職場体験二日目、グラントリノの元で一晩眠った緑谷はいつも通りの時間に起き、一階に降りる。
一階では、
「おはようございます」
「おう!おはよう!」
「良く寝れたか?」
「はい、ヴィクトルさんの特製布団のおかげでぐっすりです」
「そりゃあよかった。酉野ももう少し起きてくるだろうし、朝飯も出来るから座ってろ」
「はい」
零に言われて緑谷は椅子に座り、ヴィクトルが持って来た机に料理が並んでいく様子を見て作られた料理に目を奪われていた。
豆腐とネギとワカメの味噌汁、見た目だけでふっくらとした食感があるとわかる玉子焼き、焦げ目がなく綺麗に焼かれたソーセージ、色鮮やかなサラダ、そして炊き上がったばかりのご飯とシンプルなメニューでありながら、一つ一つがレストラン等で出される物と思える出来栄えであった。
「本当に何でも器用に熟すな」
「美味しそう」
「おう大量に食っとけ!今日の昼の特訓メニューは昨日の比じゃないからな!」
「はい!」
「おはよう」
「おはようございますグラントリノ」
「起きたか酉野。この中で肉体的に歳とってるお前が一番
「小娘たちはともかくお前にだけは言われたくねぇよ人類最年長」
お互いに軽く悪口を言い合いながら食卓を囲む。
そして作った本人である零が音頭をとった。
「それじゃあ、いただきます」
『いただきます』
緑谷はまず味噌汁をすするとその味に舌鼓を打った。
「美味しい!」
「そりゃあよかった」
「味噌のコクとネギの甘みで味より深くなり、その上ワカメからの僅かな塩分で味がより感じやすくなっているのか。いやこの味わいはおそらく隠し味も入っていると考えるのが自然だが「飯の感想はもう少し短くしろ!反応に困るだろう!」あっ!すいません!ランチラッシュより美味しくて夢中になりました!」
「そりゃあそうだろう。アイツに渡したレシピ本を更に進化させてんだから」
「‥‥‥え?」
「だから、アイツには昔の俺の料理の知識を記したレシピ本渡してんだよ!…今度最新版渡すか」
「‥‥‥もしかして雄英敷地内にあるあの畑も?」
「日本の気候や湿度、その他諸々の情報から適した野菜なんかの栽培方法も根津あたりに教えてある」
「‥‥‥」
自身が通っている雄英高校にまで影響を与えていた事実に、緑谷は言葉を失い食事の手が止まる。
「早く食わないと稽古の時体がもたないぞ」
「あ!はい!」
レディ・ナガンによって正気に戻った緑谷は、零の作った朝食を再び口にする。
「凄く美味しいです!…あの作り方は?」
「時間があったら書いて渡す」
「ありがとうございます」
(眠らない体の持ち主が何言っとる)
零の反応に呆れながらグラントリノも朝食を食べる。
「良しそれじゃあ『一気にパワーアップ!ヴィクトルヘルトレーニング・初心者向け』を始める!」
「よろしくお願いします!」
「意気込みよし!」
朝食を食べ終え、コスチュームに着替えると、今日からの緑谷の特訓の相手をする事になった零が緑谷の返事に笑って評価した。
「これからある場所で個性の特訓をする!昼飯込みで夕方までやるから覚悟しろ!」
「はい!」
「筒美、酉野が甘いもん食い過ぎないように見張っておいてくれ」
「わかった」
「ちっ!」
「それじゃあ行くぜ」
「はい!」
緑谷の返事と同時に零と緑谷の足元にピキッと音を立てながらヒビが入る。
「ん?」
あまりの事態に緑谷の思考が停止し、足元のヒビがガラスのように砕け零と緑谷はそのまま落下した。
「えええぇぇぇー--!!!」
ようやく思考が出来るようになり、驚きの声を大声で出すが緑谷の頭は冷静に状況を分析していた。
(ワープした!?一体どこに?いやそんなことは後だまずはしっかり着地を!)
様々な疑問が頭に浮かんだが不要な思考は一時やめ、個性を発動させて上手く着地をする。
そして、やめて思考を始め状況の把握につとめた。
(昨日の事と言い、今日の事と言い、あの人の個性は一体なんだ?)
