医務室の扉は咲夜さんが直したらしいよ!
「……………ん…。もう朝………?」
寝ぼけ眼を手で擦ろうとした。
「……………え…?」
その時、手が動かせないと気付いた。
「………え、な、何?何処…な、え…?」
辺りを見渡す。でも、真っ暗で何も見えなかった。
「な、何だよこれ…!?僕が寝てる間に何が…?」
自分の身体を見る。椅子に身体を張り付けられ、両手両足には罪人が付けているような枷がついていた。
「………だ、誰が一体こんな事───」
「あぁ、起きたのね。」
ふと、少女の透き通るような声が聞こえた。
聞き覚えのあるその声に、思わず前を向くと………。
「……………レ、レミリ…アさ………ん……?」
そこに居たのは昨日和解した筈の吸血鬼。
手に握られていたのは………。
「………っ…あ………!
ひ………!ひ……ぇ……!」
血に塗れたナイフと、先端が錆びれたペンチだった。
「昨日は有難うねぇ虹星。お陰で嬉しかったわぁ。」
少女が近づいてくる。右の腕からはポタポタと紅い液体が滴り、左の腕からは気が狂いそうな程にカチカチと音が鳴り響いていた。
「や、やめ………!ま、まっで…こないで……!」
吸血鬼は僕の言葉などつゆ知らずと言わんばかりに此方へと一心不乱に歩いて来ていた。
「私ね、貴方を気に入ったの。自身の傷を、苦しみを顧みず、私を赦してくれた貴方を。」
「あ、ああ、やめっ、く、くるなぁ」
「だからね………ふふふ…。」
僕と彼女の距離が縮まる。残り三歩。
「くるなくるなくるなぁぁぁぁぁ」
「私ね、心に誓ったの。」
さらに縮まる。残り二歩。
「いやだっいやっいやっいやっいやぁぁだぁぁ」
「私が貴方を………。」
残り一歩。
「あ、あああ、あ、あ、あ……………。」
「タベテアゲルッテ。」
「ああああああっ!!!!!!」
ベットから飛び起きる。
「あっ………ぐ…う………!」
途端身体に激痛が走る。塞がりきっていない腹の傷。
「はぁ…はぁ、はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」
上手く呼吸ができない。息が吸えない。苦しい。
「は、はっは、はっはっはっはっはっはっはっ」
身体は涙と冷たい汗でびしゃびしゃだった。
紅魔館は涼しいのに、汗が止まらなかった。
ふと、コンコンと扉から音が鳴った。
「虹星君、起きてるー? 入っても大丈夫ー?」
美鈴さんの声。今の僕には天使の歌声のよう。
「…………っ…あ………あ………は、い………。」
何とか声を絞り出し、返事をした。
扉がガチャリと開き、美鈴さんが部屋へと入ってくる。
「お早う虹星君。え〜っと………昨日は色々とごめんね………き、今日はよく眠れたかな?」
上手く声が出せない。気持ち悪いくらいに喉がからっからだった。
「お、え、あ、み、みず……………。」
「……………水?水が欲しいのね。」
美鈴さんがその声を拾い、部屋に置いてある水差しでコップに水を注いで渡してくれた。
コップの水を口いっぱいに飲み込む。
どろどろとした恐怖を、苦痛を身体の奥に流し込む。
「………はぁ、はぁ、はぁ………。あ、有難うございます美鈴さん。………お陰様で良く眠れました。」
目を瞑り、にっこりと笑った。
「………本当に?汗も凄いし、顔色も悪そうだよ?
この部屋は………と言うか、紅魔館自体パチュリー様の魔法のお陰で涼しいから熱中症になるとは思えないけれど…それとも、悪い夢でも見たの?」
「………っ…!」
その言葉を言われた途端、狼狽し、顔を顰めてしまった。
「ふふふ、その顔を見た限り、その通りみたいだね〜。………ほら、美鈴お姉さんが来たからもう大丈夫だよ〜!」
美鈴さんが両手を広げ、こちらに近付く。
「…………って、あれ?」
抱きすくめられる直前、目の前から美鈴さんが消えた。
「………さっさん。」
気がつくと、自分は咲夜さんにお姫様の様に抱きかかえられていた。
「………美鈴?昨日言った事をもう忘れたと言うの?」
「ゑ。え、え〜っと………虹星君が悪い夢見たみたいで…だから、慰めてあげようとしたんですよ!下心はありません!絶対にないと誓います!」
「………はぁ、貴方はどう思うの坊ちゃん?」
「………慰めて頂けるのは有難いですけれど…ハグは、やっぱり恥ずかしいので………い、嫌ではないですよ!」
自分の言葉を聞いた途端、やはり美鈴さんの頬が膨らんだ。
「………む〜。」
「………分かった?年頃の子にハグなんて以ての外よ………さっさと、門へ戻りなさい。」
「………はぁ〜い。虹星君、私はいつでも待ってるから必要になったら呼んでね〜!」
美鈴さんはそう言いながらこちらに手を振りつつ、門へと戻っていった。
「……………必要な時ってどんな時なんだろ…。」
「門番が必要な時なんて無いわよ、私がいればそれで充分。………所で、調子はどう?悪夢を見たって言っていたけれど………その様子だと、あまり寝れてはいないみたいね。」
「………い、いえ…よく寝れはしましたよ?ただちょっと………目覚めが悪くって。」
「………ま、これ以上寝るのも良くなさそうね。顔を洗いに行きますよ。」
その後はさっさんに連れられ洗面所へ。
顔を洗って額の汗を流し落とした後は、部屋へと戻って朝食を頂いた。
「………それじゃ、私は館の仕事に戻るから安静にしておきなさい。」
「は、はい。有難うございます…。」
