勇者リンクが魔王ガノンドロフを倒してから五年後。

平和を取り戻したトアル村に不穏な噂が流れ始めた。

村の北側に位置するフィローネの森近辺で巨大な鬼の不気味な影が目撃された、と。

村で静養していた勇者リンクは真相を突き止めるため、出発した。

だが、彼は意外な事実を知ることになる。

ゼルダの伝説トワイライトプリンセスに基づいた「黄昏の姫と緑の勇者」の続編として一話完結の短編を描いてみました。

【登 場 人 物 紹 介】

リンク: 剣士。五年前魔王ガノンドロフを倒した英雄。

モイ: リンクの剣の師匠。五年前、ハイラル城を魔物から取り戻す戦いで活躍。

コリン: モイの息子。

アッシュ: 女剣士。五年前、モイとともにハイラル城を魔物から取り戻すため戦った。現在は城の剣術指南役。

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緑の勇者外伝:鬼たちの王

「リンク兄い....遊んで!」

 

ある昼下がりのこと。リンクが元師匠であるモイの家にやってくると、扉が開いて中から幼児が飛び出してきた。

 

モイの娘、ルリハである。

 

「ねえ、また蜂の子取って!あと冒険のお話も...」

 

五歳になったばかりの幼女は目を輝かせながらリンクの脚に飛びついてくる。

 

「ハハハ....わかったよ。でもその前にきみのパパとお話ししたいんだ」

 

リンクはルリハの頭を撫でてやると、家の中に入った。

 

「あら、いらっしゃい。今日はゆっくりしていきなさいね、リンク」

 

台所に立っていたモイの妻・ウーリが振り向く。

 

「なにしろあなたが村に長く留まるなんて久し振りだもの。いっつも飛び回ってるんだから」

 

「ようリンク。一杯やるか?」

 

居間に出てきたモイが戸棚から酒瓶を取り出しながら声をかけてきた。リンクは慌てて手を振った。

 

「い......いや、いいよ。だってまだ日も高いし.............」

 

「なんだ硬いこと言いやがって。お前もう未成年じゃないだろ?」

 

「ちょっとあなた。この子にヘンな癖教えちゃだめよ!」

 

ウーリが夫を睨みつける。だがモイは心外な顔をした。

 

「こいつはいっつも働きづめなんだから、たまにはリラックスさせてやらねぇと。なあリンク?」

 

「....いや、実はさ。今日はちょっと真面目な相談ごとがあって」

 

リンクはやっとのことで酒を断ると、テーブルに席を占めた。ウーリが淹れてくれた茶を一口飲むと、彼は口を開いた。

 

「最近、ヘンな噂をよく聞くだろ?巨大な鬼がフィローネの森に現れたって」

 

「巨大な鬼...か。あぁ、確かにな。ここんところ何人かが見たって話しは俺も聞いたことがあるが....」

 

娘のルリハを膝に乗せながらモイが答えた。

 

「だがその話も、ただそれらしい『影』を見ただけって程度だからな。熊か何かを見間違えたのかも知れねぇぞ」

 

「リンク兄ちゃん!冒険のお話しして!」

 

ルリハが遠慮会釈なしに割って入ると、リンクは手を上げてなだめながら言った。

 

「どうも気になるんだ。確かにまだ実害はないけど...それがもし『あいつ』だったらと思うと..........」

 

リンクの言葉を聞いてモイがやや真顔になる。

 

「『あいつ』.....か。キングブルブリン...だな?」

 

リンクは頷くと続けた。

 

「モイ、あいつは人間並み、いやそれ以上の知能があるんだ。もしもその『影』があいつだったとしたら、今は何もせずにいたとしても、後でたちの悪い悪事をするつもりなのかも知れない。だから.....」

 

リンクは少し言葉を探したあと言った。

 

「しばらくの間、森に行って調べてみようと思うんだ。その間...モイ、村の警備は君とコリンに頼んでいいかい?」

 

「なんだ、そんなことならお安い御用だぜ」

 

モイは快く請け合った。

 

「老いぼれたとはいえ俺もまだ現役だ。せがれにとってもいい機会だしな」

 

「リンク......またしばらく戻らないの?」

 

ウーリは心配そうにリンクを見つめた。だがリンクは彼女にこう答えた。

 

「大丈夫だよウーリ。フィローネから先には行かないことにするし、かかっても一週間くらいさ」

 

「わかったわ。無理はしないでね」

 

リンクはモイの娘に冒険の話を一つ聞かせると、家を出て自宅に向かった。だが途中で声をかけて来る者があった。

 

「リンク!リンク!」

 

モイの息子、コリンが遠くから駆け寄ってくる。

 

「リンク!聞いてよ!」

 

息を切らせながら走り寄ってきたコリンは叫んだ。

 

「聞いてよ。今日、とうとうタロに相撲で勝ったんだ!今まで一度も勝てなかったのに!」

 

「凄いじゃないか。コリン、最近どんどん強くなってるなぁ」

 

リンクは十五歳になった少年の肩に手を置いた。

 

「リンク、また剣術も教えて!僕、やりたくて仕方ないんだ」

 

コリンは弾んだ声でリンクを見上げる。リンクは笑った。

 

「変わったなぁ...まさかコリンがそんなことを言うなんて」

 

