喧嘩をふっかけてきた相手を返り討ちにしてはブチのめし、
しかし、一方で両親を失った後に妹を気遣える優しさもある。
そんな男は自分に憑いた
妹からは守護霊、他者には悪霊と称される、
しかも、その黒騎士は真次郎の制御下にないのだ。
しかし、その猛威を振るう
ただ、杏子が兄についた
「あたしが百合花にゲコちゃんのこと知りたいって言ったのは、勘でしかないけど、兄貴の
……まぁ、百合花がどんなヤツと付き合ってんのかって興味もあったけど」
ひととおり、話し終えた杏子はどこかおずおずしながら月光を見た。
「よろしくお願いします。兄貴を助けてください」
そして、小さく頭を下げる。
百合花は杏子から月光に向ける表情に気づき、月光の手を優しく握った。
「ゲコちゃん。お願い」
「御代がシリアスなツラしてるし、受けねえわけにはいかねえか」
百合花のすがるような表情に月光は内心驚愕しつつも、小さく息を吐く。
自分も随分とお人好しだと思うが、面倒見のいい百合花だからこそ、月光は彼女の助けになってやりたいのだと思える。
『人間も、あやかしも。
仲良く暮らせたらいいなぁ、と私は思うよ。もちろん、半妖である私やお前も暮らせる世界だ。
そんな私の夢にはお前の力が必要だ。
月光、お前の力、ねえねに貸してくれる?』
脳裏をよぎったのは、生前の姉貴分の声。
彼女はその夢をもう叶えることはできないが、こうして半妖である自分の力を杏子は借りに来た。
どんな思いで今日この時を迎え、月光たちに打ち明けたのか。
あやかしは自由、と謳うならば、この頼みは断っても構わない。
他者の悩みに囚われる必要など、どこにもありやしないのだから。
それでも、そうしない・そうできない理由が月光にはあった。
自由を謳うのならば、
「それで、その兄貴はどこに?」
「兄貴なら、夜遅くにしか帰ってこない。
それで朝早くに出かけて行ってるみたいだから」
月光が杏子に尋ねると、杏子は携帯電話の画面を見せる。
百合花もお気に入りマスコット、カエル忍者ゲコえもんが手裏剣を構えたストラップが揺れた。
月光の視線がゲコえもんに向けられたことに気づくと、杏子は視線を逸らす。
【一色兄妹チャットルーム(2)】
既読『兄貴、いつ帰ってくんの?』
(杏子が投下したらしい、カートゥーンのコヨーテが駆け回るスタンプ)
『同じ時間に帰る。
杏子、またメシだけ置いてくれ』
既読『たまには一緒に食べよ』
(兄の既読無視に地団駄を踏むスタンプの投下。
チャットルームの会話はここで終わっている)
「知り合いからは何か聞けない?」
「親しい関係の人はそんなにいなかったはず。一色真次郎って言う、名前だけ一人歩きしてるくらいに
百合花がチャット内容を確認した後に杏子に尋ねると、彼女は首を振った。
気の許せる関係の人物が少なく、それでいて名前だけが一人歩きしている。
となれば、考えられるのは月光のように悪評のせいで名前が有名になっていると考えていいだろう。
この現代、そんな不良漫画の展開と遭遇することになるとは思いもしなかった。
「悪霊に憑かれて喧嘩に強いってさ」
「言うな」
百合花が何かに気づいたように月光に振り向く。
何か彼女にとって心が躍るのか、声色が弾んでいる。
月光が同じものを連想したが、言うまいとしたことを百合花は構わず続けた。
「いやだ。言う。承太郎みたいじゃん?」
「確かにそれっぽいけどさ」
杏子は百合花の言葉にくつくつ笑った後、顰めっ面を見せながら、ため息をつく。
「私は最強でも不器用な承太郎が兄貴は嫌だな。家族に危険が及ぶからって離れて行こうとすんじゃん」
