スラムの子、コツコツ金稼ぎ   作:雨雲ばいう

24 / 25
24 策略

「エルフィーナ様は、ほんとうに心優しいお人だ」

 

ある晩のことだった。

 

目のみえぬオーロック、その口もとに粥を運んでいたその時。

 

オーロックがポツリと呟いた。

 

「まあ、ありがとうございます」

 

嬉しそうな言葉を口にしておきながら、アスクレイの頭は冷めている。

 

しょせんは老人のざれ言。

 

エルフィーナという嘘を信じこんでいるだけだ。

 

アスクレイは、優しくなどない。

 

たとえエルフィーナを演じていても、己のことを優しいと思ったことはない。

 

むしろ、笑えない冗談だった。

 

アスクレイはお世辞にも人がいいはずがない。

 

己のためなら嘘をつき、人を殺す。盗みだって生きるためには手を染めた。

 

そんなアスクレイが、優しいなどと。

 

そのまま、冷めた頭のまま言葉を紡ぐ。

 

「オーロックにそう言われますと、嬉しいですわ」

 

「ふーむ……」

 

オーロックが顎を手でなでた。

 

「この老骨の言葉、信じておられませんな」

 

「……はい?」

 

アスクレイは首を傾げる。

 

ありがたいと、嬉しいと言ったではないか。

 

まさか年で記憶があやふやになっているのではないか。

 

「そんな、わたしがオーロックを疑うなど……」

 

「いいえ、信じておられませぬ」

 

しかし、そんなアスクレイの疑問を、オーロックは静かにほどいていった。

 

「この老骨への献身も、竜の息吹を教えてもらうため。そう思ってらっしゃる」

 

「それは違いますわ! わたしはオーロックのためを思って……」

 

とにかく、エルフィーナのふりを続ける。

 

そんなアスクレイに、オーロックは小さく笑った。

 

「エルフィーナ様、この老骨が目を失った訳は知っておりますかな」

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

アンドロマギ家。

 

オーロックは、その家に代々従う家宰の一族に生まれる。

 

そして、十五の時に目を失った。

 

アンドロマギ家に伝わる、因習だ。

 

かつて、家宰の一人が家から竜の血を盗み、竜の目を手に入れようとしたという。

 

それから、アンドロマギ家の家宰にはひとつの規則が設けられた。

 

すなわち、盲目であること。

 

目がなければ、竜の息吹を盗むことはできない。

 

そんな、単純な理屈だった。

 

「実に痛かった。母親に腕をおさえつけられ、父親に焼きごてを目にあてられて」

 

そうして、オーロックは家宰となった。

 

「盲目というのは、実はよくみえるものなのでございます」

 

人のほんとうの心というものが、よくみえる。

 

暗く、オーロックが笑う。

 

知らぬ道を歩くだけで誰かがつきそわねばならず、日常の暮らしもままならない。

 

人は、そんな盲目のオーロックをあからさまに嫌った。

 

ゆえに、ほかに召し抱えてくれる家もなく、アンドロマギ家にすがりつくほかない。

 

粥を口に運ぶ手つきだけで、人からの嘲りが伝わってくるのだという。

 

「人によっては乱暴に口にスプーンをねじこむ、老骨がえづくのも知らん顔で」

 

エルフィーナの父からは、ただの駒として。

 

ほかの従者からは陰で馬鹿にされ。

 

オーロックは、妻からすら愛されなかった。

 

親のしたてた結婚で、盲目の男と結ばれたことを好ましく思っていなかったのだ。

 

「だが、エルフィーナ様は違います。優しく、様子をうかがってくださる」

 

オーロックが、アスクレイの手を握りしめた。

 

温もりが、肌から伝わってくる。

 

「わかりますとも、この手の者は優しい心なのだと」

 

やけに人の世話になれている、そうオーロックはアスクレイを評した。

 

「これは邪推かもしれませんの。ですが、エルフィーナ様……」

 

ぞっと、アスクレイの背筋に悪寒が走る。

 

――どなたか、心からお世話をなされた誰かがいたのではないでしょうか。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「……っ!」

 

エルフィーナのふりも忘れて、アスクレイは勢いよく手をひっこめた。

 

カラカラと、スプーンが転がる。

 

頭に、一人の大男の顔がうかぶ。

 

ジョンドッグ。

 

アスクレイにとっての唯一の家族。

 

その笑顔に、なぜか頭痛がした。

 

が、すぐにアスクレイは正気になる。

 

まさか、オーロックがジョンドッグのことを知っているはずもない。

 

単なる、口からのでまかせだろう。

 

「……さあ、そんな者はおりませんが」

 

アスクレイの心が静まっていく。

 

そうだ、と胸のうちで呟いた。

 

アスクレイはずっと一人だ、誰も信じず、誰にも優しくせず。

 

ずっと一人で、己のことだけを考えて生きていく。

 

それが、アスクレイの人生だ。

 

オーロックが、暖かな笑みをこぼした。

 

「ほほ、ではこれは老骨の勘違いでしたな」

 

その時、なぜかアスクレイはとてつもなくオーロックから遠ざかりたくなった。

 

どうしてか、オーロックから逃げたくなったのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「ほんとうに、すまなかった! 先日のオレは馬鹿だった!」

 

暗い顔をしたユーヴェインが、頭を床にこすりつけていた。

 

「ちょ、ちょっとユーヴ、なにして……!」

 

その脇では、一人の女スカベンジャーが慌てふためいている。

 

アスクレイは、その光景を実に白い目で眺めていた。

 

「オレが頼んだことで、さらに命まで救ってもらったのに……」

 

らちがあかない。

 

アスクレイは、この混沌の根源をじろりとにらむ。

 

「……ローレライン、これはなんです」

 

「くくく、よかったじゃないか。アスクレイ」

 

なにやら暗く笑っている、ローレライン。

 

この女こそが、アスクレイとユーヴェインを会わせたのだった。

 

そっとアスクレイの耳にささやいてくる。

 

「こいつの家はそこそこの武門だ。コネをもっておきたい」

 

「……はぁ、そうですか」

 

どうやらローレラインの野心のダシにされたらしい。

 

この女の欲望は、どうやら足るを知ることがなさそうだ。

 

「いいか、とにかく恩を売れ。そうすれば、伝手でいい新人が捕まるかもしれん」

 

「……」

 

「もちろん、後で金はやるから」

 

「……はぁ」

 

心から呆れたように、アスクレイはため息をついた。

 

実にローレラインにはアスクレイの操る術を知られてしまったものだ。

 

これだけのことで金がもらえるなら、暗黒街の生まれとして逆らうことはできない。

 

「そ、その、あんたはユーヴのなんなの?」

 

床に頭をすりつけるユーヴェイン。

 

そんなユーヴェインのそばにいた女スカベンジャーが、問いかけてきた。

 

「……」

 

なんと言ったものか、アスクレイは悩む。

 

アスクレイにとってユーヴェインはただ単に困った人。

 

だが、ローレラインにああ頼まれた上は、そんなことなど言えるはずもない。

 

だが、その女スカベンジャーはアスクレイの沈黙を違うようにとったようだった。

 

「ああ、名乗りもせずに人にものを聞くのは失礼だったわね」

 

そうして、赤髪の勝気な顔をしたその女スカベンジャーは、胸に手をあてた。

 

「わたし、エルフィーナというの。とうの昔に没落した、アンドロマギ家の娘」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。