スラムの子、コツコツ金稼ぎ 作:雨雲ばいう
「これが、話しかけてきた訳ということですか」
ローレラインの一室。
机の上。
ふたつの、金貨。
それを冷たくみつめながら、アスクレイはぼそりと呟いた。
ユーヴェインは、慌てふためいたように手をふった。
「いや、もともと謝ろうと思っていて、ついでにってだけだから……」
先日、アスクレイが頼まれてその命を救った二人の男女。
その二人は、もうスカベンジャーを辞めるらしかった。
アスクレイとユーヴェインの姿を目にして、心が折れたそうだ。
ちょっとした憧れでスカベンジャーになったらしく。
そんな甘い考えでは命を落とすと、大人しく実家の稼業を継ぐらしい。
「それで、この金は」
「その、命を救ってもらったお礼に、とのことでオレに……」
ユーヴェインの目が泳いでいる。
アスクレイは、だいたいのことは気づいていた。
貴族家が、まさか暗黒街の乞食に会って礼を口にするなどできるはずもない。
それに、その暗黒街の者に救われたそれそのものが、醜聞だ。
その口封じ。
故に、それぞれ金貨をよこしてきたのだろう。
黙って金を懐に入れておけ、後はもう吹聴するな。
そういう考えがありありとしていた。
どこか悔し気に唇を結んでいるユーヴェインに文句を言うのは、お門違いだ。
アスクレイは、大人しく金貨をしまいこんだ。
◆◆◆◆◆
「……それで」
と、アスクレイは脇の女スカベンジャーに目をやる。
エルフィーナと名乗った、赤髪の勝気な子。
「聞きたいことがあるというのは、そちらの貴族さまのことでしょうか」
「もうとっくの昔に没落してるけれど、ね」
エルフィーナが、苦笑する。
アスクレイが嘘をついているのではない、正しいエルフィーナだ。
聞くと、ユーヴェインと組んで巨竜の亡骸に潜っているらしく。
その夢は、かつてのアンドロマギ家をふたたび興すことらしい。
「領地も、館も、みんな失っちゃったから。亡くなったお父さまのためにも……」
エルフィーナが、顔をうつむかせる。
ユーヴェインが、かわりにアスクレイに問いかけてきた。
「エルフィーナのお父さんは、金銭の問題でギャングに殺されたそうなんだ」
没落し、貴族の座を失って王都に流れついたアンドロマギ家。
一族のふたたびの栄華のためにと金策に走る父は、オーグリー兄弟とつながった。
恐らくは暗黒街の流儀を知らない貴族。
ギャングの甘言に誘われたのかもしれない。
そうして、わずかに残っていた一族に伝わる秘宝すらも狙われた。
今年のこと。
ようやくスカベンジャーになれたと喜ぶエルフィーナに、父は姿をくらました。
ギャングが渡すよう脅してきた、一族でもっとも貴重な宝とともに。
「それが、竜の――ムグッ!」
「エルフィーナ、さすがにそれは口にしちゃ駄目だって!」
恐らくは竜の血と言いかけたのだろうエルフィーナを、ユーヴェインがたしなめる。
「その話を聞かせたら、アスクレイまでゴタゴタに巻きこんでしまうだろう」
「っ、そうね……」
なにやらヒソヒソ話をしている二人。
しばらくして、ユーヴェインが話を続けた。
「でも、お父さんは殺された。そして、その宝はなくなっていた」
「わたしは、ギャングにとられたって思ってるの。それで……」
アスクレイはため息をついた。
「暗黒街生まれの乞食にオーグリー兄弟について教えてもらうことにした、と」
「ちょっ、べつに乞食なんて嘲ってないわ、わたしだって没落貴族なのよ!」
眉をひそめるエルフィーナ。
没落貴族と、暗黒街生まれでは天と地ほどの違いがあるという話はさておき。
なるほど、とアスクレイは頭のうちで考えた。
だから、あの日下水に竜の血が流れついたのか。
エルフィーナの父が、ギャングだけには渡すまいと流したに違いない。
さて、エルフィーナの探す竜の血のありかを、アスクレイはよく知っている。
なにしろ、右目に入っているのだから。
アスクレイの手にした竜の息吹、それはアンドロマギ家のものだ。
「……さて」
問題は、だ。
――アスクレイが、それを告白するつもりなど欠片もないことである。
◆◆◆◆◆
「まず、宝がどうこうというのはまったく知りませんね」
まったく迷いもせずに嘘を口にする。
「なるほど、アスクレイの耳にも入ってないのか……」
ちょっとばかり落胆したように、ユーヴェインが言葉を漏らす。
正しくは、耳に入るどころの話ではない。
竜の血の盗人は、アスクレイその人だ。
アスクレイは、いちど手にした竜の息吹を手放すことができるか、知らない。
だが、たとえできたとしてそんなことを許すはずもなかった。
今のアスクレイの富は、稼業は、人生は。
なにもかもが、竜の息吹という絶大なる力の上に積み上がっている。
ここでこの目を失えば、なにもかもが崩れ落ちてしまうだろう。
だから、アスクレイはエルフィーナを手伝うつもりなどさらさらなかった。
さて、どうするか。
頭のうちで計算を働かす。
考えてみれば、ほんとうのエルフィーナが現れたのは危機でもあり、好機でもある。
このことを上手く転がせば、アスクレイの目下の問題ふたつを一気に片づけうる。
ライネルと、オーロック。
そろそろ始末したくなってきた、この二人。
まるで羽虫を捕らえるため、美しくも残酷な巣を作り上げるクモのように。
アスクレイは、深々と考えこんだ。