スラムの子、コツコツ金稼ぎ   作:雨雲ばいう

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22 嘘つき

パキリ、と乾いた血を踏みしめる。

 

そのあばら家は血で赤く染められていた。

 

飛び散った肉片は雑に片づけられたのか、カビて残っている。

 

アスクレイは、ゆっくりと一室に目をやった。

 

ここはアスクレイが初めて竜の息吹を手にいれたところ。

 

人狩りたちを殺した、いわくつきのあばら家だ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

ライネルに、竜の息吹を探られている。

 

そう知ったその日から、アスクレイは己の跡を始末していた。

 

これまで、アスクレイの右目を目にした者はみな殺している。

 

竜の舌でその力を働かす時も、獣にしか知られないようにしてきた。

 

だが、だからといって油断するほどアスクレイは馬鹿ではない。

 

さしものライネルといえど、竜の舌には手をつけられない。

 

ライネルの入るギャング、オーグリー兄弟。

 

その上の者たちならば可能だろうが、ライネルはしょせんは手下だ。

 

だからこそ、気をつけなければならないのは暗黒街。

 

これまでの人生で、アスクレイは暗黒街で十数の人殺しをしている。

 

人狩りだったり、盗みだったり。

 

アスクレイとて人殺しなどしたくはない。

 

官憲に目をつけられて囚われれば終わりだ。

 

だからといって、暗黒街は手を血で染めずにいられるところではない。

 

そして、竜の息吹を手に入れてからは、それに頼っているところがあった。

 

飛び道具に等しいそれのほうが、ナイフよりもずっと楽に殺せるのだ。

 

ただ、それが跡を残さないということではない。

 

勢いのまま石畳のすこしを食らってしまったこともある。

 

もちろん、そこには牙の跡がついてしまう。

 

だから、アスクレイはそれらを一つ残らず始末していた。

 

残るは、このあばら家のみ。

 

亡骸はすでに燃やされているだろうから、気にしなくてよい。

 

すっとかがみこみ、ガラス片を手にとる。

 

かつて竜の血が入っていた銀細工のガラスビン。

 

それこそが、アスクレイが集めにきたものだった。

 

実は、アスクレイはかつての己をいささか後悔していた。

 

ガラスビンという一番の証拠をここに残すことはなかっただろう。

 

竜の息吹。

 

その力にいささか酔って、懐が甘くなっていたのかもしれなかった。

 

粉々に砕け散ったガラスビン。

 

その口のあたりの細工を手にとる。

 

その細工に家の紋章を目にして、アスクレイは思った。

 

実に、竜の血が手に入ったことは幸運だった。

 

竜の血など、そもそもは大貴族が代々守り継ぐようなものだ。

 

親から子へと、竜の息吹を継いでいき、その力を守り続ける。

 

それが、ドブに転がっていた。

 

一族の争いか、それとも没落した末の運命のいたずらか。

 

アスクレイの手のうちに転がりこんできた。

 

それこそ、望むべくもないほどの幸せである。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

暗い暗黒街の路地。

 

いつものように、道ばたには乞食や傷病人が転がっている。

 

そのいつもの道を歩き去ろうとして、ふとアスクレイの目に入るものがあった。

 

すれ違って、しかし、しばらくして踵をかえす。

 

アスクレイは、うずくまる一人の老人を頭上からみつめた。

 

その老人がまとう布きれ。

 

土と汗と垢で黒く染められていながら、その紋様はかすかに残っている。

 

そこに、アスクレイはひとつの家紋を目にした。

 

竜の血の入ったビン、そこに描かれていた竜と月桂樹。

 

その老人は、乞食をしているようだった。

 

「お、お恵みを……」

 

小銭の入った木のコップを握りしめ、さしだす。

 

盲目なのだろう、アスクレイのほうとその手は逆だった。

 

「……」

 

「おお、ありがたや、ありがたや」

 

銅貨をいくつか、入れてやる。

 

まずは、その布の由緒を聞きたい。

 

アスクレイが、しゃがみこんだその時だった。

 

「……この力は」

 

老人の、閉ざされたままの目が震えた。

 

唇をわななかせながら、老人の手がアスクレイの頬にふれる。

 

指先が、布で隠された右目をなぞった。

 

わずかに眉をひそめて、しかしアスクレイは老人のなすがままにさせた。

 

独りでに情報を語ってくれるのならば、ありがたい。

 

「まさか、お嬢さま……?」

 

なぜ、人はよくアスクレイを女と思い違うのか。

 

アスクレイは首を傾げ、しかしこの勘違いを無駄にするつもりはなかった。

 

老人はアスクレイの竜の血について、知識があるに違いない。

 

ライネルのこともある、調べられることは調べられるだけ知っておきたかった。

 

頭に、ユーヴェインを考える。

 

王国語は、貴族と暗黒街の者では言葉づかいや口調が違う。

 

その口調をできるだけ、アスクレイはまねた。

 

「……はい、そうです」

 

「おお、おお……」

 

老人の目には、火傷の跡がある。

 

焼きごてかなにかで目を潰されたのかもしれない。

 

だが、その光を宿すことのない目のはしから、輝くものがこぼれ落ちた。

 

「お嬢さま、ワシです、家宰をしておりました、オーロックでございます」

 

家宰、ということは貴族家お抱えの臣下。

 

オーロックは、アスクレイの竜の目に気づいた。

 

それも、盲目だというのに。

 

ここまでくれば、ほとんど疑いはない。

 

オーロックは、かつて竜の血を継いでいた貴族家に従っていた。

 

そして今、アスクレイをその跡継ぎかなにかと思い違いしている。

 

果たして、これを生かさずしてどうするのか。

 

「生きていたのですね、オーロック。ぜひともわたしの家にいらっしゃって……」

 

心にもない言葉を口にする。

 

今、アスクレイの暮らしている地下室。

 

そこに誘いこむため、アスクレイはオーロックが起き上がるのを手伝った。

 

「かたじけない、かたじけない、エルフィーナお嬢さまに力を貸していただくなど」

 

「そんなことはありません。オーロックは誰よりもわたしによくしたから」

 

エルフィーナ、なるほど後継ぎの名はそうらしい。

 

ならば、この老人にとってこれから己はエルフィーナだ。

 

そう、アスクレイは胸のうちで呟いた。

 

己のためならば、まったく迷いなく人に嘘をつける。

 

アスクレイは、そういう類の子どもだった。

 

 

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