている最中の月光が不満げな表情を見せていると気づく。

平八郎は月光とぬらりひょんの孫を叱る時、決して有無を言わせなかった。

それは自らの子供達も同様であり、月光に拳骨を落とす。

 

「ってーなッ!?んだよ、その拳骨はよ!!」

 

「わしはな、月光。

お館様の息子である、二代目やその子の三代目のお目付けもやっとるんだ!

舐めてもらっては困る!」

 

 頭を抱え、睨みつける月光に「まだ足らんか?」と目で威圧した後、平八郎は言葉を続けた。

 

「お前の異能(ちから)の使い方は成長している。

霊力による生成は不得手なものが多い、特に複雑な作りのものはな。

お前ほどの霊力操作なら、あの火車と渡り合えただろう」

 

「最初からそう言えばいいじゃねえかよ」

 

 霊力によって構成することは難しい。

特に同じものを複数生成することより、異なるものを生成することの方が困難を極める。

 胡堂月光の菓子を生成し、“アレンジ”を加えることもできる『バイキング』の使い方を平八郎はなにより評価していた。

そんな月光が御代百合花(にんげん)を駆り出したことが平八郎には解せないのだ。

 なにより、平八郎こそが月光に霊力操作を叩き込み、その才覚を認めたのだから。

 

 平八郎は書斎に常備している、小袋に入って小分けされた煎餅を三枚ほど月光に投げた。

 月光はそれを受け止め、二枚をすぐにポケットに突っ込んだ。

 平八郎が部屋に常備している、煎餅は高価なものである。

 彼の妻になんとか頼み込み、買ってもらっているのだとか。

 まほろば堂の醤油煎餅はしっかりと焼き上げたこだわりのもち米に希少な醤油タレを漬けた、至高の逸品。

 平八郎の好物である。

 

「……旦那、昔からこれ好きだよな」

 

 封を解こうと袋に手をかける月光だったが、平八郎が霊力を込めるだけで封を解くのを見れば、それに倣った。

 説教がひと段落したあたりで煎餅を食べるのは平八郎の昔からのスタイルであるという。

 

「お館様はお孫様……姫様(・・)に洋菓子を買い与えとったが、わしは好かん。

この煎餅に限る。……ヒナ、この坊主とわしに茶を頼む」

 

「そろそろだと思ってたわ。月光ちゃん、この人を悪く思わないでね。

台所に栗羊羹あるから、百合花ちゃん(あの子)に持っていってやりな」

 

 ヒナと呼ばれた、割烹着を着ている烏天狗の女性が盆に湯気の立つ湯呑を二つ乗せて入ってきた。

彼女は平八郎の妻であり、平八郎が頭が上がらない数少ない人物である。

 滑飄屋敷で仕事をする以外は滑飄町で惣菜を振る舞っており、月光の知る家庭の味は彼女が作った料理だった。

 

「いつもありがとうございます、ヒナさん」

 

「良いんだよ、月光ちゃん。

あたしは貴方達を我が子のように思ってるからね」

 

 月光が礼を言うと、卓袱(ちゃぶ)台に湯呑を置いたヒナは「たくさん食べな」月光のフライトジャケットのポケットに割烹着から取り出した、まほろば堂の醤油煎餅を突っ込んだ。

 平八郎が怪訝な顔を見せると、「財布を握ってんのは私だよ」と一喝する。

 彼女をはじめ、ぬらりひょんの百鬼夜行の女性妖怪はみな芯が強い。

 

「……ヒナには大人しいな、昔から」

 

「月光ちゃんは誰が偉いかわかってるんだよ、あんたと違ってね」

 

 茶を飲みつつ、ぼやいた平八郎にヒナは突っ込んだ。

 煎餅をバリバリ噛み砕くと、月光も茶を一口飲む。 

 後味までしっかり濃い煎餅に対し、ヒナが淹れてくれた茶はあっさりした味わいの緑茶だ。

 酒が飲めない平八郎がこれだけはと拘り抜いた茶葉を使っている。

 

「月光ちゃん。今度また店の方、手伝ってくれるかい?

貴方と百合花ちゃんにまたお惣菜あげるから」

 

「喜んでさせていただきます」

 

「可愛げがあるのかないのか……。

お館様とは機を見て墓参りに行けよ、月光。

お前は特に可愛がられてたんだからな」

 

 妻の言葉に二つ返事で答えた、月光に平八郎は小さく笑った。

 煎餅を食べ終え、最後まで茶を飲み干した月光は湯呑と破いた煎餅の包装をまとめた。

 

「そうしますよ、平八郎の旦那。

墓参りに行かなかったら、夢に出ちまうかもな」

 

「あの方ならあり得るからやめろ。そろそろ行ってこい」

 

 冗談めかす月光に勘弁してくれと言う平八郎。

 ぬらりひょんの孫娘の面倒を見ていた平八郎には洒落にならない言葉だった。

 しっしっ、とジェスチャーした平八郎にヒナが軽く蹴りを入れると、平八郎は悶える。

 

「なんとかならないのかい、それは!いくよ、月光ちゃん」

 

「……失礼しました」

 

 月光はヒナとともに台所へ向かった。

 滑飄屋敷はすでに隠居の身であれ、さまざまなあやかしたちがぬらりひょんに助言をもらいに来る。

 他のあやかしとのいざこざ、配下の締め方(・・・)、人との関わり(・・・)

そうしたものにぬらりひょんは応え、彼らから礼の品をもらうのだ。

 会社の社外アドバイザーのような立ち位置だが、それをぬらりひょんは楽しんでいた。

 

 鞍馬山に総本山を置く天狗一派から縄張りを持たないあやかしまで。

その客人(・・)たちは多種多様、月光もぬらりひょんの孫娘と一緒に客人たちの土産を昔はよく楽しみにしていた。

 そんなぬらりひょんと客人のあやかしの話は邸内の奥、ぬらりひょんの部屋でされている。

 

「月光ちゃん、お館様に挨拶していくかい?