リンクは懐かしく思い出した。五年前、コリンは争いや喧嘩を嫌い、木剣を持つことさえしようとしない少年だった。だがリンクは目撃したのだ。数々の試練を通ったコリンが見違えるように強くたくましく成長していくのを。

 

「だって僕、村を守るって決めたもの。村を守るには必要なんだって分かったから」

 

そう言うと、少年はリンクの姿を改めて眺め、少し驚いた声を上げた。

 

「リンク、今日は鎖帷子着てるんだね。またどこか行くの?」

 

「...あ..ああ。ちょっとフィローネの森を調べにね。ヘンな噂を聞いたから」

 

「僕も知ってる。大きな鬼でしょ?」

 

コリンは真顔になって付け加えた。

 

「リンク、僕も連れてってくれない?僕、リンクの手伝いがしたいんだ」

 

「コリン....」

 

リンクはやや困り顔になって口ごもった。

 

「コリン、申し出はうれしいけど、君には村にいてほしいんだ」

 

「どうして?僕、足手まといにはならないよ。なんてったって、最近パパから一本取ったんだから。上達したでしょ?」

 

少年は得意そうに胸を張る。リンクは少し考えたあと、口を開いた。

 

「....いや、だからなのさ。つまり...その....」

 

彼は躊躇いながらも言葉を継いだ。

 

「君のパパはだんだん年をとってきている。だから、僕が出かけている間、村を守るために、コリン、君がパパの傍にいてあげてほしいんだ」

 

「...そっか...」

 

コリンはうつむき、靴先で地面を軽く蹴った。だがその表情は、すぐに輝いた。

 

「わかったよ。僕、パパを守る。村も守る。だからリンク、安心して行ってきて」

 

リンクは礼を言って少年の頭を撫でると自宅に向かった。家の隣の空き地に繋いでおいた愛馬を引き出すと、装備を整えて出発した。

 

小道を北上し、ラトアーヌの泉を右手に通り過ぎると、吊り橋を渡る。高い崖に挟まれた小道は、午前の陽光も届かず薄暗い。

 

「エポナ...行くぞ」

 

リンクは表情を引き締めると、愛馬の後ろ首を軽く叩いて手綱を鳴らした。

 

* * * * * * * * * * * * * * * 

 

フィローネの森に入ったリンクは注意深い視線で周囲を走査しながら進んだ。

 

泉の手前の広場にも、泉の周辺にも怪しい形跡はない。洞窟の中も調べたが、同様だった。油売りの小屋から北フィローネに通じる小道に進む頃には、日が傾きかけてきた。

 

小道を抜け、高木がそそり立つ窪地に入る。太陽光が届かず辺りは薄暗い。

 

「仕方ない。一旦ここで野宿しよう」

 

リンクは愛馬に言い聞かせると、下馬して枝を拾い集め始めた。

 

岩壁の際に場所を定め、火を起こそうとしていると、街道の方面から馬が近づいてくる音がして、リンクは振り返った。

 

一騎ではない。複数だ。

 

もはや暗くなった窪地に、馬に跨った兵士たちの群れが入ってくる。リンクは驚いて手を止めた。

 

騎兵の小隊は足を止めると、先頭の一騎が手を上げた。

 

「野営地を設置しよう」

 

どうやら指揮官らしい。だが、女性の声だ。リンクは奇異に思って耳をそばだてた。

 

「火を起こして天幕を張れ。夕食後、見張りの輪番を決める」

 

テキパキとした指示が続いた。騎兵たちはそれぞれが下馬し、馬を近くの木に繋ぎ始めた。

 

「教官...本当に鬼の王がこんな場所に?」

 

別の騎兵が周囲を見回しながら呟いた。

 

「目撃情報を総合すれば、敵は南下している。明日、この周辺で発見できなければ近くの村で聞き取り調査をしよう」

 

女性指揮官が答える。リンクは急にその声の持ち主を思い出した。よく知っている相手だ。

 

だがその瞬間だった。

 

「誰だ!」

 

指揮官がリンクのほうを向いて誰何した。その緊迫した声音を聞いて、周囲の兵士たちが一斉に剣に手を掛けた。

 

「....鬼ではなさそうですな」

 

副官らしき兵士が剣を抜きかけながら用心深げに呟く。

 

「おい、そこの者。影に隠れておらず姿を見せろ。辺境といえど、言葉はわかるのであろう?」

 

リンクは溜め息をついて首を振った。ここまで酷い田舎者扱いをされるのは随分久しぶりな気がした。

 

「怪しい者じゃありません。僕は地元の剣士ですよ」

 

リンクは両手を上げて相手のほうに歩み寄りながら言った。副官らしき男が尋ねる。

 

「名は?」

 

「リンクです」

 

すると兵士たちの間から失笑が巻き起こった。

 

「リンクだと?嘘もたいがいにしろ。魔王を倒し国を救った英雄がこんな場所をひとりでうろついているわけがなかろう」

 

副官が剣の先でリンクを指しながら続けた。

 

「だいいちなんだ、その恰好は。まるで浮浪者同然...」

 

「リンク殿!」

 

すると女性指揮官が叫び、足早に歩み寄ってきた。

 

「リンク殿....本当に貴殿か?」

 

彼女はリンクの近くまで来ると、両手を彼の肩の上に乗せて顔を覗き込んだ。その表情が和らぎ、喜びの色が浮かぶ。

 

「アッシュ!やっぱり君かぁ」

 

