スラムの子、コツコツ金稼ぎ   作:雨雲ばいう

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17 イノチの霜

常のごとく、シトシトと雨の降る竜の舌。

 

そのうっそうとした森を、アスクレイたち四人は遅々として歩いていた。

 

先頭はユーヴェイン。

 

道なき道、ゆく先をさえぎる草木をナイフで薙いでいる。

 

その後に続き、傷を負った二人のスカベンジャー。

 

最後尾を、アスクレイが一人で歩む。

 

時折耳をすませては、獣に追われていないか調べていた。

 

「……っ!」

 

足を折った女が、足首まで沈みこむコケに足をとられ、よろめく。

 

それを、アスクレイは無言でささえた。

 

「……」

 

「あ、ありがとうございます」

 

幸運だ、と思う。

 

こんな竜の舌の奥地で足を折れば、ほとんど命はない。

 

ユーヴェインというお人好しのおかげで、遅々とした歩みでも守られている。

 

腕を失った男はというと、失血が祟ったのか、目が虚ろだ。

 

このぶんでは、王都まで帰るのは遅くなりそうだ。

 

アスクレイは冷静に頭を働かせた。

 

食料がもつか、疑わしい。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「えっと、これをほんとうに食べるんですか」

 

男が青ざめた顔をする。

 

女も口にはしないものの、顔を歪めていた。

 

火にかけられた石の上でジュージューと音を奏でる、ナメクジに芋虫。

 

アスクレイが歩きながら集めた、貴重な一品たち。

 

どうして嫌がっているのだろう。

 

アスクレイは、首を傾げた。

 

もちろんアスクレイとて乾パンなどを運んではいる。

 

万が一の時のために数はかなりのものだが、しかしどこまでいっても一人だけだ。

 

新たに二人、なにもかもを失った足手まといがついてくることなど考えてもいない。

 

それに、乾パンは日もちする。

 

旅の初めのうちから、パクパクと食べていいものではない。

 

だからこうして、竜の舌で手軽に手に入るもので昼をすませようというのに。

 

「そ、その病気とかは。あと、そもそも食べられるものなんですか」

 

生では病気になるからわざわざ火にかけているのだ。

 

というか、竜の舌で食べられる虫など、スカベンジャーの常識だろう。

 

焼いた甲虫を口にしながら、アスクレイは眉をひそめた。

 

わざわざ二人には肉づきのいいものを渡しているというのに。

 

「……食べないのなら、いただきますよ」

 

その言葉で、ようやく二人が手をのばす。

 

指でつまみ上げたそれを、目を閉じて恐る恐る口にした。

 

噛むたび、その顔が暗くなっていく。

 

足を折った女など、泣きそうになっていた。

 

「まあ初めのうちはそんなものさ」

 

ユーヴェインが苦笑する。

 

どこからか捕まえてきたトカゲを火であぶっている。

 

「むしろ顔をぴくりともさせないアスクレイがすごいというかなんというか」

 

「スカベンジャーなら、あたりまえです」

 

ユーヴェインの甘い言葉を一蹴する。

 

暗黒街にいた時は、飢えのあまり虫を生で食べたこともある。

 

それとくらべれば、火があるだけ今のほうがはるかにマシだ。

 

「……」

 

暗い顔をして黙りこむ二人。

 

沈黙が、四人のうちに訪れる。

 

アスクレイとて、らしくないことを言っているのはわかる。

 

だが、せっかく歩きながらせっせと集めたものなのだ。

 

それをこうも嫌がられては、文句のひとつでも言いたかった。

 

「あはは……」

 

ユーヴェインが乾いた笑いをこぼした。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

そうして、竜の舌を旅していた時のことだった。

 

「……」

 

「アスクレイ、この香り……」

 

ユーヴェインの言葉に、アスクレイは小さく頷いた。

 

まるで熟れた果実のように甘ったるく、ツンとくる香り。

 

それが、大地から漂っている。

 

この香りがいったいなんなのか、それをアスクレイはよく知っていた。

 

「イノチの霜だ、よりにもよってこんな時に」

 

「そ、その、イノチの霜っていったいなんなのでしょうか……」

 

「な、知らないのかい」

 

ユーヴェインが驚いていたが、アスクレイはなんとも思わなかった。

 

この二人がスカベンジャーの常識に欠いているのは今に始まったことではない。

 

イノチの霜。

 

この香りが告げる、厄災の名。

 

竜の舌の奥地において、スカベンジャーがもっとも恐れる現象。

 

それすら知らずとも、もはや不思議はなかった。

 

「とにかく逃げよう、ここにいたら命がない」

 

ユーヴェインが青ざめた顔で告げる。

 

ひとたび命の霜が降りれば、熟練のスカベンジャーであっても生存は難しい。

 

だからこそ、できるだけ遠ざかる。

 

イノチの霜から生きて帰る最善の道は、そもそも降りた地点にいないことだ。

 

「は、はい」

 

だが、とアスクレイはため息をついた。

 

こちらには足の骨を折った女がいる。

 

どこまで逃げられるか疑わしいものだ、とアスクレイは思っていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

やはり二人の足どりは重かった。

 

足を折った女は、木の根に足をとられて転んでばかりだ。

 

もはや歩いているに等しい。

 

そして、甘ったるい香りはどんどんと濃くなっていく。

 

「……っ!」

 

ユーヴェインが歯ぎしりした。

 

もぞもぞ、もぞもぞ。

 

コケの大地が、細かく盛り上がる。

 

「……」

 

アスクレイは、静かにため息をついた。

 

もう、遅い。

 

イノチの霜が、降りてしまった。

 

にわかに、森そのものがざわめく。

 

獣という獣が隠れ家を求めてあちこちを逃げまどっていた。

 

恐らく木の上にいたのだろうカンオケカタツムリまで、落ちてくる。

 

「ひっ」

 

短い悲鳴をあげた男に目もくれず、一瞬で顔をひっこめてしまう。

 

カンオケカタツムリは、すっかり己の殻のうちに隠れてしまっていた。

 

「これは、いったい……」

 

男が青い顔で聞いてくる。

 

アスクレイはぎゅっと目を閉じた。

 

なるほど、これはきっちり金貨ぶんの働きをしなくてはならなくなりそうだ。

 

「……っ!」

 

厳しい顔つきで、ユーヴェインがヒトの魔術を興す。

 

黒い幕が、四人を囲うように降りた。

 

複雑に絡んだ、美しい黒の紋様。

 

盾の魔術だ。

 

かつて目にしたものよりも、ユーヴェインのそれはずっと洗練されていた。

 

恐らく、その年の魔術師としては王国でも屈指、一二を争う腕。

 

だが、それでもこれからの厄災を考えれば心細い。

 

大地を伝わるうねりは、もはや地震のように激しくなっていた。

 

まるで命があるように、大地が息をしている。

 

「……」

 

アスクレイは、右目をおおう布に指をかけた。

 

もう、この竜の目を隠している暇など、ない。

 

ついに森そのものが震える。

 

ほんのわずか、沈黙が訪れ。

 

そして、その一瞬の後。

 

大地から、白いウジ虫が吹き上がった。

 

数えきれないほどのウジ虫の海が、森に現れる。

 

一瞬で、大地は白に染め上げられた。

 

まるで霜のように。

 

これこそが、イノチの霜。

 

竜の舌でもっとも恐れられる、厄災だ。

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