御代百合花が思い立ったのは、滑飄町にあるアパート、ぬらり荘二〇一号室で過ごしていた時だった。
月光が暮らせるようにとぬらりひょんが与えた一室であるが、百合花はそこを出入りしているのである。
滑飄屋敷に平八郎の呼び出しで向かい、しばらく戻って来ないのは見えていたため、月光の部屋で百合花は過ごした。
滑飄町を出歩く気分でもなく、漫画を読んで過ごしていたが、それでも退屈は拭えない。
そこでヒナに連絡し、月光は平八郎の説教が終わった後に手伝いをしていると聞いた。
屋敷前に待ち伏せて文句を言ってやろうと思った矢先、青ざめた顔をしている月光を見つけたのだ。
「らしくない顔してんじゃん?」
百合花の服装は黒いシャツに灰色のスウェット、モノトーンカラーのスニーカーを履き、カエル忍者ゲコえもんの絵柄の入った白いキャップを被ったラフなファッションだ。
滑飄屋敷を出た先の石畳の橋の前、そこで百合花は片目を瞑って腕を組んでいる。
「お前、いつから待ってんだ」
「胡堂が遅いから、ヒナさんに連絡した。
一応?少し前からかな?感謝しなさいよね」
ただでさえ、アルビノで青ざめているとより白さが際立つ月光をまじまじと見つめた後、百合花は胸を張った。
不思議と安心する自分に驚きつつも、ヒナに持たされた羊羹を百合花に見せる。
「御代に感謝するよ。で、これはヒナさんからもらった。御代、羊羹食えたっけ?」
「甘いものならなんだって好きだよ。ケーキならなお良いけど」
月光の右手を引っ張り、百合花が歩き出す。
あやかしが暮らす、滑飄町で人間の百合花は目立つ。
月光を示し、百合花はそれほどでもないという。
しかし、退治屋である彼女をよく思わないものも多い。
奔放な百合花の姿は月光には好ましく映る。
何を食べさせて貰おうかなとるんるん気分な百合花の言葉に呆れながらも、笑みが溢れてしまう。
「少しは気分良くなった?胡堂。
優しくて気遣いができる、百合花ちゃんと一緒で」
「お前の優しさがスーッと効いてくるよ」
百合花は月光が聞き流すと思っていた。
不意に漏れた、月光の言葉に一瞬戸惑うも、月光の赤い瞳から目を逸らす。
「……わかってんじゃん」
少し噛んでしまったのは、胡堂のせいだ。
気を利かせて迎えに来た自分に非はない、と言い聞かせる。
赤い顔を見られたら、式神を消しかけてやろうとなった時だった。
「御代」
「ん?どーしたの、ゲコちゃん」
短く呼ぶ月光に百合花は手を握る力を少しだけ加えながら、応えた。
恥じらいたくなるようなことをいう、この
彼が好ましくないという、呼び方をするのは意趣返しである。
「羊羹は夜でいいか。
食いに行こうぜ、甘いもの」
胡堂月光の
「アンタからって珍しいじゃん」
精一杯、余裕たっぷりに振る舞って手綱を握ろうとする百合花。
しかし、その頬の赤らみはしっかりと月光に見られていた。
胡堂月光は宿した異能に対し、甘いものを好まない。
そんな彼に誘われたのだから、と浮き足立ってしまったのだ。
☆☆☆
珍しい月光の誘いにそれなりの付き合いを自負する、百合花が浮き足立ったのは言うまでもない。
月光が彼女を誘うのは、珍しいことだった。
滑飄町のあやかしたちに目撃されていたが、今の月光にそれを気にするほど余裕はなかった。
羊羹をぬらり荘二〇一号室の自室の冷蔵庫に置いた後、
百合花がパンケーキを希望し、入ったのはツリーハウスのような外観の店だった。
「あ、二人でーす」
月光が扉を開け、百合花が先に入ると満面の笑みを浮かべながら、シヨンに髪を纏めた女性店員に左の人差し指と中指を二本立てる。
後から入ってきた月光の容姿に驚くことなく、笑顔を崩さなかった。
「すぐご案内しますね」
店内を甘い香りが漂い、甘いものが苦手な月光一人ならば、来ることもないだろう。
昼時でも流行っているのか、主に女性客が多く見られる。
案内された対面の二人席もこだわった木製のテーブルと椅子という徹底ぶり。
ブラウスの上に店名をプリントしたエプロンを身につけた、シヨンの女性店員がお冷とおしぼりを二人の前に置く。
その後、メニューを差し出す。
その女性店員に月光はどこかで既視感を覚えた。
「また決まりましたら、呼んでくださいませ」
シヨンの店員は月光の視線に笑い返して去って行った。
「……何見てんの?」
百合花がメニューの隙間からじいっとジト目で月光を見る。
「ツリーハウスみたいな内装が気になってよ。
丸太みたいな床とかあるなって」
「そう!オシャレだよね。しかもさ、パンケーキなのにバウムクーヘンも良いんだよね。
何かつながりあったっけ?木とバウムクーヘン」
月光の言葉に百合花は目を輝かせる。
メニューの一番最初にある、特製バウムクーヘンを示しながら、明るく笑う。
「バウムクーヘンの由来が木に関係してるんだっけか?……それで、買うんだろ」
「さっすがー!と、大正解!じゃあ、私はたっぷりベリーと特製ソースがけにしよっかな〜」
有無を言わせない、百合花に月光はため息をつく。
対し、百合花の反応は上機嫌そのものだった。
百合花がたっぷりベリーと特製ソースがけパンケーキセットを注文し、月光はプレーンのパンケーキセットを注文する。
「ご注文はお決まりですか?」
「はい!たっぷりベリーと特製ソースがけパンケーキセット、あとはプレーンのパンケーキセット。飲み物はホットコーヒー二つで!