リンクは懐かしそうに微笑むと答えた。

 

女性指揮官は銀色に光る高級そうな鎧を身に着けている。だが彼女の大きな二重瞼の目と引き締まった口元に、昔から知っている女剣士の面影を見出したリンクは、相手の肩を叩いて続けた。

 

「...ちょっと変わったね。なんだか偉いひとになっちゃったみたいだ」

 

「埒もないことを。さあ、我らが宿営に来られよ。貴殿の馬も一緒に」

 

アッシュはリンクの手を引くと、いざなった。兵士たちは皆、驚きに目を丸くしてふたりを見つめている。

 

「きょ....教官どの...では本当に.....」

 

副官の男が目を白黒させながら言った。アッシュが答える。

 

「本物のリンク殿だ。.....リンク殿。部下の非礼を詫びさせて頂きたい。私の不徳の故だ」

 

「いや...いいのさ。英雄だなんて大袈裟だし僕には似合わないよ」

 

リンクは答えた。副官はじめ兵士たちは互いに顔を見合わせたあと、安堵した顔で剣を納めた。

 

アッシュの小隊とリンクは焚火の回りで車座になって食事をした。

 

「リンク殿。その装備を見るに、貴殿も鬼の王を?」

 

アッシュが尋ねる。リンクは剣と盾を手元に置き、ブーメランをベルトに挟んでいた。背には弓と矢筒を背負っている。

 

「村人の間で噂があってね。巨大な鬼の影を見たってひとが何人もいて。もしもあいつだったらと思うと放ってはおけなくて、出てきたんだ」

 

「これは有力情報ですな。聴き取り調査の手間が省けた。感謝しますぞ、リンク殿」

 

副官が揉み手せんばかりの様子で言う。アッシュは真剣な表情で焚火を見つめて答えた。

 

「ならばほぼ確定だ。明朝からしらみつぶしに捜索することにしよう」

 

「アッシュ、用心して行こう。あいつは悪知恵が働く奴だから」

 

リンクは言った。すると副官が上気した顔で胸を張った。

 

「なんの、我が小隊はハイラル軍随一の精鋭。そこに一騎当千のリンク殿が加わったら、鬼の王など恐るに足りませんぞ」

 

「中尉、リンク殿の助言に心をとめよ。彼は四度に渡って奴と戦っているのだ」

 

アッシュが釘を刺すと副官は慌てて口を閉ざした。

 

「リンク殿...奴は二度高所から叩き落された。そして貴殿によって全身に刀傷を負わされることも二度。それでも生き延びたのだろう?」

 

「...ああ。そうだよ」

 

アッシュの言葉に、リンクはやや顔を曇らせて目を伏せた。

 

「でも、それには僕自身の甘さもあった。四度目の時は、とどめを刺すチャンスがあったのに、そうしなかったんだ。だから...僕の責任でもある」

 

「リンク殿、戦いの帰趨とは常に思うに任せないもの。ご自分を責めるのはよされよ。それより、今この時最善を尽くすことを考えようではないか」

 

アッシュがリンクの肩に手を置いて励ます。リンクは力なく笑うと答えた。

 

「...思い出したよアッシュ。きみはいっつも僕のお姉さんみたいだったね。初めて会ったときから」

 

「リンク殿だけではありませぬぞ。我々もまたいつも教官には叱られっぱなしです」

 

副官が茶目っ気のある語調で言いながらウィンクした。

 

「アッシュが『教官どの』かぁ....きっと厳しいんだろうなぁ」

 

リンクは気楽な表情に戻ると呟いた。すると副官が耳打ちした。

 

「厳しいなんてモノではありません。我々はひそかに『鬼』と呼んでいます」

 

「何を言っておる。全くひそかではないではないか」

 

アッシュが鋭く突っ込むと一座から笑い声が上がった。皆がパンを食べ終わると、歩哨の輪番が決められた。

 

森の夜は静かだった。虫の音色、梟の鳴き声以外に聞こえてくる物音はほとんどない。あとは時折吹くそよ風が高い木立の枝を揺らす音だけだ。

 

リンクは焚火の傍で浅い眠りをとったあと、歩哨を買って出た。兵士たちは恐縮したが、彼は敢えて自分も当番を引き受けた。行きがかり上とはいえ一緒に冒険する仲間の中で特別扱いは心外だったからだ。

 

* * * * * * * * * * * * * * * 

 

翌朝、まだ窪地に霧が立ち込めている時間帯に一行は起床し、宿営を畳み始めた。

 

「捜索は霧が晴れてからのほうがいいよ。視界が悪いと多方向から襲われたとき面倒だから」

 

一行が装備を整えていると、リンクは自分の馬を引いてきながら言った。

 

「しかしリンク殿.......鬼どもにそんな知恵が?」

 

副官が手を止めて尋ねる。リンクは答えた。

 

「鬼どもはどこまで行っても鬼どもさ。だけど、あいつだけは例外なんだ。何しろ、言葉が喋れるくらいだからね」

 

「...こ...言葉を?それは本当ですか?」

 

副官が面食らって聞き返す。

 

「ああ。本当さ。それに罠だって仕掛けられる。それも飛び切りたちの悪い奴をね」

 

リンクは盾と剣を背負い、ストラップを締め込みながら答える。

 

「リンク殿。...もしも貴殿の言う通りなら、奴は既にこちらが動いていることを感づいているのではなかろうか?」

 

