スラムの子、コツコツ金稼ぎ 作:雨雲ばいう
黒い煙の群れが、青天を染め上げていく。
血のように赤いレンガ造りの工廠が、どこまでも続いていた。
その門に集まるのは、ここで働く老若男女。
まるで、布の縫い目に集まるトコジラミのようだ。
片足でびっこをひく者もあれば、火傷の跡が生々しい者もある。
ただ唯一、違わないこと。
誰の目にも、生気がないこと。
「……はぁ」
誰かが、小さくため息をついた時だった。
「おい、まさか文句があるなんて言わないよな」
重たい言葉が、ボツリと呟かれる。
バシン、と手のひらを叩く音。
脇で木の棒きれを握りしめる男たちが、ニヤニヤと笑った。
「今、ため息をついたやつはどこのどいつだ」
たったその一言だけで、人々は恐怖に陥った。
「おい、おまえだろ! とっとと名乗れよ!」
「いや、そいつだ! オレはちゃんと聞いたんだ!」
たがいにたがいを指さし、責をなすりつける。
そうして、一人の子どもが男たちのもとまで弾かれた。
「ひっ、だからオレじゃないんです、あいつらが勝手に……アガッ!」
乾いた木が、肉に打ちつけられた。
背を棒きれで叩かれた子どもは、すぐさま崩れ落ちる。
激痛に震え、背をそらすその子どもを男たちは嘲笑った。
「おいおい、どうしたよ。なにか言いたいことがあるなら言えよ」
「この工廠のオーナーは慈悲深いお人だからな、どんな頼みだって聞いてくれるさ」
情けなど、ない。
地にうずくまるその子どもは蹴られ、殴られ、叩かれる。
これは、みせしめだった。
金で雇われた男たちは、労働者を恐怖でがんじがらめに縛りつける。
逆らっても無駄なのだと、こうして芽を摘んでいく。
資産家が欲しいのは、ただの歯車。
そして、文句を言う歯車はただ単なる不良品でしかなかった。
そばでずっと始終を目にしていたアスクレイ。
興味をなくしたとばかりに、すいっと目をそらす。
リンチされる子どもの労働者など、暗黒街の日常だ。
今さらアスクレイの胸からこみ上げる思いなどなかった。
今のアスクレイは、巨竜の亡骸に潜ってきたばかりで家に帰りたいのだ。
さっと暗い路地に入った、その時だった。
「ひゅー、これはアスクレイじゃないか」
一人の大男が、口笛を吹いて話しかけてきた。
◆◆◆◆◆
その大男は、おおよそ暗黒街らしくない姿をしていた。
指にはジャラジャラと音を鳴らす指輪。
質のいいコートを羽織っている。
しゃれているつもりか、頭にはトップハットまで。
暗黒街でこんな姿をしていれば、ものの数秒で金目のものはみな盗まれるだろう。
だというのに、その大男はまったく気にしていなかった。
「……こんばんは、ライネルさん」
「おお、久しぶりだな」
ライネルは、まるで親しい友人かのように笑顔で歩みよってくる。
頭を下げたアスクレイは、ぎゅっと歯を食いしばった。
ズン、と鈍痛が走る。
ライネルに、いきなり鳩尾を殴られたのだ。
アスクレイは崩れ落ちそうになるのをこらえた。
鳩尾をおさえ、かがみこむにとどめる。
「いい心もちだ、ほめてやるよ」
ライネルがケタケタと笑う。
「まあ、オレの男達とくらべたら、屁でもねえけどな」
嬉しそうに、アスクレイの顔をライネルがのぞきこむ。
「そこの工廠で、いい働きしてたろ? オレの口で入れてやったやつらだ」
「……それで、いくらですか」
アスクレイは、呟く。
ライネルの無駄話を長々と聞くつもりはなかった。
ライネルが舌打ちをする。
「けっ、つまんねえやつだな。銅貨が二つで許してやるよ」
暗黒街は、いくつかのギャングに牛耳られている。
ライネルはそのうちのひとつ、オーグリー兄弟の手下だった。
この街で生きていくためには、ギャングに金を納めなければならない。
でなければ命はない。
暗黒街で生きている上は、ギャングに目をつけられれば終わりだ。
常にギャングに命をつけ狙われて、生き残ることなどできるはずもない。
いくらスカベンジャーであろうと、竜の息吹を手に入れようと。
暗黒街のその論理からは逃れられないのだ。
◆◆◆◆◆
アスクレイは、懐から金の入った小袋を手にとった。
が、その袋ごとライネルにかっさらわれる。
「冗談だろ、ろくに入ってねえじゃねえか」
それはそうだ、とアスクレイは思う。
万一を考えて、金はバラバラにしてあちこちに隠している。
暗黒街を生きる上での小さな知恵だった。
ライネルが顔をのぞきこんでくる。
「金稼いでんじゃなかったのかよ。なあ、スカベンジャーさんよ」
「……」
知られていたことに驚きはなかった。
暗黒街の売女の子がスカベンジャーになったなど、話題にならないわけがない。
しかし、ライネルに知られたということは。
……これは、また上納金の額が上がるな。
アスクレイは、胸のうちでため息をついた。
黙りこむアスクレイに、ライネルが舌打ちする。
「ああそうかよ、今は逃してやる。いろいろと調べたいことがあるからな」
そう言い残して、ライネルは去っていく。
すれ違いざま、ゾッとするほど冷たい言葉が聞こえた。
「たとえば、たかがドブさらい風情がどうやってスカベンジャーになれたかとかな」