スラムの子、コツコツ金稼ぎ   作:雨雲ばいう

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20 生きている

炎に包まれ、生きながらに焼かれながら。

 

アスクレイはイノチの霜に、つっこんだ。

 

唯一隠さなかった目もとから、竜の息吹が吹き荒れる。

 

アスクレイの先にいるツチケラたちを、食い荒らしていく。

 

だが、竜の目は無敵ではない。

 

アスクレイの目のおよばぬ背、懐、足もと。

 

そこでは、無数のツチケラたちが新たに現れた肉に飛びついていた。

 

まるで洪水のようにツチケラがのしかかってくる。

 

アスクレイが炎に包まれているというのに、おかまいなし。

 

その身を焼かれながら、それでもと産卵管をつきたててくる。

 

「……っあ、く!」

 

生きながらに苗床とされる。

 

その激痛に、言葉にならない悲鳴を上げる。

 

それでも、たちどまるわけにはいかない。

 

ここで痛みに負ければすなわち死だ。

 

歯を噛み砕かんばかりに食いしばり、走り続ける。

 

ツチケラの勢いに、アスクレイが己にかけた炎ですら小さくなっている。

 

もう、後がない。

 

永遠とも思える時の後、アスクレイはイノチの霜の終わりを目にした。

 

考えるよりも先、足が地を蹴る。

 

目に痛いほどの白からようやく逃れ、アスクレイは大きな川に飛びこんだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

日が沈み、竜の舌が暗闇に包まれる。

 

竜の舌はいつものように霧にけぶり、小雨が降りしきっている。

 

音ひとつ、しない。

 

まるで誰しもが息を殺しているような沈黙が、続いていた。

 

びしゃり。

 

川岸に、影がひとつ。

 

ボロボロの布にくるまり、ずぶ濡れになった一人の幼いスカベンジャー。

 

アスクレイは、まるで這うようにして陸に上がった。

 

「……」

 

ブルブルと手を震わせながら、懐から火打ち石を手にとる。

 

湿気たそれをいくどか打ちつけると、ようやく火花が散った。

 

しばらくして、か細い炎が上がる。

 

その頼りない灯りの下、アスクレイは己の肌に目をやった。

 

ところどころ穴がうがたれ、赤い血をにじませている。

 

ツチケラの卵を、植えつけられた跡だ。

 

このままにしておけば、数日後には幼虫が生まれ、生きたまま肉を食われる。

 

アスクレイは、布を口に噛ませ、そして火のついた枝を握りしめた。

 

「……っ!」

 

ジュッ。

 

肉の焦げる香りがして、アスクレイの顔が歪む。

 

こみあげる悲鳴を、布を噛んで殺した。

 

ふたたび、火のついた枝を握りしめる。

 

ジュッ。

 

夜はどんどんと深くなっていく。

 

オレンジの光が、暗闇の森にか細く瞬いていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

いつしか、日の光がさしていた。

 

木々のくぼみで息を潜め休んでいたアスクレイは、ゆっくりと起き上がる。

 

頭からかぶっていたボロ布が、ばさりと落ちた。

 

ピョー、ピョー。

 

朝日に照らされて、数えきれないほどの鳥が集まっていた。

 

森のあるところに争うように群がっている。

 

べちょり、とアスクレイの足もとに白いなにかが落ちてきた。

 

ツチケラだ。

 

ピクピクと震えているものの、あとわずかで息絶えるだろう。

 

ありとあらゆる生きとし生きる命を殺しつくす暴虐。

 

イノチの霜を興したウジ虫だとはとても思えない末路だった。

 

集まる鳥たちの口もとに目を凝らせば、ツチケラが山のようにくわえられている。

 

これが、イノチの霜の終幕だった。

 

卵を植えつけ終わったツチケラたちは、一匹たりとも生き残ることはない。

 

産卵でほとんどの力を失い、もう土に潜ることすらできないのだ。

 

そうして暴虐の去った後に鳥たちが集まってくる。

 

もう暴れることもできないツチケラたちは、絶好の餌だから。

 

こういうものなのだ。

 

ツチケラが殺し、その後に鳥がツチケラを殺す。

 

そうして、命はめぐっていく。

 

それが、竜の舌。

 

「……」

 

アスクレイは、小さく笑った。

 

ほんとうに、美しい。

 