杏子は立ち上がっては、棚の上に飾っている写真立てを一つ手に取る。
その写真は幼い真次郎が杏子の手を引き、笑顔で写っているもの。
秋の彩り鮮やかな紅葉の木を背景としつつ、並ぶ兄妹は仲良しそのものだ。
百合花も感じるものがあるのか、優しい眼差しで眺めている。
「兄貴ならポルナレフがいいな。
形兆みたいに几帳面じゃなくってもいいから、あたしと一緒にいてくれる兄貴がいい。
どんな
杏子の語る口調は寂しげだった。
名前の挙がった二人は対照的なスタンスを持つ。
唯一の肉親のために生まれ持った力を極限までに磨き上げた、明朗快活な騎士。
目覚めた力で一族の宿敵を倒すも、それ故に彼は危険が及ばないように家族から離れた無敵の男。
月光はどちらのことも百合花から借りた本編を読んだため、よく知っている。
「あと、兄貴に憑いてるのは悪霊じゃない。
杏子は眉尻を下げながら、困ったように笑った。
百合花は月光の手を名残惜しそうに離した後、杏子を優しく抱きしめる。
月光はそんな百合花に小さく笑みを見せた。
「俺は御代のなんだかんだ言って他人を放っておかねえところ、嫌いじゃねえよ」
思わぬ月光の顔と言葉。
真っ白な顔は普段は表情が大きく変わらない癖に時折、不意打ちするのが困ると百合花は唇を尖らせる。
百合花はしばらく見惚れた後、ぐぬぬと言った様子で減らず口が叩こうにも、上手く出てこない。
「何そのレアな顔。
放っておけないからやったんだからね。
アンタとアンコだから、やってやってんの。
……バカ、アホ、おんなたらし」
それが百合花なりの抵抗だった。
その後、月光たちは一色家を出た。
式神を持たない月光は一色真次郎を探すため、
一色家から出る際に杏子から借りた真次郎の写真を手にだ。
杏子には真次郎が家に戻る可能性があるため、家に残らせる。
百合花のことは杏子の身辺を守らせようと置いて行こうと月光は考えた。
「白牙置いてくから。
私はか弱い女なんだからね?アンタみたいなインファイターじゃないの」
「相性次第じゃァ、お前の方が強いけどな。
水も炎も菓子の天敵だし」
「能力なくっても素手で叩きのめすじゃん」
よく言うよ、と百合花は腰に手を当てながら月光を見上げた。
月光は両手を叩き、小さな丸型ビスケットを左掌に生成する。
百合花はビスケットをつまみ、まじまじとそれを眺めた。
「まあ、そう言うことにしてあげる。
けどさ、よくできてるよね、これ。
食べられんの?てか、どうなってんの?」
「自分の
使い方によっちゃあ、敵に食わせることもあるけど」
百合花の疑問に月光は眉をひくつかせた。
不満ながらも月光と百合花は分かれて一色真次郎を探すことに。
月光が分かれて探すことを提案したのは、“
百合花には百合花の繋がりで力を貸してほしいと月光は伝えた。
「まあ、アンタが私の力を頼りにしてるって言うんなら、この百合花さんがアンタのために力になったげる。
けどね、
ここでもやはり、トリッシュ・フェレスは彼女の中で月光と一人で会わせたくないらしい。
ただ、
気乗りしない選択肢であれ、ある程度は譲歩してくれる様子。
「会いに行く時はお前連れてくんなら、良いんだろ」
「会いに行かないから、って言わないのが胡堂らしいね。なんっにもわかってないなぁ、アンタは」
私がいなきゃダメなんだから、と百合花が言った後に踵を返し、その足を止める。
月光に振り返って近づいた後、自分より十センチ以上背が高い月光の胸倉を掴んで引き寄せる。
「……私はアンタやあやかしたちみたいに霊力の残滓がわかる。力はいくらでも貸してあげるから、誤魔化して行ったりしたら嫌だよ?
