スラムの子、コツコツ金稼ぎ   作:雨雲ばいう

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12 幸せな夕食

皿の上にのった、土くれを薬さじですくう。

 

アスクレイは、それをゆっくりと口もとに運んでいった。

 

「……っ!」

 

口にしたとたん、胸を握りしめて崩れ落ちる。

 

ヒューッ、ヒューッ、とか細い息をしながら歯を食いしばった。

 

先ほどの土くれは、重さあたり黄金よりも金がかかる。

 

それを無駄にするわけにはいかない。

 

「おーおー、よくやるよほんと」

 

にじんだ瞳に、ボロボロの靴がうつる。

 

家の柱にしがみついてアスクレイは起き上がった。

 

ぼさぼさの黒髪で、目もとまで隠れている。

 

あちこちにのびた無精ひげは、まるで街の乞食のようだった。

 

「……ハイトーレ師匠」

 

「ただの貴族のガキなら今ごろは悲鳴上げて泣きわめいてるだろうさ」

 

未だ息の荒いアスクレイを目にして、クックッと笑う。

 

ボリボリと頭をかくと、フケがあちこちに散った。

 

「……それは賞賛のつもりでしょうか」

 

「ほー、流石は新人トップのスカベンジャー様だ、貴族なぞ目に入らねえってか!」

 

ケタケタと大笑いし、ラムをラッパ飲みする男。

 

その名はハイトーレ。

 

大金とひきかえにアスクレイにヒトの魔術をたたきこんでいる魔術師である。

 

暗黒街に暮らし、金を積む者ならマフィアだろうと魔術を教えていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

もともとは上流階級のはずのハイトーレが落ちぶれた訳にはいくつかの説がある。

 

大貴族の不興を買い、ろくな働き口がなくなったからだとか。

 

アルコールと薬にのめりこみ、すぐさま大金を欲しがったからだとか。

 

正しいところは、誰も知らない。

 

「十年かけてやる修練を一年で終わらせろなんて無茶を言われたのは初めてだ」

 

「……なにか、文句でも」

 

「いいや? そのぶんたんまり金はいただいてるからな」

 

指先を黒く染めていた祟りがひいていく。

 

先ほど口にした土くれは、かつて巨竜の肉だったものだ。

 

ハラワタのあたりで採掘されるらしく、すさまじく金がかかる。

 

だが、それがなければヒトの魔術による祟りをこらえる力がつかない。

 

良薬のようなものだ。

 

口にすれば苦いが、病にかかるよりはマシ、という考え。

 

竜の肉を食らうことで己を竜と等しくしようという、馬鹿げた試み。

 

もちろん、はるかに力ある竜の肉を口にして祟りから逃れられるはずがない。

 

魔術の祟りを鎮めるために、土くれを口にして祟りを興す。

 

矛盾するこの修練こそが、魔術師となる第一歩であった。

 

貴族や資産家の子はもっと薄めたものを十年費やして口にする。

 

だが、アスクレイはすぐに力が欲しかった。

 

だから、ハイトーレに大金を積んでその修練を短縮させたのだ。

 

「今日のぶんの金です」

 

「ほー、ありがたいぜ。これで金繰りに困んねえ」

 

アスクレイが懐から手にとった銀貨の山を、ハイトーレはかすめとっていく。

 

「へへ……、女でも買おうかな、薬もいいな」

 

ギラギラとした瞳で独り言を呟くハイトーレ。

 

もうアスクレイのことなど目にも入れていなかった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「……フウセンネズミのサンドを七つ」

 

暗黒街のはずれ、犯罪がまだ激しくない路地にて。

 

露店の大男に銅貨を七つ渡す。

 

「……」

 

大男はちらりとアスクレイに目をやって、しばらくして黙ったまま頷いた。

 

ジュー、と肉の焼ける音が響く。

 

フウセンネズミは、目も毛もないネズミの品種である。

 

育つとまるで風船のようにふくらむことからそう名がつけられた。

 

たった一匹のメスが十匹の子どもを産み、しかも十日ほどで育ちきる。

 

なので、上等な食肉として重宝されていた。

 

渡されたアスクレイの頭ほどもあるサンドを懐に隠していく。

 

そうして、アスクレイはまた暗黒街を歩く。

 

暗黒街のより深くにいくほど、目にする露店の質はどんどんと下がっていく。

 

そもそも、フウセンネズミですら暗黒街の労働者たちには手がとどかないのだ。

 

ほとんどの露店で売られているのはどこからきたかもわからない肉。

 

病気で命を落とした野犬や猫、果てはネズミやハトなど。

 

おおよそ肉と類されるものを片っぱしから詰めこんだパイですら貴重だった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

重苦しい鉄の扉の下にある、乾いた地下室。

 

そこが、ようやくアスクレイの手にした家だった。

 

これまでずっと路上暮らしで、下宿先など考えることさえできなかったのだ。

 

今や雨水に震えることもない。

 

深くため息をつき、コートを脱ぐ。

 

鉱石を入れるズタ袋、ロープの束、などなど。

 

棚に商売道具をしまいこみ、ようやくアスクレイは肩が軽くなった。

 

湯水を入れた桶に布きれを濡らし、肌をぬぐっていく。

 

そうして、ランプに照らされた机についた。

 

ほどいたサンドの包み紙から湯気がたつ。

 

アスクレイが太いパンに食いつくと、肉汁が口で爆ぜる。

 

ひなびた野菜カスと、つんと鼻につくピネガーにアスクレイは思わずむせた。

 

それでも、美味しかった。

 

恐らく、ほかのスカベンジャーはもっと上等なものを食しているだろう。

 

暗黒街のいかなるご馳走も、貴族にとっては豚の餌だ。

 

だが、それがどんなに慎ましい夕食であっても、アスクレイにとっては幸福だった。

 

こんなもの、ドブさらいを続けていれば一生口にできなかった。

 

雨をしのぐ家があって、ランプの灯りがあって、きちんとした布をまとっていて。

 

しかも、こんな美味しいものを食べられている。

 

これが幸福でなくて、なにが幸福なのか。

 

ひとつで大人の夕食に足るサンドを七つ。

 

だが、竜の息吹を吹きこまれたアスクレイにとっては一瞬だ。

 

アスクレイは、七つみな食べきってしまった。

 

そのままベッドに飛びこむと、ゆっくりと目を閉じる。

 

誰がなんと言おうと、今のアスクレイは幸せだった。

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