アッシュも自分の馬の傍らに立ち、手甲の帯を締め直しながら声を掛けてきた。

 

「多分ね。いや...もしかすると」

 

全ての支度を終えると、リンクは少し考えてから付け加えた。

 

「もしかすると....こちらを引き寄せるためにわざと姿を晒したのかも知れない」

 

それを聞いた副官が緊張した顔で唾を飲み込んだ。

 

太陽が昇り、高木の枝の間から少しづつ光が射し込んでくる。霧もいつの間にか風で吹き散らされていった。

 

「出発だ」

 

アッシュが馬に跨って告げる。一行はそれぞれの馬に乗り、進み始めた。リンクと副官はアッシュの左右に並び、他の騎兵たちが付き従う。窪地の中をくまなく調べるため、ゆっくりとした歩調で岩壁に沿って走査していった。

 

「教官!あれを!」

 

副官が声を上げた。服や装備品が地面に落ちている。アッシュは急いで下馬すると、近寄って膝を屈めた。

 

「旅人のものだ。襲われたのはつい最近...いや。昨日かも知れぬ」

 

アッシュが眉を顰めて言った。リンクも馬から降りて歩み寄り、落ちていた服を手に取った。

 

その時だった。

 

「タ...ス...ケ...テ」

 

誰かの呻き声が聞こえてきた。アッシュは弾かれたように顔を上げた。

 

「...タ.....ス...ケ...テ...ダレカ..」

 

「近い。抜刀しろ。奴らも近辺にいるはずだ」

 

アッシュは部下たちに指示すると、自分も剣を抜いて前方に向き直った。

 

「アッシュ...ちょっと待っ...」

 

リンクが言いかけたとき、再び哀れっぽい声が響いた。

 

「タ...ス..ケ..テクレ.!」

 

「見ろ!あそこだ!」

 

馬から降りた副官が剣先を上げて示した。そこに人の姿があった。高木の幹に、後ろ手を縛られた人間がグルグル巻きに括り付けられている。

 

アッシュと部下たちは木の下に駆け寄った。そこにリンクも追いついた。だがリンクの胸にはどこか得心の行かない思いが渦巻いていた。

 

「ロープをもて。枝に掛ければ直ぐに登れるはずだ」

 

アッシュが指示し、騎兵たちが馬から降りてきて支度をした。だがリンクは彼らに近づくと声をかけた。

 

「ちょっと待ってくれ。何かがおかしくないか?」

 

その刹那だった。

 

「お...おい!もう死んでるぞ!」

 

兵士の一人が指をさして叫ぶ。皆が目を上げると、木に縛られた男の顔の周辺には蠅がたかっていた。

 

その途端、周囲の地面に積もっていた落ち葉がガサリと動き、ロープで編まれた網が飛び出してきた。

 

「逃げろ!」

 

リンクが叫ぶ。だが一瞬遅かった。高木の枝から垂れた蔓が何者かに引っ張られると同時に、巨大な網がたちまち一同を丸ごと包んだ。

 

アッシュとリンク、そして兵士たちは空中に持ち上げられ、網に掛けられた魚の群れのように身動きが取れなくなってしまった。

 

* * * * * * * * * * 

 

「...むう...何という不覚!」

 

アッシュは歯ぎしりせんばかりに顔を歪めて呟いた。網の中で皆がギュウギュウ詰めにされているなか、リンクは苦労して顔を兵たちの身体の隙間から出し、叫んだ。

 

「みんな、無事か?怪我はしていないか?」

 

「な...なんとか生きております」

 

副官が言う。他の兵士たちも同様に答えた。

 

すると、周囲の高木の間から何者かの群れが歩み出てきた。

 

鬼どもだ。緑色の皮膚をし、棍棒や弓矢で武装したブルブリンだ。

 

そして、その背後からひと際大きな影がヌウっと姿を現した。

 

それはキングブルブリンだった。

 

鬼の王は満足げな含み笑いを漏らすと、顔を上げて網の中の獲物たちを見た。

 

すると、彼はリンクの姿を認めて一瞬驚いた顔をした。意外な再会に面食らったように、しばらく目をパチクリさせていたが、やがてキングブルブリンはさも可笑しそうに笑い始めた。

 

周囲のブルブリンどもも、つられたように哄笑し始める。その数はニ十匹は下らない。

 

ひとしきりの笑い声が止むと、リンクは苦労して顔を鬼どものほうに向けて叫んだ。

 

「キングブルブリン!まだ懲りていないのか。お前はあの時、僕に負けて悪さをやめたんじゃなかったのか?」

 

すると鬼の王は一瞬やや気まずい顔をした。だがすぐに気を取り直すと、手ぶりで手下に指示した。するとブルブリンの雑兵どもは焚き木を大量に持ってきて網の下に積み上げ始めた。

 

「どうやら火あぶりにしようとしているみたいだね。丸焼きになる前に脱出しなきゃ」

 

リンクは言った。するとアッシュが小声で言った。

 

「リンク殿。この状況では剣は抜けない。だが私の腰に小刀が二本ある。貴殿の場所から手が届くか?」

 

「ありがとう。でも、大丈夫、奥の手があるんだ」

 

「奥の手?」

 

アッシュが怪訝な声で尋ねる。リンクは力強く請け合った。

 

「まあ、見ててくれ。あいつらを出し抜いてやるよ」

 

