|´ー`)ノ ⌒ ゚サクヒン ポィッ
Σd(ゝ∀・)カンソウ ァリガトォ♪
[壁])≡サッ!!
この日を境に、時間は銃弾よりも速く流れるように感じた。
レミュアンとフィアと三人で大学を過ごすようになり、気付けば、毎日のどこかに必ず誰かの声がある生活になっていた。
速射、狙撃、室内制圧。演習場では、毎日のように何かしらの種目でスコアを競い合った。狙撃ではレミュアンに一度も勝てず、速射ではフィアに頭が上がらず、室内制圧だけが、辛うじて僕の得意分野だった。もっとも、その得意分野ですら、二人に「動きが雑」と容赦なく採点されるのだが。
放課後はアイス屋を探しては、三人で店をハシゴした。
「次、あそこの角の店。新作が出たらしいわ」
「まだ食べるの? もう三軒目だけど」
「三軒目だからこそ、よ」
レミュアンが笑顔で押し切り、僕が曖昧に頷き、結局四軒目、五軒目まで付き合うことになる。後半になるとフィアの口数が目に見えて減り、六軒目の店先で、ついに爆発した。
「いい加減にして! 寒い! 冷たい!しかも甘い! もう口の中の感覚ないんだけど!」
「悪い悪い、でもフィアも普通に完食してたよな」
「出されたものは残さない主義なの!」
怒りながらもコーンの先まで食べ切るあたり、彼女らしいと思った。隣でレミュアンが肩を震わせて笑っているのを見ながら、僕はこの何でもない時間を、胸の奥にそっとしまっておいた。
そんなこんなで、季節が一つ巡りかけた、ある日のこと。
僕は、レミュアンに呼ばれた。
「ムミヤ、貴方、扉ぐらい蹴破れるわよね? 少し力を貸してほしいんだけど」
廊下の突き当たりで待っていた彼女は、挨拶もそこそこに、まるで荷物持ちでも頼むような軽さで、そう切り出した。
あまりに唐突な頼みに、僕は一瞬、聞き間違いを疑った。
「別にいいけど、どんなシチュエーションだ? ここの扉なら、大半が金属だよな。行けるか? 行けるか……」
後半は、ほとんど独り言だった。頭の中で、蝶番の位置や、扉の厚みを勝手に計算し始めている自分がいる。パトリツィオの家で叩き込まれた「突入前の確認癖」が、こんなところで顔を出すとは思わなかった。
「ええ、あなたなら金属の扉でも、蝶番を破壊すれば行けるわよ!」
レミュアンは、さも当然のように言い切った。その自信満々な顔には、僕の力量に対する疑いが、一欠片もない。
「何なら、教授から発砲の許可は貰ったわ」
「いや、そこ、軽く言うところじゃないだろ」
学内での発砲許可を、なぜ扉一枚のために取り付けられるのか。突っ込みたいことは山ほどあったが、彼女の涼しい顔を見ていると、どれも口に出す前に、喉の奥で丸まってしまった。
「それにしても」
僕は、顎に手を当てて、わざとらしく首をかしげてみせる。
「レミュアンの銃撃で壊れない扉とか、開けようとするだけ無駄なのでは?」
半分は本音で、半分は冗談だった。彼女の狙撃精度は、今や学内でも噂になるほどだ。蝶番の一点を正確に撃ち抜くくらい、造作もないはずだった。
「てか、もしや人手いる? フィア呼ぼうか?」
ふと思い付いて、携帯端末を取り出す。三人で動くなら、フィアがいた方が、間違いなく心強い。
「ああ、まあ、最悪いなくても良いかしら」
レミュアンは、そう言って、僕の端末を持つ手をやんわりと押さえた。
その仕草に、ほんの少しだけ引っかかるものを覚えた。普段の彼女なら、人数は多い方がいい、と言うはずなのに。
「それに、か弱い乙女に、扉破壊なんて大仕事をやらせるつもり?」
彼女は、悪戯っぽく目を細めた。
「筋力があるのは、あなたの方でしょ。よろしくね」
「か弱い乙女は、狙撃で扉の蝶番を撃ち抜いたりしないと思うんだけど」
「あら、何か言った?」
「いえ、何でも」
圧のある笑顔に、僕は素直に白旗を上げた。昔から、この人にだけは、どうしても口で勝てる気がしない。