「………そうだわ、最後にもう一つ。」
さっさんはそう言うと、僕の頭に手を乗せポンポンと頭を撫でた。
「………え?え、えっと…さっさん?」
「朝から顔色悪いもの。無理をしては駄目よ、坊ちゃん。」
そう言うとさっさんは能力でパッと消えてしまった。
「……………皆、優しいなぁ。」
───そう、優しいのに僕は………。
その時、部屋の扉がいきなり開かれた。
「………!?な………!?パ、パチュリーさん…。」
「虹星、今日分の診察をしに来たわ。」
「………せめて、ノックとかして下さいよ。凄い驚きましたよ?」
「………別いいでしょう?やましい事は………あー、ごめんなさい。今度からは気をつけるわ。」
パチュリーさんは喋っている途中で一旦黙ると、何かを察したように暝目した。
「何の沈黙ですか今のは………。」
「まぁそれはどうでも良いわ。それより、貴方の話し相手をご所望の子がいるのよ。私は診察するからその子とお話ししといて貰える?」
「………僕なんかで良ければ構いませんけど…。」
「そう。………ほら、そろそろ入ってきたらどう?」
パチュリーさんが扉をチラリと見ると、ひょこっとフランが顔を出した。
「………話し相手は私じゃ無いよー!……ほら、虹星とお話ししたいんでしょ?早く入って───」
お姉様。
その言葉を聞いた瞬間、顔が引き攣り身体が震えそうになる………それを無理矢理制止した。
大丈夫だ、落ち着け。
あれは夢………本来のレミリアさんは優しい方だ。
だから……….絶対悟られるな。
「……………ふー…。」
軽く深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。
「ちょ、ちょっと待ってフラン!私は別に彼とそんなに話したいって訳じゃなくて彼が一人だとつまらなそうだから話し相手になってあげようかなって考えただけで別に私はそこまで話したいって訳でも無いのよだから私が一方的に話したいような言い方は─────」
「ほら、ぶつくさ言ってないで入る!」
フランが腕を引っ張り、彼女が部屋へと入って来た。
「………っ…!レ、レミリアさん。僕のは、話し相手になって頂けるのです…か?」
一瞬、声がどもった時にパチュリーさんに睨まれた気がする………いや、絶対気のせいだ。バレてない…!
「……………。」
一方、レミリアさんは部屋に入っても無言のままだ。
「レ、レミリアさん?」
再び話しかけても、何も返答は返って来ない。
顔は………見るのが怖かった。
「ほら、何か喋らないと。お話にならないよ〜?」
横目でフランを見ると、思いっきりニヤニヤしていた。
「………ふぇ!?え、ええそうね!ご機嫌よう虹星!今日はいい天気ね!」
あまりにも急に捲し立てて話すものだから、少し面食らったけれど…何とか返事をした。
「は、はい。今日はいい天気ですね。」
途端、流れる沈黙。
パチュリーさんとフランの二人を見ると、パチュリーさんは布団に顔を埋めて身体を震わせ、フランはだらしない位に顔をニヤつかせていた。
………レミリアさんはどうしたのだろう?
「お話しするんじゃ無かったのぉ?ちゃんと喋らないとお姉様ぁ〜。」
「え、ええ!分かってるわ!え、えと…こ、虹星、貴方の事について聞かせて頂戴?えー、す、好きな食べ物は?しゅ、趣味とかはある?す、好きな人のタイプとか!!!」
「え、え〜と………。」
ふと二人を見ると、パチュリーさんは片手でお腹を押さえながら大きく震え、もう片手でベットを叩きまくり、フランは地面に崩れ、同じくお腹を押さえて震えていた。
「えと、えっと、他にも色々聞きたくて、だからあの、その………。」
「…………ふー、満足したわ。くっ…ふふ………。フラン、レミィを部屋の外へ連れ出してあげて。」
「ふへほひひ………。分かったぁ〜。」
「えっ!?ちょ、ちょっと待ちなさいフラン!まだ話は終わってないじゃない!」
「全然お話になってないよ〜。ここは一時撤退して、今度は話の内容を考えてから来ようね〜!」
フランはそう言いながらレミリアさんを部屋の外へと引っ張って行ってしまった。
「………レミリアさんはどうなされたのです?」
「ふひ………何故かしらねぇ。緊張してたのかしらねぇ。何で虹星に緊張してるのかしらぁ、貴方は心当たりない?」
パチュリーさん………顔が凄い何というか………普段からは想像もつかないくらい口角上がってる…。
「え、えーと………僕に対する罪悪感…何ですかね。結構思い詰めてたようですし…。」
「そうかもねぇ。でも、もしかしたらもっと別の感情かもしれないわよぉ?」
「……………何なんでしょうね。」
その後は、昨日と同じように診察をしてもらい、傷の様子を見てもらった。
傷は悪化したりはしていない様だった。
「それじゃ、診察は終わり。………最後に一言伝えておくわ。」
パチュリーさんはそう言うと、今まで散々ニヤニヤしていたのにも関わらず、急に真剣な顔になってこちらを見つめてきた。
「くれぐれも………無理はしないように。辛い事は誰かに吐き出した方がずっと楽よ。」
パチュリーさんはそう言うと、じゃあと言いながらそそくさと部屋を出て行ってしまった。
こんな事、誰かに伝えられる筈が無い。
もう誰にも迷惑は、悲しい思いはさせたくない。
僕で、僕一人で何とかするのだ。
お嬢側の描写については次話で
次話は相当重くなりそうですが。