「俺の個性知りたいか?」
「教えてください!」
「お前本当に素直だな!あとそのノートとペンどっから出した!?」
緑谷の考えを読んでいたかのような問いに零は自身の個性の説明が必要かを問うと緑谷反射的に答えた。
緑谷の行動の一部をツッコんだ零は、緑谷の要望通り自身の個性の説明を始めた。
「俺の個性『否定』はあらゆる事象を否定する力だ」
「あらゆる事象?」
「お前に昨日見せたのは、死を否定する『不死』、回避を否定する『不可避』、変化を否定する『不変』の三つだ」
「!そうか!昨日攻撃が何かに弾かれたように感じたのは不変の力で作った目に見えない空気の防御壁で、体が動かなかったのは回避をすることを考えていたから動けなくなったんですね!!指が治っていたのもその不死の力で治したってことなんですよね!!」
「のみ込み早…まあそうだ。そして今のワープは公平性を否定する『不公平』のおかげで使えたんだ」
「不公平?」
「個性は基本一人一つだろ?この力はその公平性を否定して条件を満たした個性を完全コピーする制限時間、所持数関係なくな」
「っ!?」
一つ一つの力がトップヒーロークラスと渡り合える力があるのに条件を満たせばその個性を自分のものにするという事実に緑谷はあまりの事で息をのむ。
「さて緑谷、他に聞きたいことは?」
「あ、えっと…OFAと最も関りがあると言っていましたが、どういうことですか?」
「‥‥‥ん?」
「え?いや、その…他にも聞きたい事を聞いて良いとおっしゃったので…」
「…なるほど、そういうことか‥‥‥とりあえずトシは怪我治した後シメる」
「ひぃ…」
「悪いが、それはトシ本人と一緒じゃないと答えられない。その時に話す」
「わ、わかりました」
「他に質問は?」
「ありません!」
「わかった」
緑谷のOFAに関する知識を把握した零は、オールマイトへのお仕置きを行う事を決め返答を先延ばしにした。そして他にも質問が無いことを確認した零は緑谷との特訓を開始させた。
「さて!お前に出す課題はシンプルに『許容上限の増加』だ」
「それはいつもやっていますが…」
「ある呪文をかけるばその答えが分かる」
「呪文?」
ベタン
「っ!?」
零が緑谷に呪文をかけた途端、突然全身に襲い掛かる重量感に緑谷は辛うじて踏ん張った。
「なんですかこれ?」
「重圧させて相手を倒す呪文のベタンだ。これを受けつつ個性を使って実戦形式の稽古をやる」
「この…状態でです…か?」
「ちなみにお前にかけたのは加減した重さで、俺の弟子達はもっと重くしても動けるぞ」
「っ!」
(二人のあの動きの速さはそういう事か!)
零の言葉で緑谷は心人と虎人の動きの速さの秘密を知ると同時に納得した。全身にかかる重さはOFA上限ギリギリで動けるように調整されており、少しずつ限界を超えていくことで動きの速さと上限を底上げする事がこの零の特訓の目的であると気づけた。
そして、重さに耐えながら緑谷は構える。
「もう…慣れました!」
(理解とのみ込みが早いな…コイツは比較的楽に鍛えられるかもな)
「行くぜ!雄英のやり方が如何にぬるいのか体に教え込んでやる!」
零も軽いフットワークをしながら構え、緑谷の特訓が開始される。
そして午前中の特訓は一時間ごとに小休憩5分の地獄の訓練が開始された。
一方グラントリノの事務所ではレディ・ナガンはファッション誌を読み、グラントリノはテレビを観て暇をつぶしていた。
お互い零の知り合いであるが顔を合わせたのはこれが初めてであり暇をつぶしながら話題を頭の中が探していた。そんな静寂な空間に先に口を開いたのはグラントリノだった。
「アイツと知り合って長いのか?」
「…数年は経つ、アンタより短いよ」
「…
「‥‥‥」
レディ・ナガンの脳裏に過るのは初めて零と言葉を交わした時の日だった。
「…アイツと行動を共にしてどう思った?」
「‥‥‥平穏を求め、孤独を嫌う、子供好きなお人よしってのが嫌というほどわかったよ」
「…そうか」
「だからこそ、死ぬ理由を作ってやりたい」
「…大変だろうが、付き合ってやってくれ」
「もちろんだよ。
短い会話でお互いの大事な事を理解し、二人は零と緑谷が戻ってくるまで暇をつぶした。
そして昼になり、零はストップをかけた。
「良し!昼休憩だ!」
零は持って来たリュックからシートを広げ、昼食であるお弁当を開ける。
玉子焼きにソーセージ、ポテトサラダ、サラダチキンなどのおかずに、サンドイッチとおにぎりとパンとライスをどちらも用意され、梅干しなどの塩分が補給できるものと多くの料理が作れられた弁当箱がいくつも並ばれた。
「おい緑谷、飯だぞ」
「‥‥‥はい」
皿と箸まで用意を終えた零は、床で倒れている緑谷に声をかけ、緑谷もか細い声で返事をした。
(この人、手加減しててもものすごく強い!)
