スラムの子、コツコツ金稼ぎ 作:雨雲ばいう
「おら、退け。商売の邪魔だ」
冬、凍えるような寒さ。
アスクレイは頭から水をかけられた。
肌を焼くような寒気に、ウトウトしていた頭が一気に働き始める。
アスクレイはベーカリーの店先に転がっていた。
飢えのあまり、一歩も歩けなくなっていたのだ。
背後のショーウインドウでは焼きたてのパンからホカホカと湯気が上っている。
顔を上げると、アスクレイは人だかりに囲まれていた。
「こんなに寒い日にかわいそうに。パンぐらい恵んでやっても……」
「馬鹿言わないで、乞食に話しかけたら一生まとわりつかれるわ」
「まったく、人目のつかない路地でひっそり死んでいればいいものを」
忌々しげな瞳たちがアスクレイに集まる。
いきなり髪の毛が乱暴につかまれて、アスクレイは起こされた。
ベーカリーの職人なのだろう男が、アスクレイにすごむ。
「ボウズみたいのが店先にいると、客が入ってこねぇだろ」
「……すみません」
アスクレイの手にカビの生えたパンがねじこまれた。
おおよそ人の食べるものでないそのパンを、口もとにもっていく。
実に、数日ぶりの食べものだった。
「ほら、恵んでやったんだからどっかいけよ!」
男に蹴飛ばされて、アスクレイは走り去った。
その後ろ姿に、男は舌うちする。
「まったく、暗黒街のガキはろくでもねえな」
◆◆◆◆◆
アスクレイは、父親を知らない。
母が売春婦で、男をとっかえひっかえしていたから、誰の子かわからないのだ。
もとから望まれぬ子だったアスクレイは、愛情をもらったことはない。
母は貧しい暮らしへの怒りを晴らすように暴力をふるった。
母が新たな男をつれこむたび、アスクレイは机の下に隠れた。
だが、そんな母も今は亡くなっている。
アスクレイが五才の時に、頭のおかしい客に殴り殺されたのだ。
それからずっと、アスクレイは一人で生きている。
犯罪が日常のスラムを、ただ一人で。
◆◆◆◆◆
アスクレイの稼業はドブさらいだ。
王都のあちこちにある下水口。
その奥深くまで入りこんで、ガラクタを漁ることである。
時に銅貨が流されてくるので、運がよければ大金が手に入る。
だが、運がなければその日の稼ぎはない。
今朝のアスクレイのように、飢えて死にかけることもある。
それに、流されてくるのは金だけではない。
屠殺された豚のモツ、尿、犬猫の死骸……。
傷口に汚水が入ればたちまち病にかかって死んでしまうだろう。
ヘドロに足をとられ、溺れた子どもも数えきれない。
正に命がけの、金稼ぎであった。
うす暗い下水道を、胸からランプを吊り下げ歩く。
時折手に握るピッチフォークでドブを漁る。
だが、かかるのは牛の骨に、壊れた磁器などの金にもならないものばかり。
背の袋は軽いままで、アスクレイは深いため息をついた。
このままではまた店先でうずくまる羽目になる。
「っ……!」
ギリ、と歯を噛みしめた。
こんな人生は嫌だった。
アスクレイは、ただまともに生きたかった。
路頭ではなく、帰るべき家があって。
残飯ではなく、きれいな焦げ目のパンを食べて。
石畳ではなく、温かなベッドにくるまって休んで。
街で、アスクレイは己と年の違わない子どもが遊んでいるのをよく目にする。
ヤギの毛でできた暖かなコートで、楽し気に走りまわる子どもたち。
その脇で、アスクレイはみじめにボロ布で寒さをしのいでいる。
遊んでいる暇などない、朝から晩まで働かなかければ生きていけない。
「……」
もうこんな暮らしは嫌だった。
アスクレイは、スラム街から逃げたかった。
力まかせにヘドロを漁る。
その時、ピッチフォークの爪がカツンと音をたてた。