スラムの子、コツコツ金稼ぎ   作:雨雲ばいう

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27 貴族というもの

ある日の朝。

 

アスクレイの暮らす地下室に、男たちの影。

 

その一団を率いるライネルは石段を乱暴に降って入っていく。

 

ついに、ライネルはアスクレイの尻尾を捕らえた。

 

その家を、つきとめたのだ。

 

ずっと尾けてはまかれていたが、ようやく油断をつくことができた。

 

アスクレイが、この地下室に入っていくところを目にしたのだ。

 

さらに、なにやら老人を一人匿っているらしいことも知っている。

 

アスクレイのいない時を狙って、ライネルはその老人を手に入れるつもりだった。

 

木の扉を勢いよく蹴り入ると、老人のしゃがれた言葉。

 

「エルフィーナ様……?」

 

誰の名か、そんなものは知れている。

 

おおかたアスクレイが名をいつわっているのだろう。

 

ライネルはその老人の胸ぐらをつかみ、壁にたたきつけた。

 

「ジジイ。これからいくつか質問するんだが、正しく教えてくれなきゃ困るぜ」

 

「だ、誰だあんたらは! いったいなにが狙いで……」

 

暴れようとする老人に、ライネルは情けなどかけない。

 

その枯れ木のような腕をつかむと、ぐっと力を入れた。

 

パキリ。

 

そんな軽い音とともに、骨が折れる。

 

「あ、ぐぅああああっ!」

 

「聞こえねえな、今のあんたが許されてるのは頷くことだけだぜ!」

 

老人の悲鳴に、ライネルはせせら笑った。

 

ああ、やはり暴力はいい。

 

暴力さえあれば、誰だって足蹴にできる。

 

ビクビクと震える老人に、ライネルは額をぶつけて問いかけた。

 

「まずはおまえだ。おまえは誰で、なんでアスクレイに食わせてもらってる?」

 

「……」

 

黙りこむ老人に、すっとライネルの笑顔がひいていく。

 

どうやら、あいさつもかねて腕を折っただけでは足りなかったらしい。

 

「おい」

 

後ろの手下に命じて、ペンチを手にする。

 

そうして、それを老人の爪にかけた。

 

「いーち、にーい、さーん……」

 

数字を口にしながら、爪をはがしていく。

 

一瞬で、地下室は老人の尿の香りと激痛への悲鳴につつまれた。

 

「教えてくれないなんて悲しいぜ。話をするって人に名乗るのは常識だろぉ?」

 

目と鼻の先で、己の手によって惨劇を起こしながら、ライネルの顔は涼しい。

 

なぜなら、ライネルは知っているのだ。

 

生まれながらにして、この世が残酷であると。

 

力こそがなにもかもであると、知っているのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

ライネルは、王国の西の生まれだ。

 

とある貴族の領地のもとで小さな教会を営む、貧しい牧師の家に生まれた。

 

生まれたその日から、ライネルはなぜか嫌われていた。

 

聖職者として牧師は慈愛を説き、愛をふりまくべきである。

 

だが、父親はライネルに殴る蹴るの暴力と恐怖だけを教えこんだ。

 

祖父母すらも父親をたしなめることはない。

 

ただ冷たい目でライネルを嘲るだけ。

 

実の母親すら、ライネルを疎んでいた。

 

後に生まれてきた弟は違う。

 

まるでチョウよ花よとばかりに、病弱な弟は愛されていた。

 

その違いに、人の心に聡い幼子が気づかないはずがない。

 

未だ幼いライネルは、理由を求めた。

 

なぜ己だけがこうも嘲られ、下にみられなければならないのか。

 

なぜ己だけが青いジャガイモで飢えをしのがなければならないのか。

 

だが、聞けども聞けども目にするは白けた瞳だけ。

 

やがて、ライネルは訳を問いかけるのを辞めた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

そうして育ったライネルは、もちろん札つきの不良となった。

 

村では諍いを起こすばかり、その肌には生傷が絶えない。

 

盗みも上等、未だやっていない犯罪とすれば人殺しぐらいのものだった。

 

「か、まっじいなぁ、これ。なあババア!」

 

「あっ!」

 

しなびた豆のスープ。

 

未だ熱いそれを、ライネルは迷いもせず母になげつける。

 

床にうずくまる実の母親に目すらくれず、ライネルは食卓にどっかりと座った。

 

昔はあれほど恐ろしかった父も、今や縮こまりライネルから逃れるようにしている。

 

村で暴れるたび怒鳴りつけてきた父親も、殴り飛ばせば大人しくなった。

 

とどのつまり、暴力で勝てば誰も文句など言えないのだ。

 

「うっ、うぅぅ……」

 

床に転がったまま、母がすすり泣く。

 

ライネルはギイッと歯を鳴らした。

 

「うっせえな!」

 