それでも、その押し切られる感覚が、どこか懐かしくて心地よかった。孤児院の裏庭で、ボール遊びのたびに「命令すんな」と返していた頃から、僕たちの力関係は、たぶん何も変わっていない。
「そういや、何するために呼んだんだ?」
肝心なことを聞いていなかったと気付いて、僕は改めて尋ねた。扉を壊す、という手段だけが先行していて、目的を何も聞かされていない。
「いやね、言わなくても、分かるでしょ」
レミュアンは、呆れたように肩をすくめた。
「スプリア、聞いたことあるでしょう?」
その名前には、確かに覚えがあった。
講義室の一番後ろの席に、いつも置かれている小型のドローン。教授が出席を取るたびに、そこから合成音声の「はい」が返ってくる。その持ち主が、同じ学年の工学の天才だという噂は、入学して間もない頃から耳にしていた。
「ドローンで出席してる、工学の天才だろ。顔は見たことないけど」
「そう、その子。教授も弱みがあるらしくて、手が出せないらしいのよ」
「まず、教授をクビにしろという話では?」
思わず本音が漏れた。教育機関として、それは随分と情けない話ではないか。
「それはそうと」
僕は、気を取り直して続ける。
「あの引きこもり姫を、どうして引きずり出そうと?」
その問いに、レミュアンの表情が、ふっと真剣なものに変わった。
「スプリアはね、もう三十日も部屋から出てないのよ?」
「三十日」
数字を口の中で転がして、僕は思わず絶句した。一ヶ月。人間が、一つの部屋で、それだけの時間を過ごすということ。
「そうなれば、食事も保存食でしょうし、運動もさせないと」
彼女は、廊下の窓の外に、ちらりと視線をやった。
「これ以上は、看過できないわ」
その声には、冗談めかした響きが、もう残っていなかった。
僕は、彼女の横顔を見つめた。
だとすれば、断る理由は、どこにもなかった。
「……わかった。扉、蹴破ればいいんだな」
「ええ。お願いね、ムミヤ」
レミュアンは、ふっと表情を和らげた。
彼女のその安堵した顔を見られただけで、これから金属の扉と格闘する覚悟が、あっさりと決まってしまった。
我ながら、単純だと思う。
女子寮に入ると、レミュアンは迷いのない足取りで廊下を進んでいった。
女子寮という場所に足を踏み入れる機会はそう多くない。別に緊張しているわけではないが、周囲の視線が気になるのも事実だった。もっとも、隣を歩くレミュアンはそんなことなど気にも留めていない様子である。
やがて彼女は、とある部屋の前で足を止めた。
「此処が件の引きこもりの巣よ。」
「巣は言いすぎじゃ……ァ、はい、なんでも無いです」
思わず口を挟んだところで、レミュアンがこちらを向いた。
その目を見て、即座に発言を撤回する。別に間違ったことは言っていないと思うのだが、今ここで正しさを主張したところで得られるものは何もない。
賢い人間というのは、時として沈黙を選ぶものなのだ。
うん、我ながら実に賢明な判断だった。
レミュアンは何事もなかったかのように扉へ向き直ると、コンコン、と軽くノックした。
「スプリア! 開けなさい、今日こそは出て来てもらうわ」
返事を待つ間もなく、部屋の中から気の抜けた声が返ってきた。
「げっ、先輩ほんとに来たの? 今あたらしい子作ってるから明日にして〜。」
……新しい子?
一瞬、言葉の意味を考えかけて、すぐに思考を止めた。
いや、まあ、工学系の人間が言うのだから、きっと何かしらの機械やら装置やらの話なのだろう。そうに違いない。女子寮の一室で何を作っているのかという疑問は残るが、そこを深く追及するのはやめておこう。
レミュアンは、扉の向こうから返ってきた言葉に対して、少しも驚いた様子を見せなかった。
むしろ、予想どおりとでも言いたげに小さく息を吐く。
「その言い訳は1回目と同じだったと記憶してるんだけれど。そう、私は貴方に優しくしすぎたみたいね。」
そう言って、レミュアンは背負っていた狙撃銃を手に取った。
……あれ?