リンクは、唸り声を上げながら苦労して自分の腰に手をやると、ブーメランを抜き出した。

 

「ゲイル.....頼みがある。ちょっと来てくれないか」

 

そうブーメランに向かって囁きかける。すると数秒後、何者かの声が聞こえてきた。

 

「....やあリンク、珍しいですね。私を呼ぶなんて」

 

アッシュと部下たちが驚いて顔を上げる。声が続けた。

 

「てっきりお役御免かと思っていましたよ。君には珍しく、ピンチですか?」

 

「...ご無沙汰しちゃってゴメン。でも今回ばっかりは君に助けて欲しいんだ」

 

「お安い御用。どこから手をつけましょうか?」

 

声が上機嫌に言った。リンクは答えた。

 

「そうだな。奴らが焚き木に火を点けたら、それを吹き消してほしい。そして、網を吊るしている蔓を断ち切って欲しいんだ」

 

「わかりました。ちょっとしたヒーローの窮地を演出するわけですね」

 

「そんなつもりじゃないんだけどなぁ...。だけど、奴らも『作戦成功』と思った瞬間に逆転されたほうが、精神的ダメージが大きいだろ?」

 

「ごもっともです。では、いつでも投げてください」

 

アッシュと兵士たちは驚きに目をしばたたかせながら会話を聞いている。そうこうしているうちに、ブルブリンたちが焚き木を積み終わった。

 

鬼どもが汚らしい声で歓声を上げる。キングブルブリンは再び顔を上げるとリンクたちを見た。リンクはまた叫んだ。

 

「キングブルブリン!もう悪さはやめるんだ。お前は普通の鬼と違って知能がある。だとしたら、略奪をしないで生きていく方法を学べるはずじゃないか?」

 

鬼どもの一人が、手に燃えた松明を持って近づいてくる。リンクの声を聞いた鬼の王は、一瞬手を上げてその鬼を押しとどめた。

 

「お前が人間を憎むのも理由があるんだろう。だけど、こんなことをしていたら、いつかお前だって狩られてしまう。その知恵を、良いことに使えばお前も手下たちも人間に追われずに暮らせるかも知れないんだ」

 

リンクは話し続けた。

 

「畑を耕してみろ。家畜を世話してみろ。きっと大地はお前たちが食べるくらいの分は作り出してくれる。略奪なんかやめるんだ!」

 

だが、それを聞いていた鬼の王は鼻を鳴らすと、忌々し気に首を振った。そして松明を持った鬼に向かって顎をしゃくった。

 

「リンク殿....まずいぞ」

 

アッシュが言った。彼女もまた苦労して自分の腰に手を伸ばし、小刀を抜こうとしていた。リンクは溜め息をついて答えた。

 

「ああ。わかってる。だけど最後にもう一度説得したかったんだ」

 

「説得?鬼を相手にか?」

 

「...鬼は鬼でも、あいつは言葉が通じる。だから...話せば分かるかもって思ったんだ」

 

その時、松明を持った鬼がバカ笑いしながらそれを焚き木の山の上に放り上げた。積まれた柴に火が移り、パチパチと音を立て始める。

 

「リ....リンク殿ぉ!」

 

副官がうろたえた声を上げた。燃え移った炎が少しづつ大きく広がっていく。だがリンクは落ち着いた声で言った。

 

「みんな、耐えられなくなったら言ってくれ」

 

「..全く...貴殿には毎回驚かされるばかりだ」

 

アッシュが呆れて溜め息混じりに呟いた。

 

燃え上がった炎の熱がじわじわと伝わってきた。だがまだ距離が遠い。すると、キングブルブリンはまた手下どもに手ぶりで合図した。たちまち追加の薪が山の上に積み上げられた。すると火勢は一旦弱まったが、しばらくの後いよいよ激しく燃え盛り始めた。

 

「リンク殿!もう耐えられませぬ!」

 

副官が叫ぶ。

 

「みんな、着地の衝撃に備えるんだ!」

 

リンクは叫ぶと、網から片手を出してブーメランを放り投げた。

 

ブーメランは空中で高速回転を始めた。それが焚き木の山の周囲をぐるぐると周ると、炎がつむじ風に吸い込まれるにして消えていく。

 

鬼どもの間からどよめきが上がった。ブーメランは上昇すると、網を吊るしていた蔓を次々と切断していった。

 

最後の蔓が切れると、一同は一挙に落下した。地面に積まれた焚き木の山の上にドカドカと落ちたが、かえってそれが衝撃を緩和することになった。

 

「鬼ども!目にもの見せてくれよう!」

 

絡みつく網をいち早くかなぐり捨てたアッシュが剣を抜いて叫んだ。兵士たちも次々と立ち上がり、鬨の声を上げた。

 

鬼たちはうろたえながらも武器を構えた。キングブルブリンが魔物語で号令をかける。すると数人の弓兵たちが弓に矢をつがえた。

 

「危ない!」

 

リンクは叫ぶと、身を低くしたまま弓に矢をつがえ、素早く撃った。

 

一匹の弓兵が、矢を放つ寸前でリンクの矢に胸を射抜かれた。だが他の弓兵が次々と矢を撃った。

 

「退避!」

 

アッシュは素早い動きで身を伏せながら号令をかける。だが二、三名の兵士が傷を負って呻き声を上げた。

 

