スラムの子、コツコツ金稼ぎ   作:雨雲ばいう

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19 いつも、一人ぼっち

弾かれたように、三人が走る。

 

が、ただ一人、アスクレイだけは盾の魔術に残っている。

 

盾の魔術に守られていなければ、常に三人をツチケラから守ることはできない。

 

ゆえの、結論。

 

アスクレイは、逃げない。

 

魔術による黒い幕、それに群がるツチケラたち。

 

それでも、アスクレイはひたすら三人の背をみつめ続けていた。

 

竜の目で、その道を閉ざそうと集まってくるツチケラたちを殺していく。

 

喰らい、

 

噛みちぎり、

 

飲みこみ。

 

歯の跡が残った、食い残しのツチケラの亡骸がバラバラと落ちていく。

 

えぐられた肉から赤い血が飛び散り、三人の道を彩っていく。

 

食べて、

 

食べて、

 

食べて。

 

背筋に怖気が走り、脳みそがかき乱されるほどのえぐみが、口に響く。

 

目には針でもって糸を縫われているかのような激痛。

 

竜の息吹をつかいこみ、右目からタラリと血が流れていく。

 

それでも、アスクレイは眉ひとつ震わさなかった。

 

今、アスクレイが目をそらせばツチケラは三人にすぐさま群がり、殺すだろう。

 

金貨をもらった上は、それなりの働きはしなければならない。

 

まるで闇夜に輝く灯火のように、ゆらぐことがない。

 

アスクレイは、その竜の目を輝かせて三人の道を守っていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

永遠とも思える時を経て、三人はイノチの霜から逃れた。

 

ツチケラの白のない、深緑の木々の根に三人が転がりこむ。

 

それを目にして、アスクレイは竜の目を手でおさえた。

 

「……っ」

 

すさまじい熱だ。

 

手が火傷しそうなほど。

 

手のひらを伝って滴り落ちる血。

 

瞳に走る鈍痛に気を失いかけて、よろめき、たたらを踏む。

 

だが、これで金貨のぶんは働いただろう。

 

遠く、アスクレイの目の先ではようやく三人が起き上がろうとしていた。

 

嬉しそうに背後をふりむいたユーヴェインが、顔を白くする。

 

その目は、未だ盾の魔術のもとに残るアスクレイにあった。

 

まさか、今の今まで気づいていなかったのだろうか。

 

アスクレイだけは、後ろをついてきていないということを。

 

「……はあ」

 

そもそも、背後に目をやるなと言ったはずだというのに。

 

アスクレイは、深いため息をついた。

 

今は竜の目を手で隠しているからいいものの、そうでなければ殺している。

 

これまでのアスクレイの苦労が無駄骨に終わるところだった。

 

竜の息吹が去った今、ツチケラたちがどんどんと道を閉ざしていく。

 

どんどん、三人の姿がウジ虫に隠れていく。

 

ユーヴェインが、なにやら叫んでいた。

 

聞こえるはずもない。

 

それだけ三人は遠いところにいるのだから。

 

わなわなと唇を震わせたユーヴェインは、そのまま走ろうとしていた。

 

アスクレイにむかって。

 

実に馬鹿な男だ、と思う。

 

せっかくイノチの霜から逃れられたというのに、なにを考えているんだろう。

 

それにしても、これで気楽だ、とアスクレイは息をついた。

 

四人でいるよりも、一人ぼっちのほうがなにかとやりやすい。

 

竜の目を隠さずにすむし、足手まといの二人を守ることもない。

 

そして、なにより。

 

アスクレイは、一人のほうが好きだった。

 

イノチの霜に飛びこもうというユーヴェインを、二人がおさえこんでいる。

 

大地に転がり、絶望の顔でこちらに目をやるユーヴェイン。

 

その姿がすっかりみえなくなる一瞬。

 

アスクレイは、小さく笑った。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

アスクレイは今や、深い暗闇にあった。

 

アスクレイを守る盾の魔術、それをつつむように群がるツチケラ。

 

それが、日の光すらも隠してしまったのだ。

 

己の手すらもわからない、それほどまでの暗黒だった。

 

「……」

 

黙ったまま、ランプに火を灯す。

 

ぼうっと、火の光に照らされた白いツチケラたちが闇に描かれた。

 

ユーヴェインの残していった魔術の黒い幕。

 

そのむこうで、ひたすらに尻から産卵管をアスクレイにむけている。

 

その重みで、盾の魔術はきしみ、悲鳴を上げていた。

 

どんどんとたわんでいく黒い幕に、アスクレイは目を細める。

 

もう、ここも長くはない。

 

今、アスクレイはイノチの霜のうちにある。

 

ここから逃げなければ、卵を植えつけられて殺されるだけだった。

 

しかし、アスクレイは慌てない。

 

三人を逃がしたから、一人になったから。

 

むしろ、心が安らいでいた。

 

ようやく、日常に帰ってきた。

 

己の命は己で守る。

 

殺し、殺され。

 

信じるのは、頼るのは、己一人でいい。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

アスクレイは、懐から長い布を手にとった。

 

その上に、ウイスキーをダバダバと流していく。

 

アルコールが染みこんだのをみてから、それを己に巻きつけていった。

 

足先から頭頂まで。

 

ほんのわずかの隙もないよう、きっちりと締め上げていく。

 

盾の魔術は、もうギリギリだった。

 

ピシ、ピシとひびが入っている。

 

いくつかのツチケラの産卵管が、そのヒビに入りこんでいた。

 

ポタポタ、と白い卵が落ちていく。

 

それが頭にかかったというのに、アスクレイは素知らぬ顔だった。

 

すぐ頭上に、己を殺さんとする無数の命が蠢いているというのに。

 

その手は、わずかたりとも震えることはない。

 

まるで娼婦が客に会うためのドレスをまとうように。

 

ゆっくりと、正しく、ていねいに。

 

そうして、アスクレイは目もとのほかはすっかり布で肌を隠してしまった。

 

そうして、これが最後といわんばかりに。

 

ゆっくりと、頭から灯りのための油をかけていく。

 

アルコールと油に濡れ。

 

そうして、アスクレイは火の灯ったランプを手にとった。

 

魔術の黒い幕に入ったヒビが、どんどんと大きくなっていく。

 

ツチケラたちはそのたびに、より激しく産卵管をたたきつけた。

 

ギギギギ、と魔術が絶叫した。

 

ついに、一匹のツチケラがとどめの一撃を打ちこむ。

 

まるで、落としたガラス細工のように、その時は一瞬だった。

 

キラキラと、美しい欠片となって盾の魔術が砕け散る。

 

ようやく、とばかりにツチケラたちがアスクレイに群がっていく。

 

上から、右から、左から、下から。

 

その時、アスクレイは手にしていたランプの灯を、己にかけた。

 

ぶわり、と炎が巻きつけられた布に燃え盛っていく。

 

そうして火だるまになったアスクレイは。

 

そのまま、地を蹴ってイノチの霜につっこんでいった。

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