何だか急に雲行きが怪しくなってきたぞ。
彼女はごく自然な動作で銃を構え、照準を扉の上部へと合わせる。
次の瞬間、乾いた銃声が女子寮の廊下に響き渡った。
扉の上部に、見事な風穴が開く。
「ちょっ、待って!」
部屋の中から慌てた声が飛び出してきた。
うん、そりゃそうだろう。
普通はノックの返事をしただけで扉に穴を開けられるとは思わない。いや、そもそもノックの段階で危険を察知して開けるべきだったのかもしれないが。
ともあれ、今さら後悔しても遅い。
レミュアンは銃を下ろすと、実に晴れやかな顔でこちらを振り返った。
「ムミヤ、GO!」
「はいはい、おまかせを。」
……やっぱりそうなるよなぁ。
最初からこうするつもりだったのだろう。わざわざ俺を連れてきた理由も、ここに来るまでの道中で何となく察してはいた。
とはいえ、ここで断ったところでレミュアンが大人しく引き下がるとも思えない。
それに、部屋の主には悪いが、これ以上先延ばしにされるのも困るのだろう。
俺は扉の前に立ち、軽く肩を回した。
さて、ではお仕事といきますか。
勢いよく足を振り抜く。
鈍い音とともに扉が蝶番から外れ、廊下の端へと吹き飛んだ。いや、正確には吹き飛ばしたというより、蹴り壊し
て通路脇に放り捨てた、と言ったほうが正しい。
これでようやく、部屋の主とご対面である。
扉を蹴り壊し、通路の端へと放り捨てた俺は、開け放たれた部屋の中へと視線を向けた。
そして、数秒後。
「うわ、……レミュアン、この寮って風呂ある?」
思わず鼻を押さえた。
部屋の中には、何に使うのかも分からない機材やら工具やらが散乱し、机の上には食器らしきものまで積み上がっている。床にも何かが転がっているが、今はあまり詳しく確認したくない。
何より、空気がよろしくない。
人間、一つの部屋に籠もり続けるとここまでの環境を作り上げられるものなのか。いや、感心している場合ではない。これは早急に換気したほうがいい。
俺の問いに、レミュアンは部屋の惨状を一瞥してから、壁際の扉を指差した。
「ええ、横の扉よ……さて、スプリア? 風呂に入って、外を走るわよ」
あまりにも自然な口調だった。
まるで、友人を昼食に誘うかのような気軽さである。これから告げる内容が、風呂に入ったあと走れという、引きこもりにとってはなかなかに過酷な指示であることを除けば。
部屋の奥では、スプリアが椅子に座ったまま、じりじりと後ずさっていた。
「そのぉ、手心とか……合ったり?」
「安心なさい。手心たっぷりの銃騎士印のブートキャンプよ。明日の日が沈む前には終わるわ。参加者一人でもないし、そこの彼がしっかりしごいてくれるわ」
……あれ?
今、何か聞き捨てならない言葉が混じっていなかったか?
そこの彼って、俺のことだよな。
いやいや、待ってほしい。俺はただ扉を蹴破っただけの一般人である。少なくとも、今のところは。
というか、スプリアさん死なない?
ちらりと本人へ目を向けると、彼女はすでに顔を青くしていた。
「ひぇ、軍人志望の内容を運動不足のモヤシにやらせるつもり? 死人が出るよ」
……自分でモヤシって言っちゃったよ、この人。
いや、そこを突っ込んでいる場合ではない。彼女の言い分はもっともだ。運動不足の人間に、いきなり軍人志望者向けの訓練を課すのは無茶がある。
そもそも、俺は彼女を鍛えに来たのではなく、レミュアンに頼まれて扉を壊しに来ただけなのだが。
「モヤシの自覚があるならば、民間人になれるように頑張りましょう」
レミュアンはにこりと笑った。
……うん。
笑顔って、怖いものなんだな。
少なくとも、今の彼女の顔からは、こちらの意見を聞き入れる余地がまったく感じられない。
「目が笑ってないよ。面白くないならやらないほうが良いんじゃないかな、なんて……はは」
スプリアの乾いた笑い声が部屋に響く。
残念ながら、その程度でレミュアンの決定が覆ることはなかった。
むしろ、彼女はスプリアの言葉を聞き流し、今度はこちらへ顔を向けた。
「ムミヤ! お風呂どう?」
「シャワーなら行けそう」
部屋の惨状を見れば、湯船に浸かる気にはなれないだろう。
それに、これから走る予定なのだ。先に汗を流したところで、どうせまた汗をかくことになる。ならばシャワーで十分だろう。
俺がそう答えると、レミュアンは満足げに頷き、スプリアの腕を取った。
「よし、じゃあ行きましょうか」
「引きずらないで〜」
スプリアの抗議もむなしく、レミュアンは彼女を風呂場へと連行していく。
……なんというか、手際が良すぎる。
もしかして、今日のために何度も脳内でシミュレーションしていたのではないだろうか。だとしたら、扉に穴を開けた時点で勝負は決まっていたのかもしれない。
俺は小さく息を吐き、二人の背中を見送った。
さて、俺はどうしたものか。
このまま女子の風呂場についていくわけにもいかない。そもそも、そんな趣味はない。
「覗き趣味はないし、外で待ってるよ」
そう声をかけると、レミュアンは振り返りもせず、ひらひらと手を振った。
……さて。
どうやら、今日は長い一日になりそうだった。