だがリンクも負けじと矢を放つ。鬼の弓兵どもが一人またひとりと倒れていく。

 

アッシュが弾かれたように立ち上がりダッシュする。剣が一閃し、鬼が崩れ落ちる。他の兵士たちも雄たけびを上げながら突進していった。

 

たちまち混戦が始まった。数で劣る小隊兵士たちだったが、決死の勢いで剣を振り回し、ジリジリと敵軍を押している。

 

リンクは弓を背負うと剣を抜き、盾を構えた。兵士たちを後ろから襲おうとした鬼に走り寄り、ジャンプ斬りを叩きつけて大人しくさせた。

 

「鬼の王よ!このアッシュと尋常に勝負せよ!」

 

アッシュの声が響き渡った。顔を上げると、数名の鬼どもを斬り倒した女剣士が、中段に構えながらキングブルブリンと相対している。対するキングブルブリンが手下に合図すると、たちまち巨大な戦斧が手渡された。

 

「気を付けろアッシュ!そいつは鈍いがパワーだけは凄いんだ!」

 

リンクは手近の鬼を斬り捨てながら叫ぶ。

 

「承知!この屈辱、倍で返さねば気が済まぬわ!」

 

アッシュはそう答えると、摺り足で間合いを詰めていった。

 

キングブルブリンが戦斧を構える。いつしか、鬼の雑兵どもの大半が斬り倒され、生き残りは引き下がりながらも距離を置いて見守っていた。

 

鬼の王は歯を剥き出し、肩を怒らせながら戦斧を持ち上げた。唸り声を上げながら縦に振り下ろす。

 

だがアッシュは軽い身のこなしでそれを回避すると、強烈な小手を叩きつけた。

 

痛みに顔を歪めながらも、キングブルブリンが斧を持ち上げて横に振る。女剣士は上体を反らして躱し、後転すると起き直って突進した。

 

滑るような足さばきで距離を詰めたアッシュが突きを放つ。急所を正確に貫かれた鬼の王がまた呻き声を上げた。

 

鬼の王が苦し紛れに斧の柄を振り回す。だが女剣士は巧みにそれを剣で逸らし、左右の逆袈裟斬りで両の脇腹に深手を負わせ、眼にもとまらぬ速さで四度連続の突きを叩き込んだ。

 

勝負はついたかに見えた。

 

鬼の王は武器を放り出すと崩れ落ち、胸の傷に手をやって押さえると、もう片方の手を上げながら叫んだ。

 

「マ....マイッタ!オレノマケダ!」

 

それを聞いたアッシュの動きが一瞬止まった。

 

「アッシュ....」

 

リンクは声を掛けながら近寄っていった。アッシュは信じがたいといった表情でリンクを顧みる。

 

「リ....リンク殿。今、こやつ...」

 

「言ったろ?喋れるのさ、こいつは」

 

だがその瞬間だった。キングブルブリンは手を伸ばすとアッシュの喉首を掴んで持ち上げた。不意を突かれた女剣士は剣を取り落とし、苦し気に呻きながら身を捩らせた。

 

「バカナヤツメ。コイツノイノチガオシケレバ、ケンヲステロ」

 

鬼の王が含み笑いをしながら言う。リンクは目を剥いて叫んだ。

 

「卑怯だぞ!あれだけ仕置きを受けてまだ懲りないか!」

 

だが、アッシュは腰から小刀を抜くと、キングブルブリンの手首に斬りつけた。悲鳴を上げた鬼の王が手を離す。地面に落下した女剣士が立ち上がった。だが、鬼の王はもう片方の手で拳を握り、相手を殴りつけた。

 

「アッシュ!」

 

リンクは叫んだ。吹き飛ばされたアッシュが、高木の幹に叩きつけられた。

 

「貴様よくも!」

 

リンクは叫ぶと走り寄った。斧を拾い上げたキングブルブリンは、獣のように唸りながら武器を振り回す。

 

リンクは身を伏せて攻撃を躱すと、低い体勢から回転斬りを放った。凄まじい旋風が起こる。鬼の王は派手に腹を切り裂かれ、痛みに呻きながらよろめいた。

 

だがまだだった。鬼の王は歯を食いしばると、せめて一太刀でもとの勢いで再び斧を振り回した。だがリンクは冷静に距離を取ると、相手の息が切れてきたところで距離を詰め、頭からジャンプ斬りを浴びせ、着地したところでもう一度回転斬りを放った。

 

恐ろしい悲鳴が森に響き渡った。キングブルブリンは苦痛に顔を歪めながらうつ伏せに倒れ伏した。地面にはみるみるうちに黒い血が広がっていく。

 

「アッシュ...大丈夫か?」

 

「...ああ。どうにかな」

 

リンクが駆け寄ると、アッシュはようやく立ち上がったところだった。痛みに顔を歪めつつも、女剣士は小刀を鞘に納め、取り落とした剣を拾い上げた。

 

鬼の雑兵どもは既にどこかに逃げ散っていた。兵士たちは、矢を受けて負傷した者たちを介抱している。

 

リンクとアッシュの目の前には、山のようなキングブルブリンの巨体が横たわっている。だがまだ命があるらしく、そのでっぷりとした腹はゆるやかに上下していた。

 

「みんな、怪我人は村まで運んで治療するといい。トンネルを抜けて南下すれば一時間もかからないから」

 

