スラムの子、コツコツ金稼ぎ 作:雨雲ばいう
「すみません、手を貸したいのはやまやまですが……」
さて、どう断ろうか。
考える。
アスクレイの頭には、ユーヴェインの誘いに頷くという道はなかった。
どう考えてもリターンよりコストが勝る。
ここで二人を助けるのを手伝ったとしよう。
それで手に入るのは、人助けをしたという小さな名誉だけ。
それも、暗黒街生まれへの嘲笑が洗い流してしまうだろう。
そのかわりに、アスクレイが失うのは稼げたかもしれない大金。
一人しか乗れないカヤックは残していかなければならない。
ここまでの道のりも、運んできた食料も、なにもかもが無駄になる。
そもそもスカベンジャーだからといって手を貸す義務はない。
巨竜の亡骸において、己の命は己が守らなければならないのだから。
「わかってる、勝手な願いなことは」
ユーヴェインが静かに呟いた。
ここは竜の舌の奥地。
二人の足手まといを一人で帰すのは、厳しい。
アスクレイに手伝いを求めるユーヴェインは実に正しかった。
ただ単に、アスクレイには二人を救う義理がない、という点を考えなければ。
だからこそだろうか、ユーヴェインは懐をまさぐる。
「だから、もしもアスクレイが手伝ってくれるなら、渡すべきものは渡すさ」
手にしたのは、この王国でもっとも貴ばれる黄金の輝き。
ひとつの金貨。
「オレの今の貯金のほとんどだ。これでお願いしたい」
それを、ユーヴェインはさしだした。
◆◆◆◆◆
「……正気ですか」
アスクレイは、冷たくユーヴェインに問いかけた。
金貨ひとつは、けた違いの大金だ。
新人で稼ぎの一番二番を独占するアスクレイとユーヴェインにとっても、である。
ユーヴェインの、今の貯金のほとんどという言葉も嘘ではない。
「二人のために旅を諦め、金貨も失えば、竜の喉への挑戦はさらに遠ざかりますよ」
そしてなにより、竜の喉。
スカベンジャーとしての実力が熟練に達したことの証。
そのひとつの試金石から、ユーヴェインはむざむざ遠ざかろうとしていた。
初めての竜の喉への挑戦は、金がかかる。
新人になってから一月、新記録を築いたアスクレイはよく知っている。
それが、どれほど厳しいものなのかを。
おいそれと試せるものではないのだ。
初めての時は、今のアスクレイのように川を上ることは許されない。
竜の舌のうっそうとした森。
それを、長ければ一週もかかる道のりを経て、攻略しなければならないのだ。
そのための食料、ロープなどの品々。
さらに、数日の休養をとったり。
恐らく、この挑戦でユーヴェインはかなり散財したはずだ。
それをあっさりと、二人の足手まといのために諦める。
さらにはアスクレイに貯金のほとんどを捧げて。
「訳がわかりません」
はっきりいって、アスクレイには狂っているとしか思えなかった。
「こうみえて、人が死ぬのは苦手なんだ」
ユーヴェインが苦笑する。
「それで、どうだ」
熟考の末、アスクレイは頷いた。
「……いいでしょう」
金貨一つというのはそれだけの重みがある。
大金なのだ。
それこそ、リターンがコストをはるかに勝る。
「そうか、ありがとう」
「……」
頭のうちで、ユーヴェインへの考えをちょっとばかり改める。
これまでアスクレイはユーヴェインのことをうっとうしい男としか思わなかった。
正義心からか、アスクレイにいつも話しかけてくる青年。
口先だけ善人ぶっているのだろうと冷たい目をむけてさえいた。
……が。
すくなくとも、己の理想のために血を流す気概はあったらしい。
馬鹿な話だ、人のために傷つくなど。
だが、金貨がもらえるならば、アスクレイとしてはどうでもよかった。
馬鹿は馬鹿でも、稼げるならそれでいい。
◆◆◆◆◆
天幕の奥ではユーヴェインが女の添え木をいじっている。
女の顔は苦痛に歪んでいた。
アスクレイもまた、やらなければならないことがある。
「傷口に、簡易の治療をほどこします」
腕を失った男。
その肩に巻かれた布きれをほどいていく。
露わになった傷はかぶれていて、ジクジクと血がにじんでいる。
ここまでろくに処理もできなかったのだろう、ひどい有様だった。
「あ、ありがとうございます」
「……礼なら、ユーヴェインに。金貨がなければこんなことはしません」
おずおずと礼を口にする男。
その男を、アスクレイは頭から足先までさっと目にした。
新品の革靴。
やけに上等なマント。
装飾だけは美しいナイフ。
なるほど、ろくなスカベンジャーではない。
おおよそ貴族の心つもりのままスカベンジャーになってしまった新人だろう。
調子に乗って、竜の舌の奥まで入りこんでしまったのだろうか。
「そもそも、その傷はどうしたのですか」
「た、谷で足をすべらせてしまって……」
まず女が谷に落ち、足の骨を折り。
二人で慌てているところにカンオケカタツムリが忍びよってきて。
男が腕を食われていたところをユーヴェインに救われた、と。
そういう話らしかった。
なんだそれは、胸のうちでアスクレイは呆れた。
頭が足りていないにもほどがある。
スカベンジャーとして生きていくにはあまりにも大きな欠陥だ。
その調子では今ユーヴェインに救われたとしても長生きはできないだろう。
ただ、とアスクレイは考える。
そんなことは知ったことではない。
ユーヴェインに金貨をもらった上は、そのぶんの働きはする。
二人を生きたまま帰すためならば、それなりの無茶もしよう。
だが、その後などアスクレイの気にするところではなかった。
懐から、ウイスキーの入ったスキットルを手にとる。
「これから傷口の菌を殺します。くれぐれも悲鳴を上げないように」
傷口をウイスキーで洗って清潔にする。
かなりの激痛が走るだろうが、叫ばれて森の獣に勘づかれると困る。
こくりと男は頷いた。
「では」
短く告げて、傷口にウイスキーをかける。
とたん、男の額からぶわりと脂汗があふれた。
「ッアアア……!」
「……」
叫びかけた男の鳩尾を無言で殴りつける。
悲鳴を上げるなといったのに。
そのままアスクレイは暴れる男をおさえつけ、傷口にウイスキーをかけ続けた。