スラムの子、コツコツ金稼ぎ   作:雨雲ばいう

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23 二匹の野犬

オーロックという老人を地下室につれこんで、しばらく。

 

その口から語られた言葉は、さして驚くような話ではなかった。

 

この竜の血をもともと継ぐ家は、アンドロマギといったらしい。

 

王国の北に土地を抱える、それなりの貴族。

 

農夫の作る麦やなんやらを売って金を稼ぐ、そういう家だ。

 

ゆえに、その衰退の因果も言われるまでもなく知れるところがあった。

 

王国が魔術機械を生み、国と国との交易がますます盛んになった今。

 

その貿易により入りこむ安い穀類が、王国の農夫を追いつめている。

 

人々はどんどんと都市に流れこみ、畑を耕すのは残った老人ばかり。

 

それで、未だ農奴すらいる大陸の大農地に勝てるはずがない。

 

アンドロマギだろうがなんだろうが、その時代の流れに逆らえるはずもなかった。

 

苦し紛れに資産家のマネをして商売に手をかけるも、上手くいかず。

 

そもそも古より貴族は働くべからずとされ、商売のしの字すら知らないのだから。

 

そうして、実に正しく金がなくなり、一家は散り散りとなったそうだ。

 

話を聞いたとて、アスクレイの胸になにか訪れるものはない。

 

しいて挙げるとするならば、跡継ぎが幼い時に家が潰れたのはありがたい話だ。

 

おかげで、オーロックは育ったお嬢さまとやらを目にしたことはない。

 

アスクレイは、思うがままにエルフィーナの名をかたれそうだった。

 

そしてアスクレイにはもうひとつ、この嘘から手にした果実があった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「竜の息吹というものは、劇薬でございます」

 

オーロックが重苦しく語る。

 

「その力は尊大、しかして頼りすぎれば恐ろしい末路しかない」

 

アスクレイは、桶の泥水をみつめる。

 

赤く輝く竜の目で、みつめる。

 

神秘の風が、優しく吹いた。

 

しだいに、水がきれいになっていく。

 

アスクレイはひたすらに竜の息吹を操ることに神経をとがらした。

 

水のうちに流れる土。

 

それだけを竜の目でとらえ、食らうのだ。

 

「ゆえに、その力を賢く操ることを学ばなければならんのです」

 

しばらくして、アスクレイですら目にしたことのないほど澄んだ水が作られた。

 

終わったとわかると、どっとアスクレイの額に脂汗が湧く。

 

手を桶に入れ、オーロックは嬉しそうに頷いた。

 

「すばらしい、お父さまが若き時でもこれほど細かくはできませなんだぞ」

 

「……ありがとう、ございます」

 

息も絶え絶えに、アスクレイは呟いた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

竜の息吹、それを操る力を鍛えること。

 

オーロックをつれて帰らなければ、けっして知ることのできない知識だったろう。

 

竜の血は、一握りの貴族にのみ伝わるもの。

 

その力も様々であり、その鍛錬の術は家のうちのみで継がれている。

 

ひょんなことから竜の血を飲んだだけのアスクレイにはどうしょうもないことだ。

 

その点で、オーロックの記憶は貴重だった。

 

初め、アスクレイは知れることを知った後は口封じでもしようかと思っていた。

 

アスクレイを、さらには飲んだ竜の血そのものを知る者はいないほうがよい。

 

だが、オーロックは殺すにはあまりにも惜しかった。

 

アンドロマギ家で竜の血の鍛錬を代々目にしてきた者など、ほかにいるかどうか。

 

もちろん、オーロックを生かすリスクもわかっている。

 

もしもアンドロマギ家の生き残りに知られれば、なにもかもが暴かれてしまう。

 

ライネルに知られれば、それもまた違わない。

 

しかし、アスクレイは竜の血の知識に飢えていたのだ。

 

「かたじけない、エルフィーナ様をお守りせねばならん老骨が、このような……」

 

「いいえ、いろいろと教えてもらっていますから」

 

夜。

 

オーロックの肌を濡らした布でぬぐいながら、アスクレイは考える。

 

果たして、己の今の道は正しいのか。

 

こうして、オーロックを生かすことでどのような影響があるのだろう。

 

その結果は、しばらくせねばわからないように思えた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

暗黒街を歩いていると、ばたりとライネルに会った。

 

「よう」

 

「……」

 

ライネルの言葉に、黙ったままのアスクレイ。

 

しかし、ライネルはおかまいなしに言葉を続けた。

 

「まるで羽虫みてえだな。ちょこまかと街で小細工ばかりしやがって」

 

「……」

 

暗に、脅し。

 

アスクレイが己の力の跡を始末してまわっていることを知っているという、脅迫。

 

だが、アスクレイは黙りこんだままだった。

 

ライネルが、その胸もとをつかむ。

 

「なあ、おい! もうぜんぶ知ってんだよ!」

 

そして、そのまま腕力にものを言わせてアスクレイを壁に叩きつけた。

 

「……ッ!」

 

肺からの息が漏れ、一瞬だけ目がチカチカする。

 

そのままライネルは胸ぐらをつかんだままアスクレイと額をぶつけた。

 

「今なら命だけは許してやるよ。それとも、ハドレー川で魚と友達になってみっか」

 

「……」

 

ぞっとするほど冷たい瞳が、アスクレイをつらぬく。

 

タラリと口のはしから血を流して、それでもアスクレイは黙ったままだった。

 

「……チッ」

 

しばらくして、舌打ちをしてライネルがアスクレイを乱暴に放る。

 

ところどころ石の欠けた石畳を転がって、アスクレイはのろのろと起き上がった。

 

「おめえ、オレを敵にしたってこと思い知らせてやるからな」

 

そう言い残し、去っていく。

 

「……」

 

つまり、ライネルはなにも調べることができなかったのだろう。

 

その気になれば殺せるのに、そして殺したくてたまらないだろうに。

 

それでもアスクレイを痛めつけ、脅すにとどめるのは。

 

アスクレイの隠す力、それを永遠に失うことを恐れているのだ。

 

残されたアスクレイは、マントについた汚れを手ではらった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

ライネルに尻尾をつかまれるほど、アスクレイは鈍くない。

 

たしかにライネルはオーグリー兄弟の一人だ。

 

だが、だからといってこの暗黒街を統べているわけではない。

 

むしろ逆。

 

ギャングにとってはたかが駒のひとつ。

 

ライネルは上からの命に従うだけだ。

 

抱える手下も街のチンピラに毛が生えたようなもの。

 

たとえ尾けられたとしても、アスクレイならすぐに気づいて逃れられる。

 

現に、いまだ地下室まで殴りこみにこられたことはなかった。

 

アスクレイは、ライネルの去っていった路地を冷たい目でみつめる。

 

ライネルと、アスクレイはそう違わない。

 

たがいに暗黒街の下に生まれ、吹けば飛ぶようなゴミでしかない。

 

それが嫌だからこそ、常に上へとつながる道を探している。

 

かつてアスクレイが竜の血を手にしたように。

 

そして今、ライネルがアスクレイの秘密に勘づいたように。

 

この街で生まれに逆らうには、己から幸運に食らいつかなければならない。

 

その点で、アスクレイはライネルに怒りなど抱いていなかった。

 

逆ならば、アスクレイだってああするだろう。

 

ただし、アスクレイは聖人でもない。

 

まるで飢えた二匹の野犬が、わずかな肉をめぐってたがいを殺そうとするように。

 

アスクレイとライネルは、たがいの命をかけて争っていた。

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