特訓開始直前に零も自身に全力のベタンをかけ、緑谷と実戦形式の模擬戦を行ったが、その手数に緑谷は圧倒された。
空手、ボクシング、ムエタイ、柔道、プロレス等、様々な技術の結晶体とも言える零の戦い方は緑谷の体は十分に酷使された。
結果、緑谷は雄英の訓練以上の過酷な特訓によって指一本も動かせない程の疲労困憊になっていた。
「‥‥‥」
ベホマ
緑谷の姿に見かねたのか、零は回復呪文で緑谷の体力だけを回復させた。
「あっ!ありがとうございます」
「筋肉痛とかは治してないから、治すと筋繊維が強くならなくて逆に時間を無駄をする。早く食べろ」
「はい!いただきます!」
靴を脱ぎ、シートの上に座り、料理が盛られた皿を受け取った緑谷は料理を口にする。
「美味しいです!」
「そうか」
「‥‥‥」
料理に舌鼓を打ちながら特訓として訪れた空間を観察する緑谷を零は大きく笑ってわざとらしく尋ねた。
「ここがどこか知りたいか?」
「あ…えっと…はい…」
「ここは雄英高校の特別地下訓練場だ」
「えっ!?」
「雄英高校の建設にも関わってな。見返りとしてこの空間を作らせた。この場所を知ってるのは今では俺と根津だけで入れるのも俺と根津だけだ」
「校長先生とはどのようなご関係で?」
「ん?一言で言うと俺は根津の恩人」
「恩人?」
「そっ、ある研究所面白い動物の噂を聞いて、実際に見に行くと面白かったからその研究所潰すついでに助けた」
「そんな軽いノリでそんな事を言われても…」
この男の口から語られる話は、ほとんどがスケールの大きいものであり緑谷は反応に困った。
同時にある疑問が緑谷の頭に浮かんできた。
「あの…そんな色々凄い事をしてるのにどうして「世間じゃ都市伝説扱いなのか…だろ?」…はい」
「大まかな理由は三つある。一つ、『凄い事』には色々あるから公表できないものがある。二つ、目立つと色々な所に巻き込まれて面倒くさい事になるから。三つ、公表されれば一般人なんかは俺一人に依存するようになるからだ。一人に依存する仕組みなんて小さな事でも崩れる。そういう点じゃトシの一人による平和の象徴時代は必要ない」
「…っ!」
零の言葉に緑谷は怒りを覚えた。憧れのヒーローの存在の否定。己の全てを変えてくれた恩人でもあり、師でもあるオールマイトの掲げるものへの否定は緑谷を怒らせるのには十分だった。
しかし、表情が消えた零の続く言葉でその怒りは霧散した。
「トシの考えは置き去りにされる者たちの気持ちを考えない傲慢な考え方だ!!」
「傲慢?」
「ああ、俺の力の一つに『不忘』という完全記憶する力がある。これのおかげで百年以上の時間で出会った友や戦友、仲間の最後を全て記憶してる」
「…っ!?」
「四代目から七代目の継承者たちの最後も見届けた」
「‥‥‥」
零の言葉で緑谷は自身の浅はかさを痛感させれられた。『不死』によって老いることも死ぬことも出来ず、その長い時間の中で出会っていった者たちは彼に見届けれた。しかも去り行く彼らの最後を『不忘』によって永年に記憶されるという真実から緑谷は言葉に出来なかった。
「緑谷、トシに憧れている、これは全然良いことだ。だけどな弟子たちにも言ったが、何でも一人でやろうとするな、先人を真似ろ、仲間を頼れ、周りを巻き込め。俺から認めれたいならそういう弱い所も見せ続けろ。いいな?」
「…はい!」
「さあ、早く昼飯食って午後の特訓やるぞ!」
「はい!」
「夕方には戻るが、そのあと全員で出かけるぞ」
「えっ…夕方?」
「職場体験なんだから現場の経験は必要不可欠だろ」
「確かにそうですが…」
「だったら早く食え!」
山積みになった料理を出された緑谷はそのまま料理を受け取り食べ始める。
昼食を食べた後もつかみどころのない零に振り回せれ続ける事になるが、緑谷は零がどのような人物なのか理解した。
自分勝手に相手の体調などを気にして、生かすために卑怯をもいえるものを含めあらゆる技術を教える優しい男というのが緑谷から見た零という男であった。