テイクアウトでバウムクーヘンお願いします!」
再度、注文を取りに来たのはシヨンの店員だった。
ペンを走らせ、注文確認用のメモに記入していく。
「たっぷりベリーと特製ソースがけパンケーキセットが一つ、プレーンのパンケーキセット。
飲み物はホットコーヒー二つ。
テイクアウトはお帰りの際にお渡しいたしますね」
店員が二人の注文の復唱をする。
その後、ごゆっくりお過ごしくださいと去って行った。
「あの人さぁ、あいつみたいじゃなかった?
アンタがじーっと見てたやつ」
百合花も月光と同じ既視感を覚えていたようだ。
「じーっ、なんて見てねえよ。
前に見たツラだなとは思ってたけど」
「じゃあ、答え合わせする?メッセージで送り合お」
月光の言葉に対し、百合花の提案は唸らせるものだった。
トリッシュ・フェレスについての情報は少ない。
ぬらりひょんの因縁の敵に雇われた刺客であること、
悪魔がまじないもかけられていない、電話番号一つ手に入れることは造作もないことに違和感はないが、警戒することな意義はあるだろう。
月光自身もメッセージを送信後、百合花の携帯電話からメッセージを着信する。
『トリッシュ・フェレス』
『トリッシュ・フェレス』
二人は同じ
百合花はあの夜にトリッシュと雰囲気が良かった月光に疑いをかけていた。
トリッシュ・フェレスはその正体はさておき、男の理想とする美女である。
自分より魅力的な彼女を疑わないのでは、と怪しんだ。
キャップを取り、椅子の淵に引っ掛ける。
頬杖をついている月光をじいっと見つめると、赤い瞳と目が合う。
「根拠聞いていい?」
「ここですんのか?迂闊すぎるだろ」
「はあ!?ただ聞いただけだし?良いじゃん、別に!」
ケッと鼻で笑った月光の耳をつまみ、百合花が引っ張る。
絶妙に肘がぶつからないように調整しているのか、実に素早かった。
お冷の入ったグラスをひっくり返さないよう、無意識に気をつけているのがなんとも憎らしい。
これは手慣れてるヤツだ、と月光は呆れた。
常習犯ならではの手際の良さである。
ただ、そんな二人が世間には痴話喧嘩に見えるのは仕方なかった。
二人の注文したパンケーキセットが到着する。
持ってきたのは、あの店員ではなかった。
「たっぷりベリーの特製ソースがけパンケーキ、プレーンのパンケーキお待たせしました」
ナイフとフォークのカトラリーが先に並び、パンケーキが盛り付けられた皿が月光たちの前に置かれる。
「わあ、とっても綺麗!」
百合花は自分のパンケーキに目を輝かせる。
盛り付けられたベリーは光沢を放ち、かけられたベリーソースは色合いの薄いパンケーキを彩る。
百合花が自分のパンケーキの写真を撮った後、月光のパンケーキも撮った。
「まだだからね?まだ食べちゃダメだよ」
「こういう時細かいんだよな」
百合花の言葉にため息をつきつつ、月光はグラスを呷る。
「何か言った?こういうのが大事なんだから」
百合花は何枚が写真を撮った。
その中でちゃっかり月光が頬杖を突き、待ちくたびれたような顔をしている様子もおさめる。
「胡堂も撮影して終わりっと」
「ちゃっかり撮ってんじゃねーよ」
「もう食べていいから、そんな怒んないでってば」
月光の写真を密かにお気に入り登録した後、百合花は不貞腐れた月光を見てくすくす笑う。
わずかにこめかみをひくつかせた月光に対し、百合花はゴーサインを出す。
いただきます、と手を合わせてナイフとフォークを使い、食べ始める月光。
百合花も続いて食べ始める。
パンケーキにかかったベリーソースはイチゴやブルーベリーなど、酸味の中にほのかな甘みがある。
追加できるトッピングにバニラアイスがあったことを思い出した。
プレーンのパンケーキを黙々と食べている月光を一瞥する。
白髪に真っ赤な瞳のアルビノの彼、犬というよりは白うさぎに見える容姿だ。
一七六センチと大きな白うさぎだが、愛想が悪いのは黙っていると帳消しできる。
「胡堂、あのさ。前に私とお昼食べてたアンコいるじゃん?あの子、困ってることあってさ。