思いっきりふりぬいた足で母親を蹴り上げる。

 

しかし、転がっていく母親は泣きやむどころか、さらに激痛で悲鳴を上げた。

 

額に青筋をうかべながら、ライネルが追撃をしようとしたその時だった。

 

「お兄さん、もうやめてっ!」

 

びっしりと脂汗を流しながら、弟が母親を守るように重なった。

 

ライネルと違って愛されて育った弟だ。

 

聖書なぞ読めもしないライネルと違って学業も優秀。

 

父親も、この教会を弟に継がせるつもりだっただろう。

 

そんな弟が母親をかばった。

 

あ、と言葉をあげた時にはもう遅かった。

 

ライネルの足が、きっちりと弟の顎をとらえる。

 

まるでカエルの潰れたような悲鳴を上げて、弟の首がねじ曲がった。

 

誰も、なにも口にしなかった。

 

しばらくして、だらりと力のぬけた弟の下から母親が起き上がってくる。

 

そうして、息絶えた弟を目にした。

 

唇をわなわなと震わせて、ライネルをにらみつける。

 

「……あ、あぁっ! このクズが、人でなしが、竜の血をひくバケモノが!」

 

思いつくばかりの罵りを、浴びせかけられる。

 

弟の亡骸を抱えて泣きながら、母親は絶叫した。

 

「産まなければよかったんだ、犯されて生まれたおまえなど、おろせばよかった!」

 

犯されて生まれた?

 

ライネルの心臓がどくどくと脈打つのが伝わる。

 

頭がすぅーっと冷えて、目だけがギョロギョロと母親だけをみつめる。

 

生まれたその時から知りたかった言葉が、母の口から紡がれた。

 

「そうだ、おまえはな、わたしが貴族さまに犯されてできた誰も望まない子だ!」

 

狂ったようにケタケタと嘲け笑う。

 

「おまえはこの家の子じゃない、断じてこの子の兄なんかじゃない!」

 

なるほど、とライネルは気づいた。

 

これまでずっと疎まれ、嫌われ、日陰に追いやられていた。

 

その訳は、母が貴族に犯されて、泣き寝入りして生まれた子だからだ。

 

「はははっ……」

 

笑い続ける母親の首を絞める。

 

しばらく暴れて、やがて手足がくたりと崩れ落ちた。

 

ゆっくりと、背後をふりむく。

 

脅える父親が、扉から逃げようとしていた。

 

「し、しかたがなかったんだ、たかが村の牧師風情が貴族に逆らえるはずが……」

 

その背に、ライネルはナイフをつきたてた。

 

メラメラと燃える炎。

 

己から火をかけた家が崩れ落ちていくのを目にしながら、ライネルは思った。

 

なぜ貴族とやらは人の人生をグチャグチャにしておいてのうのうと生きられるのか。

 

静かに、己に問いかける。

 

その答えを、ライネルは知っていた。

 

「力だ」

 

そうだ、力だ。

 

力がなければ、こうして一生足蹴にされて生きていくしかない。

 

それが嫌だというのなら、ただ誰にも脅かされずに生きたいというのならば。

 

ライネルのほうから、上にいかなければならないのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「これは駄目だな」

 

気を失った老人を吊り下げて、ライネルはため息をついた。

 

アスクレイがスカベンジャーとなれたその訳、隠しているだろう力。

 

それを、ついぞ黙ったまま老人は気を失った。

 

「とにかく帰るぞ。もっと痛めつけてやればいつかは話すだろう」

 

ボロボロの老人をひきずり、地下室を後にする。

 

その時だった。

 

「オーロック、なんでそんなっ! あんたたち、いったいなにを!」

 

女の怒りにあふれた叫びが、聞こえてきた。

 

ふりむくと、瞳を震わせて一人の女スカベンジャーがこちらをにらみつけていた。

 

「っ、君たち。その老人になぜ暴力をふるった。答えによっては……」

 

その脇には、いかにも貴族と言った姿をした男のスカベンジャー。

 

正義の心とでも宣うつもりか、まっすぐな瞳でこちらをみつめてきている。

 

「っ、くそ!」

 

ライネルは、舌打ちをした。

 

貴族は、貴族だけは駄目だ。

 

いくらライネルが暴力に秀でているといっても、貴族だけは手をかけられない。

 

権力という、ライネルですらおよぶはずのない力が貴族にはあるのだ。

 

「っ、まさか……」

 

その時だった。

 

ライネルは、その二人の奥に知った顔を目にした。

 

義憤に燃え、今にもライネルたちに飛びかからんという二人のスカベンジャー。

 

その一番後ろでうすく笑う者。

 

アスクレイ。

 

その姿をとらえ、ライネルは一瞬で気がついた。

 

「おまえ、売女のガキ風情がっ……!」

 

ずっとアスクレイの手のひらの上だった、という訳だ。

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