良い子にしててよね」
霊力を感知するには一種の訓練が必要だ。
“隠れて会いに行かないでね”。
百合花は言葉にすることで“常に私は見ている”と念押しするつもりらしい。
顔を近づけながら言う百合花の目にハイライトはなく、月光は圧されかける。
しかし、月光は胸倉からそっと百合花の手を離させた。
「GPSより厄介だな。
俺に
「しかも、GPSより高性能だもん。
……胡堂はそれでいいの?」
月光の出した条件に驚いた百合花の目にハイライトが戻った。
「じゃあ、作ったげる。その代わり、約束破ったらダメだからね。
約束破ったら、ご飯抜きだから」
月光が持ち出した条件におかしくなったのか、百合花はくすくす笑いながら了承する。
上機嫌な百合花は月光の乱れた襟を整え、鼻歌まじりで向かってしまう。
「あれで良かったのか?」
月光は彼女の表情の変化の理由がわからず、首を傾げるばかりだった。
女心がわからない月光はそのまま、調査を行う。
一色真次郎の名は有名らしく、彼の写真を見た多くはこう言った。
「やめときな、一色真次郎に関わったら、悪霊に
「おお、怖い怖い。俺たちも見てんだわ。バカが難癖つけて、気づけば地面とキスだぜ?」
一色真次郎は
難癖をつけた相手はいつのまにか、地面と
この二点は月光が誰に話を聞いても違いがなかった点であった。
ただ、喧嘩を売った相手が返り討ちになったと言うような言い方でなかったのは、殴られた本人たちが自分の面子を気にして言い換えたのだろうと推測する。
「情報、助かる」
「それだけかよ?感謝すんなら形になるもん用意してもらわなきゃなあ?良い上着着てんだ、それか金か置いてけ」
路地裏で月光が聞き込みをした彩り鮮やかな髪色の二人は月光の言葉にニヤリと笑い、月光が着ているフライトジャケットを示した。
月光のフライトジャケットはぬらりひょんの霊的な能力を込めた、特別な品。
上等な素材でできている、それは
ナイフを手にして突きを繰り出す金髪の不良の腕を掴み、月光は素早く腕を掴んで一本背負いの構えで投げ飛ばす。
不良はコンクリートの上に叩きのめされ、背中に走る痛みに苦悶する不良の手を蹴ってナイフを溝に滑らせた。
「
「礼なら言った。
それにたいしたこと言ってねえだろ、お前らは。
ナイフ先に向けてきたのはそっちの
一乗寺と呼ばれた不良にもう一人のピンク髪が駆け寄り、月光を睨みつける。
先にナイフを向けられ、刺されかけたのは月光の方だと言うのに、これでは月光の方が加害者だ。
月光が心底不愉快そうに写真を手にしたまま、ポケットに手を突っ込む。
「とっとと、連れてけよ。
「そこの白い奴の言うことに従っとけよ、お前ら。
お前らとそいつの実力差がありすぎる」
月光が不満げに吐き捨てると、ぶっきらぼうな口調でかつ低い声でもう一人の男が現れた。
月光以上の長身でかつ鋭い目つきの男は緑色の上着を羽織り、ニューヨークヤンキースのキャップを被っている。
その傍らには一色家で見た黒騎士らしいものが佇んでいた。
その男がすぐに一色真次郎だと月光は気づく。
黒い鎧に身を包み、頭部を覆う兜の襟足からは長い金髪を覗かせ、手には巨大な大剣を持っている。
黒騎士は不良二人には見えないようだ。
「お前は……
『こいつなんか知らねえよ』
ピンク髪の不良の言葉を月光と真次郎は否定する言葉は同時に発せられる。
この場に彼ら二人のそっけないやりとりに横槍を入れられる者はいない。
覚えてろよ、とお決まりの捨て台詞を吐いてピンク髪の不良は片割れを連れて去っていく。
「一色真次郎ってのは、アンタか?」
「だとすれば、どうする?俺はいちいち殴った奴を覚えてちゃいねえ。
そんな奴にお礼参りなんてしても時間の無駄だろうによ」
月光も真次郎も喧嘩腰な口調で互いの様子を、次の動きを伺う。
半分あやかしである、月光には真次郎の隣に佇む黒騎士が今にも月光へ飛びかかりかねないのを察知する。
真次郎は月光の視線に気づくと、驚いたような表情になった。
「テメェ、まさか
俺に憑いてる
「あん?答える必要はねえよ。
アンタを気にかけてる奴に頼まれた。
一色真次郎の悪霊をなんとかしてくれ、ってよ」
真次郎の言葉に対する、月光の言葉はもはや答えだった。
「……杏子だな。
でもなあ、抑えが効かねえんだ。
もうどうなっても知らねえぞ、白髪野郎!」
黒騎士が大剣を手にその鈍重な鎧を纏う姿に似つかわしくない、速度で月光に向かってくる。
その
「やってみなくちゃわからねえよ」
それは宣戦布告だった。
真次郎のモチーフはペルソナ3の荒垣さんです。
ビジュアルはペルソナ5の岩井のようなアウトローっぽい感じですね。
感想などありましたら、よろしくお願いします。