リンクが兵士たちに声を掛けると、副官が剣を納めながら礼を言った。

 

「かたじけない、リンク殿。ではお言葉に甘えることといたしましょう」

 

「それにしてもこのアッシュが二度までも煮え湯を呑まされるとは......」

 

アッシュが忌々し気に呟く。リンクはその肩に手を置いて宥めた。

 

「そういう奴なのさ。僕のときだって、仲間の助けがなければ勝てたかはわからないよ」

 

「こやつの首を刎ねて城に持ち帰ろう。女王陛下もお喜びになられよう」

 

アッシュは剣を軽く振って血払いすると、そう呟いた。リンクは慌てて言った。

 

「ま....待ってくれアッシュ。その前に....」

 

「この期に及んでなんだというのだ、リンク殿?」

 

アッシュが眉を上げてリンクを見る。彼は口ごもりながら言葉を継いだ。

 

「...その前に話をさせてほしい。せめて...本人が悪事を悔いるまでは死なせたくはないんだ」

 

「一体何を悠長なことを?こやつは鬼だぞ、リンク殿。鬼が悪事を悔いるなど聞いたことがない」

 

アッシュはやや苛立ったようすで反論した。だがリンクは手を上げて彼女を制止すると、キングブルブリンに近づいた。

 

倒れ伏した鬼の王は、苦し気に呼吸しながらも身じろぎしている。リンクはその顔の前に跪くと声をかけた。

 

「聞こえるか?お前は今、自分がやったことの報いを受けている。だが、僕はお前が今のままで女神ハイリアのところに行ってほしくはないんだ」

 

アッシュが呆れた顔をしながら、わざと聞こえるような大きさで溜め息をつく。だがリンクは続けた。

 

「お前が、全ての悪事を悔いて、お前の魂を女神ハイリアに委ねることを決心したら、あるいはお前は死後の裁きを免れるかも知れない。僕の言っていることがわかるか?」

 

リンクはそこまで言うと、口を閉ざして耳を傾けた。鬼の王は相変わらず苦しそうに呼吸をするばかりだった。アッシュは焦れたように進み出て来た。

 

「...そろそろよかろう。リンク殿、私に任されよ」

 

だがその時だった。キングブルブリンが咳き込みながら何かを言ったのだ。

 

「待て。待ってくれアッシュ」

 

リンクは手を上げると、身を屈めて鬼の王の口元に耳を近づけた。

 

鬼の王は何度も咳き込んだ。口から血が飛び散り、リンクの顔にかかった。リンクは少し顔をしかめ、手拭いで自分の顔を拭ったが、すぐにまた相手の口に耳を寄せた。

 

「...オ....オレハ........」

 

キングブルブリンの口から言葉が漏れた。リンクは微動だにせず聞き続ける。

 

「...オ....オレハ...ニンゲンノ...ハハオヤカラ..ウマレタ」

 

それを聞いたリンクは衝撃に目を見張ると、アッシュを見た。女剣士も驚いた顔をした。リンクがまた耳を傾けると、鬼の王は呻くような声で言葉を継ぐ。

 

「オ....オレハ...ニンゲン....ト...マモノ..ノ...アイノコダ」

 

リンクは真剣な顔で聞き入っていたが、やがて口を開いた。

 

「じゃあ...お前は...鬼に手籠めにされた女から生まれたんだな?」

 

すると鬼の王は弱々しく頷いた。そして彼は続けた。

 

「オフクロハ...オレヲ...アイサナカッタ.....。ニンゲン...ノ....セカイデハ....オレハ...ダレニモ...ウケイレラレナカッタ。ダカラオレハ....オニニ....ナッタ」

 

キングブルブリンはまた激しく咳き込んだ。リンクは自分の顔を拭うのも忘れて問いかけた。

 

「お前は....人間の村を飛び出して、自分から鬼の仲間入りしたっていうのか?」

 

「ソウダ....。オニノセカイデハ......ツヨイモノ...ガ...ソンケイサレル....。ソレデ....オレハ.....オニタチノ....オウ..ニ.....ナッタンダ」

 

そこまで言うと鬼の王は口をつぐんだ。最後にもう一度咳き込むと、やがて彼は呼吸をやめた。そしてほどなく、その巨大な身体は動かなくなった。

 

リンクは茫然として身を起こすと、無言のまま立ち尽くしていた。さすがのアッシュも、ショックを受けた様子で顔を伏せている。

 

「なんと....このような悲劇があるとはな」

 

しばらくの沈黙のあと、女剣士はそう言って首を振り、剣を納めた。リンクは彼女を見ると、口を開いた。

 

「アッシュ...彼の遺体はこのままここに埋葬するわけにいかないだろうか」

 

「リンク殿...貴殿の並外れた人の善さは昔からだな」

 

女剣士は苦笑いすると呟いた。リンクは懇願するように続けた。

 

「頼むよ。彼に...少なくとも『人間として生きた』時間があったのなら、死後くらいは人間扱いしてやりたい」

 

「たとえそれが重罪人でもか」

 

アッシュは言うと、思い出したように付け加えた。

 

「古代ハイラルの法によれば....どれほどの重罪人であってもその死体を汚し墓を暴いてはならない...とあったな」

 

彼女はため息をつくと頷き、踵を返した。

 

「よかろう。だがそれは貴殿でなされよ。私はそこまでの慈悲心を持つことはできぬゆえ」

 

