スラムの子、コツコツ金稼ぎ   作:雨雲ばいう

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16 金貨

「すみません、手を貸したいのはやまやまですが……」

 

さて、どう断ろうか。

 

考える。

 

アスクレイの頭には、ユーヴェインの誘いに頷くという道はなかった。

 

どう考えてもリターンよりコストが勝る。

 

ここで二人を助けるのを手伝ったとしよう。

 

それで手に入るのは、人助けをしたという小さな名誉だけ。

 

それも、暗黒街生まれへの嘲笑が洗い流してしまうだろう。

 

そのかわりに、アスクレイが失うのは稼げたかもしれない大金。

 

一人しか乗れないカヤックは残していかなければならない。

 

ここまでの道のりも、運んできた食料も、なにもかもが無駄になる。

 

そもそもスカベンジャーだからといって手を貸す義務はない。

 

巨竜の亡骸において、己の命は己が守らなければならないのだから。

 

「わかってる、勝手な願いなことは」

 

ユーヴェインが静かに呟いた。

 

ここは竜の舌の奥地。

 

二人の足手まといを一人で帰すのは、厳しい。

 

アスクレイに手伝いを求めるユーヴェインは実に正しかった。

 

ただ単に、アスクレイには二人を救う義理がない、という点を考えなければ。

 

だからこそだろうか、ユーヴェインは懐をまさぐる。

 

「だから、もしもアスクレイが手伝ってくれるなら、渡すべきものは渡すさ」

 

手にしたのは、この王国でもっとも貴ばれる黄金の輝き。

 

ひとつの金貨。

 

「オレの今の貯金のほとんどだ。これでお願いしたい」

 

それを、ユーヴェインはさしだした。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「……正気ですか」

 

アスクレイは、冷たくユーヴェインに問いかけた。

 

金貨ひとつは、けた違いの大金だ。

 

新人で稼ぎの一番二番を独占するアスクレイとユーヴェインにとっても、である。

 

ユーヴェインの、今の貯金のほとんどという言葉も嘘ではない。

 

「二人のために旅を諦め、金貨も失えば、竜の喉への挑戦はさらに遠ざかりますよ」

 

そしてなにより、竜の喉。

 

スカベンジャーとしての実力が熟練に達したことの証。

 

そのひとつの試金石から、ユーヴェインはむざむざ遠ざかろうとしていた。

 

初めての竜の喉への挑戦は、金がかかる。

 

新人になってから一月、新記録を築いたアスクレイはよく知っている。

 

それが、どれほど厳しいものなのかを。

 

おいそれと試せるものではないのだ。

 

初めての時は、今のアスクレイのように川を上ることは許されない。

 

竜の舌のうっそうとした森。

 

それを、長ければ一週もかかる道のりを経て、攻略しなければならないのだ。

 

そのための食料、ロープなどの品々。

 

さらに、数日の休養をとったり。

 

恐らく、この挑戦でユーヴェインはかなり散財したはずだ。

 

それをあっさりと、二人の足手まといのために諦める。

 

さらにはアスクレイに貯金のほとんどを捧げて。

 

「訳がわかりません」

 

はっきりいって、アスクレイには狂っているとしか思えなかった。

 

「こうみえて、人が死ぬのは苦手なんだ」

 

ユーヴェインが苦笑する。

 

「それで、どうだ」

 

熟考の末、アスクレイは頷いた。

 

「……いいでしょう」

 

金貨一つというのはそれだけの重みがある。

 

大金なのだ。

 

それこそ、リターンがコストをはるかに勝る。

 

「そうか、ありがとう」

 

「……」

 

頭のうちで、ユーヴェインへの考えをちょっとばかり改める。

 

これまでアスクレイはユーヴェインのことをうっとうしい男としか思わなかった。

 

正義心からか、アスクレイにいつも話しかけてくる青年。

 

口先だけ善人ぶっているのだろうと冷たい目をむけてさえいた。

 

……が。

 

すくなくとも、己の理想のために血を流す気概はあったらしい。

 

馬鹿な話だ、人のために傷つくなど。

 

だが、金貨がもらえるならば、アスクレイとしてはどうでもよかった。

 

馬鹿は馬鹿でも、稼げるならそれでいい。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

天幕の奥ではユーヴェインが女の添え木をいじっている。

 

女の顔は苦痛に歪んでいた。

 

アスクレイもまた、やらなければならないことがある。

 

「傷口に、簡易の治療をほどこします」

 

腕を失った男。

 

その肩に巻かれた布きれをほどいていく。

 

露わになった傷はかぶれていて、ジクジクと血がにじんでいる。

 

ここまでろくに処理もできなかったのだろう、ひどい有様だった。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「……礼なら、ユーヴェインに。金貨がなければこんなことはしません」

 

おずおずと礼を口にする男。

 

その男を、アスクレイは頭から足先までさっと目にした。

 

新品の革靴。

 

やけに上等なマント。

 

装飾だけは美しいナイフ。

 

なるほど、ろくなスカベンジャーではない。

 

おおよそ貴族の心つもりのままスカベンジャーになってしまった新人だろう。

 

調子に乗って、竜の舌の奥まで入りこんでしまったのだろうか。

 

「そもそも、その傷はどうしたのですか」

 

「た、谷で足をすべらせてしまって……」

 

まず女が谷に落ち、足の骨を折り。

 

二人で慌てているところにカンオケカタツムリが忍びよってきて。

 

男が腕を食われていたところをユーヴェインに救われた、と。

 

そういう話らしかった。

 

なんだそれは、胸のうちでアスクレイは呆れた。

 

頭が足りていないにもほどがある。

 

スカベンジャーとして生きていくにはあまりにも大きな欠陥だ。

 

その調子では今ユーヴェインに救われたとしても長生きはできないだろう。

 

ただ、とアスクレイは考える。

 

そんなことは知ったことではない。

 

ユーヴェインに金貨をもらった上は、そのぶんの働きはする。

 

二人を生きたまま帰すためならば、それなりの無茶もしよう。

 

だが、その後などアスクレイの気にするところではなかった。

 

懐から、ウイスキーの入ったスキットルを手にとる。

 

「これから傷口の菌を殺します。くれぐれも悲鳴を上げないように」

 

傷口をウイスキーで洗って清潔にする。

 

かなりの激痛が走るだろうが、叫ばれて森の獣に勘づかれると困る。

 

こくりと男は頷いた。

 

「では」

 

短く告げて、傷口にウイスキーをかける。

 

とたん、男の額からぶわりと脂汗があふれた。

 

「ッアアア……!」

 

「……」

 

叫びかけた男の鳩尾を無言で殴りつける。

 

悲鳴を上げるなといったのに。

 

そのままアスクレイは暴れる男をおさえつけ、傷口にウイスキーをかけ続けた。

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