朝日を浴びて優美に弧を描く鳥たち。

 

キラキラと輝く川の水。

 

ゆっくりと散っていく、ツチケラの命。

 

そして、アスクレイは今も生きている。

 

ツチケラに殺されるのでもなく、鳥に殺されるのでもない。

 

わずかに残った荷を調べていく。

 

幸いなことに乾パンは残っていた。

 

ロープも、ところどころツチケラに食われているものの、あった。

 

アスクレイはズタ袋を背に、ゆっくりと歩いていく。

 

王都に帰るために。

 

生きるために。

 

金を稼ぐために。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「アスクレイ……?」

 

ドサリ、と音をたてて鞄が落ちる。

 

ユーヴェインが、まるで幽鬼でも目にしたかのように唇を震わせた。

 

アスクレイが、息も絶え絶えに王都に帰ってから数日の後のこと。

 

鉱石機関でひょんなことから会ってしまったアスクレイは顔をしかめる。

 

めんどうだ。

 

「ほんとうに、生きてるんだな」

 

まるで幻ではないことを調べるように、ユーヴェインが腕をのばしてくる。

 

それを、アスクレイは手ではらいのけた。

 

「どうやって生きのびて、それに、なんでオレに教えてくれなかったんだ」

 

こけた頬が、目に入る。

 

まさか、アスクレイのことを考えて落ちこんでいたなどと言うつもりなのだろうか。

 

馬鹿らしい、と笑いそうになった。

 

そんな人の命など気にしても、一銭にもならないだろうに。

 

しかも、よりにもよって暗黒街生まれのアスクレイのことなど。

 

「そ、そんなことよりもだ……」

 

荒々しく肩をつかまれる。

 

目を震わせながら、ユーヴェインが叫んだ。

 

「どうして、あんな無茶をしたんだ!」

 

肩をつかまれる。

 

よくわからないことを聞く、とアスクレイは首を傾げた。

 

「あなたは金貨を渡し、こちらはそのぶんだけ働いた。それだけでは……」

 

「命はっ! 金貨ごときで失っていいものじゃないっ!」

 

それは、ユーヴェインの魂からの叫びだったのだろう。

 

肩で息をして、まるですがりつくように。

 

しかし困ったことに、アスクレイの心にはまったく響かない。

 

「駄目だろう。金のために、たかが金貨のために犠牲になろうとするなんて……」

 

どんどんと、アスクレイの心が白けていく。

 

たかが金貨、か。

 

これまでずっとユーヴェインは貴族らしくないと思っていた。

 

暗黒街のことを知らなかったり。

 

なぜかアスクレイへの陰口に怒ったり。

 

しかし、その一言で足りた。

 

ユーヴェインは、やはり貴族だ。

 

「金貨は、軽くありませんよ」

 

肩にかけられた手を、ゆっくりとはずしていく。

 

「ユーヴェインは、一日に暗黒街の労働者がいくら稼ぐか知っていますか」

 

「……?」

 

困惑したようにユーヴェインがみつめてくる。

 

だが、もうアスクレイの口はとまらなかった。

 

「銅貨二つから三つです」

 

その金も、ほとんどが食費や家賃で失われる。

 

銅貨を百集めて銀貨、銀貨を百集めて金貨。

 

暗黒街の人生は短い、それこそ二十歳で命を落とす者もいる。

 

つまり、貧困にあえぎながら己を馬車馬のごとく一生働かせて。

 

それで、ようやく稼げるのが、金貨ひとつだ。

 

「金貨は軽くないんです」

 

だから、アスクレイはあたりまえのことをしただけだ。

 

金貨を渡された時から、それだけは働いてやるつもりだった。

 

それこそ、ギリギリ生き残れるかどうかというところまで。

 

「っ、それは、でも……」

 

ユーヴェインは、言葉につまったようだった。

 

べつに、とアスクレイは思う。

 

ユーヴェインにわかって欲しい訳ではない。

 

ただ、アスクレイはそっとしていて欲しかった。

 

これが、アスクレイの生きるということなのだから。

 

「それでは」

 

そう言い残して黙りこくるユーヴェインを後にする。

 

さあ、今日も稼ごう。

 

生きるとはそういうことなのだから。

 

アスクレイはゆっくりと巨竜の亡骸へと歩いていった。

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