スラムの子、コツコツ金稼ぎ   作:雨雲ばいう

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15 望まざる客人

舳先が、冷たい水の流れに逆らう。

 

アスクレイがパドルを操るたび、カヤックはゆっくりと川を上っていっていた。

 

静かだった。

 

鳥のさえずりさえ聞こえない。

 

まるで、この世にアスクレイ一人だけになってしまったようだった。

 

白い息で、アスクレイは川岸に目をやる。

 

ミルクのように濃い霧。

 

その霧に、竜の舌のうっそうとした森林が影を落とす。

 

巨竜の口からさしこむ日の光が、いくつもの光条となって輝いている。

 

きれいだった。

 

教養がないアスクレイでも、この美しさはわかった。

 

まるでおとぎ話に聞く血の乙女のようだ。

 

人を食らうことで永遠の美しさを手に入れようとした、おぞましき魔女。

 

竜の舌も、そうだ。

 

この地で命を落とした数えきれないほどのスカベンジャーたち。

 

その血を散々飲み干しておきながら、素知らぬ顔。

 

人を誘うように、美しくほほ笑みかけているのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「……」

 

夕暮れになるより先に、川岸にカヤックを上げる。

 

天幕を吊るし、薪を集め。

 

アスクレイは、テキパキと野営地を築いていく。

 

もちろん、枝葉で飾りつけ、野営地を風景に隠すことも忘れない。

 

夜に竜の舌を歩くのは、馬鹿のすることだ。

 

暗闇のうちでは、人よりも獣のほうがずっと目が効く。

 

だから、こうして息を潜めてやりすごすのが一番だった。

 

光が漏れぬよう、穴を掘って焚き火を起こす。

 

火にかけたケトルに、豆と塩漬けの肉を入れる。

 

そうして、おもむろにアスクレイは懐から地図を手にとった。

 

今日一日でどこまで川をさかのぼれたのか、印をつける。

 

「……やった」

 

ずいぶんと調子がいい。

 

アスクレイは小さく笑った。

 

この旅でアスクレイが目指すのは、竜の喉。

 

竜の舌とはくらべものにならないほど上質な鉱石が手に入る。

 

初めて訪れた時は目にするだけに終わった。

 

が、この旅ではがっぽりと稼がせてもらうつもりだった。

 

そのためにわざわざカヤックまで運んできたのだ。

 

これで、竜の舌をさっと飛ばして、一気に竜の喉にたどりつく。

 

熟練のスカベンジャーたちの常套手段。

 

それが、アスクレイのこの旅だった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

カラカラ、と音が鳴った。

 

ぴくり、とアスクレイの手が震える。

 

風にゆられた草木の音ではない。

 

アスクレイのしかけの音だ。

 

獣か人か、野営地を訪れようとしている。

 

豆と塩漬け肉のスープの入ったケトルを脇によけ、ナイフを手にとる。

 

音もなく、アスクレイは天幕を後にした。

 

右目の布に指をかけながら、暗い木々にすべるように入りこむ。

 

そうして、息を潜めるアスクレイの目が、ひとつの人影をとらえた。

 

「っ、はぁ、はぁ」

 

荒い息。

 

おそらく若い男。

 

しきりに後ろに目をやっている。

 

……カラカラ。

 

またしかけが鳴ったところをみるに、後続あり。

 

獣に追われているということも考えられる。

 

「これは、もしかして野営地か……?」

 

舌打ちをする。

 

気づかれた。

 

そのままやりすごすのが一番楽だったが、もうそうはいかない。

 

人影に背後から忍びよる。

 

まだ一人しかいないうちに蹴りをつけたほうがよい。

 

「えっと、誰かいませっ」

 

口を手でふさぎ、足を蹴りつける。

 

崩れ落ちる人影にまたがり、その首もとにナイフをつきつけた。

 

腰につけた武器はきちんとアスクレイが膝でおさえている。

 

手足でもがいて暴れているが、もうこの人影は逆らえない。

 

その命は、アスクレイの手の上だ。

 

アスクレイは、冷たく問いかけた。

 

「……誰ですか、この野営地を訪れた理由も話してください」

 

「っ!」

 

驚いたように、人影が震える。

 

いきなり暴れなくなった人影に、アスクレイは首を傾げた。

 

暗がりでも輝くような金髪。

 

はて、どこかで目にしたような記憶があるような。

 

「まさか、こんなことがあるなんて」

 

人影の言葉に、ふと気づく。

 

枝葉や土にまみれているが、その姿がとあるスカベンジャーと重なった。

 

人影が、くしゃりと苦笑する。

 

「アスクレイ、久しぶりと言ったほうがいいかな」

 

「ユーヴェイン、いったいここでなにを」

 

その人影というのは、稼ぎで新人二位の座を守る一人の青年。

 

なにかとアスクレイを気にかけてきた、あのユーヴェインだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

けっして大きくはない天幕に、アスクレイとユーヴェイン。

 

さらに、顔も知らぬスカベンジャーが二人。

 

その姿を目にして、アスクレイはだいたいの経緯については察していた。

 

「オレが初めての竜の喉を目指してる時に、この二人と会ってさ」

 

「……」

 

アスクレイの知らないスカベンジャーは男と女が一人ずつ。

 

女は足に添え木。

 

男にいたっては、片腕をなくしている。

 

「ちょっと、放っておけなくてね」

 

「……なるほど」

 

ポリポリと頭をかくユーヴェイン。

 

アスクレイは、冷たい瞳を二人にむけた。

 

みな、ビクリと震えて縮こまる。

 

その瞳には、どこか恐怖の輝きがあった。

 

「えっと、二人に話しておくとこの子はアスクレイ。もしかして知ってたかな」

 

ユーヴェインの言葉に二人が小さく頷く。

 

恐らくは売女の子のうわさ話を知っているのだろう。

 

暗黒街育ちで、金のためには手段を問わないとか。

 

実は背後でギャングとつながっているとか。

 

根も葉もない、邪推。

 

「それでさ、アスクレイにお願いがあるんだけど」

 

「……なんですか」

 

まっすぐユーヴェインにみつめられ、頭のうちでガンガンと警鐘が鳴らされる。

 

「アスクレイにも、この二人を帰すのを手伝って欲しいんだ」

 

背後に隠したナイフを握る手に、力がこもる。

 

実にめんどうな話になった。

 

アスクレイは、胸のうちで盛大にため息をついた。

 

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