助けてあげてくれない?」
「本業のお前じゃなくていいのか?お前、退治屋なんだろ」
百合花の言葉に月光は記憶の海を辿る。
百合花の友人、
「私がやったげたいんだけどさ……。友達だし」
百合花の言葉の歯切れが悪い。
さっぱりした物言いをする、百合花にしては珍しいと月光は百合花の言葉を待つ。
「アンコ、私に遠慮してんの。
何に遠慮してんのか知らないけどさ」
「お前に?」
百合花は眉尻を下げた。
言ってもいいじゃんね、と笑う百合花の笑顔がどこか弱々しい。
月光は驚いたように目を丸くする。
御代百合花がする顔にしては珍しかったのだ。
確かに胡堂月光が知る御代百合花は聞き出すより、何も言わずに寄り添うタイプである。
本人は自覚がないだろうが、指摘すると百合花は怒るだろう。
妙なものが聞こえたことで心をかき乱されたところに助けになった礼を返したい。
恥ずかしくて言葉にはできないが、月光なりに百合花の力になりたかった。
「人間も大変だな。いろいろ。……むぐ」
月光の言葉に百合花は笑みをこぼすと、百合花は切り分けたパンケーキを月光の口に突っ込んだ。
「
私にもあーん、してくれない?」
突っ込まれたパンケーキを咀嚼する。
口の中で広がる、酸味と甘み。
甘いだけではない、その味わいは月光にも好ましかった。
咀嚼しながら、百合花を見つめる。
やはり、彼女はさりげない気遣いができる優しさがあると月光は感心した。
月光がパンケーキを切り、百合花が食べやすいサイズにした後、生クリームがたっぷりついた部分をフォークで突き刺して口元へと運ぶ。
月光が百合花にあーんするとき、百合花の顔が少し赤らんでいることに気づく。
「……一言ないの?」
「あ、あーん……」
月光のフォークが百合花の口元に運ばれ……
「……は?ねえ、いまのは私に胡堂が!あーん、してくれたんだけど?何よ、アンタ!」
「……んふ、美味しい。
とっても甘くて、素敵な味」
シヨンの女性店員は妖しげに瞳を輝かせる。
その姿は銀髪に赤い瞳をした悪魔、トリッシュ・フェレスに変化した。
美貌のトリッシュに戻り、口元についたクリームを拭う動作が艶かしい。
まわりを見渡せば、客や店員たちは違和感を覚えていないようだ。
トリッシュ・フェレスの悪魔の術が違和感を与えないようにしているのだろう、と月光は推測する。
「トリッシュ・フェレス!?なんでアンタが!」
ただ、気に入らないのは御代百合花である。
トリッシュを指差し、ふるふる震えていた。
月光の手にしているフォークを奪い、ナプキンで拭う。
「噂をすればなんとやら、ですわ。
わたくし、ワンコさんが
まさか、あんな子供っぽいやりとりをされるとは……」
「私の白いのに触れんな!」
からかうようにトリッシュは笑いながら、月光の頬に手を添えるが、面白くない百合花はその手を離させた。
「あらあら、デコネコさんときたら。
独占欲がお強いようで?
貴方がたのお言葉でいう、メロいでしたか?
ワンコさんは女誑しでいらっしゃるのね」
しかし、トリッシュの余裕は崩れない。
くすくす笑いながら、月光を興味深そうに見つめている。
「悪魔、お前の目的は?何を命じられてきた」
月光のストレートな問いにトリッシュはにっこり笑って答える。
「わたくしたちにお仕事をお願いされた方のお名前は明かせません。
ハイクラスなわたくしたちはプライバシーを守りますもの。
貴方がそれ以上の報酬でも出さない限り、ね?」
トリッシュは月光の頬から顎へ人差し指で撫でた後、くいっと持ち上げながら、その瞳に見つめられる。
百合花がトリッシュの手を剥がそうとするも、動かすことさえままならない。
「万力みたい、こいつの手……」
トリッシュは百合花の言葉にあらあら、と笑いながら百合花の手を軽く払う。
月光に見せつけるようにボディラインを強調しながら。
「無闇に
かわいいワンコさん?」
トリッシュは月光に笑いかけながら、請求書を見せつけた。
「……悪魔ってクソ真面目だな」
感想などありましたらお待ちしております。
正体が明らかになるの、良いですよね