スラムの子、コツコツ金稼ぎ 作:雨雲ばいう
アスクレイにとって、ライネルを殺すかどうかは問題ではなかった。
竜の血を、アスクレイの秘密を暴こうとするものを生かしておく訳にはいかない。
口封じは、きちんとしておかなければならなかった。
どちらかといえば、問題はほかにあった。
ライネルをどう殺すか。
そこが、肝心だった。
べつに竜の息吹でライネルを食らうことはできる。
しかし、そうすれば後ろのオーグリー兄弟という巨大なギャングを敵にする。
なにかの拍子でギャングの力で調べ上げられて、竜の血までたどりつかれれば。
そうなれば、もうアスクレイは終わりだ。
たかが竜の目だけで暗黒街随一のギャングに勝てると考えるほど馬鹿ではない。
ゆえに、ライネルはあくまでアスクレイの手にかかってはならなかった。
どうしてライネルが殺されることとなったのか。
その訳をギャングの上の者たちに深堀りされないような筋書きが求められるのだ。
それで、ずっとアスクレイは頭を悩ませていた。
だが、しかし幸運は思わぬところから転がりこんできたのである。
◆◆◆◆◆
「……あちらの老人は知人なのですか」
そっと、アスクレイは素知らぬ顔で問いかけた。
「アンドロマギ家に、昔従ってくれていた家宰のオーロックよ。なんであんな……」
エルフィーナがギリギリと歯を食いしばる。
その視線の先、ライネルがひきずるのは気を失ったオーロックだ。
「なら、なんとしてでも助けないといけないな」
ユーヴェインが厳しい顔つきで、ライネルたちに問いかける。
「君たち、その老人から手を放すんだ」
さて、ここまでは実に考えていたように話が転がった。
エルフィーナが知っているだろうオーロックを餌にし。
貴族であるユーヴェインを話に巻きこんだ。
後は、なんとかしてライネルを殺してもらうだけ。
このまま貴族に逆らって命を失った馬鹿者という筋書きで終わらせる。
そうすれば、ギャングは首をつっこんでこない。
アスクレイも、狙われることはないだろう。
いくらギャングでも、貴族を敵にすることはないからだ。
「っ、わかったよ。こいつはくれてや……」
オーロックを残し、ライネルが逃げようとする。
だが、それを許すわけにはいかない。
アスクレイは、こっそりと竜の息吹を吹きこんだ。
右目を隠す布、そのわずかな隙からとらえるはオーロック。
その指先を、みつめた。
「ぐぅあああっ!」
いきなり、オーロックが激痛のあまり絶叫する。
それもそうだ、指先の肉をアスクレイに食われたのだから。
だが、ユーヴェインとエルフィーナはそんなことなど知る由もない。
背後にいるアスクレイが、まさか竜の目で傷つけたのだと気づくはずもない。
そうなると、もちろん下手人として疑うのは一人だ。
「あ、いやこれはオレがやったんじゃ……」
ライネルのしどろもどろの言い訳。
まるでそれを嘲笑うように、今まで隠れていたオーロックの手が露わになった。
爪をはがされ、いくつか曲がってはいけないほうにむいている指たち。
それを目にして、二人のスカベンジャーがどう思うかは手にとるようにわかって。
「っ、オーロック!」
額に青筋をたてたエルフィーナが。
「ごめんだけど、もう逃すわけにはいかなくなった」
そして、義憤に瞳を燃やしたユーヴェインが。
ともに、ヒトの魔術を興した。
◆◆◆◆◆
どうしてこうなった。
ライネルは怒りのあまり歯を食いしばった。
貴族と戦うなど、誰が考えても勝ち目などない。
ライネルが知っているのはあくまで拳やナイフによる戦い。
そんなもの、魔術を目にしては嵐のうちのマッチよりも頼りない。
そして、なにより。
ライネルはよく知っている。
貴族という者たちの権力を。ギャングすら敵わない絶大なる力を。
ここでライネルたちが死んでも、オーグリー兄弟はなにもしてくれない。
肩をすくめて、たかが手下を十数失っただけでよかったと幸運を喜ぶだけ。
貴族に殺されるとは、そういうものなのだ。
ライネルたちは、無駄にここで命を落とすだけ。
「っ、くそっ!」
脇の手下の首をつかみ、己の盾とする。
「っ、このっ!」
激怒で瞳を染め上げた女スカベンジャーが放った黒い影が、手下にかすめた。
「へあっ?」
とたん、手下の男が黒く染められていく。
まるでカビが生えていくかのようにして、指先から頭の上まで。
一瞬で肌を黒に染め上げられてしまった。
「おご、おご、おごごごっ」
不気味な言葉を上げて、その黒い染みのうちで手下がもがく。
いったいどんな目にあっているのか、ライネルは考えたくもない。
そのまま手下は崩れ落ち、大地の黒い染みとなって。
絶命した。
その末路を目にして、頭の奥がすーっと冷たくなる。
生き残るためには、もう逃げるしかない。
ライネルは背をむけて、走ろうとした。
「逃がすものかっ!」
そう激情に駆られたままの女スカベンジャーが叫ぶ。
先ほど手下を殺した影が、あちこちに飛び散った。
「あっ、あっ」
「ぎぃ、ぎぃ……」
手下たちがつぎつぎと魔術によって命を落としていく。
それをかきわけ、ライネルはひたすらに走る。
目指す先は、下水道へとつながる石畳の穴。
貴族が、下水の道など知るはずもない。
あの穴にさえ飛びこめば、こいつらから逃げられる。
生き残ることができる。
だが。
「ごめんだけれど」
耳もとで、静かな言葉が聞こえる。
いつのまにかそばにきていた貴族の青年が腰だめに手をかまえていた。
ぶわり、と白い光があふれる。
「罪人を逃がしなんてしたら、お父さんに怒鳴られるから」
なにも握られていなかったはずのその手には、いつしか光り輝く刃があった。
「っ!」
一撃目をなんとかしてよける。
冷たい目をした貴族の二撃目がくるよりも先、ライネルは穴に飛びこもうとして。
そして、二人のスカベンジャーの背後にいるアスクレイ。
その右目を目にした。
「あ、ああ……」
赤い、赤い竜の瞳。
それを目にして、ようやく知る。
アスクレイが手に入れた力とはなんなのか。
なぜ、それほどまでにアスクレイが隠そうとしていたのか。
しかし、なにもかもがもう遅かった。
足首が、食われる。
大地を蹴ることができなかったライネルはバランスを失い。
そして、そのまま貴族の青年の一撃によって胸もとをつらぬかれた。
――そうだ、おまえはな、わたしが貴族さまに犯されてできた誰も望まない子だ!
母親の絶叫が、なぜか頭に流れる。
なにもかもが遠ざかっていくなか。
なんなのだ、己の人生は、と思う。
貴族の勝手で生まれ、そうして最後も貴族の手にかかって……。
そうして、ライネルは絶命した。