「感謝するよ、アッシュ」

 

リンクは微笑んで相手の背中に声をかけた。

 

彼は暫くの間キングブルブリンの動かぬ身体を見つめていたが、やがて地面に身体をかがめると、鉄の盾を使って地面を掘り返し始めた。

 

* * * * * * * * * * * * * 

 

「まさか、キングブルブリンのヤツにそんな来歴があったなんて驚きだな」

 

モイがグラスを傾けながら言った。テーブルの向かいに腰掛けたリンクは首を振って答えた。

 

「もしかすると口からのでまかせかもしれない。でも、死ぬ寸前にそんな嘘をつくヤツがいるとも思えないんだ」

 

モイの膝に座った娘ルリハも真剣な顔で聞き入っている。すると台所で母親の手伝いをしていたコリンが振り返って声をかけてきた。

 

「もうすぐできるよ!リンクの大好きなシチューさ」

 

「ありがとう。おなかペコペコだよ!」

 

リンクはグラスから一口飲むと答えた。モイは彼のグラスに酒を注ぐと言った。

 

「だがリンク....ヤツが死んだのなら、それは鬼としてであれ、悪人としてであれ、当然の結末だ。お前が気に病むことじゃあねえんだ。気にしすぎるなよ」

 

「それがさ....モイ」

 

リンクは声を潜めた。グラスを口に運ぼうとしたモイは怪訝な表情をした。

 

「何だ、リンク?」

 

「実は....その後、もう一度墓に行ったんだ。花でも供えてやろうと思って。そうしたら...」

 

シチューの入ったボウルとスプーンを眼の前に置いたコリンが台所に戻るのを見届けると、リンクは言葉を継いだ。

 

「そうしたら墓が掘り返してあったんだ。....ヤツの死体はなくなっていた。鬼どもが取り返したのかもしれない。でも、あるいは......」

 

リンクは顔を伏せた。モイは少し黙って元弟子を見つめていたが、穏やかな語調で声をかけた。

 

「蘇った...とでも言うのか?ま、心配はいらねえ。そしたら何度でもお前さんが叩きのめしてやればいい。いや、なんならコリンにやらせたっていいさ」

 

「でも.....モイ。僕は....」

 

リンクは顔を上げてモイを見た。

 

「僕は間違っていたのかもしれない。あるいはアッシュの言う通りにしていれば、今頃こんな心配はしなくても......」

 

「気にし過ぎんなって」

 

モイは立ち上がるとリンクの隣に座りその肩を抱いて慰めた。

 

「過去は変えられねえんだ。第一お前さんはその時々で一生懸命やるべきことをしてきた。何一つ恥じる必要はねえさ。な?」

 

リンクはテーブルに視線を落としていたが、やがて小さく頷いた。

 

すると、じっとリンクを見つめていたルリハが突然叫んだ。

 

「あたし、剣士になる!」

 

不意を突かれたモイが口を開けて娘を見やる。リンクもまた、目を丸くして彼女を見つめた。

 

「パパ、ママ!あたし、剣士になる!」

 

ルリハはもう一度繰り返した。すると父親の分のボウルを運んできたコリンが笑いながら言った。

 

「ルリハ、剣士は楽じゃないぞ。手は豆だらけになるし、稽古で体中アザができるんだ。それでもやるのか?」

 

「絶対なる!絶対なるもん!」

 

幼女は固い決意を表すかのように拳を握ると言い張った。すると手を前掛けで拭いながらモイの妻ウーリがやってきた。

 

「もう....ルリハってば。女の子は剣士になんてなるもんじゃないのよ」

 

「だってアッシュって女の人なんでしょ?どうしてルリハがなっちゃいけないの?」

 

ルリハは顔を真赤にして抗弁する。

 

「ハハハ、こりゃ一本取られたな、剣士だけに。な?」

 

愉快そうに笑いながら、モイが娘の頭を撫でた。

 

「もう、笑い事じゃないわよ。大怪我をしたらどうするの?ねえ、リンク?」

 

ウーリは夫を睨みつけると、同意を求めるようにリンクを見る。

 

リンクは誰の味方をしていいかわからず、ただ口ごもるだけだった。彼はもう一口飲むと、手の中のグラスを見つめ独りごちた。

 

「あいつの魂が安らかに眠ってくれてると...いいな」

 

「どうしたの?リンク。早く食べようよ」

 

コリンが隣に座って促す。一同は短く祈りを捧げ、食べ始めた。五人の食卓からは絶え間なく笑い声が響いた。

 

* * * * * * * * * * * * * * 

 

これがキングブルブリンこと鬼の王の最期に関する顛末である。

 

鬼の王は本当に死んだのか。あるいは蘇ったのか。その真相は誰にもわからない。

 

いずれにせよ、巨大な緑鬼に関する目撃談は、この事件を境に一向に聞かれなくなったということである。

 

(だが、もし鬼の王が死なずに蘇ったのなら、リンクの必死の説得が功を奏し、彼は心を入れ替えたのかも知れない。少なくとも筆者は、ごくわずかの可能性とは知りつつも、そのようなことも起こりうるのでは、と信じる心を捨て切ることができないのである。)

 

そして、モイの娘ルリハはこの日を境にして以後毎日のように木の枝を振るようになった。その熱心さを見た兄コリンは両親に内緒で妹に稽古をつけてやるようになったという。

 

(終わり)


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