今日のお客さんはどうもね」

 

 台所へ向かうにはぬらりひょんの部屋の前を通らなくてはならない。

そして、玄関に向かう時も同様だ。

 ヒナの声色が遠回しに行くように促されているように思え、月光は承諾した。

 

「お茶、俺が淹れてきますよ」

 

「助かるよ、月光ちゃん。百合花ちゃんが待ってるだろうにごめんよ」

 

 月光の言葉にヒナは安堵した。

 ぬらりひょんは昔から部屋を通る月光の霊力を感じ取れば、そちらに意識を向ける。

 月光の反応を愉快に思っているからだ。

 台所で急須に新しく沸かした緑茶を追加し、まほろば堂の醤油煎餅とは異なる客人向けの茶受けを添えた盆をヒナは月光に託した。

 月光が台所からぬらりひょんの部屋の前まで向かうと、声をかける寸前に中から呼びかけられた。

 

「おお、月光。

気が利くな、ヒナに頼まれたんじゃろう?ちょうど、茶を切らしたところでな」

 

「淹れに行くようにとヒナさんから」

 

 月光が伸ばしかけた手が触れる前に障子が開くと、和室の部屋の上座にぬらりひょんが座り、下座に美しい女性が座っていた。

 美しく整えられた黒髪、彫りの深い端正な顔立ちは物憂げな表情を浮かべており、身体の線を隠すように黒い薔薇を描いた水色の着物を着ている。

 こんな美人が訪問したと知れば、ぬらりひょんの愛人は嫉妬するだろうなと月光は内心苦笑いした。

 

「こいつは胡堂月光。わしが昔拾ってきての、孫のようなものよ。

月光、こちらの美人はミズクという」

 

「これはこれは。お初にお目にかかります。

貴方のことは番犬(・・)、と噂ではかねがね。

ミズクと申します。お見知り置きを」

 

 ミズクは柔和な笑みを浮かべ、月光へ丁寧な所作で挨拶をした。

 丁寧な口調にはどこかトリッシュを彷彿とさせ、異性を惹きつける眼差しや声色は惑わせるようだ。

 

「ぬらりひょんの百鬼夜行、若手の胡堂月光と申します。

はるばるおいでくださいました」

 

 軽く頭を下げた月光はしゃがんで急須を手に湯呑に茶を注いだ。

 来客用の茶請けの煎餅を置き、待ちくたびれた顔をしている百合花を思い出す。

それでは失礼します、と月光がぬらりひょんやミズクに頭を下げた時だった。

 

『……若手(・・)、ぬらりひょんの孫のような扱いの貴方が。

ただの若手?そんなはずないでしょう』

 

 小馬鹿にするような女の声が脳裏に響く。

 ぬらりひょんとミズクは会話に戻り、ミズクはうっすら笑いながら、月光に手を振った。

 月光がミズクを訝しむ表情で見つめれば、ミズクは小さく笑って返す。

図星なのか、そうではないのか。

証拠がなければ、ぬらりひょんの庇護にある月光でも立場は悪くなる。

 

「下がって良いぞ、月光」

 

 ぬらりひょんは言葉を待つ月光に優しく語りかけた。

 

「じいちゃ……お館様、また何かあれば」

 

「ああ、またお前さんの力が必要な時は頼むぞ?お前さんは儂の自慢なんじゃからな」

 

 ぬらりひょんの優しい言葉を受け、月光は彼ら二人に再度頭を下げた。

 

『気づかないわけじゃないのでしょう?ほら、かかってくればいいのに。

貴方のねえね(・・・)が……」

 

 月光は再度、自分の心に語りかけた女の言葉にはもう振り返らず、障子を開けて部屋を出た。

 胡堂月光がねえね(・・・)と呼ぶ相手は、この世でただ一人。

 ぬらりひょんの孫娘、朧漣花(おぼろれんげ)だけ。

 台所に急須と盆を持って行く時も月光の気分は晴れなかった。

 

「ありがとねえ、月光ちゃん。

はい、これ羊羹ね。……何かあったかい?」

 

「何も。羊羹が楽しみでずっと考えてた」

 

「月光ちゃんもまだまだ子供だねえ」

 

 ヒナに盆を渡し、冷蔵庫で冷やされていた羊羹が入った袋を受け取る。

 笑顔のヒナから受け取り、月光は頭を下げて滑飄屋敷を出た。

 携帯電話を見ると、百合花から不在着信が来ており、電話をかける。

 

『おっそい!迎えに来たから。いつまで待たせんの』

 

 そんな不機嫌な声と共に肩を叩かれる。

振り返れば、そこに御代百合花がいた。

 




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